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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
18/195

18 わからないならいい。絶対に認めるなよ

 俺は勝者として闘技場を後にし、剣奴の控え室に戻った。

 ゴブリンたちは別の出口から強制退場させられていたが、仕方ないだろう。別に、好きでゴブリン王と名乗っているわけではない。ゴブリンたちを殺さなかった。それだけで、満足してもらいたい。


 エレンの容態は思わしくなかったが、俺は休息後、すぐに回復魔法メディを行う。MPが回復したからだ。

 すると、ぐったりと横になっていたエレンは即座に全快した。多分、もとのHPが少ないので、一度のメディで全快するのだ。といっても、現在の俺は、僧侶1レベルである。HP13、MP7という寂しさである。この世界に来てから、もっとも死にやすい状態になっていると言っても過言ではない。


 エレンは目を覚まし、自分の体をぺたぺたと叩いた。どうして生きているのか不思議だったようだ。

 考えてみれば、俺の現在の体の本来の持ち主であるカロン少年も、オオカミに食い殺されるはずだった。そう考えれば、エレンと同じだと言える。


「勝ったんだよ。俺たちは」

「……俺が?」

「ああ。これで、一勝だ。エレンは、二勝目か?」

「あっ……ああ。でも、5試合勝てば剣闘士になれるってのは、絶対じゃない。一度勝っても、1試合目に出されるってことは、最初の俺の試合は、評価されていないってことさ」


 それはわかっていた。エレンは戦力にならない。

 多分、今回も俺と親しいから、というより、俺の足手まといにするためにセットで出されたのだ。実際、ゴブリンたちが俺を殺そうとしていたら、俺も死んでいたかもしれない。

 あまり記憶が残っていない様子のエレンに、俺は試合の時の様子を語っていた。


 最後にはエレンの槍でオオカミを殺したのだというと、エレン自身がなにもしていないが、誇らしげだったのが面白かった。

 次の試合は、もっと厳しくなるのだろう。次もエレンと組まされるとすると、俺は生き残れないかもしれない。


 今回は、俺は戦士レベル4で臨んだ。次回は、僧侶だろう。それほどレベルアップの機会があるとは思えない。

 次の試合までに、どれほど強くなれるか。できれば、次の試合には出さないように頼んでみようか。

 俺は、そんなことを考えていた。






 剣奴の控え室に、試合が終わった剣奴たちが次々に帰ってくる。

 戻った者の中には、自分たちの試合について興奮気味に語っていた者もいるが、目が虚ろになっている者の方が多い。

 全5チームが試合には望み、メンバーが減らずに戻って来たのは俺たちだけだ。


 その中で、2チームは戻らなかった。全滅したのだ。

 他のチームの試合を見ることは許されなかったので、俺がゴブリン王だと名乗ったことを知っている者はいなかった。俺が安心していると、最後に興行主のゴラッソが大股で入って来た。

 剣奴たちを眺め渡し、不機嫌な顔をしたが、俺に目を止め、急ぐように近づいて来た。


「おいっ、小僧」

「カロンです」

「剣奴に名前はいらねぇ。てめえ、ゴブリンを殺さなかったな」


「俺がゴブリンを従えた。ゴブリンを殺さずに、俺にひれ伏したんです。観客も喜んでいましたし、問題はないでしょう」

「ああ。問題はねぇ。あの試合ではな。だが、このままで済むとは思うなよ。ゴブリンを従える奴なんて、聞いたことがねぇ」


 俺には意味がわからなかった。エレンを見ると、真っ青な顔で見返して来た。ほかの剣奴たちに目を向けても、誰も助けてはくれなかった。


「な、なにがまずいんです?」

「てめぇ、妖術師じゃねぇな?」

「なんです? それ?」

「わからないならいい。絶対に認めるなよ」

「はい」


 俺の返事に納得したようにゴラッソが頷く。来た時と同じように、どすどすと足音をあげて控え室から出て行った。

 妖術師とはなんだろう。俺の問いには、誰も答えてくれなかった。

 この日はこれ以上なにもなく、俺は住み慣れた、剣奴の練習場に戻された。






 それから3日間、俺はいつものような日課をこなしていた。

 冒険者から雇われるのを待ちながら、日課となった訓練を積み、食べるものを食べ、出すものを出して、寝る。


 エレンも一緒だ。ブウの態度は相変わらずだが、どうもあちらから避けるようになっていた。ブウ自身、本当は剣奴から嫌われていることを理解しているのか、あるいは単純に、俺に関わるのをやめたのかもしれない。実際、俺の後にも新人が入って来ている。

 全員俺より年上で、中には老人ではないかと言いたくなるような男もいたが、村の生活事情は苦しい。俺がなんとかできるはずもないので、関わらずにおく。






 何日かして、俺は呼び出された。次の闘技会まではかなり日数があったので、多分冒険者だと判断する。かつて俺を雇ったドギーという最低の冒険者は、俺が稼がせてやったので、近いうちに俺を雇おうとするに違いないと思っていた。


 だが、俺を待っていたのは予想とは違う連中だった。

 お揃いの鎧を着た、たくましい男たちだ。剣奴に用があるということは、スカウトだろうか。


 俺は、同行していた興行主のゴラッソに視線を向けた。

「覚悟しておけって、言ったろうが」


 言われた気がする。だが、どういう覚悟かは聞いていなかった。


「お前が、ゴブリンを使役したという剣奴だな」

「カロンです」

「剣奴に名前なんか必要ねぇ。はい。その通りです。憲兵の旦那」


 ゴラッソは、それでも情報を俺にくれようとしたのだろうか。『憲兵の』という部分を強調気味に言った。

 憲兵といえば、テレビで見る限りは政府に雇われて治安を守る、正義にも悪にもなる人たちだ。現在、俺の立場から見て、多分悪の側だ。


「では、しばらく預かる」

「へぇ。でも、白だった場合は、返していただけるってお約束です。そいつは、金になりそうなんで」

「ああ。約束しよう」


 憲兵はそう言ったが、どうにも俺は、信用できないと思った。憲兵たちは薄く笑っていた。きっと、俺を生かして返すつもりなんかないのだ。






 俺は再び目隠しをされ、手足を厳重に固定されて運ばれた。自分で歩かなくていい分楽だとは、こういう待遇に慣れてしまったからだろう。人間、どんな状況にも割と慣れるものだと思う。

 ただ、こういう待遇に慣れられるのは、俺はHPが削られない限り死なないと思っているからでもある。生前だったら、耐えられないところだ。


 俺は長い時間運ばれたが、これはいつも通り、場所の感覚を奪うためのものだ。実際には近かったのかもしれないが、俺にはわからない。

 俺は目隠しを外され、狭い、汚い場所に監禁された。


 どのぐらい狭いかというと、鉄格子がはまった牢獄のようなつくりだが、壁と鉄格子の間は横になって寝るスペース分ぐらいしかないのだ。しかも、足元はジメジメとして、横になって寝るどころか座っていれば冷えて腹を下すかもしれない、という悪環境でもある。

 どうやら、俺は犯罪者扱いをされているらしい。


 普通に生活してきた者がこんな場所に入れられれば、まず数時間で心が折られるだろう。だが、俺は普通の生活はしてきていない。剣奴である。さらに、豚に散々嫌がらせを受けてきた。

 個室を与えられるというのは、むしろ快適なぐらいだ。

 問題は、狭い別荘を与えただけで、俺を拘束した連中が満足はしないだろうということだった。






 一日放置され、俺はボヤを二回使って石畳の床を乾燥させて眠った。

 眠っているところを起こされて、鎖で片腕を繋がれ、石の壁に固定された。

 どうも、横になって寝ていることがまずかったらしい。初めからそう言ってほしいものだ。


 俺がそのまま、片腕が釣られた状態で壁に寄りかかって寝ていると、今度は乱暴に鉄格子が蹴りつけられた。釣ったままの腕は多少痛んだが、HPが減っていないということは、大した問題ではないのだ。


「出ろ。尋問だ」

「じゃあ、この鎖を解けよ」

「いつまでも、そんな口を聞いていられると思うなよ」


 どうも俺は、これから酷い目に合うようだ。不安がなかったわけではないが、同じ人間だ。何も悪いことはしていないはずなので、すぐに剣奴の訓練場に戻されるだろう。俺はそう思っていた。






 尋問、というと、薄暗い部屋でスーツのおじさんと向かい合わせになり、卓上ライトを浴びせられた上で天丼をご馳走になる、というものを想像していた。

 少しばかり予想と違ったのは、俺が入れられた部屋に、どう見ても拷問器具だと思われるものが並んでいたことだ。


 待っていたのは2人の兵士と、記録係だと思われる、重そうな服ではあるが武装をしていない役人っぽい男だ。


「ゴブリンを使役したそうだな。闘技場で多数の目撃証言がある」


 兵士の1人が、俺の前に座った。この辺りは尋問っぽい。文官がメモをとりだした。


「そうですね」

「どうやったんだ? いままで、誰もそんなことはしてこなかった。魔法使いに確認したが、1匹ならとにかく、初対面のゴブリンを複数同時に支配下に置く魔法は存在しない。妖術の類だろうとのことだ」


 俺は、ゴラッソに言われたことを思い出した。妖術師とは、絶対に認めるなと言われたのだ。


「妖術と魔法は違うんですか?」


 兵士は、黙って俺の顔を睨みつけた。ご機嫌、ではなさそうだ。知っていなければならないことなのだろうか。


「つまり、妖術ではない、ということか?」

「違いますね。まあ、その前に妖術がどんなものか、誰かが説明してくれないといけないと思いますよ」


 俺はあえて、軽い言い方をしてみた。尋問官たる兵士に、尋問するだけ無駄だと思わせたかったのだ。成功しただろうか。わからなかったが、兵士を怒らせることには成功した。


「ふざけるなよ。ゴブリンを使役できる奴が、剣奴をやっている理由はない。何が狙いだ」

「そもそも、ゴブリンを使役したっていっても、特別なことをしたわけじゃないですよ」


 俺が言うと、兵士は文官をにらんだ。


「おいっ、記録しておけ」

「ずっとしていますよ」

「よし。話せ」


 どうして、こんなに居丈高に言われるのだろうと思ってから、俺は自分が奴隷階級だったと思い出す。これが普通の扱いなら。まあ仕方がない。


「あのゴブリンとは、初対面じゃないってことだよ。剣奴は、冒険者に雇われて、外に出ることがあるのは知っているかい?」

「……そうなのか?」


 問われたもう1人の兵士は、曖昧に頷いた。


「聞いたことがあるが、噂程度だ」

「もちろん、街の中じゃ繋がれているし、城壁の外に魔物とか野獣を捕まえに行くぐらいだから、知らなくても仕方ないが、俺を雇った冒険者は、小遣い稼ぎにゴブリンを捕まえようと、俺を囮にゴブリンの巣に放った。その時に知り合ったのだと思う。だって、ゴブリンの見分けなんて俺もできないし、そう思うとしか言えない。その時は、ゴブリンを捕まえなかったんだ。でも、後で別の冒険者に捕まったんだな。だから、この間の試合で、『よう、久しぶり』って感じになった」


「あのゴブリンは、言葉を話せない。言うことを聞かせるには、妖術しかない」

「人間の言葉は話せないだろう。ゴブリンは自分の言葉を持っている。俺は、それを使った」


 兵士は黙り、もう1人の兵士と文官を見た。


「ゴブリン語なんてあるのか?」

「知りません」

「事実だとすれば、確認する必要があります」

「ちっ。簡単に尻尾を出すと思ったが、案外、作り話がうまい奴だ。牢に戻せ」


 扉の外からみすぼらしい男が現れ、俺の鎖をつかんだ。この男も、奴隷だとわかった。

 こうして、俺の最初の尋問は終わった。






 俺は、長い間拘留されることになりそうだと感じていた。

 ゴブリン語を話せるという俺の言葉は、半分ほど嘘だ。ゴブリンの言葉そのものは知らない。ただ、ゲームの翻訳機能が生きているのだと、言って信じられるはずもない。

 俺は大人しく、牢に入っていた。


 片腕は吊られていたが、ボヤは実に便利で、湿っている石を乾かすのには適している。

 出てくる食事はカビの生えたパンや腐りかけた肉だったが、俺のアイテムボックスにはかなりの量の食料が保存されているので、与えられた粗末な食事をアイテムボックスに入れ、焼いた肉や山菜を食べていた。


 牢で与えられると食事をアイテムボックスにしまったのは、さすがに食べ物が全くないという状況も、今後考えられると思ったからだ。

 排便も排尿も、ほぼ動けない牢の中である。そのために牢の中は大変な匂いだったが、熱消毒をするとだいぶマシになった。MPは僧侶レベル1であるため7しかなかったが、ずっと座っているだけなので、7分で全快する。魔法を使い放題と言っても過言ではないのだ。


 俺の牢の周辺は、ボロを着た薄汚れた男が世話をしていた。間違いなく奴隷で、足に鎖と重りを引きずっている。口が利けないらしく、一言も話さなかった。

 見た目はまだ30歳ぐらいだろうと踏んだが、なにしろ覇気がなく、背中を丸めて歩くので、全体としてみすぼらしい印象を受けた。


 あの男よりはまだ自分の方がマシだと思っていたが、その男から、同じように思われていたのかもしれない。

 俺が牢に繋がれて3日後、2回目の尋問が行われることになった。



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