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173 人の言葉にネコやネズミの鳴き声を混ぜるのは、お辞めになったほうがよろしい

 俺は、王と宰相から解放されて自室に戻った。

 自分の部屋があるとは知らなかった。

 だが、そこそこの力を持った王国の王宮である。

 兄弟がことごとく戦死し、唯一生き残った俺が魔王を倒した。


 無数にある部屋の一つを与えられたとしても、なんら不思議はない。

 俺の部屋だと言われて行った部屋は、目が痛くなるような煌びやかな意匠が施された部屋で、すでにアデルとケンが寛いでいた。


 ネズミのキサラは、見つかると駆除されかねないということで、アデルの髪の中に隠れていた。

 トカゲのフランソワは自由に歩き回っている。フランソワは転生者ではなく、ただのテイムしたトカゲであることは、アデルも最近は認めている。


「遅かったじゃないか。カロン、これはどういうことなんだい? あんた、この国では指名手配されているかもしれないから、最後にしようって言っていたじゃないか。どういうことだったんだい?」


 アデルが、寝そべっていた床の上で頭をあげた。

 鉛の体を持つアデルは、とにかく頑丈だ。岩場に横になれば、岩が削れるほどである。

 頑丈な体であるのと引き換えに、非常に重い。宿屋でベッドに眠ると、大抵はベッドを破壊する。


 事情もわからずに案内された豪華な部屋で、ベッドに横になるつもりはなかったのか、床の上に寝そべっている。

 もっとも、床にも俺のくるぶしが埋まるほど毛の長い絨毯が敷かれており、アデルにとってはベッドと変わらないだろう。


「俺は、この国で奴隷だった。奴隷で、剣闘士だった」

「それは何度も聞いたよ」


 アデルが答える。ケンが起きたのか、耳をぱたぱたと動かした。


「その時は、俺の兄弟が大勢いたから無視したらしい。俺は、侍女に産ませた子どもだったから、いなくても構わない存在だったそうだ。だが、この国の王族は、魔王が現れると討伐に向かう義務を負うらしい。俺の兄弟たちは、次々に魔王討伐に向かい、死んだそうだ。唯一生き残ったのが、侍女に産ませて、自分の子どもと認めなかった俺で……その俺が、本当に魔王を討伐した。王としても、王子として迎えざるを得ないってわけさ」

「へぇ。じゃあカロン、本当にこの国の王子だっていうのかい?」


 アデルが目を丸くして、絨毯の上にあぐらをかいた。

 俺は、適当に置かれていた椅子に腰掛けた。


「突然のことで、正直信じられないな……本当だと思うか?」

「俺たちに聞くのかい?」


 ケンも座り直し、耳の裏を後ろ足で掻きながら尋ねた。


「俺だけなら……なんとでもなる。これが罠だったら、心配なのはケンとキサラだ」

「あたしは?」


 鉛色の女子が、不満そうに唇を突き出した。


「アデルは、俺と同じレベル99じゃないか。何を心配するんだ?」

「カロンが王なら、あたしはどうなる? あたしは、ケンとキサラを連れて旅を続けるのかい? 心配するのは当然だろう」


 アデルの頭の上に、ネズミのキサラが飛び出して、同意の頷きを見せた。


「いや……アデルは俺を王族にしたいのか?」

「断るってのかい? 王になれるのに?」


 アデルが眉を寄せた。


「そんなものに、なりたいわけじゃない」

「じゃあ、カロンはどうしたい?」

「わからない。それに……王族になるって受け入れるだけでも、あまり楽しそうじゃない。宰相っていう肩書きの奴は、俺を気の毒がっているように見えた」


 アデルが、口の端を釣り上げた。


「そのうちにわかるさ。わかるまでは……王族の真似事もいいんじゃないか?」


 アデルは、意図して俺を貶めることはしない。その点だけは仲間として信じられる。

 俺はアデルと同じように、絨毯の上に転がった。

 ケンが俺の上に登り、ゴロゴロと喉を鳴らした。


 ※


 俺が目覚めると、部屋の中に知らない男たちがいた。

 服や水、手ぬぐいを持ち、床の上にかし付いている。

 俺は、隣で寝ているケンと、床の上に転がっているアデルとキサラを起こした。


「不法侵入者だ。どうして、誰も気づかない?」

「気づいていたさ。入ってきたけど、何もしないから放っておいた」


 茶トラのネコであるケンが、耳をぱたぱたとさせながら言った。


「あたしは気づかないよ。襲われたって、あたしに傷つけられる奴なんかいないからね」

「隠れていたわ」


 アデルとキサラが答える。

 俺は、ケンとキサラの言葉を人の言葉として理解することはできる。だが、二人に返事を返すときは、ニャーニャー、チューチューと俺が言っているように見えるらしく、人前では気をつけてきた。


「賊ではないんだな」


 俺が言うと、かし付いていた男たちが不思議そうな顔をした。どうやら、俺がケンに返事をしたように聞こえたらしい。

 つまり、俺がニャーと鳴いたのだと思ったようだ。俺は言い直す必要を感じた。


「王城の中で盗賊か? 治安がいい国ではないとは思っていたが、ひどいものだな」

「殿下、お待ちください。私たちは、殿下の身の回りをお世話することを命じられた士官です。族ではありません」


「殿下だって? カロンがかい?」

「こりゃ、面白い。笑えるぜ」

「笑っちゃ悪いわよ。ハハハハッ」

「おい」


 アデルとケン、キサラが同時に吹き出すので、俺はたしなめた。

 だが、やはり士官たちの反応は奇妙だった。


「殿下、人の言葉にネコやネズミの鳴き声を混ぜるのは、お辞めになったほうがよろしいかと思います」

「……うん。そうだろうな」


 俺は、動物の鳴き声を言葉に混ぜているつもりはない。というより、そんなに器用なことはできない。

 俺が困っていると、命じたわけでもないのに、かし付いていた男たちが立ち上がり、俺の前に服や手ぬぐいや水桶を置いた。

 俺が眺めていると、数人が俺の服を脱がしにかかった。


「待て待て。着替えぐらい、一人でできる」

「いいえ。殿下にはできません」


 なぜか、はっきりと言い切られた。


「できる。貸してみろ」


 男たちに寄ってたかって着替えさせられるのはごめんこうむりたい。

 俺は、運ばれてきた服を奪い取り、着ようとした。

 着ようとして、諦めた。

 どうやって着ればいいのかわからない。

 道化師の服ではないのかと思われる、奇妙な服だった。


「では、お着替えを」

「いや……この服には着替えない。こんな窮屈な服では、襲われた時に身動きがとれない」

「着替えさせてやったらいいだろう? こいつらだって、仕事で来ているんだ」


 アデルが口を挟んだが、俺は否定した。


「俺が嫌なんだ。そのうち慣れるかもしれないが、今は着慣れた服の方がいい。下がっていい」


 俺が言うと、士官たちは下がっていく。一人だけ残った。


「お前は?」

「殿下には一刻も早く、王族の習慣と振る舞いを覚えていただかなくてはなりません。ソマーレス公爵令嬢は、殿下との会食を楽しみにしておいでとのことです」

「では、その……公爵令嬢と食事するのか?」

「今のままでは、ご紹介できません」


 残った士官に酷評された。俺は首を傾げる。


「殿下と呼ばれる俺より、公爵令嬢のほうが偉いのか?」

「ソマーレス家は、爵位を金で買いました。ソマーレス家を怒らせると、王家は破産いたします」

「ああ……そういう感じか……」


 俺が王子になったことを憐れまれるには、それだけの理由がありそうだと理解した。

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