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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
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17 ゴブリン王カロン

 次の闘技会までに、俺はもう一度同じ冒険者に雇われた。

 冒険者たちは、今度はまるで俺が雇い主であるかのように振る舞った。まあ、痛い目に合わせたし、稼がせてやったのだ。それぐらいは当然だろう。


 前回より期間が長く、檻の数は多かった。とりあえず、前回と同様ゴブリンの巣に向かったところ、ゴブリンの数が増えていた。

 ゴブリン王降臨の噂が広がり、ゴブリンたちが集まってきたのだという。

 ゴブリンの数は50人、ざっと1.5倍になっていた。


 あまり数が集まり過ぎて、本格的な討伐隊が組まれるかもしれないと思った俺は、これ以上集めないように釘を刺し、狩に励んだ。

 その結果、俺は戦士レベル4に上がった。成果も上々である。狩人としてのスキルはなにも身につけていないが、ズンダから学んだことがしっかりと生きている。ゲームシステムと実体験で二重の経験を積んでいるのだから、俺は十分に恵まれていると言えるだろう。


 冒険者からの雇用が終わって訓練場に戻ると、ブウの嫌がらせは度々あったが、俺も1人ではない。もともと、オーク族のブウに喜んで従っていた剣奴は多くなかったのか、次第に俺への攻撃は鳴りを潜めるようになった。

 前回の闘技会からひと月が経過し、俺は闘技会への出場を言い渡された。






 剣奴が務める5試合の前座試合の中で、俺は最初に戦うことになった。一緒に戦うのは、エレンだけだった。普段一緒にいる奴と一緒に戦ったほうが、連携がとれて生き残る可能性も高い、ということなのだろうか。


 前座の第一試合は、初めて試合に出る剣奴が多いらしい。経験を重ねるにつれて出番が後半になり、第5試合を勝ち抜けば、いよいよ剣闘士と呼ばれる日が近いというわけだ。

 前座の試合順が絶対ではないようだが、おおむね、そのような傾向があるらしい。


 なら、次の闘技会でも呼ばれるように、なるべく格好良く勝ちたいものだ。

 と思っていた俺に、いくつか意外なことが起こった。

 まず、闘技会の会場まで、目隠しと手枷足枷をはめられたのは、まあ予想通りだ。逃亡させるのを防ぐのは当然の処置だ。


 試合前には当然枷は外されたが、完全に自由ではない。

 俺は、一緒に戦うエレンと鎖で繋がれた。2人一組、というのを徹底したいらしい。

 エレンは正直足手まといだ、と思わなくもないが、この世界で数少ない友人である。1人では戦えと言われるよりましだろう。


 エレンはみっともないほどに怯えて、俺にしがみついてきたが、男に抱きつかれても嬉しくない俺は、とにかく落ち着かせるように努力した。

 闘技場に引き出された時、円形の会場をぐるりと高い壁が取り囲み、その上に観客席が設けられていることを見て取った。


 ひょっとして、幼馴染のファニーとわかる顔がいるのではないかと思ったが、この時はいなかった。いかにカロン少年が好きで、いかに美人でも、身分は奴隷だ。闘技会を見物に来られるほど優遇はされていないのだろう。

 それに、ファニー自身もこういった野蛮なことは嫌いかもしれない。妹は盗賊になるぐらいだから血に飢えていそうだが、カロン少年が残した肖像画から考えると、妹より大人しくて、絵画とかを見に行くのが好きかもしれない。


 きっとそうだ。

 俺は勝手に解釈し、俺に向かって笑いかけてくる無数の人間たちに手を振り、笑い返した。

 俺が笑い返した時の反応で、民衆は俺に対して好意を持って笑顔を向けているのではなく、死ぬのを笑ってやろうと待ち構えているのだと理解した。


 武器は、銅製と思われる茶色い短剣が一本だけだ。俺と繋がれたエレンは槍だが、槍の先端にやはり銅製と思われる鏃が付いているだけよしとしよう。ゴブリンが使っていた、槍とは名ばかりの尖らせた枝を思い出した。

 正面に、壁に設置された鉄格子があった。たぶん、対戦相手はあそこから出てくるのだろう。


「エレン、勝とうな」

「ああ。わかっている」


 声は震えている。唇が青い。それでも、エレンは立っていた。俺にしがみつかずに、自分で立っていた。

 俺は銅の剣を握りしめる。せめて、勇者に戻ってから戦いたかった。だが、仕方がない。死にさえしなければ回復する俺が、極力攻撃を受けるしかない。

 目の前の鉄格子が上がる。

 3匹のオオカミが飛び出してきた。

 その背後から、6人のゴブリンが姿をあらわす。


「ゴブリンか」


 俺が呟いたのを、聞き取った者がいた。


「ゴブリン王……」


 オオカミの向こうにいた、ゴブリンである。


「おい、カロン、知っている奴か?」

「ああ。少しばかりな」


 否定する意味はない。オオカミの向こうで、ゴブリンたちは俺に向かって不恰好な平伏をしていたからだ。

 その間にも、オオカミたちは鼻柱に深い縦皺を作りながら、ゆっくりと足を動かしている。攻撃の隙を狙っているのだ。


 間違いなく腹を空かせている。俺たちのことが、美味そうな肉にしか見えていないだろう。ちなみに、相変わらず目は6つある。左右に均等に3つずつ並んでいるので、沢山あることで意味があるのかどうかわからないが、見た目は怖い。

 観客たちは、殺せとコールを始めていた。俺たちに、オオカミを殺せと言っているのだろうか。どちらかというと、オオカミたちに俺たちを殺せと言っているように聞こえる。


 オオカミを刺激すれば、すぐにでも飛びかかられそうだ。だが、いずれ飛びかかられるので、それは仕方がない。ゴブリンたちをなんとかした方がいい。


「俺はゴブリン王! お前たち、俺に従え!」

「おい、カロン、お前なにを言っているんだ?」

「はっ」


 ゴブリンたちは即座に反応した。武器を構え、オオカミたちに襲いかかる。

 だが、すでにオオカミは俺に飛びかかっていた。

 俺が叫んだのを、隙だと判断したのだろう。

 3匹のうち、2匹が俺に、1匹がエレンに飛びかかる。


 エレンの悲鳴が聞こえる。まだオオカミは達していない。エレンは怯えただけだ。

 俺は一方前に前進し、エレンと繋がれた左腕を背後に回した。

 エレンを戦わせるつもりはなかった。間違いなく死ぬからだ。

 右手の銅剣を握り、スキルを発動させる。


「スキル、ガマン、コンシン、ステミ」


 俺の体が反応する。きっと、我慢強くなったし、全力を出せるようになった。気のせいかもしれないが、迷っている暇はない。

 俺は、銅剣を振り下ろした。

 エレンを狙っていた1匹に向かって振り下ろす。

 オオカミの首から先が落ちた。


 血しぶきが上がり、観客が叫ぶ。

 振り下ろした腕を振り上げ、俺に上から飛びかかっていたオオカミを張り飛ばす。

 だが、腹に噛み付かれた。


「ゴブリンたち! そいつを押えろ!」

「おうっ」


 俺が跳ね上げ、地面に叩きつけられたオオカミに、ゴブリンたちが襲いかかる。なまくらの武器が叩きつけられるが、オオカミはダメージを受けずにすぐに立ち上がる。ゴブリンたちでは、オオカミに有効なダメージを与えられない。いや、持っている武器が悪すぎる。ゴブリンたちは、この闘技場で惨殺されるために引き出されたのだ。


 俺は、自分の腹に食らいついているオオカミに銅剣を打ち下ろした。

 勢いが足りない。おそらく腹ペコだったオオカミは、喜悦の表情を浮かべて俺の腹を食い破る。スキル、ガマンがなければ、今頃悲鳴をあげてのたうちまわっているところだ。


 ものすごく痛いことには変わりない。ただ、ガマンできるのだ。これがゲームであれば痛みはないと思われるので、実際にはどういう作用をするのかわからないスキルだが、現在は役に立ってくれていた。

 俺は銅剣を逆手に持ち替え、切っ先をつき立てた。銅剣の先端がオオカミの背中の皮を突き破る。

 内臓に達したところで、オオカミが叫び声と共に飛び退る。


 代わりに、ゴブリンたちが抑えていたはずのオオカミが俺を再び狙い出した。ゴブリンたちは不味いと思ったのか、俺の流した血の匂いに反応したのか、あるいは両方かもしれない。


「くそっ、エレン!」

「あっ、ああ」


 俺の背後から、槍が突き出された。エレンだ。戦わせるつもりはなかったが、俺が死んでは意味がない。俺は、地面を蹴って俺に飛びかかるオオカミを両腕で受け止めた。銅剣を使う余裕はなかった。

 俺が左腕を使ったことで、エレンの体勢がくずれて、地面にへばりついた。エレンの槍が空を突く。

 俺は掴んだオオカミを地面に叩きつけ、足で押さえつけると、銅剣を持ち替えて首筋に打ち下ろした。


 2匹目のオオカミが動かなくなる。

 これで、残ったのはおそらく致命傷を負ったオオカミが1匹だ。俺をゴブリン王と仰ぐゴブリンたちのことは、ひとまず置いておこう。


「カロン!」


 目の前に、オオカミの姿がない。代わりに、エレンの声が聞こえる。

 俺は、最悪の状況を想定しながら振り向いた。

 そこには、手負いのオオカミにのしかかられたエレンがいた。

 俺はとっさに足を動かした。

 蹴り上げる。


 オオカミの体が宙に浮く。エレンは全身が血塗れだが、オオカミ自身の血と、俺の腹に噛み付いた時の血だけではなさそうだ。首から出血したまま、エレンはぐったりとして動かなかった。


「くそっ! かかってこい!」


 オオカミも衰弱しているのだろう。敵意を見せながら、動かない。俺は手にしていた銅剣を投げつけた。

 オオカミの眉間に当たるが、投擲用ではないなまくらだ。オオカミの怒りが頂点に達し、瀕死であるはずなのに俺に飛びかかる。俺は、エレンの武器であり、現在はただ地面に転がっている槍を掴み上げた。

 オオカミが飛びかかる、その軌跡に合わせて、槍を突き出す。


 腹を貫かれ、オオカミが空中で停止する。俺は、オオカミを串刺しにした槍を地面に投げつけ、オオカミを踏みつける。

 俺の中で、ファンファーレが鳴り響く。オオカミが死んだのだ。レベルアップしたのだ。


 俺はゴブリンたちを見回すと、オオカミたちを全滅させた俺に、敬意を示すだけで襲いかかっはこない。

 俺はすぐにエレンの容態を見ることにした。専門的な知識はない。だが、生きているか死んでいるかの区別はできる。


「エレン! おいっ、エレン!」

「……カロン、勝ったのか?」

「ああ。オオカミは皆殺しだ。ゴブリンは俺たちを攻撃しない。大丈夫だ」

「やったな。さすがだぜ」


 言ってから、エレンの口から血が吐き出された。まだ生きている。だが、このままだと死ぬ。

 俺は、レベルアップしたことを思い出した。戦士レベルが5になったのだ。転職できるはずだ。

 自分でも驚くほど早く、職業欄を呼び出した。

 転職しようとして、俺は止まった。


 現在は戦士であるため、MPが0だ。このまま勇者に戻っても、MPは0から徐々に回復していくことになる。MPが2あれば、回復魔法メディが使える。

 だが、そのためには2分間じっとしていなければならない。その間、エレンはもちこたえられるのか。

 俺は選択を決められないまま、転職できる職業を見つめた。その中の1つに、僧侶というのがある。本来は、信仰のために身を捧げた者だが、ゲーム的には回復役である。


 俺は、万に1つの可能性にかけて、説明を呼び出す。

 僧侶:低級回復魔法、中級回復魔法、低級補助魔法、僧侶スキルを所得する。MPを使用せず、HPの小回復が可能。

 俺は最後の一文にかけた。レベルが1では使えないという最悪の事態もあり得たが、俺は僧侶に転職した。


 スキルの中に、オウキュウテアテという長い名前を発見したとき、俺の心臓は小躍りした。

 俺はスキルを発動させる。

 エレンは、もはや意識がない状態で浅い呼吸を繰り返している。

 オウキュウテアテが発動した。


 エレンの体が、少しだけ回復する。

 それで、十分だった。命は取り止めた。俺にはそれがわかった。オウキュウテアテの効果は、HPを5回復し、一度使うと一定時間使用できないという使い勝手の悪いものだ。だが、MPを使用しないというのは、今の俺にはどれだけありがたいかわからない。


 エレンが助かりそうだとわかり、俺は脱力して座り込んだ。

 頭上の観客が、呆然として見下ろしていることがわかった。オオカミを殺したものの、ゴブリンは俺にはひれ伏している。どう反応していいか、わからないのだ。

 俺は立ち上がった。エレンの体が、俺と鎖で結ばれているので不自然に歪んだが、多少は仕方がない。俺はオオカミを刺し殺したエレンの槍を頭上に掲げた。


「俺はゴブリン王カロン、ゴブリンは俺の支配下だ。この試合、俺の勝ちだ!」


 俺が勝ち名乗りをあげると、しばらくしてから、観客が拍手を始めた。それが全体に広がり、万雷の拍手となるまで、長い時間はかからなかった。

 俺は容態が安定したエレンを抱き上げ、ゴブリンたちを従えて闘技場を後にした。


ここから、ゴブリン王として歩き出す、のでしょうか?

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