169 俺はまだ、この国では指名手配されているのか?
魔王討伐後の後日談です。
数か月前、俺は相棒のアデルと組んで魔王を倒したが、それは誰の依頼でもない。
世界は魔王討伐を諦め、人間たちは魔王に滅ぼされるものと、ある意味では達観していたのだ。
俺とアデルは、戦闘系ゲームからこの世界に魂だけが転生した存在だ。転生して入り込んだのは、死にかけの人間とカマキリだった。
アデルは途中でカマキリから、悪魔族で鉛の体を持つ少女に魂を移し替えることに成功し、俺とアデルしか持っていない『レベル』という強さの概念を限界まで上げてから、同じ世界から来たダニの魔王を討伐した。
この世界では、ダニの魔王ではなく魔王が住み着いていたネコが魔王の本体だと知られている。
俺は、この世界を蹂躙している魔王が、俺と同じ世界で、同じゲームを介して転生したことを知った。
自分の世界の責任として、アデルと組んで魔王を倒したのだ。
だが、俺はどこの国にも属さず、誰の命令も受けていない。
魔王を倒したところで、報告する相手もいないし、誰に感謝されることもない。
俺は、魔王討伐後に俺のいた世界から転生して来た、ネコのケンとネズミのキサラと出会った。
俺と同じタイトルのゲームから転生したらしいが、俺と違うのは、同じタイトルだが、ゲーム内容が経営ミュレーションになっていたことだ。
もともと、俺の世界からは魂だけが転移してくる。この世界の死にかけの肉体に入り込むのだが、俺は実に幸運に、死にかけの人間カロンの体に入り込んだ。
アデルはもともとアリスと名乗り、死にかけのカマキリの死体に入り込み、職業がたまたま僧侶で回復魔法を使用できたために、なんとか生き残った。
俺たちが知らないだけで、俺の世界から大量の転生者がこの世界に転生し、入り込んだ死にかけの肉体がそのまま死んで、俺たちとは出会う前に消滅している可能性はかなり高い。
ケンとキサラは経営シミュレーションゲームから転移しただけに、戦うための能力は何もなく、俺やアデルが標準的に持っているアイテムボックスという異空間に、物を入れることもできなかった。
この世界の人間たちが話す内容は理解できても、発声器官が動物なので発音はできなかった。
ケンとキサラは、この世界で商売をしたがった。もともと、経営を学ぶための経営シミュレーションをプレイして、この世界に来てしまったからのようだ。
俺とアデルは、魔王を討伐した顛末を世界に知らせるため、またケンとキサラに商売をさせるため、小動物のサーカスに見立てて、魔王討伐の概略を路上で演ずることにした。
商会の娘ソフィリアというスポンサーを得て、魔王がいなくなった世界で、魔王討伐物語を公演して歩くことになった。
魔王討伐物語の公演は喜ばれたが、順調だったわけではない。
魔王の討伐を信じていない人たちが根強くいたのだ。魔王が世界を滅ぼす前提で、好き放題にやっていた荒くれ者たちもいた。
そういった人間たちにとって、俺は邪魔な存在でしかないのだ。
※
いくつかの国を公演して歩いた。
公演して歩くと行っても、大きな劇場で活躍したわけではない。
最初の街では、空き地で子どもを集めて紙芝居を演じたのだ。同じように、比較的人の多い拓けた場所を見つけては物語を演じ、路銀を稼いで移動した。
そのうちに商会のソフィリアの助けもなくなり、俺とアデル、ケンとキサラは、気ままな一座として旅を続けた。
俺は、俺の体であるカロンが生まれ育った国に帰ってきていた。
俺は指名手配されているが、逃亡奴隷としてである。
各国で数多くのダンジョンを攻略し、魔物の素材を集め、換金してかなりの金銭を得ている。
奴隷の身分を買い取るぐらいのことはできる。
奴隷から解放する。俺がそう考えた時、頭の中になにかが響いた気がしたが、それが何かはわからなかった。
この国を脱出したキョンラノの港町から入り、田舎を巡って旅を続けた。
公演はあえて地方都市を回った。あまり都会にはいかなかったのは、魔王討伐を快く思わない層が一定数いることを懸念したためだ。
各国の中枢で、魔王が討伐されたことがどう伝わっているのかはわからなかったが、田舎では勇者が魔王を討伐するという話はかなり受けた。
俺に狩りのことを教えてくれたズンダという狩人がいた。久しぶりに会いに行こうかと思いながら、ある村に泊まった。
田舎のため宿もなく、旅の一座として村長が納屋を解放してくれた。
俺たちは、獣臭い藁の上に横になった。
鉛の体を持つアデルは、例によって藁の中に沈み込み、引きずられてネコのケンとネズミのキサラがアデルの上に落ちるのが、いつもの光景だ。
俺も横になった。
まどろみ始めた時、外から足音が聞こえた。
ただの納屋の中である。周囲を歩く人がいても、なんら不思議はない。
俺は動かず、耳に意識を集中させていた。
人の声が聞こえる。
その直後、納屋の扉が開けられた。
「ここに、カロンがいるな」
「ああ。俺だ」
俺は体を起こした。納屋を提供してくれた村長が、恐ろしげに俺を見つめている。
俺の前に立ったのは、武装した兵士の一団だった。
俺の背後、寝藁の中にはアデルと動物の仲間たちがいる。
アデルは、藁の中にはまりこんでいるため、すぐには抜け出せないだろう。ケンとキサラに戦う能力はない。
俺は、両手をあげたまま立ち上がった。
「抵抗するつもりはない。俺はまだ、この国では指名手配されているのか?」
「いえ。失礼いたしました。武装は護衛のためです。丁重にお連れするように、言付かっております」
俺は目を疑った。
武器を構えていた人間たちが、俺に向かって一斉に頭を下げたのだ。