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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
魔王討伐後の後日譚
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168 スポンサーに敬礼

 拍手が鳴り止まず、アンコールの求めに応じて何度もカーテンコールを繰り返すケンとキサラの一族を尻目に、俺とアデルは小劇場の片付けを始めていた。

 街の広場で突然小芝居を始めるのに、許可が必要なかったのは驚きだ。

 今まで、そんなことをする人間はいなかったらしい。


 途中で通りかかった兵士の姿もあったが、観客に混ざって一緒に見物していた。

 俺が小劇場に使用した木材をアイテムボックスに収納していると、軽く拍手をしながら、ロバーツ商会会長の娘、ソフィリアが近づいていきた。


「本物の役者と比べると、聞けたものじゃないけど、面白かったわ。ネコとネズミ、それに……トカゲかしら? どうやって仕込んだのか知らないけど、見事だったわ」

「そう言って貰えるとありがたい。できれば、この内容で興行を考えているんだ」


 俺はソフィリアに言った。

 ケンは自分の力で事業を起こすことに絶望し、キサラもネズミの体で人間相手の農作業では、商売にならないと認めている。

 考えた結果、俺たちが出したのは、芝居の興行だ。


 旅芸人というより、俺のイメージでは紙芝居に近い。

 だが、実際にネコが魔王を演じ、体の小さなネズミが勇者と魔王の取り巻きを演じる。

 俺は、魔獣のテイマーという存在に、この世界ではアデル以外に会ったことはない。

 アデルでも、動物に細かな芝居をさせるのは無理だと言っていた。ただ、キサラは完全に人間としての動きができる。キサラが制御するのであれば、トカゲに命令を聞かせることはアデルになら可能なのだ。


 この世界の魔王は討伐された。

 その事実を知る存在すらほとんどいなく、討伐された時の状況も、魔王の本体の存在も、誰も知らないのだ。


「いいんじゃないかしら。魔王は……本当にもういないのよね?」


 ソフィリアは、俺が参加した魔王領の調査結果を知っているはずだ。

 それでも、まだ魔王の呪縛からは逃れられない。それほど、魔王は恐れられ、突然いなくなったのだ。


「ああ。間違いない」

「なら……こういう方法でもいいから、魔王がいなくなったことを、誰かが伝えなくちゃならないわ。本来なら、それは吟遊詩人の役目なんだけどね」

「残念ながら、調査隊は吟遊詩人を連れて行かなかった」


「そうね……ネズミが演じていた勇者がカロンという名なのは……それが真実だからなの? それとも、その勇者の名前を出せないから、誤魔化すため?」

「真実だよ。ただし、アデルはトカゲじゃなかったけどね」


 俺たちの会話を聞いていたのだろう。俺の足元に来ていたアデルが言った。俺は首を振る。

 俺は、自分が有名になりたいわけではない。いもしない勇者をでっちあげるべきかどうかわからず、とりあえず俺の名前をつけたまま、修正できずにここまできてしまったのだ。


「なら……安心ね。もし魔王一派の強力な魔物に目をつけられても、本物の勇者が興行しているのなら、何の問題もないわ。それで……私にこの興行を見せたのは、意見を聞くため?」


「この興行を商売にできるかどうか、本物の商人の意見をききたかったのは本当だ。それで……もし……当面の資金が必要なら……」

「スポンサーになれって?」

「……できれば……」


 俺も、かなり金は貯めてある。魔物や魔獣を討伐してアイテムボックスに入れると、売れる部位だけが選別して残されるので、それを売ってかなりの金額を持っている。

 だが、その金を使うのは、アデルだけでなくケンやキサラも反対した。


 ケンやキサラはこの異世界で商売をしたいのだ。俺が出資しては、いつまでも自分たちで商売しているとは思えないのだろう。

 ただし、この世界でオーナーを見つけるのであれば、出資してもらうのは構わないらしい。

 俺がソフィリアの顔を伺っていると、ソフィリアは笑い出した。


「いいわよ。もともと、腕の立つ護衛を探していて、ネコと一緒におかしな商売をしている戦士に声をかけたのだもの。ネコとネズミのサーカスだけでも、あれだけやらせられるなら、ちゃんとした劇場にも出られるわ。スポンサーは引き受ける。ただし、出資する以上、私の指示には従ってもらうし、強い護衛が必要にときは、魔王を倒した勇者様の力を使ってもらうわよ」


 ソフィリアは言った。目は笑っていない。どうやら、本気のようだ。


「アデル、いいかい?」

「あたしの承諾はいらないだろう。ケンもキサラも、フランシスも反対はしないよ。ここまで、苦労したからね」


 アデルは笑う。フランシスは違うだろうと言いたかったが、アデルはまだ、フランシスがただのトカゲだとは認めていない。

 俺は言った。


「台本は見直す必要もあるだろうが、これから俺たちは劇団だ。アデル、ケン、キサラ、スポンサーに敬礼」


 小さなアデルと、もっと小さなケン、さらに小さなキサラとキサラの子どもたちが、ソフィリアの前に並んで最敬礼をした。


「あなたもよ」

「わかっている」


 ソフィリアの求めに応じ、俺は差し出されたソフィリアの手に口づけして、劇団の設立を宣言した。

後日譚、ここで完結です。

魔王との戦いそのものを描いていないせいか、あまり後日譚という感じがしないかもしれません。

そのうちまたこの続きを書くかもしれませんが、とりあえずはここまでです。

お付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。

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