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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
魔王討伐後の後日譚
161/195

161 ネズミ1匹につき、銅貨5枚

 髪の長い女は、ソフィリアと名乗った。結局ケンが売りたがっていた商品は買ってくれなかったが、代わりにネズミを駆除する仕事をしないかと持ちかけられた。


「どうする?」


 俺は、一度持ち上げたケンの体を背中に隠しながら尋ねた。ソフィリアの本心はわからないが、ネズミをとることが得意なのは俺ではなくケンという茶色いネコだと紹介したのだ。

 俺が決めるわけにもいかない。


「ネズミの革と肉は売れないんだろ?」


 ケンが尋ね返す。


「そうだな。そこまで人間は困窮していないらしい。ここでこれ以上商売を続けても、売れる見込みはないだろうな」

「……ネズミを取って、報酬がもらえるんだな?」


 俺の背中で、ニャーニャー鳴いている。俺は返事を待っているソフィリアに尋ねた。


「報酬は?」

「ネズミ1匹駆除するたびに、銅貨5枚ね」

「……革一枚の売値じゃないか」


 俺の背中でケンがつぶやく。ずっと黙っていたアデルが囁いた。


「革を剥ぐ手間も、鞣す手間もいらないね」

「……やる」


 ケンのつぶやきが、俺に聞こえた。俺は、ソフィリアに答えた。


「どこに行けばいい?」

「私の商会の食糧倉庫で、ネズミが出て困っているの。地図を渡すわ」

「わかった」


 俺は地図を受け取ると、地面に広げてあった商品を布で包んだ。


 ※


 ソフィリアは、ロバーツ商会の商会長の娘だと名乗った。

 地図を渡されたが、俺がすぐに決断したことで、ソフィリアはその場で待っていた。俺はケンの荷物をケンの背中に縛ろうとしたが、ケンは拒否した。


「この商売は失敗だ。一度立ち上げた商売が完全に失敗するって、並の経営シミュレーションではないことだよな」


 ケンは表情の乏しいネコの顔で、寂しげに笑ってみせた。

 人間たちは、魔王が討伐されたことを知らないはずだ。魔王軍に対する防波堤でしかないドレードの街に商会があるのかと驚いたが、魔王軍の動向に合わせて売れ筋の商品を見極めるために、必要なのだとソフィリアに力説された。


 本来なら人間の兵士が戦いの準備をしているはずの町だが、残念ながら、魔王軍に抵抗する軍隊は人間側には残っていないのだ。

 せいぜい、小競り合いを収めて治安を維持するのが関の山だ。


「ここが仕事場よ。この町では、何より食料……それも保存が効く干し肉や干し芋の需要が高いの。つまり、ネズミたちも大好物ってわけ」


 ソフィリアが示したのは、大きめの民家を2軒分ほどつなぎ合わせたようなサイズの蔵だった。


「言っておくが、これは商売だ」


 ケンは、商売をしたがっている。俺はソフィリアに念を押した。


「わかっているわよ。冒険者組合がまだ機能していれば、冒険者組合に依頼を出すところよ。でも、冒険者は魔王軍に狙われる。それを知って、みんな冒険者を辞めていったわ」

「知っているよ」


 俺が魔王城に乗り込んだ時には、すでに冒険者組合そのものが潰れていた。


「ネズミ1匹につき、銅貨5枚よ。さっきも言ったでしょう。不服があるの?」

「ケン、それでいいか?」

「俺は猟師だ。獲物を殺して買い取ってくれるなら……猟師として文句はない」

「ああ。頼むぞ」

「任せろ」


 ケンが力強く言ったが、通りがかった中年の女が驚いて振り向いた。きっと、力強い鳴き声に聞こえたのだろう。


「じゃあ、始める。鍵を開けてくれ。ここは、俺たちだけでいい」

「そう。日没ごろまた来るわ。その時までに成果を出すのね」

「わかった」


 ソフィリアが蔵の鍵を開けた。

 俺とアデルは、ケンを抱いて蔵に入る。


「ケン、頼むぞ」

「ああ。任せろ」


 茶色い背中が頼もしく見える。


 俺は、あえてケンだけにネズミの駆除を任せることにした。

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