16 あんた、ひょっとして、見た目ほど若くないだろ
冒険者たちから渡された煙玉を使うための火気が見つからなかったため、俺はゴブリンたちを巣穴から追い出す方法を探した。
ゲーム機能としての翻訳がゴブリン語にも通用したため、俺は交渉を試みた結果、うっかりゴブリン王だと名乗ってしまった。ゴブリン王、という伝説があるのか、ゴブリンたちは俺を王として認めた。
「俺は、お前たちに警告を与えに来たのだ。この巣は、人間たちに狙われている」
ゴブリンたちがざわざわとざわめく。ゴブリンたちは、体を木の皮や獣の皮で覆っており、全裸ではないがみすぼらしいことこの上ない。
壁の近くの集落では、人間の技術者が作った服を着ているゴブリンも多く、小柄なこと以外は顔を見なければ見分けもつかないが、目の前の集団は、いかにもゴブリンだ。肌も緑色をしている。顔も醜悪に潰れて見えるが、醜美に関しては言及しないことにしよう。俺だって、ゴブリンからはものすごいブ男だと思われているかもしれないのだ。
「ど、どうすれば?」
「出口を人間が見張っている。逃げ道は?」
「出入りは、そこだけです」
都合がいい。俺はほくそ笑んだ。冒険者たちが待っている出口から出て行かせれば、まず俺の仕事は完了だ。
「いつまでも、この中から誰も出ないというわけにはいくまい。食べ物にも限界がある。幸い、人間の数も実力も大したことはない。よしっ! 迎え撃とう」
「おおっ!」
ひょっとして、あの冒険者は負けるのではないか、という心配はあったが、さすがにそこまで心配することもないだろう。煙玉を使えれば、すべてのゴブリンが出てくるのは計算通りのはずだ。
「相手は5人だ。こちらは、何人いる?」
「たくさんです。ゴブリン王よ」
「……20人か。よし、手分けしよう」
ゴブリンの数を自分で数え、俺は班分けを行わせた。近くにいる者同士を近づけ、4人ずつ、五つの班を作る。
「相手は5人、お前たちも五班に分けた。わかるか?」
「わかりません、ゴブリン王よ」
どうやら、ゴブリンに五つ、という数字は難しすぎるようだ。俺は言い方を変えた。
「俺が、お前たちの仲間を分けた。それはわかるな?」
「はい。ゴブリン王よ」
「いまから、それがお前たちの最も信頼できる仲間となる。俺が作った集団を崩さず、人間たちに襲い掛かれ。戦えばわかる。お前たちに敗北はない」
「おおっ!」
「行け! ゴブリンたちよ! お前たちには、このゴブリン王が付いている!」
「おおっっっっ!」
ゴブリンの集団が走り出した。出口に向かってである。煙こそでていないが、冒険者たちの思惑通りであるはずだ。これで、冒険者たちが苦戦したとしても、俺が何をしたのかはわかるはずがない。俺を人間扱いしなかった報いだ。少しは苦戦するといいのだ。
そう思ってゴブリンたちの走る背中を見ると、俺の予想以上にしっかりと隊列を組んでいる。班分けをしたのは俺だし、冒険者たちに一対四で当たれば、ゴブリンでもいい勝負ができるだろう。
俺はそう考えていたが、あの冒険者の情けない姿を思い出すと、本当にゴブリンに負けるのではないかと思い出していた。
冒険者がゴブリンに全滅させられたら、俺はどうなるんだろう。
心配になった俺は、ゴブリンの集団を追って、ゴブリンの巣穴を逆戻りした。
冒険者とゴブリンの戦いは、あきらかにコメディだった。
まともに戦うこともできない人間に対して、ゴブリンたちはただ木の枝を尖らせただけの槍を突き立てる。
技術が未熟であれば、剣よりも槍の方がはるかに使いやすい武器であることは、過去の歴史から学んでいたが、まさにその通りのようだ。もちろん、俺が学んだ歴史は、この世界の歴史ではない。
剣と盾で応戦する冒険者に対して、貫通力も強度も弱い、ただの木の棒を無数に繰り出しているゴブリンという構図は、いつ果てることもない、寸劇のように見えた。
「おい、奴隷、お前も手伝え。このままじゃ、お前の飯代も出ねえぞ」
俺の姿を見つけた冒険者が叫ぶ。
「ゴブリン王よ! ご助力を!」
俺は、すぐにどちらに加勢するか決めた。俺を奴隷としてしか扱わない冒険者と王として仰ごうとするゴブリンを比べて、冒険者に加勢する気にはどうしてもなれなかった。気にしていないつもりだったが、腹にはだいぶ溜まるものがあったらしい。人間の心とは、難しいものだ。
俺は粗末な石斧を取り出して、まず冒険者のリーダーに近づいた。
「俺の役割は終わったでしょう?」
「ああっ! だが、俺たちが死んだら、お前も困るだろうが!」
「追加で報酬とかは?」
「奴隷が! 調子に乗るな!」
当然、この間もゴブリンと冒険者の応酬は続いている。俺の方を見てなどいない。俺は、背後から冒険者の頭部を殴りつけた。
それから都合4回、同じ作業をくりかえし、俺とゴブリンたちの前に、冒険者たちが転がった。
人間たちをバラして、肉にしようとしていたゴブリンを俺が止める。
「人間を殺してはならない」
「ゴブリン王よ、どうしてでしょうか。俺たちは常に飢えており、人間たちはよく俺たちを殺します」
「ああ。その通りだ。だが、人間たちを殺せば、必ず報復が行われる。この人間たちよりお前たちが強かったのであれば、さらに強い人間たちがお前たちを殺しに来るだろう。それではきりがない。食べる物については、狩の仕方を俺が教える。この者たちは、縛り上げて閉じ込めておけ」
「さすがはゴブリン王。では、そのようにいたします」
こうして、俺は本格的にゴブリン王としての道を歩き始めた。
もちろん、その道はすぐに離脱する予定であるが。
俺は、冒険者と3日の契約で雇われた。冒険者たちも、一回の狩りでゴブリンを捕まえられると思っていなかったのだろう。だから、期間を長めにとっておいたのだと、俺は勝手に解釈した。
人間たちを殺さないように言明し、俺はゴブリンの戦士たちと一緒に森の奥に入った。
この時、狩人のズンダとの経験が生きるとは思わなかった。
ズンダは、森の中で注意するべき危険な動物の習性や発見の仕方を教えてくれた。皮の剥ぎ方もしかりであるが、今のところ、俺はそれを身につけていない。
だが、冒険者たちの荷物は全てゴブリンたちに与えた。その中からナイフを見つけたので、それだけは俺のものとした。ナイフがあれば、動物の皮を剥ぐこともできそうだと思ったのだ。
親しく接してみると、ゴブリンは悪い連中ではなかった。俺のことをゴブリン王だと思っているため、下にも置かない扱いであり、森のことをよく知っている俺にますます敬服していった。
ゴブリンは愚かだった。それは間違いない。数も3以上になると混乱するらしいし、簡単な命令以外は受け付けない。だが、理解できる範囲のことであれば、実に誠実なのも間違いのない事実である。
俺はゴブリンの戦士を連れ、3日の間森で狩りを行い、オオカミやイノシシといった森の動物をたくさん殺し、また捕獲した。捕獲したのは、冒険者たちに持帰らせるためである。
さすがに、いまさらゴブリンを闘技場で死なせるために連れ帰らせることはできない。ゴブリンたちを騙せばできるが、そこまでして冒険者に稼がせてやる理由はない。
メスライオンがとても高価だったようだから、動物でもいいのだと俺は勝手に解釈した。だいたい、戦う相手としては、ゴブリンより野生の獣の方がよほど手強いし、知恵も回る。ゴブリンたちのように、自分の体臭で鼻が効かなくなっている、というような愚かしい状態ではいないのだ。
三日間で、俺はオオカミ二頭にイノシシ三頭、大蛇一匹を捉え、レベルも戦士3に上がった。HPが45になったが、MPが0のままなのが辛いところだ。
3日後、俺は捉えられた冒険者たちの前に出た。さすがに3日間しばりあげたままでは辛いだろうと、俺は丸太で格子を作らせて、牢に仕立てていた。手足は繋がせてもらった。俺がされていた枷を利用していた。
「お前……」
冒険者たちは、俺を見ると非常に悔しそうな顔をした。どうやら、まだ元気らしい。
「そろそろ、俺の雇用契約が切れると思ってね」
「何言っていやがる。お前なんか、解除に決まっている」
「そうか? ほんとうにいいのか? どうして、お前たちがまだ生きていると思っている? ゴブリンたちが、人間を生かしておく理由はなんだと思う?」
「……なんだと?」
「その上、俺の雇い主でもなくなれば、俺がお前たちを殺すなと命じておく理由もなくなるというわけだ」
俺は、精一杯嫌な奴に見えるよう努力した。中身はともかく、現在14歳の可愛い顔をした少年だ。怯えられるぐらいでなければ、こんな荒くれた男たちの制御などできないだろう。
「……何が望みだ?」
「俺を街に戻せ。剣奴に戻りたい」
「……ゴブリンたちを使役しているんだろう。そんな奴、他にいない。このまま森で暮らさないのか?」
ようやく、まともな話ができるていどには落ち着いたようだ。見れば、ぶくぶくと太っていた全員が、げっそりとこけた顔をしている。たった3日で衰弱しすぎではないだろうか。
食料は与えたはずだ。ゴブリンに尋ねられて、ちゃんと指示を……その時はいらだっていたので、ゴブリンの糞を食わせろと言ったかもしれない。忠実に実行していたとしたら、まあ、衰弱もするだろう。
「目的がある。それは、ゴブリン王のままでは達成できない。お前たちにも、利益がある話だ。ゴブリン用の檻に、森の動物を捕獲して入れてある。闘技場なら、猛獣も売れるだろう」
「あっ、ああ……だが、どうやって捕まえた? ゴブリンが一番捕まえやすいから、俺たちはゴブリンを狙ったんだが……」
「俺は、壁の外の生まれだ。狩人の知り合いがいる。そいつに習った」
「……そうか。狩人か……」
冒険者は、感慨深げに口にした。考えて見れば、狩人を雇った方が動物を捕まえるのには適している。俺は、ズンダのことは絶対に口にするまいと誓った。こいつらがズンダを頼るようになったら、ズンダも迷惑するだろうし、俺の株が下がるのではなかと思ったのだ。
人間たちは、すごすごと引き上げる。ゴブリンたちは威嚇し、追い立てた。問題は、俺だ。
「ゴブリン王よ。我々を見捨てるのですか?」
俺は王となったのだ。
「見捨てはしない。いずれ戻る。その時まで、国を栄えさせよ。俺が君臨する、ふさわしい国にするのだ」
「はっ」
ゴブリンたちが平伏する。
ゴブリンたちへの要求は簡単なものだ。要は、数を増やしておけといったのに過ぎない。翻訳機能が優秀なので、細かな言葉を伝えてくれるが、実際に耳に聞こえる音から推察する限りでは、ゴブリンの言語は極めて単純にできているはずだ。俺の言葉も、そのうち帰るから、増えておけ、ぐらいに翻訳されているだろう。
来る時は、俺は繋がれて走らされた。帰る時は、堂々と馬車に乗っている。
「結果的に、ゴブリンを捕まえるより儲かるんだろう?」
ゴブリンたちの小さな姿が見えなくなったあたりで、俺は冒険者たちに尋ねた。3日前とは見違えるほどやつれた冒険者たちは、俺が声を出した瞬間にびくりと震えた。3日前のことを考えると、いい気味だ。
「は、はいっ、ゴブリンは一番安い魔物ですから……オオカミはゴブリン3匹分で売れます」
「なら、次の闘技会までに、もう一度俺を雇え。次回は、俺をきちんと扱えば、今回みたいな痛い目に遭わずに稼がせてやる」
「それは……有難いですけど……どうしてです?」
「剣奴として生き残るためには、強さがいる。俺は、実践を積みたいのさ」
「あんたは、十分強いんじゃないか?」
「まだまだだよ。それに、闘技会に出してもらえる保証もない。飼い殺されれば、俺はただあの訓練場で年をとるだけだ……そうだ」
俺はあることを思いつく。身をのりだすと、冒険者たちは恐れるように下がった。
「闘技会では、賭けはやるのか?」
「ああ……もちろん」
「次の闘技会に出るかどうかわからないが、俺に全財産かけろ」
「そりゃ、言うまでもねぇけど……あんたに幾ら渡せばいい?」
問われて、俺は驚いた。俺は単に、面白そうだから、という以上のことを考えてはいなかったのだ。
賭けさせるということは、当然分け前を要求するということだ。そんなものはいらないと突っぱねるほど、こいつらのことは好きではない。
「しかし、剣奴の身分で金は使えないだろう」
「冒険者に雇われれば、身分は奴隷でも、金は持てる。店はかぎられているが、買い物だってできるよ」
「……女も?」
俺は、一緒に訓練場でつるんだエレンのことを思い出す。
「もちろん。だが、あんた、ひょっとして、見た目ほど若くないだろ?」
「訳ありだ。そこは聞くな」
俺は凄んだつもりはなかったが、冒険者たちはおろそしげに顔を見合わせた。