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152 小さな賢者なら捕まえた

 交易品を回収した後、来た道を戻る。先行してアデルが二人の女を連れて戻っている。

ひっくり返った荷車を見つけた場所まで戻ると、俺にお嬢様の救出を依頼した男が、号泣して太った女にへりくだっていた。

 側でファニーとアデルが眺めている。俺が近づくと、アデルが気づいた。


「豚はどうした?」

「ああ。ここだ」


 俺は引っ張って来た豚をアデルに渡す。


「話したかい?」

「……豚の言葉まではわからない。いや、わかりたくない。食べづらくなるからな。アデルが話せるなら……まかせる」

「はいよ。仕方ないね」


 アデルは俺から豚に繋いだ縄を受け取る。道中、俺も何度も気になったが、豚と話す決心はつかなかった。

 本当に話せるとわかった時の衝撃が大きそうだったからだ。

 アデルが話せる場合でも、悪魔族であるという特徴のためだろうという可能性がなければ、俺はさぞかし追い詰められた気持ちになっていただろう。

 アデルが俺を気遣ってか、豚を引っ張って連れて行く。

 俺がお嬢様に近づくと、ファニーの前に太ったお嬢様が気づいた。


「ああ。戻ったのね。手ぶらなの? 交易品はダメだったの?」

「お嬢様がご無事だったのです。私は、お嬢様だけでもと依頼しました。お嬢様は、それほど大事なお体なのですぞ」


 高齢の使用人の呼びかけに、お嬢様は少しだけ機嫌を直したように鼻を鳴らした。


「まあね。それはわかっているわ。でも、さらに交易品も守ったというのなら、好きな物を褒美にあげてもいい。そう思っただけよ」

「さすがお嬢様、お優しい」

「で、結局何も回収できなかったわけね。報酬は……えっ?」


 面倒くさくなった俺は、アイテムボックスから回収して来た荷物をぶちまけた。


「回収できた全てだ」

「……えっ? ど、どこから出したの?」

「気になるのはそこなのか? 秘密だ。教えない。それより中身を確認して、俺に報酬を支払うべきかどうか、さっさと決めてくれ。報酬しだいで、これを荷車に乗せるぐらいはサービスしてもいい」

「カロン……あなた……」


 ずっと見ているだけだったファニーが声を震わせた。存在すら忘れていた。影の薄い女だ。


「……ん? あ、ああ……俺と知り合いだったな。それとも……違ったかい?」

「……記憶が……ないのね……」

「そんなことは……いや……ないな」


 ファニーが言ったのは、この世界での、俺が肉体をもらう前のカロンの記憶だ。確かに、俺はかつての世界の記憶しか持っていない。


「あんたち、知り合いなのね。ちょっと中を確認するから離れていなさい。大事なものもあるのよ。アンドリュー、手伝いなさい」


 お嬢様が交易品の山に向かい、高齢の男が従う。ファニーは言われた通りに離れ、俺の手をとって促した。

 俺はファニーに従う理由もないが、お嬢様を怒らせて報酬を減らされても困るので、従うことにした。






 途中で豚を捌いているアデルを見つけ、何故かファニーが突然方向を変えた。岩山の間に誘い込まれた形になる。

 アデルが豚を捌いている原因が実に気になったが、ファニーが至近距離で真剣に見つめていたので、とりあえずアデルのことは置いておくことにした。


「どうしたんだ? お嬢様に離れろと言われても、こんなに離れることはないだろう?」

「……カロンなのよね?」


 何度確認すれば気がすむのだろう。俺は頷いた。


「そうだ」

「私のこと、わからないのよね?」

「すまないとは思う」


 俺が肉体をもらう前の記憶が消えているのだから、仕方ない。それ以前の知り合いなのだと言われれば、まさにその通りなのだと信じるしかない。


「ずっと……待っていたのよ。二度と会えないと思っていたカロンが……闘技場で有名になったって聞いて……まさか同じ人だと思えなかったけど……妹のフラウが突然来て教えてくれたわ。その時は……私を探してくれているって聞いたのに。どうして……忘れちゃったの? カロンに……何があったの?」


 ファニーが俺の胸に額を押し当てた。

 フラウのことは知っていた。話した内容は忘れた。

 ファニーのことは俺が知るはずがないので、その時に何か話したとしたら、適当に答えていたのではないだろうか。


「君が知っているカロンは死んだ。俺もカロンを名乗っているが、別人だと思ってほしい」

「分かったわ。ても、あなたは……どうして泣いているの?」

「……泣いている?」


 俺の頬を涙が伝い落ちた。悲しい場面ではない。目にゴミが入ったのだろうか。


「わからないな。俺には……わからない……」

「まだ……そこにいるの?」


 ファニーの声が俺に突き刺さった。そう感じた。心臓をえぐられたように、鼓動が変わった。心臓が痛い。

 体調の異変ではない。直感的に俺はそう思った。どうすれば治るのか、根拠なく、俺は信じ、信じた通りに口にした。


「君のことは覚えていないが……俺になにかできることがあるかい? 助けはいらないかい?」

「……助け?」


 ファニーが首を傾げた。確かに可愛らしい少女だ。同時に俺の心臓が落ち着いた。この体の本来の持ち主、カロンの魂はまだこの肉体にまとわりついているのだろうか。


「……ああ」

「……なんでもいいの?」

「できるかぎりのことはするが……」

「……ないわ。私は恵まれているもの。奴隷の中では……」

「そうか……」


 ファニーは笑った。清々しいと俺は思った。なぜか、達観しているように感じた。自分の人生を、十代であきらめているかのようだ。それが、この世界の当然の生き方なのだろう。


「カロン」


 突然大声で呼ばれた。アデルだ。小さな賢者を知っているという豚に尋問をしていたはずだ。途中でなぜか豚を捌いているのを見たが、どうやら終わったらしい。


「呼んでいる。行かないと」

「ええ。カロン……だった人。私は、お嬢様と冬の国の貴族のところに行くわ。お嬢様にお付きの奴隷として……ひょっとして侍女にしてもらえるかもしれない」


 良家の侍女は、奴隷にとって憧れの職業らしいということは聴いたことがある。


「……そうか。凄いな」

「だから……心配しないで。会いたくなれば、いつでも来られるでしょ?」

「……そうだな……」


 ファニーが逢いに来ることはできなくても、俺が会いに行くことはできる。

『会いに行く』とは答えられなかった。俺がそれをすることを、ファニーが望んでいるという確信が持てなかった。俺は曖昧に答え、俺を呼ぶアデルのところに向かった。






 俺が行くと、岩場に横たわる豚の上にアデルが腰掛けていた。


「……殺したのか?」

「勢いだ」

「困るだろう。俺たちが探している小さな賢者の情報を持っているのが、この豚なんだろう?」

「心配ない。捕まえた」

「何?」

「小さな賢者なら捕まえた」


 アデルは大きな口を開いて笑みを見せた。牙がずらりと並ぶため、威嚇されているように見えるのはいつものことだ。


「何処にいる?」

「これさ」


 アデルが右手をあげた。なにかをつまんでいる。俺にはすぐに見つけられなかった。


「どれだ?」


 俺が尋ねると、アデルは指先をずいと近づけた。


「……ダニ?」


 アデルがつまんでいるのは、どう見てもダニだ。


「豚ダニだね。まっ……おかしくはないさ。あたしだって、カマキリだったことがある。もう1人は、ただのネコになっちまった」

「……俺たちと同じ世界から来たのか?」

『……人間に転生した奴がいたか。運がよかったな……』


 アデルの声ではない。アデルは話していない。耳で聞こえたわけではない。だが、俺には理解できた。アデルが頷く。アデルにも理解できている。

 アデルにつままれたダニは、カマキリのアリスだったアデルや俺と同じ、異世界から転移してきたのだ。


「ああ。我ながら、運が良かったと思っている。だが、そっちのアデルは人間じゃない」

「……そうなのか? まあ……ダニの体では、見ただけではよくわからない」

 アデルの指の中で、ダニがもぞもぞと動いた。アデルを見ようとしているのだろう。

「それに、アデルはこの世界に来た時はカマキリだった。俺は色々と恵まれているようだ。職業に勇者がある」


「勇者? ……実装されたのか。すると……カロンと言ったな。お前は、俺よりずっと後になってこの世界に来たのか?」

「おそらくそうだ。だからあんたを探していた。魔王復活のために、あんたの力がいるそうだ。俺は、この世界の魔物と取引をした。一緒に来てもらう」

「勇者が魔王復活のために尽力しているのか? とんだ勇者がいたものだな」


 豚ダニはカカと笑った。


「事情があるのさ」

「ぐぇっ」


 アデルが指先に力を込めると、ダニは悲鳴をあげた。


「お、俺を怒らせない方がいいぞ」


 ぜひぜひと声を裏返しながら、ダニが抗議する。


「だろうね。体が小さかろうが、弱いわけじゃない。賢者っていうぐらいだ。魔法職を極めたんだろう? 弱いはずがない」

「俺は……魔法職じゃないな」

「いくらなんでも、この体で戦士職専門かい? どこをどう鍛えたって、この世界にも物理法則はあるだろう。無茶じゃないか?」

「……アデル……たぶん……違う……」


 俺は気づいた。小さくてわかりにくいが、アデルの黒い指の中で、白いダニに一点の輝きがある。どうやら冠を頭部に載せている。


「へぇ……気づいたか。さすがは勇者だな」

「カロン、どうしたってんだい?」

「そのダニ……元の世界では……ゲームの運営側にいたんじゃないか?」

「ご名答」


 ダニの笑顔を俺は見た。


「意味がわからない。それは察していたことだろう? 魔王があたしたちの世界から転移して来たやつなら、たぶん運営側の奴だって」

「魔王は死んでいない。姿を消したが、死んだわけじゃない。だから7魔将と呼ばれる奴らは忠誠を誓い続けたんだ」

「死んでいない? じゃあ……どういうことだい?」

「小さな賢者の正体は、魔王だ」

「……こいつが?」


 アデルが驚愕に言葉を失い、指でつまんだダニを見つめる。

 ダニが前足をあげた。親指でも立てたのか、Vサインか、いずれにしても誰にも理解はできないだろう。

 魔王の正体は、ダニに転生した俺の世界のゲームマスターだった。

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[良い点] ……ファニー、カロンも、切ないですなぁ。 そして、魔王の意外な正体!wwwwww
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