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151/195

151 ファニーって、あんたの幼馴染じゃなかったのかい?

 その女は、積み上げられた荷物の間から顔を覗かせていた。

 隠れていたのだろう。隠れていたのに、出てきたのだ。

 俺のことを知っているらしい。


 俺の名を呼んだのだ。

 助けてほしいと思っているのだろう。

 俺が助けられると判断したのだ。

 なら、出会ったのは闘技場だろう。


「カロン! カロンよね?」

「……ああ。そうだ」

「どうしてこんなところに……逃げて!」


 女はわからないことを言った。年齢は同じくらいで、まあ美人だ。

 髪が長く、整った顔だちをしている。

 知り合いの盗賊、ファニーに似ているかもしれない。

 俺の名を呼び、どうして助けを求めずに逃げろと言ったのだろう。


 俺のことを逃がそうとした本人は、周囲のオークたちから目をつけられてしまった。

 オークたちは、荷物の中にいるのに気づかなかったのだ。

 オークの鼻は豚のようには利かない。

 だが、現在はまるで美味いものを見るかのように舌なめずりをしている。


「……アデル、小さな賢者について、何かわかったか?」

「ああ。知っている奴がいた」

「どいつだ?」

「これだよ」


 アデルは1頭の豚を組み伏せていた。

 オークではない。どうやら、本物の豚だ。


「言葉がわかるのか?」

「……あんたが聴くのかい。ゴブリン王」

「なに? 奴が? 本物か?」


 オークたちがざわめく。


「テメェ! カロンか!」


 今更ながら大声で立ち上がったのは、闘技場の教官をしていたブウだ。

「タイカ」

 俺のことを知っているらしい女を効果範囲から外し、オークたちを火で包む。


「こらっ! あたしもいるんだよ!」


 アデルを忘れていた。


「悪い。あっちに人間がいるんだ」


 俺が指差した先で、女が尻餅をついていた。

 目の前まで迫ったオークが火に包まれ、ひっくり返ったらしい。


「人間だって?」


「タイカ」

 さらに火で覆う。威力が弱いため、殲滅するつもりなら繰り返す必要があるのだ。


「今のはわざとだろう!」


 アデルが怒った。


「アデルなら平気だろう。信頼関係だ」

「勝手なことを……」


 アデルはぶちぶちといいながら、組み敷いた豚が生きているのを確認する。

 地面に伏せていたために、魔法の効果範囲から外れたのだ。もちろん、計算通りだ。






 さらに「タイカ」を繰り返し、俺はオークたちを焼き豚に変えた。その中にはブウも含まれていたが、仲良くなる道理もない。俺を見捨てた闘技場の興行主が現在どうなっているかなんてことも興味がない。

 俺は焼け死ぬ豚たちを飛び越え、文句を言おうとして立ち上がったアデルを飛び越え、荷物に紛れて隠れていたらしい女の前に降り立った。


「無事か?」

「カロン……カロンなんでしょ? ……違うの?」


 女は二人いた。情報通りだ。一人は輿入れするお嬢様で、もう一人は侍女だ。

 俺の名前を訳知り顔で呼ぶ方がお嬢様だろう。金持ちの令嬢なら世情には詳しいだろうし、俺はこの国で有名な剣闘士だったのだ。名前も顔も知られていてもおかしくない。今後の活動には、若干注意が必要だろう。


 俺のことを知っていたお嬢様はなかなかの美人で、髪が長く、すらりとしてやはり気品がある。

 侍女の方は困ったもので、輿入りするというお嬢様にお付きの侍女ならある程度の年齢のはずだが、丸い体型の太った女で、荷物に挟まったまま出られずにもがいている。

 顔はそばかすだらけで、黄色い髪を左右に縛っている。


「ああ。カロンだ。わかったら、無駄口を叩くな。俺のことは聴いたことがあるんだろう?」

「……本当に……カロンなの?」

「ああ。間違いない。剣闘士だったカロンだ。安心したか? まだ奥から魔物が出てくるかもしれない。荷物は置いていく。俺に捕まれ」

「駄目よ! これは私のものよ。せっかく魔物を倒したのに、捨てる必要はないわ! 全部持っていくわよ!」


「ビリ」

 俺がお嬢さんと話していると、侍女の太った女が錯乱したらしくわめき出したので、俺は手短に黙らせるために魔法を使用した。

 びくんと震えると、女は硬直して倒れた。


「カロン、ちょっと……何をしたの?」

「黙らせた。心配するな。もともと、荷物はいいからお嬢様だけでも連れて帰れと言われている。あんたを見捨てるつもりはない。それに、こっちの侍女は荷物だと言って置いておくか? それでも俺は構わない」

「駄目よ。カロンが気絶させたのは……お嬢様よ」

「何?」

「私は……ただの奴隷。ファニー……よろしくね? でも……荷物だと言って置いていってもいいわよ」

「……そうか」


 人は見た目ではないということだろう。

 俺は気絶した丸い女を肩に担ぎ、自ら奴隷と名乗ったファニーという女を脇に抱えた。

 自分で歩けるとファニーは抗議したが、死屍累々となったオークを蹴飛ばして歩く俺の力に、すぐに大人しくなった。


「さあ、行くよ」


 アデルが下に向かって声をかけると、食料として飼われていた豚たちの中から、一頭が立ち上がった。

 アデルはその背に乗っていたのだ。

 アデルは見かけよりはるかに重い。アデルを背負って立ち上がれるのであれば、豚も元気なのだろうと俺はそのまま進む。

 アデルがやや遅れて、豚にまたがったままついてくる。

 洞窟の出口まできたところで、俺は二人の女を下ろした。


「アデル、少し休憩しよう。この二人が怪我をしていないかどうか、確認する必要もある。周囲を警戒してくれ」

「あいよ。でも……いいのかい? そっちのお嬢ちゃん……ファニーって、あんたの幼馴染じゃなかったのかい?」


 アデルは豚に首輪をつけて俺に渡すと、俺の足元に倒れている女を指差した。細く、綺麗な方だ。


「幼馴染? 俺の幼馴染が、こっちの世界にいるはずがないだろう?」

「だから……こっちの世界のさ」

「ああ……この肉体のか……知らないな。こいつの記憶は承継していない。アデルだって……カマキリになっても、カマキリの記憶は残っていなかっただろう?」


「残っていたとして、カマキリの脳にどれだけの記憶があるのか怪しいものだよ。でも……あたしには、あんたはよく、ファニーって幼馴染のことを話していた。カロンってやつの生前の思い人だから幸せにしてやりたいとか……幸せにしているのを確認できればそれでいいとか……忘れちまったのかい?」

「……そんなことを言ったか? 記憶にないな。この肉体の生前のことまで、俺が責任を持つ必要はないだろう」

「かもしれないね。まあ、あんたがそう言うならいいさ。好きにしな」


 アデルは言い置くと、周囲を見周りにいった。

 俺は女を見おろすと、髪の長い綺麗な女が、地面にへたり込んだまま俺をじっと見上げていた。






 俺は髪の長い綺麗な女をのぞきこみ、尋ねた。


「怪我はないか?」

「……カロン……じゃないのね?」

「俺はカロンだ。だが……あんたが言っているのは、剣闘士のカロンのことを知っているわけじゃないんだな?」

「ええ。私が知っているカロンは、虫も殺せないような、優しい、気弱な男の子よ。とっても頭が良くて……なんでも知っていたわ」


「そうなんだろうな。だから奴隷として売れず、自分で生きていくために、山に入り……六目のオオカミに食い殺された」

「……死んだの?」

「俺が何者か……それは俺自身にもわからない。だが、俺はこの体に入り、俺のことを知っているらしい人間からカロンと呼ばれ、カロンと名乗ることにした。いわば……器の中身が変わったといったところだ」

「……そんなこと……あるのかしら……」

「どうでもいいわ。あんた、私たちを助けに来たのでしょ。家に連れて行ってよ」


 ファニーの隣で、早くも目を覚ましたらしい丸い女が地面を叩いた。手が痛かったのか、突き出た頬をさらに脹めて、叩いた手を見つめた。

 よく見ると、太った女とファニーでは、着ている服の素材が違う。太った女が着ているのは、冬の国で貴族たちが着ていたような上質の布だ。ファニーは普通の木綿のようだ。

 お嬢様というのは太った女のほうだったと、俺は納得した。さっきも言われていたが、本当には理解していなかったのだ。


「家か……あんたの使用人がいるところまでは連れて行く。どこに行くかは、それから決めてくれ」

「ちょっと待って。あそこの荷物はどうして運ばないの?」


 太った女は、俺たちが出てきたばかりの洞窟を指差した。


「お嬢様、命があっただけでもよかったじゃないですか」


 太った女は、もっともな事を言うファニーの頬を張り飛ばした。


「交易品よ。私たちはついでなの。あれで、いくらすると思っているの? そんなことだから、あんたはいつまでも奴隷なのよ」

「す、すいません」

「ギャ……」


 太った女がひっくり返った。どうしたのだろう。俺は、自分の足を見つめた。

 ファニーを張り飛ばした女の足を、俺は蹴り上げていた。


「ちょっと……あんた、自分が何をしたか、わかっているのでしょうね!」

「いや……わかっていないな……」

「正気なの?」

「……さあな……」


 多分、正気ではないのだろう。ファニーが打たれたところで、俺は何も感じない。それなのに、女の足を蹴り上げ、俺の頬を液体が伝った。

 雨でなければ、俺自身の目から溢れた液体なのだろう。

 どうやら、俺は泣いているらしい。


「カロン……ありがとう。でも、お嬢様に逆らわないで。私が……私が叱られるの……」


 ファニーは消え入りそうな声で言う。

 俺は、ちょうど周囲を一回りして来たのだろう、アデルが戻ってきたのを見つけた。


「アデル、この二人を連れて、さっきの商人のところに戻ってくれ。俺は……壊れていない交易品があれば、持ち出してみる」

「……お嬢様だけ助けてくれればいいって言われたろ……カロン、どうした?」

「そのお嬢様の要望だ。オークたちは焼き払ったし‥……あっ……そっちの豚だけは、大事な情報源だ。褒賞としてもらわなければな。アデル、『どうした』とはどういう意味だ?」


「カロンがそんな風に動揺しているのは初めて見たよ。しかも、泣いているなんてね」

「……そうか? 気がつかなかった……どうやら、俺は正気じゃないらしいからね」

「そりゃ、いつものことだろう?」

「……そうかもしれないな」


 アデルの軽口に救われたような気がする。

 俺はアデルにその場を頼み、オークたちが陣取っていた洞窟に戻った。






 オークたちの散乱した死体を超えて、俺はファニーが隠れていた積荷に近づいた。

 面倒だ。積み重ねられた木箱の山を、アイテムボックスに放り込む。

 瞬く間に木箱が消え、俺のアイテムボックスの中に、木箱が並んだ。

 触れると中身までわかる。


 商人と合流する前にアイテムボックスから出しておく必要があるだろうが、これで役目は果たした。

 ファニーのことは気にならないではないが、考えても仕方がない。

 カロン少年とどんな関係だったのかわからないが、俺にしてやれることはない。

 俺は死んだオークの中に、ブウの死体を探そうとして、やめた。


 ブウのことをすでに恨んではいないし、死体を見つけたところで、俺がどうしたいのか、自分でもわからなかったのだ。

 俺は足取り重く、その足取りの重さの原因もわからないまま、洞窟を出た。

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[気になる点] 〉知り合いの盗賊、ファニーに似ているかもしれない。  えっと、「ファニー」ではなく、「フラウ」ではないでしょうか? [一言] ……何とも、切ないと言うか、苦いと言うか。 主人公…
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