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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
15/195

15 ゴブリン王、お会いできて光栄です

 俺が剣奴となって初めての闘技場での試合を、俺は訓練場で留守番をして過ごした。

 前座の試合は一回で五試合組まれるという。その後に、メインの剣闘士たちの戦いがある。

 俺はただの剣奴であり、剣闘士になるには、剣奴として5回程度、勝ち抜いて強さを見せつけなければならないらしい。


 闘技会は月に一回の割合で開催されるらしく、俺は半年ぐらいで剣闘士になれるものだと思っていた。

 だが、試合に誰を出すのかは、興行主であるゴラッソが決めるらしい。

 俺は仕方なく、留守番していた。最初の試合で派手に勝てば、きっと連続して試合に出してもらえるだろうと期待していた。


 俺が留守番を決め込んだ日、30人の剣奴が連れ出され、20人が帰って来た。

 残りはどうしたのか、誰も尋ねなかった。

 誰も、わかっていた。死んだのだ。中には、見染められて、どこかのご婦人たちに買い取られた剣奴もいたかもしれない。だが、そんな可能性はほとんどないことも、最近ではわかってきた。

 ご婦人に買われるのは、剣闘士たちだ。未熟でいつ死ぬかもわからない剣奴を買う金持ちなど、いないのだ。


 生存率が七割を切っている試合を、五回連続で勝ち残る。それがいかに厳しいハードルか、俺にもわかっていた。

 次の闘技会に、出番があるかどうかわからないが、できるだけのことはしようと思った。

 その機会は、5日後に与えられた。

 俺は、冒険者に雇われたのだ。


 いつも一緒に行動していたエレンは雇われず、ただ俺だけが雇われた。

 初めての経験に緊張しながらも、冒険者という職業の者たちと同行できることに、興奮を抑えきれず、俺は外出用の鎖に変えられ、いつもより動きが制限されたことにも気にならないほど、舞い上がっていた。






 俺を雇ったのは、五人組の冒険者だった。いかつい筋肉にたっぷり脂肪をのせた男女がリーダーで、よく似た風貌しているが、脂が乗り切っていない感じの3人が従っていた。

 切れ長の目が、もともとなのか肉に埋もれたのか、はっきりとわからないような顔をしている。潰れたような鼻に、めくれ上がった唇に、傷だらけの頬に、どう見ても、冒険者というより山賊にしか見えない連中だった。


 着ているのも、動物の皮ではあったが、鎧のようなしっかりしたものではなく、ただ毛皮を頭から被るだけだ。

 冒険者のリーダーは、ドギーと名乗った。俺も名乗ろうとしたが、奴隷の名前など覚えないから不要だと言われた。


 街の中を散策し、美味いものを食べられるチャンスだと聞いていたので、少しだけ期待したのだ。

 見事に裏切られた。

 俺は、街の中を歩く機会も与えられず、排泄物を放り出すかのように、城壁の外に連れ出された。

 俺は、上半身にも下半身にも鎖が巻かれていたが、ドギーは足の鎖を外してくれた。

 感謝しようとすると、歩いてついてこいと言われて、冒険者たちが簡素な馬車の荷台に乗る一方、俺だけが走らされた。もちろん、感謝の言葉など口にはしない。


 馬車は早くはなかったが、人間が走り続けないと追いつけない程度には速度を出していた。俺は仕方なく走り続けた。首に枷を嵌められているので、走らないと引きずられて移動させられると思ったのだ。

 半日ほどそのままで移動したあげく、冒険者たちは俺が根を上げないので不満そうだった。

 俺は、HPが減るか、毒でも食らわない限り、状態異常にはならないのだ。

 

 つまり、疲労するという状態異常にはステータス上ならないわけで、いくら走り続けようが疲れるはずがない。だが、それがどれほど異常なことか自覚し、ひょっとして自分が人間ではないのだろうかという不安を覚えた。






 俺の食事は、酷いものだった。5人が残飯のようなものを食べ終わった後、さらに残飯の残りが回ってきたのだ。

 冒険者たちは、奴隷とは違う。そう、自分たちに言い聞かせているかのように、俺と差をつけようとした。


 誰も、俺に興味を持っていない。俺は好都合だと思い、俺の分であるゴミをアイテムボックスにしまい、久しぶりにオオカミのステーキをブロックで食べた。

 剣奴の訓練場の飯もまずかったが、人目があるのでアイテムボックスの使用は控えていた。それに、どんなに酷い食事でも、まだ我慢できた。全員、同じものを食べているからだ。

 今回は、さすがに俺の我慢の限度を超えていたのだ。


 食事が終わってしばらく、俺は何も指示されなかったので、横になって寝ていた。冒険者たちの機嫌をとるために動き回るほうが懸命なのだろうが、すでに俺を雇った冒険者たちから酷い扱いを受けていたので、指示されてもいないことをやる気にならなかった。もし指示されても、契約外だと断ってもいいのかもしれない。

 だが、俺の出番がきたのは、割とすぐだった。俺がぼんやりしていると、冒険者たちのリーダー、というか、たぶん父親のドギーが俺に言った。


 今回は、ゴブリンを捕獲するのが目的だということだ。俺の役割は、ゴブリンを巣から追い立てることだと言われた。具体的にはどうするのかと聞くと、手の中に収まる黒いボールを渡された。

 火をつけると煙を出すので、ゴブリンの巣に入って、このボールを投げてくる。そうすると、ゴブリンたちが慌てて出てくるので、出口で待ち構えた冒険者たちが捕獲する、という計画だ。

 どうやって火をつけるのかを聞くと、ゴブリンも料理をすると言われた。つまり、俺に単独でゴブリンの巣の中に入って行けと言っているのだ。


 最後に、違約金を払うのはごめんだから、絶対に死ぬなと言われた。

 どうやら、俺は最低ランクの冒険者に雇われたらしい。

 他の冒険者は、もっとしっかりしていると信じたい。そうでなければ、闘技場ではゴブリンとばかり戦う試合が組まれ、一般民衆は、人間の敵はゴブリンだけだと思い込むだろう。

 奴隷として売られる時に世話になったゴブリンがいるとドギーに対して言ってみたが、そういったゴブリンは町の近くに集落をつくっているので、森や洞窟にはいないのだと教えられた。


 まあ、正論ではある。1人のゴブリンに世話になったからといって、ゴブリン全部が味方とは限らない。それは、人間も同じというわけだ。

 もっとも、剣奴として売られるとき、サイのような生物を操っていたゴブリンとは、仲良くなっただけでさほど世話にもなっていない。あれは、あいつの仕事だっただけだ。






 ゴブリンの巣は、森の中にある洞窟だった。入り口だけがかろうじてわかる程度の距離に隠れ、ドギーは偉そうに指示していたが、どうやらドギーはかなり臆病だし、ほかの4人についても似たようなものだ。浮き足立っているのがはっきりとわかる。

 俺も、あまり人のことは言えない。ゲームシステム的な強さを身につけていなければ、同じようなものだっただろう。


 始める前に、念のために何匹捕まえるつもりかと尋ねた。ドギーができれば6匹捕まえたいと、用意してきた檻の数を見ながら言った。俺が数を訪ねたのは、最悪、俺が捕まえるところまで1人でやらなければならないだろうと思ったためだ。そのときは、ドギーたちには俺にした仕打ちを倍にして返してやりたいと思う。

 少し気分的に楽になり、ゴブリンの巣に入る前に、俺は上半身の枷も外してもらった。これで、すっかり自由だ。


 もちろん逃げはしない。剣闘士になって自由になるのだ。そのための、経験値稼ぎなのだ。

 枷は外してくれたが武器は渡してくれなかった。ドギーは震える手で長剣を握っている。俺は、仕方なく後でアイテムボックスから粗末な石斧を取り出すことにした。

 ゴブリンの巣に向かう。


 今まで様々なゲームをやってきたが、ゴブリン退治は定番だ。だが、これほど主人公が冷遇されるゲームはしたことがない。剣奴からなり上がるのに、短くても半年以上かかるうえに、豚にいじめられて豚のような冒険者にこき使われる。

 元の世界に戻ったら、制作会社を告訴してやると思いながら、俺はゴブリンの巣に足を踏み入れた。

 この世界のゴブリンについて、何も知らなかったのだと、入ってから気がついた。






 俺は習慣で、自分のステータスを確認した。戦士レベル2は相変わらずだ。HP30は、勇者の同レベルのときより多いが、勇者に戻れればHPは80もあるはずだ。レベルが違うので仕方がない。MPは0だ。MPが少しでもあれば、回復魔法メディが使える。それならば、多少は心に余裕が持てるのにと思う。

 思ってから、気がついた。俺は、緊張しているのだ。


 自分で気がつかないほど緊張しているとは、尋常ではない。これまでに、何度も命のやりとりはしてきた。たしかに、この世界に来る前はぬくぬくと生きてきたが、この世界では決して緩く生きてきたわけではない。それでも、緊張している。

 ゴブリンが強敵なはずはない。一度、実物を見ている。体は小さいし力も弱い。取り柄は繁殖力の強さだといえば、なんだか人間みたいな種族だ。


 俺は自分を落ちつかせるために、さらにステータスを確認した。落ちつくためのステータス確認であるから、ようはルーティーンなのだ。

 そこで、俺はMPがなくても使えるものがあることを思い出した。

 スキル、という名称の技だ。勇者のときにガマンとコンシンを身につけていた。加えて、ステミという戦士のスキルが追加されていた。


 全て合わせると、捨て身で全力で攻撃し、反撃されたら堪える、という感じになりそうだ。

 うん、死ぬな。

 自分が死ぬことをイメージしたら、なぜか落ち着いてきた。最近、生きることにばかり執着してきたような気がする。この世界に来たばかりの頃は、死んでもいいとまで思っていた。そうなっても、守るべきものがなかった。


 だが、いまは目標がある。死ぬわけにはいかない。本当に、そうだろうか。

 カロン少年は、俺が体に入らなければ、オオカミに食い殺されていただろう。そこに俺が入り込み、ゲーム仕様の力で、普通は倒せない魔物も倒してしまった。

 もう、十分ではないか。いつ死んだところで、何かが変わることはない。もともと、死んでいたはずなのだ。


 途端に俺は落ち着いた。

 ゴブリンがどれだけ出てこようが、煙玉を投げつけて出てくればいい。話ができるゴブリンがいたのだから、野生の中にもいるかもしれない。






 俺は、いつの間か、ゴブリンの巣穴の奥に踏み込んでいた。

 考え事をしていたようだ。右手には煙玉を持っている。左手に、石斧を取り出した。

 ゴブリンたちは、襲撃されることを想定していないようだった。

 雑多に寝転んだり、汚らしい何かを食べたり、排便したり、オスとメスでいちゃついたりしている。

 自由だ。実にうらやましい。


 俺が視線を飛ばすと、何人か、すでに気づいているようだった。まあ、当然だろう。俺は隠れてもいないし、隠密系のスキルはない。そのうち、シーフにでも転職してみるのもいいかもしれないが、また弱くなり、5レベルまで上げないと別の職業に転職できないことを考えると、頼もしい仲間でもいないうちは、恐ろしくてできない。


 困ったことに、火を使って料理したり、暖をとったりしている様子はなかった。つまり、煙玉を放りこむ場所がないのだ。

 時間が悪かったのだろうか。

 ゴブリンの1人が、粗末な槍を掴んで俺のところら近づいて来る。まあ、見知らぬ種族が突然現れたからといって、敵対したいと思っているとは、普通は思わない。地球に宇宙船が降りて来たら、物珍しさで見物人が集まるのと同じだ。それも、宇宙船が人間をさらい始めるまでのことだ。


「人間の言葉がわかる者はいるか?」

「お前、俺たちの言葉を話している。どうして、人間の言葉がわかる者がいる?」


 俺の足元で、槍を構えているゴブリンが突然話し出した。さっきまで、意味がわからない言葉の羅列だったのだ。それが、ちゃんとした意味のある言葉として聞き取ることができた。

 間違いなく、ゲームに搭載された自動翻訳の能力だ。人間以外の言語にも対応しているとは、素晴らしい機能だ。たぶん、開発者もびっくりだろう。


「いや、気が変わった。必要ない」

「そうだろ」


 ゴブリンがにやりと笑う。だが、意思の疎通ができてしまうと、逆にやりにくくなることがある。問答無用の暴力行為がそれだ。

 仕方ない。俺は腹をくくった。


「火を熾してくれないか?」

「どうして?」

「この煙玉に火をつけると、すごい煙がでて、洞窟にいられなくなる」

「どうして、煙でいっぱいにする?」


「ゴブリンを捕まえて、見世物にするためだ」

「そんなことに、協力するはずがないだろう」

「そうか。なら、仕方がない。今日から、この巣は俺が仕切る。俺はカロン、ゴブリン王だ」


 俺は大見得を切った。もちろん出まかせだ。煙玉が役に立たない以上仕方ないのだ。外で待っている冒険者たちの責任だが、目的を達成しなければ、訓練場に戻れないし、俺の評判も下がる。

 要は、ゴブリンを巣穴から追い出せばいいのだ。俺は、ゴブリンたちの体格を見て、実力行使でなんとかなりそうだと判断した。あるいは、怒らせて、俺を追いかけさせれば、同じことだ。

 だが、予想外のことが起こった。ゴブリンたちが、俺の前にひざまずいたのだ。


「ゴブリン王、お会いできて光栄です」


 こうして、俺はゴブリン族を支配下に治めた。


ゴブリン王だと名乗ると、疑わずに信じてしまう。

その理由は、かなり後に出てきます。

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