148 負けない。だが、死ぬことはある
竜兵が武器を抜いた。
武器を持つ手に生えた爪だけで人間の体など簡単に分断できそうだが、それでも武器を抜いた。
「アデル」
「わかっている。手は出さないよ」
「……いや。助けてくれ」
「無理言いなさんな」
竜兵が動いた。
地面が抉れ、目の前に竜兵が掲げた巨大な鉄板のような剣が振り下ろされる。
俺は体を捻ってかわし、ゼロ距離から剣に乗せて魔法「ビリ」を放つ。
剣先は弾かれたが、魔法は通じたらしい。
竜兵が警戒して飛び退った。
いちいち地面が削れる。
「ただの鋼鉄の剣に見えるが、魔法剣か? 防御を無視して通用するとは、なかなかの武器だな」
竜兵は笑っていた。笑っているのに、これまででもっとも不吉な顔に見えた。
「そうだろう」
アスラルから貰った剣だ。剣の腕でも身体能力でも全く敵わなかった相手だが、とにかく俺はアスラルに勝った。だが、従者として仕えるうちに、尊敬してしまっていたらしい。褒められて素直に嬉しく思っているのを自覚した。もっとも、竜兵が驚いたのは武器の力ではなく、ただの間違いだ。
アスラルに鍛えられたからか、竜兵の動きがはっきりと見える。対応もできる。人間最強の剣士に鍛えられたのは無駄ではなかったのだ。
竜兵が口を開けた。
「ヒエ」
炎のブレスが凍りつく。
俺は凍って落ちる炎をかいくぐり、竜兵の懐に入り込んだ。
頭上から、鉄板同様の分厚い剣が振り下ろされる。
鋼鉄の剣でずらす。
「バン、レベル2」
至近距離で使うには限界の威力だ。これ以上のレベルでは、俺にもダメージが入る。
竜兵が爆発して飛んで行く。
俺は追った。
地面に落ちた竜兵は生きていた。生物なら死んでいてほしい威力のはずだが、元気に飛び起きた。
だが、無傷ではない。
全身から血を流し、怒りに咆哮した。
「バン、レベル3」
「なにっ!」
距離が空いた。俺は、家をも吹き飛ばす爆発を一個体にぶつけた。
竜兵はまともに喰らい、再び地面に落ちた。
動かない。
俺がゆっくりと近づくと、竜兵の両目が開くのがわかった。
だが、それ以上は動かない。
「……さっきの妖術……まだ使えるのか?」
「ああ」
「バン、レベル3」はMPを125使用する。レベルが上がったとはいえ、数発が限度だ。だが、使えるのは間違いない。
「……殺せ」
「負けを認めるのか?」
「竜兵は負けない。だが、死ぬことはある」
強情な奴だ。俺は、警戒を怠らないように気をつけながら、竜兵のそばに腰を下ろした。
言葉では負けたとは認めなかったが、態度では負けを受け入れていた。
俺が脇に腰掛け、話し出すと、竜兵は素直に応じた。
体が動かないようで、大の字に寝たまま、ただ口だけが動いていた。
「以前、闘技場でとらわれていた竜兵と戦った時は手も足も出なかった。俺は虫けらのように転がされ……お情けで助けられた」
「闘技場だと……誇り高い竜兵が、見世物になっているなど考えられないがな。だが……俺を負かせたお前がそれほどにやられたと言うのなら、本物の竜兵だろうな。任務を帯びて、人間の国に潜入する奴もいるのだろう……闘技場というのは、格好の目くらましだろう」
「潜入? それほど強くて、どうして人間の国に潜入する必要がある?」
「魔王は突如現れた。当時世界最強だった母たる聖ドラゴン王を破った魔王は、人間の国から現れた。配下のほとんどが魔物だったため、魔王本人が人間ではないだろうと思われたが……突如姿を消した魔王がいつ現れても対処できるように、母たる聖ドラゴン王は、瀕死のまま、子どもたちを世界中に放ったのだ」
魔王とは、俺の世界から転移した魔王のプレイヤーキャラクターだろう。おそらく、ゲームの開発者だと思われる。
今まで、魔物に転生した奴はとは会っていない。魔王も人間に転生したが、突如消えたのは、転生したのが死にかけの老人だったからだと思われる。
俺は、魔王を復活させる方法を探すために、小さな賢者と呼ばれる魔王の配下を探しているのだ。
小さな賢者の正体はわからないが、聞いた話では、魔王と一緒に転生した開発者の一人である可能性が高いと、俺は思っている。
俺が小さな賢者を探すのは、ドディアを人質に取られていることもあるが、同郷の、しかも転生した原因のゲームを開発した人間に会えば、この世界や元の世界のことについて、色々とわかるのではないかと期待していることが大きい。
俺が魔王のために動いていることは、知られない方がいいだろう。
「聖ドラゴン王か……その子どものあんたたちも、やっぱりドラゴンなのか?」
「完全なドラゴンではないな。ドラゴンは滅多に産まれない。なにしろ……ドラゴンには雄がいないからな。無数に産んだ卵から、たまに奇跡で命が宿る。その奇跡も、雌しか産まれない。だから、母たる聖ドラゴン王は、多種族と交わることを選んだ。そのために姿を変えることも学んだ。繁殖力が強いネズミと交わり、無数の子どもを産んだが、個体が弱くて戦えなかった。結果的に……人間と子どもを作るのが、もっとも効率がよいという結論に達したのだ」
「……オークの村と、ペペカテプのことを教えてくれ」
「魔王の痕跡を探すため、竜兵は世界中に放たれた。オークの村に興味はない。ただ俺が警戒している範囲に村があった。異常があれば当然警戒する。この村がオークと人間の交流の地となったことについては、俺の知るところではない。俺が来る前のことだ。ただ……ペペカテプというのは、魔王を信奉する魔物の集団だ。魔物にとって敵でも味方でも、人間にとって敵でも味方でも、俺たちには関係ない。聖ドラゴン王にとって敵であるのは間違いない」
「……なるほど。じゃあ……ペペカテプの手がかりは知らないというわけか?」
「ふん。連中は魔物の組織だ。人間は受け入れない。知りたがるのは、滅ぼしたいからか?」
「オークと人間たちの村は?」
「この村は、ペペカテプから隠れている。俺の見回り圏内だから、俺が守っている。ペペカテプや魔王に従う魔将軍一派が訪れたら、俺が始末する」
「……ペペカテプと魔将軍一派は違うのか?」
「そんなことも知らないのか……魔将軍たちは、魔王を復活させようとしている。ペペカテプは、魔王に従うかどうかは、魔物たちで決めると言っている。要は……魔物たちによる互助組織のようなものだ。正確には、聖ドラゴン王に敵対しようとしているわけではない。だが、魔王に組する可能性がある以上、潰さなければならない組織だ」
「……なるほど。俺が探しているのは、ペペカテプそのものじゃない。その中に、小さな賢者と呼ばれる奴がいるかどうかだ。もしいるならば、話がしたいだけだ」
俺は、警戒されないために、小さな嘘をついた。話をするだけでなく、氷の女王の元に連れて行かなければ意味はない。
「はっ……『小さな賢 』だと……おそらく、ペペカテプの指導者と呼ばれる奴のことだろう。奴と話してどうする? 魔物にしてくれとでも言うつもりか?」
竜兵が首を持ち上げた。やはり頑丈だ。もう動けるようになったのだろう。俺は、警戒を強めながら答えた。
「俺の……大事な仲間が囚われている。助けるために、小さな賢者の助けが必要だ」
「そいつを捕らえたのは、魔将軍一派だな?」
言い当てられた。状況を考えると当然そうなるのかもしれないが、竜兵が愚かではないと見せつけられている気分だ。
「……ああ」
「そうか。竜兵を動けなくするほどの人間が……魔将軍に従わされるか。いずれにしても、俺はペペカテプについては何も知らない。ただ……そうだな……連中が探している奴がいるらしいとは聞いたことがある」
「……それを聞いてもいいか?」
「お前には、どうにもできないだろうからな。聞いても探し物が増えるだけだ。ペペカテプは、ある国に現れた、ゴブリン王を探しているらしい」
俺は息を飲んだ。
ゴブリン王、それは、俺が剣奴をしていた時に名乗った呼称だ。俺自身が名乗ったわけではないが、ゴブリンと会話し従わせる俺のことを、人間たちがそう呼び、ゴブリンたちからもそう思われていた。
俺は、カロン少年が生まれ育った国に帰る時が来たことを感じていた。