147 最低限の強さがなければ、生きる資格はない
俺とアデルは、オークと人間、あるいはその混血の者たちで作られた集落を脱出した。
妨げられはしなかった。
オークを殺した場合、村人が恐れている報復がされるらしい。
だが、その報復を恐れているのは村人たちも同じのようだ。オークですら恐れる報復が行われるのだ。
人間でもオークでもないなにか別の存在に、この村は牛耳られている。
俺とアデルはそう感じ、村を脱出して、定期的に訪れるらしい何者かの正体を突き止めることにした。
そのためには、村の内部にいる必要はない。
村を脱出し、遠くから見届ければいい。
俺たちのことを恐れる以上に、村を牛耳る何者かを恐れているらしい村人は、俺たちにさっさと出て行って欲しいのだろう。
邪魔は入らなかった。
俺は木の上に陣取り、アデルは木のうろの中から、村を見張った。
3日が経過した。
俺もアデルもアイテムボックスが使えるので、食料に不安はない。
ただ、じっと眺めているだけなのが辛いだけだ。
3日が経過した昼間、俺はようやく変化の兆しを見つけ、全身が震えた。
オークでも、人間でも、混血でもない、全く別の魔物が現れたのだ。
「……あれは……」
「カロン、なにか見えたのかい?」
木に登るには体が重すぎるアデルは、下からのぞいている。視界は狭い。
俺は、慌てて木の枝から飛びおりた。
「アデル、逃げるぞ」
「待ちなよ。どうしたんだい?」
「竜兵だ」
「なに? ここは、ドラゴン族の縄張りからは離れているはずだ。どうして、こんなところにいるんだい?」
「わからない。だけど……俺が見間違うはずがない。俺は、闘技場で竜兵に殺されかけたんだ」
「待ちなよ。それはいつの話だい?」
「一年以上前になるはずだ」
「なら……今のカロンなら逃げる必要はないよ。竜兵は、本物のドラゴンよりはるかに弱い。ビリーは……直接の戦いは避けていたか……」
「竜兵が一人だという保証はない。ふたりいた段階で、殺されるしかない」
「待ちなよ。魔物たちの中で、もっとも嗅覚が鋭いのはドラゴンだ。竜兵の中には、その力を引き継いでいる奴がいるらしい」
「ヒエ」
熱を感じ、俺は村の方向の何もない空間に向かって冷気の魔法を使用した。
空中で大量の水蒸気が発生する。
俺たちに向かって巨大な熱量が放たれ、俺の魔法と相殺したのだ。
どうやら、既に見つかっているらしい。
「カロン、やるのかい?」
「……いや。正面から戦うのは回避したい。敵対する理由はないはずだ……二手に別れよう。俺が交渉してみる。戦闘になったら頼む」
「……弱気だね。仕方ないか……」
アデルは身を沈める。俺が前に踏み出した。
焦げた臭いが立ち込めている。
焼き払われたのか、視界は良好だ。
俺の視界の先に、焦げた額縁に彩られるように、ドラゴンの眷属である人型の兵士、竜兵が立っていた。
見た目は、この世界ではまだ会ったことはないが、リザードマンに近い。
姿をさしてリザードマンだと教えられれば、俺は信じたかもしれない。
だが、ただのトカゲ人間なら、まず火を吹くことはないだろう。竜兵は、口から煙を、鼻から炎を上げていた。
「どうして攻撃されたか、聞いてもいいか?」
絞り出した俺の声が震えた。まちがいなく、怯えだ。俺は自分を叱りつけ、逃げだしたい気持ちを押さえつける。
「隠れていたら、怪しいと思うだろう」
「様子を伺っていただけだ。敵意はない」
「だろうな」
竜兵が、喉を抑えて笑う。嫌な笑いだ。闘技場で戦った竜兵は、少なくとも嫌な奴ではなかった。竜兵にも色々な奴がいるということなのだろう。
「怪しいと思っただけで、問答無用に殺すのか?」
「そうだな。さっきのブレスで死ぬ程度の奴なら、死んだところで全く問題はなかろう」
「強さが全てか?」
「最低限の強さがなければ、生きる資格はない。それがドラゴンの考え方だ」
「押し付けられても困るな」
「なら、覆して見せろ」
竜兵が腰の剣を抜き放つ。どうやら、戦う流れになりつつある。
「いや、ドラゴンの考え方を否定するつもりはない。偉大な種族だ。俺も無事だ。恨んではいない」
「……ふむ。当然だな。では、どうして隠れて……伺っていた? この村は、俺の支配下にある。何を求めている?」
竜兵の態度が変わった。力を信望する単純な頭の持ち主だと考えていいだろう。戦闘の気配がなくなったことに、俺は胸をなでおろしながら尋ねる。
「魔物の盗賊団、ペペカテプを追っている。手がかりがないから……とりあえず森で見つけた集落を見張っていた。こんなところに人間が村を作るのは不自然だ。盗賊団のアジトかもしれないと……どうした?」
俺が突然尋ねたのは、竜兵の表情が険しくなったからだ。硬い皮膚に守られた顔の表情は分かりにくい。それなのに、険しくなったと判断できるほどの変わりようだった。
「ペペカテプだと! 貴様、奴らに何の用だ!」
凄まじい音量だ。俺たちの話し声を聞いて顔を出していた人間もオークもその中間も、今の一声で慌てて引っ込んだ。
「ま、待て。ま、魔物の盗賊団は……人間にとって敵だ」
「……それもそうだな。では……追い詰めて皆殺しか?」
「お、『追い詰めて皆殺し』だ」
そう答えるしかなかった。
「そうか。では、力を見てやろう」
「はっ?」
「ペペカテプに加わりたいというのではなく、倒したいというのであれば、力がいる。もう十分な力を持っているから探しているのだろう。だから、我が力を見てやろう。力を示したなら、念願の成就に協力してやってもよい」
「……そ、そうか」
どうやら、戦うしかなさそうだ。
俺は、アイテムボックスから鋼鉄の剣を取り出した。アスラルからもらった餞別だ。
俺の足元がもぞもぞと動く。アデルも這い出してきたようだ。
「人化したドラゴンが、人間と交わって産み落とすのが竜兵だ。肉体の強さだけなら、本物のドラゴンに次いで、人型のなかでは最も強いと言われているよ。ビリーも、素の殴り合いはしたくないと言っていた……骨は拾ってやる」
口調は冷たいが、本当に見捨てるつもりなら、出てくることはないだろう。
「骨になる前に回復を頼む。まさか……戦士なのか?」
「わかったよ……あたしが戦いを挑んでも、時間稼ぎにしかならなそうだ。僧侶に転職しておく」
「頼む」
僧侶に転職してすぐは、MPが少ない。戦士だった時のMPを引き継いでいるためだ。転職して、しばらくじっとしていればMPは回復する。そのため、アデルにはすぐに転職してもらった。
「そっちのは……お前の女か?」
「誰のものでもないよ」
指をさされ、俺より先にアデルが答えた。ここは、黙っていたほうがいいだろう。
「なら……俺のにしよう」
竜兵が舌で口元を撫でた。負けることなど、全く想定していないのがわかる。
「だそうだ」
「テイムしてやる。あたしは魔獣使いだ。だから……負けなさんなよ」
「無理を言う」
俺は前に出た。
「ボヤ」
効かないことはわかっている。だが、ダメージがないわけではない。
一瞬だけ竜兵の体が炎に包まれ、すぐに霧散した。
「……ふむ。奇怪な……妖術師か?」
「勇者だ」
「ふははははっ!」
竜兵が踏み出した。遠目からもはっきりわかるほど、足元の地面がえぐれる。
一瞬で俺の目の前に出現した。
「バンレベル1」
接触する寸前、俺は魔法を放った。
竜兵の顔の前で空間が爆発し、竜兵が殴られたようにひっくり返る。
どうやら、効いた。
「……なるほど。こりゃ、面白え」
起き上がった竜兵は驚いていた。だが、焦燥も疲労もなく、一切の怪我もない姿に、俺は自分の膝が震えるのを止めることができなかった。