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146 家を壊しに来たんじゃない

 近隣諸国に名を轟かせた青バラの騎士アスラルと別れ、俺はアデルと旅に出た。

 魔物の野盗集団ペペカテプに小さな賢者の痕跡があるというアスラルの言葉を信じた。

 冒険者組合を通しての情報だろう。あながち、間違っているとは思えない。

 




 アスラルから冒険者組合の手配書を渡された次の日、俺はアデルに依頼書を見せ、意見を聞いてみた。

 馬小屋で寝ていたアデルを結局起こすことが出来ず、俺も馬小屋で目覚めたばかりだった。


「……ペペカテプね。聞いたことがある。あたしがビリーと一緒だった頃から、人間の街を襲っては姿を眩ます奴らだった。手口まではわからないが……ビリーが手駒にしたがっていたのを覚えているよ」

「あのビリーが……か……」


 火鬼のビリーは七魔将の一人で、アデルの愛人だった強力な魔物だ。

 俺はまともには戦わず、ビリー自身は勝手に死んだ印象があるが、凄まじい力だったことは覚えている。


「なんだい? 妬いているのかい?」

「俺に焼きもちを妬いて欲しいのか?」

「まさか。あんたみたいに女をころころ変える奴なんか、こっちからお断りだよ」


 アデルは牙をむき出しにして笑った。威嚇されているようにも見える。


「人聞きが悪いな」

「だってそうだろう。人魚のお嬢様に、獣人の娘に、幼馴染の……誰だっけ?」

「幼馴染? 誰のことだ?」

「あたしが知るかい。あんたの幼馴染だろうに」

「……いや。知らないな」


 以前にも、似たような会話をした覚えがある。俺には、幼馴染と呼べるような女の子はいなかった。

 カロンの幼馴染がいたとしても、俺が知るはずもない。


「まあいいさ。思い出したとしても、どうにもならない。あたしに興味があるなら、土下座ぐらいしなよ」


 アデルは相変わらず凶悪な笑みを見せて俺を小突いた。


「それより……問題はペペカテプの現在位置だな。どう思う?」

「けっ、無視かい。そうだね……もう時期夏になる。遠くまで探しにいくより、この国の周辺で待ち構えているほうが情報は掴めるだろう。それに、餅は餅屋だ」

「……餅屋?」

「あんたには、特別な方法があるだろう? ゴブリン王」


 思い出した。俺は、本来言葉を持たない種族とすら会話ができる翻訳機能を持っている。アデルにもできない。どうやら、アデルが転生してから翻訳機能が強化されたらしい。


「……そうだな。じゃあ、まずは人型の魔物を探すか。二本足の狼型とは話せなかった。全部の魔物と話せるわけではないだろう」

「そうだね。まあ、それは任せるよ」


 俺とアデルは、ゴブリンのような人型の魔物を探すことにした。






 アスラルから別れて10日後、まだ同じ国の領土内だと思われるが、人気もない山中で、俺とアデルは小規模な集落を発見した。

 民家は20棟ほどで、畑がある。

 村に入るのは獣道のような細い道しかなく、村の周囲は柵で覆われているが、魔物の襲撃を想定したような強固なものではない。


「……こんな山の中に、人間の集落があるのか……」

「魔物や魔獣も、人間を目の敵にしているわけじゃない。ただの餌だと思っている奴は多いけどね。生き残るだけなら、山の中でもできなくはないだろう。この山の支配者になりたいってのなら、話は違うがね」


 俺は山の中腹から、山間の村を見下ろしていた。アデルは俺の体をよじ登って顔を突き出している。

 最近密着することが多い気がするが、性的な意味はないと信じている。


「人間型の魔物にも出会っていないし……行ってみるか」

「ああ。ああいう村では、よそ者は歓迎されないけどね」

「それは、アデルとしての理解か? それともアリスとしての経験か?」

「どっちとも……最近じゃ、わからなくなっている。アリスの魂が、アデルの脳と融合したんだろう。まあ……悪い気分じゃない」

「そりゃ、よかったな……」


 俺はアデルを抱え直し、山を降りた。アデルがテイムして従えるような、騎乗に適した魔獣もいなかった。草深く、足元が柔らかいので、アデルには歩きにくいのだ。


「カロンも力がついたね。あたしを抱えて平気で歩いている」

「……んっ? そうだな……以前はアデルが持ち上がらなかったけど……レベルに体が追いついてきたのならありがたいが、現在……久し振りに見たが、勇者レベル28になっているな」


「カンストした時のレベルはわからないが……もう通常の魔物じゃ、相手にならないだろうね」

「今なら……ズンダが監視している恐竜も倒せるかもしれないな」

「それ、あたしは知らないよ」

「そうだった」


 俺に狩人のことを教えてくれたズンダと最後に会ったのは、まだ剣闘士を辞めたばかりの頃だ。

 アリスはズンダに会っていない。その時はドディアが一緒だったが、現在はそのドディアが氷漬けにされている。


「とにかく、行ってみよう」

「ああ。それはいいけど……言っておくが、人間がいるとは限らないよ」

「魔物が、あんな家をつくるのか?」

「人間が住んでいた集落を、魔物が乗っ取ることもある。魔物が人間を奴隷にしていることもある。こんな山の中だ。まともな人間達がいるとは、期待しないことだ」

「……わかった」


 俺は、アデルと村を囲う柵の前まで移動した。

 柵越しに見ると、木造の家屋が立ち並ぶ、いかにも陰気な集落だった。

 木材を板にする技術があるのが、妙に不思議に感じられた。


「……門があるのかな?」

「まともな道もつながっていないんだ。多分、柵をまたぐんだろう」

「……そうだな」


 柵の高さはアデルの身長ぐらいだ。つまり、俺のヘソのあたりまでしかない。

 俺はアデルを担ぎ上げ、柵の上に尻を乗せながら跨いだ。

 村の内側に入る。

 たまたまだろう、近くの民家から人が出てきた。

 人間だ。

 その人間は、飛び出しそうなほど大ききく目を開き、色の薄い瞳で俺たちを凝視した。


「……誰だ?」


 その人間の口から言葉が出たことに、俺は安堵した。もっとも、とても優秀な翻訳機能を持つ俺と、俺には及ばないが、この世界の通常の言葉は理解できる翻訳機を持つアデルしかいないので、その言葉が通常人間達が使用している言葉かどうか、俺にはわからない。


「敵意はない。ただ、たまたま近くを通りかかった」

「……なら……帰れ。この村には近づくな」


 その人間は、頭部が薄くなった、がりがりに痩せた初老と思われる男だった。

 俺に言葉を投げつけると、駆け出すように出てきた家の中に戻って行った。


「……まあ、歓迎されるとは思っていなかったよ。そうだろう?」

「そうだな」


 アデルの評価に素直に同意する。


「で……どうする? 近づかないことにするのかい?」

「触らぬ神に……と言いたいところだけど、こういう村こそペペカテプのアジトかもしれない」

「……かもねぇ」


 アデルにもわからないのだろう。小さく肩をすくめはしたが、何も言わず、俺に先んじて村の中に向かって歩き出した。






 人気の無い村だと思っていたが、俺たちが足を踏み入れると、なおのこと誰もいなくなった。

 警戒して、家の隙間から様子を伺っているのだろうか。


「……アデル、どうする?」

「出て来ないなら引きずり出すってほど……この集落に価値があるかい?」

「魔物から聞くより、人間相手の方が……いや、どちらも同じか」

「カロンにとっちゃね」

「バン、レベル2」


 誰もいない何もない空間に向かって、俺は魔力を爆発させた。

 対人だけでなく無機物にも作用する、俺の魔法の中では数少ないものだ。

 爆発の中心には大気しかないが、空気の震えは振動となって伝わった。

 空気が弾け、木造の小屋が揺れる。


「どうした? 試し打ちかい?」

「家を狙って吹き飛ばして、もし中に人がいたら殺してしまうかもしれない。この村に恨みはないんだし、少し話がしたいだけなんだ。驚いて出てきてくれるといいんだけどね」


 俺は、あえて大きめの声で言いながら、かざしていた手を横に向けた。

 民家がある。


「うっかり直撃するかもしれないが……」

「ま、待て。家を壊さないでくれ」


 扉を開けて出てきたのは、やはりやせ細った男で、初老を超えた年齢に見えた。


「家を壊しに来たんじゃない。話を聞きたい」


 俺は狙い通りの展開になったことを内心で喜びながら言った。


「な、何を話せばいい?」

「ペペカテプという名を知らないか?」

「……いや」

「詳しく知らなくても、心当たりだけでもいい」

「覚えていない」

「家が吹き飛べば思い出すか?」


 男は険しい顔で首をふる。


「……その名は知らない。でも……知っているかもしれない連中が……時々来る」

「どんな奴だ?」

「それは……」

「あんた! 旦那達を裏切るのかい?」


 小屋の中から、掠れた声が聞こえた。


「お前は下がっていろ。出てくるな」


 背後に向かって、男が怒鳴る。


「私に向かって、そんな口を利いていいのかい?」

「姿を見せるな。殺されるぞ」

「殺しはしないが」


 男が背後を向いた隙に、俺は大きく前に踏み出した。男の背中越しに、闇の中に佇むのは、大きく、丸いシルエットだった。


「……豚だと?」


 俺が思わずつぶやいた声に、シルエットの持ち主が激怒した。


「殺して! その男、私を『豚』って言った!」

「おい、お前、すぐに出て行け」


 男は振り向いて、俺を押した。

 残念ながら、俺はびくと動かなかった。

 逆に、男が押し負けて尻をつく。


「生かして返すもんか!」


 暗闇の中にいた女が、叫びながら手に棍棒を持って飛びかかって来た。

「ボヤ」

 俺が魔法を放つと、暗闇の豚が一瞬燃え上がり、床に落ちてごろごろしと転がった。


「オークだな……やっぱり、豚だ」


 俺がこの世界に来てまもない頃、剣奴になりたての俺は、オークのブウに可愛がられたものだ。

 オークを好きになる理由はない。

 俺は、さらに魔法を重ねようとした。


「ま、待て。この村でオークを殺せば、奴らがやってくる」


 尻餅をついた男が、俺にしがみつく。


「その奴らがペペカテプを知っているなら話は早い。こいつを殺せばいいんだな」

「ひぃ……」


 オークがばたばたと部屋のすみに逃げる。


「……いや……ひょっとして、人間か?」


 暗いために見誤ったのかもしれない。

 部屋の隅で小さくなった丸い生き物は、たくましい胴体と丸い頭をしていたが、鼻は上を向き、唇がめくれ上がり、犬歯が妙に尖っている他は、人間に見えた。


「……アデル、どう思う?」

「混血だね」

「オークと人間の?」

「ああ。珍しいことじゃない。まあ、普通は魔物として生きる。人間はエルフですら差別するからね。オークとの混血でこれだけオークに近い生き物なら、人間の里では生きられないだろうね」

「……ああ。だから……俺たちはこの村に住んでいる」


 男は言った。俺は男を見つめた。

『俺たちは』と言った。それが、この男とオークの血を引く二人だけのことを指していないかもしれないと、俺は思った。


「この村に……空き家はあるか?」

「ない」


 どうやら、オークと人間の交わりの場がこの村なのだと、俺は理解した。

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