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144 不意を突かれれば妖術師でも対処できない

 アスラルは訓練場にいた。

 俺が見つけた時は、全身を鎧で覆った騎士と思われる偉丈夫たちが、一回り小さな体躯のこれも全身を覆った甲冑の男に、殴り伏せられているところだった。

 騎士の数は50人もいるだろう。

 全身を金属の鎧で覆うと、どんな鋭い剣も切り裂くことはできない。

 棒で殴りつける感じになるので、文字通り殴り伏せたというのが適切だろう。

 だが、それだけに斬り伏せるより余計に体力を消耗するはずだ。


 この人数を動けなくするとなれば、アスラルという騎士の強さは尋常のものではない。

 ちょうど最期の一人を剣で殴りつけたところに、俺は何度か迷って訓練場に顔を出した。

 全身が甲冑に覆われているので、見たときはおそらく、としか言えないが、アスラルだろう。

 甲冑の男たちの中で唯一立っていた男が、俺に気づいて近づいてきた。


「アスラルさんですか?」

「カロンだな」


 ヘルムも取らず、面貌もあげず、アスラルは尋ねた。顔を覆うプレートのためにくぐもっていたが、聞き覚えのある声だった。


「はい。カーネルから手紙を預かっています」

「ほう……おい、カロン、それを届けるのがお前の仕事か?」


 アスラルは見下したような言い方をした。悔しいが仕方がない。受け取ってもらわなければ仕事は終わらないし、魔物の情報を得るという俺の目的も果たせない。


「ええ。そうです。別に悪い話ではないはずですよ。さっさと受け取ってください。そうしないと、報酬がもらえないんですから」


 俺はカーネルの手紙をアスラルに突き出した。

 アスラルは抜き身の剣を俺に向ける。挑発としか取れない態度だ。


「俺に受け取らせたければ、力づくでやってみるんだな」

「……何を言っているんです? 頭は確かですか? アスラルさんのために届けたのに……」


 嘘ではないはずだ。だが、中身を読んでいないアスラルは知らないことだ。


「中身なら、読まなくても察しがつく。カーネルは俺への苦情だろう。お前はシレーネを負かせただろう。この国では、俺以外にシレーネを倒せる人間はいない。そのはずだった。来い。お前のことがずっと気にかかっていた。お前の強さを見せてみろ。そうしたら……その手紙を受け取ってやる」


 俺は差し出した手紙をひっこめた。どの道、素直に受けとる気はないのだ。

 カーネルは言った。アスラルは戦うしか能がない男だと。俺には、我が儘を言うただの子どもに見えた。


「手紙を渡す仕事の報酬で、命をかけるわけにはいかないな」

「……ほう。なら何がほしい? 言っておくが、シレーネに惚れても無駄だ。シレーネは俺の婚約者だ。たとえ、俺よりお前の方が強くても、渡すつもりはない」


 アスラルは、シレーネの顔の怪我を知っているのだろうか。知らないのかもしれない。毎日こんな稽古をしていれば、王宮内のことも詳しくは知らなくても不思議はない。


「俺が欲しいのは情報だ。魔物たちの中で……小さな賢者と呼ばれる奴の存在について……」

「知らんな。教えてやれん。報酬にはならない」

「情報を得る機会が手に入るだけでいい。アスラルさんは、魔物退治の任務が増えると聞いた」

「俺について来たいというのか?」


「小さな賢者が、この国の周辺にいるという情報はないんです。この周辺で時間を潰して、遠くの国にいたら無駄骨になります。アスラルさんが魔物退治にとりかかかれば、冒険者の仕事がなくなり、この国の冒険者は拠点を別の国に移すでしょう。そのタイミングで、俺も出て行きます。だけど、その間……冒険者組合を通して情報収集するのに力を貸して欲しいんです」


「……何をすればいいのかわからんな。カーネルに頼んだらどうだ?」

「執政官殿は忙しいようです。でも……アスラルさんの頼みなら、嫌とは言えないでしょう?」

「……ふむ。カーネルに口を聞けというのか。いいだろう。お前に、それだけの価値があることを証明してみせろ」


 アスラルは、倒れている騎士の持つ剣を俺に投げた。

 俺は空中で掴み取り、冬の国最強の騎士と対峙した。






 アスラルが詰める。全身を覆う鎧を着ているとは思えないスピードで、いきなり目の前に現れたような錯覚すら覚える。

 俺は突き出された剣先をぎりぎりで跳ね上げてのけぞった。

 蹴り上げられ、吹き飛ぶ。

 空中で姿勢を変えたが、すでにアスラルは場所を変えていた。


 空気を切る音に反応して、左方向に剣を振り下ろす。

 何かにぶつかった。

 空中で姿勢が代わり、不自然に吹き飛ばされる。

 アスラルが地面に転がっていた。

 俺もアスラルも、すかさず起き上がる。


「よく凌いだ。反応も悪くない。戦場で寝転んでいたら、殺してくれと言っているようなものだ」

「実践は豊富なもので」

「おもしろい」

「俺は……面白くないですが」

「シレーネの時のように、魔法を使ったらどうだ? シレーネに勝てない奴が、俺に勝つことはできないぞ」


「でしょうね。でも……まだやめておきます。俺もあれから強くなっています。試したいんですよ」

「死なない程度にしておけよ」

「あんたが言うのか?」

「もっともだ」


 俺が死ぬとして、殺すのはアスラルだ。心配されるのは屈辱でしかない。

 アスラルが消えた。

 早すぎて目で追えないのだ。

 相手を指定しなければ、俺の魔法は使用できない。それが弱点であり、すっかりばれているようだ。研究されていると言った方がいいだろう。だが、俺がアスラルの前で戦ったのは、シレーネと試合をした時だけだ。


 その一戦で対策を立てられたのだとしたら、恐るべき男だ。もっとも、対策を立てて、実行できるようなものでもない。

 俺は、唯一アスラルがいないはずの前方に移動した。

 振り向きながら剣を振る。闇雲だ。

 いない。ならば死角に入られたのだと思い、俺は目に入らない周囲で剣を振るう。

 頬を切られた。

 切り返したが、すでにその場所にはいない。

 振り向いた瞬間、俺の脇腹にアスラルの膝が入っていた。


「そろそろ終わるか」

「スキル、ガマン」

「何?」

「ボヤ」

「……くっ」


 アスラルを殺したくない。この国にいるうちに、俺はそう思うようになっていた。この世界で苦労しっぱなしの俺とは真逆で、恵まれた境遇にいる最強の男だ。だが、人々にうらやまれるというより、愛されている最強に騎士に、俺も惹かれていたのかもしれない。

 魔法であれば、『ビリ』を使えば心臓をとめられたかもしれない。『バン』を使えば、数日動けない程度の衝撃はお見舞いできた。

 だが、選択したのは『ボヤ』だった。


 アスラルは俺の脇腹にめり込ませた膝頭を支点に、再び風を残して消えた。

 魔法を打ち込む千載一遇の機会に、手加減をした魔法を選択して、勝てるはずがない。

 俺は何度かアスラルの攻撃をしのいだが、結局はしのいだだけで終わり、魔法を打ち込む機会が二度と得られないまま、地面に転がされた。


「これで俺の勝ちだな」


 俺は地面に手足を広げてうつ伏せになり、頭を踏まれていた。


「どちらかが死ぬまで、ということであれば、俺を殺さなければ終わりませんよ」

「ここから……俺を倒す手段があると?」

「俺の魔法は、相手を見なくてもいいんですよ。ただ、場所を特定できればね」

「なに?」

「ビリ」

「……ぐっ」


 殺したくはない。そう思っていた。だから、激しく動き回っているアスラルに、電気刺激を与える『ビリ』は使わなかった。だが、俺の頭を踏み、動きをとめている間であれば、心臓がとまるだけで即死はしまい。

 俺はそう思って電撃の魔法を用いた。

 アスラルの膝が落ち、俺は足元から脱出する。

 自分にメディカを使用して傷を直し、剣を握る。

 アスラルは、膝をついた姿勢で固まっていた。

 動かない。俺は違和感を覚え、鎧に駆け寄った。


 固まっている。

 アスラルの心臓が止まっている。

 俺はアスラルの面貌を強引に外した。かっと目を見開き、歯を食いしばった顔つきの、白い肌と燃えるような赤髪の男の死に顔が見えた。

 俺が、この世界の人間なら、死んでいると判断しただろう。


 だが、俺は現代人だ。電気刺激を心臓に受けて、心臓が止まっただけだと判断する程度の常識はある。

 俺は魔法メディカルをアスラルに使用した。

 どうやら効果がない。魔法判定では、死亡扱いなのだろう。

 俺は固まったアスラルの体を強引に地面に寝かせ、鎧の脱がせ方がわからないので破壊して体をむきださせると、心臓に向かってマッサージを、唇から人口呼吸を行った。


「……殺したのかい?」


 少し離れて見ていたアデルが尋ねる。


「そうなったら大変だから、蘇生させようとしているんだ」

「そうだね。アスラルを殺したなんてなったら……あんた、世界中で有名になるよ。世界的に有名な戦争屋だからね」

「そうなのか……」


 この世界の知識があるアデルにとっては、俺は保身のためにアスラルを蘇生させようとしいいていると映るらしい。

 理由はどうでもいい。俺は、アスラルを死なせたくなかったのだ。






 両手を重ね、肘を真っ直ぐに伸ばし、全体重をかける。

 心臓マッサージの経験はなかったが、前世で講習を受けている。

 AEDがないのは残念だが、やるしかない。

 規則的に続けて、300回を超えたところでアスラルの体がびくりと震えた。

 息をふきかえした。

 俺は全身に汗を掻きながら、その場に寝転んだ。


「お疲れ。すぐに意識は戻らないだろう。どうする?」

「放置もできないだろう。この国は寒い。室内とはいえ、風邪を引いてしまう」

「そんな、可愛げがある男かねぇ? まあ、電撃の魔法一発で止まる心臓の持ち主ってことは、身体に異常があるのかもね」


 アデルはアスラルを見下ろした。

 俺が体を起こすと、ヘルムを外した直後は滑らかで美しかった肌が、黒く変色している。しかも、さらに全身に広がりつつあるようだ。


「……呪いかね?」

「病気だろう。アスラルは、室内でもほとんど全身鎧を脱ぐことがないらしい。太陽の光を浴びると肌が過敏に反応するとか……誰から聞いたか忘れたが。まあ……実は呪いだったとしても、俺にはわからない。どちらにしても、太陽の光を遮断すれば同じことだ」


 俺はアスラルの顔にヘルムを被せた。上半身の鎧を着せるのは無理だったので入念に青いマントで包み、医療関係者を探してアスラルを担いだまま、王宮内を移動した。






 運良く医務室を発見し、アスラルを預ける。

 だが、それでは治らなかった。

 医務室の扉を開け、外に一歩を踏み出した瞬間、俺は腹に刺痛を覚えた。


「カロン!」


 背後からアデルが叫ぶ。俺と同じぐらいの身長の、華奢な全身鎧が目に入った。


「……シレーネ?」

「この国の、最強の騎士はアスラルよ。それは、変わってはいけないのよ」


 なにかが抜かれた。俺の腹から、大量の血が吹き出した。

 肩を押される。

 俺は、医務室に転がった。


「待ちなよ。カロンはやらせない」


 アデルが飛びかかった。だが、アデルは戦士か僧侶のいずれかだ。戦いは肉体能力に頼るほかない。シレーネは腕だけの動きで、アデルを完封する。

 アデルが床に転がり、シレーネが俺の頭を踏みつけた。


「さすがに、不意を突かれれば妖術師でも対処できないようね。さようなら、メッセンジャーさん」


 シレーネが剣を逆手に握り、切っ先を俺の首筋に当てた。


「待て!」


 叫ぶ声と同時に金属音が上がる。

 シレーネの手から剣が飛ぶ。

 アスラルの声だった。


「どうして邪魔をするの? アスラルが負けたなんて、そんな噂が立ってもいいの? どうせ、汚い手を使ったんでしょう? こんな男、殺しておいたほうがいいわ」

「俺は、シレーネを助けたつもりだったが。油断させて、その男……シレーネを殺すつもりだっただろう。そんな体勢からでも人を殺せる。それが、この男の恐ろしさだ」


 シレーネが俺の頭部から足をどける。

 俺は、ゆっくりと体を起こした。


「……傷は?」

「塞いだ」


 シレーネの問いに、俺は答えた。


「私を殺せたの?」

「アスラルに使ったのと同じ魔法で心臓が止まるなら、死んだでしょうね」

「なら、やってみせなさいよ」


 言ってから、腰の短剣を手に、シレーネが俺に飛びかかる。

 俺はすかさず『ビリ』の魔法を用いる。シレーネの体が床に転がった。

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