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143 まだ街にいたのか

 俺は冒険者組合から正式に仕事の依頼を受けて訪問しているのだが、シレーネの部屋には入れなかった。

 俺は荷物を運ぶのを手伝いに来ただけなのだ。

 シレーネ本人がいるとは思わなかったし、怪我で寝込んでいるからといって、荷物の運び出しに支障はない。追い出される必要はないはずだ。


 メイド服を着た女が俺を押しとどめようとしたが、俺は見かけほどひ弱ではない。勇者レベル25なのだ。

 立ちふさがるメイドをどけ、俺はシレーネの部屋に入った。

 女性の部屋ではあったが、それより青バラの騎士の部屋ということで、物々しい感じなのだろうとしか思っていなかった。

 だが、実際のシレーネの部屋は、可愛らしい人形が並び、壁紙もピンクで統一されている。


「青バラの騎士が、ピンクの部屋か」

「趣味なんだろう。あたしにはわかるよ」


 アデルがうんうんと首を動かしている。


「アデルの部屋は真っ黒かと思った」

「この世界じゃ、部屋を持ったことなんかないよ。カマキリの寝床は外だし……アデルとしては、魔獣の腹が枕がわりだ」


 頼もしいことだ。俺はアデルを連れて部屋の奥に進む。

 シレーネの部屋はふた部屋で構成されていた。騎士の宿直用の部屋としては十分な広さなのだろう。

 奥の部屋のベッドが膨らんでいる。

 シレーネは怪我をして寝込んでいるというのだから、本人だろう。


「アデル、荷物を運び出すのに……まずは荷造りからしなくちゃならないのか?」

「お嬢さんの部屋だよ。部屋の主人に聞いてみるべきじゃないか?」

「教えてくれるかな……」

「いいのさ。聞いてみて、用無しだから首だと言ってくれれば、仕事は完了だ。ただ、報酬は得られないけどね……だろう?」

「アデル、賢くなったな。いや……アリスは知恵が回ったか? カマキリだったから、よくわからないが……」


 アデルは俺の賛辞を無視して、ベッドに向かう。


「おい、あんた。シレーネだろう? あんたの部屋の荷物を運び出しに来たんだ。どれがそうなんだい?」

「……誰?」


 ベッドの上は動かない。頭からシーツを被っている。

 ベッドの脚が高く、アデルはベッドの上をのぞけない。俺が代わりに進み出た。


「カロンとアデル、と言ってわかるかい? 俺はこの国に来た初日に、青バラの騎士と戦い……勝ったことがある」

「あんなの……卑怯よ。魔法でもないのでしょう? 妖術なの?」


 覚えていたらしい。青バラの騎士が負けること自体がほとんどないだろうから、俺に負けたことを覚えていて当然とも言える。


「俺の国じゃ妖術と言われたが……魔法のつもりだよ。魔王が多分、同じことができる」

「……ふん。じゃあ、魔王の仲間なの?」


 シレーネは顔を見せない。シーツを被ったままだ。


「いや……今は違う。俺は勇者だ。魔王とは戦うことになるかもしれない。だけど、近い力は持っている」

「魔王の噂は聞いているわ。噂を聞く限り、復活したら……あんたじゃ勝てないわね」

「……そうか。シレーネさん、アスラルから預かりものがある」

「えっ?」


 たぶん、アスラルの名に反応したのだろう。シレーネがシーツをまくりあげ、顔を出した。

 綺麗な整った顔をしていた。それが俺の記憶だ。

 だが、シーツから出てきたシレーネの顔は、半分しかなかった。右側半分は元のままの綺麗な顔だったが、左半分は無残に焼けただれ、醜く変色していた。


「……シレーネ……さん……」

「見た……わね……」


 深い怨嗟の声だ。もともと、俺は決闘で負かせたことで嫌われている。シレーネが健在な右目で俺を見据え、胸ぐらを掴んだ。


「笑いたければ笑いなさいよ。私は……私は……全て、ヴァルメスの呪いなのよ」

「では、ヴァルメスを倒した代償で?」

「……ええ」


 短く答えると、シレーネは俺から手を放し、再びシーツを被った。

 シーツの下が震えている。

 女性が顔を焼かれ、醜くただれることがどれほでの苦痛か、俺にはわからない。


「アスラルから預かりものがあるのは本当ですよ。ここに置きます」

「……こっちに」


 俺が枕元に置こうとした短剣を受け取るために、シレーネは手を伸ばした。顔をシーツで覆ったまま、腕だけを伸ばしてきた。






 短剣を手に取った瞬間、シレーネは体起こした。

 シーツが落ち、焼けただれた半顔が露わになる。

 唇は半分が焼け落ち、歯がむき出しになっていた。

 左目の眼球は白濁し、もはや機能していないことがわかる。


「……アスラル……やはり、私が邪魔なのね」


 柄に収められた短剣に目を落としたまま、まだ機能している右目から涙が溢れた。


「片付ける荷物はありますか?」


 俺が知る中でも、シレーネは非常に美しい部類に入るだろう。それが、顔の半分を焼かれたのは哀れだとは思うが、当面俺には関係のないことだ。俺は仕事を片付けようと思った。


「そっちにまとめてあるわ。後……私の死体で全てね」

「それは依頼外です」

「冷たいのね。私の家に請求すれば、追加料金ぐらい出してくれるわ」


 シレーネは言いながら、短剣の鞘を払った。その短剣で死ぬつもりなのだろうか。アスラルは、シレーネに死ねというために俺に短剣を届けさせたのだろうか。

 俺が口を出すことではない。

俺は指示された場所に向かう。

 まとめた荷物はなく、重厚なクローゼットが置いてある。その他に、荷物らしいものはない。


「アデル……荷物はどこだと思う? ここにあるというのは、シレーネの勘違いだろうか?」

「カロン、現実逃避は良くないよ。このクローゼットを見なよ。縛ってある。うっかり開いたりしないようにだろうね」

「ということは……このクローゼットの中身がか?」

「違うだろうよ。この、クローゼットそのものが、あの貴族様の荷物なんだろう」

「違うわ。この部屋丸ごとよ」


 俺たちは隣の部屋に移った。その俺たちの背後から、シレーネの声が飛ぶ。


「部屋丸ごとって……どうやって運ぶんだ?」


 俺が振り向くと、目の前にシレーネが立っていた。

 鍛えられた、細くたくましい筋肉を絹の寝巻きで包んだ、焼けただれた顔をした、それでもなお美しい女が、片目だけをぎらつかせて部屋の入り口に立っていた。


「支度をするわ。準備を手伝いなさい」

「仕事外……」


 断ろうとした俺の足を、アデルが踏みつけた。






 シレーネのクローゼットには甲冑や剣、盾が収められていた。結局着替えはアデルが手伝うことになり、俺はシレーネがアスラルに宛てて書いた手紙を届けることになった。

 言いつけられたのは、アスラルと鍛冶屋への御使いだ。鍛冶屋には、事前に注文しておいたものがあるという。

 シレーネがどうやら騎士の武装をしようとしていることは間違いない。

 俺は、手紙の中を読まずに部屋を出た。

 アスラルを探そうとすると、先にカーネルに見つかった。


「おい、カロン、まだ街にいたのか。しかも王宮で、何をしている?」


 カーネルは、以前とは打って変わって、武装を脱ぎ、貴族然とした姿で書類を手にしていた。執政官として働いているとは聞いていた。


「冒険者としての仕事です。魔物の中に、魔法を使う小さな奴がいないかどうか調べたいんですが……冒険者組合が、魔物討伐とかの仕事を任せてくれないので。現在は、シレーネの荷物運びの仕事を押し付けられました」

「まあ……見た目は未成年だからな。氷の女王の城まで自力で行って戻ってきた猛者だとは、誰も思わないだろうな。それで……シレーネの様子はどうだ?」

「元気ですよ。アスラルから渡されたものを渡したら、着替えをするということで、追い出されました」


 カーネルは足を止め、感慨深げに頷いた。


「シレーネが回復したのなら朗報だな。アスラルは、もとより戦うしか能のない男だ。しばらく、周辺の魔物退治に駆り出されるだろう。付いて行ったらどうだ? カロンなら、従者にちょうどいい年齢だしな」

「……恨まれていませんかね」


「アスラルはお前を恨んではいないよ。婚約者だったシレーネを打ち負かしたお前に腹を立てていただけだ。ヴァルメスがお前に懸賞をかけたが、すでに取り消されている。あの男は……仕事上のことをそれ以外に結びつけて考えることができない。アスラルがカロンに手紙を託したのだとしたら、もう気にしていないだろう。必要なら……アスラルの従者になれるよう、私が手続きをしておこう」

「……じゃあ……お願いします」


 俺の目的は、魔物たちに紛れている小さな賢者と言われる存在をさがすことだ。

 冒険者組合に集まる情報を利用したかったが、アスラルという最強の戦士が魔物討伐に駆り出されるというのなら、そっちに付いていた方が早いかもしれない。もっとも、その場合はこの国の周辺に限られるだろう。

 しばらくアスラルに従い、冒険者組合にはそのうち接触すればいいだろう。

 俺はそう考え、その出でカーネルにアスラル宛に従者の紹介状を書いてもらった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだかんだでアデルも女の子なんだなぁ、と。
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