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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
14/195

14 客が喜ばなきゃ、金にならねぇ。

 剣奴から剣闘士にランクアップするのに明確な基準はないが、おおよそ5回、剣奴として勝ち残れば認められるという。

 5回勝っても剣闘士になれなかったのは、強い仲間の影に隠れて逃げ回っていた奴ぐらいだと、俺を助けてくれたエレンは語った。


 エレンはまさに、そういう勝ちかたを目指しているのではないかと思ったが、オークのブウに、かつてえげつなく虐められたのにも関わらず、1人だけ俺を助けてくれたのだ。度胸はあるのだと思っていていいだろう。

 俺が反対の立場だったら、まず動けない。俺は自分が戦士レベル2であり、これからも経験を重ねて確実に強くなることを知っている。それでも、同じ行動をとるにはかなりの勇気がいるだろう。


 それを、明日のしれない身で行なったエレンは、よほどの胆力の持ち主か、頭のネジが何本か飛んでいるのに違いない。どうも俺には後者に思えるが、助けてもらって悪く言うのは控えたい。

 剣奴として、あくまでも数えられるのは5回の勝利かとエレンに尋ねた。


 なぜそれを尋ねたのかと言えば、必ずしも勝たなくても、試合を経験すればカウントされるのではないかと思ったのだ。だが、エレンは俺の意見を真っ向から否定した。

 剣奴と戦うのは、捕獲された魔物である。

 試合に出る以上、倒さなければ観客は納得しない。確実に殺すか、あるいは剣奴が全滅しないと終わらないのだ。つまり、俺は勝ち続けることができなくなったときは、死んでいるということになるのだ。


 俺はその話を聞き、ブウに嫌われたことを今更ながら後悔した。

 俺を殺すために、ブウはあらゆる手段を尽くすだろう。俺が絶対に勝てない相手をマッチメイクし、殺されるのを笑って見ていればいいのだ。

 強くならなければならない。

 戦士レベル5になるまで、俺は勇者に戻れない。ひょっとして、選択を間違えたかもしれない。






 メスライオンと戦った日は、俺は傷を癒す必要もあり、一日中のんびり過ごした。

 剣奴には、ほとんど仕事らしい仕事はない。客の前で死ぬのが仕事だというのは本当のようで、全員が死にたくないので体を鍛えていたし、怪我をすれば治るまでじっとしている。


 俺の怪我は、医者に見せられれば1週間ぐらいで動けるようになるだろうと、エレンは訳知り顔で語った。医術の経験があるのかと期待したが、剣奴としての経験だと返された。つまり、目の前で大勢死んでいるので、なんとなくわかるというだけのようだ。当てずっぽうである。


 医者に見せられれば、という部分は、すぐにわかることになった。俺には、医者を呼んでもらえることはなかったのだ。何よりまだ一試合もこなしていない新人だし、医者を呼ぶのもブウの役目だ。

 もっとも、結果としては要らなかったのではある。大人しくしていれば、毎分1ポイントずつHPは回復する。HPの回復に伴って、俺の傷も癒えてしまった。


 俺の怪我が完治していたのを見てエレンが驚いていたので、この世界の当たり前の仕様というわけではないようだ。

 若いからだと俺が言うと、エレンは羨ましそうに納得していた。やっぱり、頭のネジは数本抜け落ちているようだ。






 独房がずらりと並ぶ場所が、俺たち剣奴が寝起きする場所だった。

 どこに寝ようともかまわない。だが、それは自由であると同時に、何も守ってくれないことを意味する。

 剣奴たちの中で嫌われ者になってしまったら、寝ている間に袋叩きにあうこともあるのだそうだ。


 エレンは俺と一緒の場所で寝たがった。俺にはそんな趣味はないのだと言うと、順番に見張りをして、ブウのごきげんを取ろうとする連中から身を守るためだと言われた。まあ、そんなことも必要なのだろう。

 そのかいがあってか、俺もエレンも、無事に朝を迎えることができた。


 今日から本格的に練習だ。と思ったが、何をすればいいのかわからない。

 エレンに尋ねると、体を鍛える道具はそこら中に転がっているから、先輩のやっていることを見て勝手に訓練するのだと教えてくれた。

 俺は教えられたとおりに、他人の真似をして黙々と体を鍛えたが、ただ疲れるだけで強くなった気がしなかった。まあ、こういうものは継続してこそ意味があるのだろう。ただ問題は、俺に限って言えば、レベルアップしなくては、強くなったことにならないのだ。


 とりあえず、数日は地道な訓練をこなしたが、やはり経験値は一ミリも入ってこない。しばらくブウを見ないと思ったら、メスライオンを死なせた罰で独房に入れられたとの噂を聞いた。

 いい気味だ。ブウがいないときは、エレン以外の剣奴たちも口を利いてくれるようになった。もちろん、最初は努力をしたが。


 数日経つと、やはり焦りも生じてきた。最初にどんな相手と戦わされるのかわからないが、現在の戦士レベル2の状態で、果たして勝てるのだろうか。

 他の剣奴たちを見ると、俺から見たら無職の連中ばかりなので、俺の方が強そうだとは思う。だが、剣奴は観客を沸かせなくては意味がない。もし俺が強いところを見せたら、俺が苦戦するようなシチュエーションを用意するに決まっているのだ。


 メスライオンと戦ったような、実戦形式の訓練を受けることはできないだろうかとエレンに相談したところ、メスライオンと戦う訓練なんか、通常はしないとなだめられた。やはり、あれはブウのサービスではなく、単に俺を事故死に見せかけて殺したかったのだ。

 だが、実践を積みたいという剣奴は今までにもいたらしく、その方法は用意されていた。


 この世界の闘技場は、ほぼ魔物と人間との殺し合いだが、魔物か人間か、どちらかが全滅するのが恒例だ。魔物が全滅すれば観客は盛り上がるし、人間が全滅すれば、油断しているとこうなるから、兵士を育てるためにしっかり税金を払ってくださいね、という宣伝になる。どちらに転んでも、興行的には成功なのだ。

 では、その魔物はどこから調達しているのかというと、狩りで捕まえてくるのだ。

 狩人かと尋ねると、狩人は殺して肉や皮を剥ぐのが仕事だが、魔物を捕獲するのは主に冒険者の仕事だと言われた。


 冒険者、という呼び名には憧れを感じた。詳しく聞こうと思ったが、エレンは冒険者という名称に憧れがないらしく、あまり知らないようだった。だが、大事な部分は教えてくれた。

 魔物を捕まえることも含めて、冒険者の仕事も剣奴と同じぐらい命がけだ。だから、危険な場所に行く場合は、安価で雇える剣奴を借りて行くことがある。


 要は、奴隷のレンタルだ。奴隷を購入すれば、食事や衣服の世話もしなければならず、奴隷が罪を犯せば所有者の責任でもある。

 だが、借りものの奴隷であれば、借りている期間だけ注意を払い、飲食の世話をすればいい。死なせればそれなり金は請求されるが、それに見合っただけの報酬の見込みがなければ、そもそも手を出さなければいいのだ。


 つまり、実践の経験を積みたければ、冒険者に雇われればいいということだ。雇われるためには、冒険者組合に剣奴として登録しておくことが必要で、希望があれば興行主のゴラッソかブウに言えばいいとのことだった。

 ちなみに、報酬は剣奴のものとはならない。だが、剣奴全体の七割以上が登録しているらしい。報酬は貰えなくとも、実践を積むことが生き残るために必要だというのは、一般的な考えらしい。


 それに、冒険者に雇われている間だけは、町の中を出歩くこともできる。もちろん冒険者に首輪で繋がれた状態だが、訓練場にいるよりはよほどうまい飯が食えるらしい。

 この何日かで訓練場の飯の不味さには閉口していた俺は、すぐに登録したいと思った。

 だが、ゴラッソもブウも姿を見せなかった。基本的にゴラッソは、新しい剣奴を入れる時だけ顔を出し、そのほかはブウに任せているという。


 ブウはそのうち顔を出すだろうが、あまり頼み事はしたくない。やはり、ゴラッソがもう一度来るのを待つべきだろう。

 俺はそう思いながら、自分では退屈だと思える訓練をして毎日を過ごした。

 闘技場の試合は、一月に一回開かれるらしい。大勢の観客に囲まれる人気の見せ物だが、実際に人と魔物が死ぬだけに、そう頻繁には行えないのだ。


 俺が冒険者に雇われる機会もないまま、俺が買われて、最初の闘技会が開かれた。

 前座として、剣奴の試合が五試合組まれ、その後に剣闘士たちのメインイベントがある。

 だが、俺とエレンは剣奴たちが行う五試合のうち、どこにも名前がなかった。

 留守番だったのである。






 闘技会に出場する予定の剣奴たちが緊張の色を増した当日、久しぶりに興行主であり教官でもあるゴラッソが姿を見せた。背後に、体が一回り小さくなったのではないかと思えるオークのブウを連れていた。

 興行主に怠けている姿は見せられないが、平伏しなければならない相手でもない。他の剣奴たちの態度からそれを理解し、ゴラッソが剣奴たちの様子を見て回っている間、俺は日課となった訓練をしていた。


 ぐるりと回る間に、ブウはずっと、暗い顔をして従っている。メスライオンを失った損失は思いの外大きかったし、責任を俺になすりつけることもできなかったということだ。

 ゴラッソは訓練場を一回りすると、俺がいままで入ったことがない部屋に入って行く。その部屋には、今日闘技会に出場する剣奴たちが既に集められているはずだった。


 その部屋にゴラッソが入れば、もう戻ってこないかもしれない。俺は、急いで巨大な老人の背を追った。


「まっ、待ってください」

「おい、カロン、どうした?」


 突然走り出した俺に、エレンが追いすがろうとしたが、足に鉄球がついているので追いつけなかった。もちろん俺の足にもついているが、そこは筋力の違いである。エレンは、俺から見ても、訓練に手を抜いていたのだ。


「……この間買った小僧だな。どうした?」

「こ、こいつです。ライオンを殺したのは」


 ブウが俺を指差した。蹄ではないのかと、今更ながら驚いた。ゴラッソはブウを一喝した。


「てめぇがけしかけたのは分かってるんだ! またその話を蒸し返すなら、生姜焼きにしちまうぞ!」


 この世界にも、生姜があるらしい。いや、肝心なのはそこではない。やはり、ブウは隠蔽工作に失敗したのだ。所詮は豚の浅知恵といったところか。

 まだらに赤くなりながら黙って俯くブウをよそに、ゴラッソは俺に視線を戻した。


「で、俺に用か?」

「は、はい。どうして、俺は闘技会に出して貰えないんです? せっかく、剣奴になったのに」


「ふん。威勢のいいのは結構だが、周りを見てみろ。こいつらも、同じように闘技会には出ない。お前らは所詮前座だ。出てきても、客が喜ばねぇのよ。客が喜ばなきゃ、金にならねぇ。一回の闘技会で出られる奴の数は決まっているんだ。大人しく順番を待って、訓練に励みな。その方が、長生きできるぜ」

「なら……冒険者に雇われるように、登録をお願いします」


 背を向けようとしていたゴラッソが足を止めた。

 俺に視線を落とし、じっと見つめる。


「ああ……こいつは確か……性奴隷でも欲しがるご婦人方がいるかもしれねぇって思って、ちぃっと高く買ったんだったな。いいだろう。名前と年齢は?」

「カロン、14歳」


 年齢は、12歳で通常の奴隷として売れ残り、2年間体を鍛えていたという村での情報から推測だ。


「童貞か?」

「……たぶん」


 この体はそうだろう。まさか、ファニーという幼馴染と12歳になる前に関係したとか、想像したくない。


「なんだい、『たぶん』ってのは。まあいい。上手く女の冒険者に雇われるよう、祈っておくんだな。そうすりゃ童貞のまま死ななくても済むかもな」

「ゴラッソさん! 俺も!」


 エレンが声をあげた。間違いなく『女の冒険者』という部分に反応したのだ。ゴラッソは振り返らなかった。


「てめぇは、以前勧めても断ったろうが」

「お、女の冒険者がいるなんて、知らなかったんです! が、頑張りますから!」

「ダメだ。試合に出ても逃げ回っているような奴を冒険者に紹介したら、俺の面子が起たねぇ」


 それは、仕方ないだろう。俺でも推薦しない。

 ゴラッソがブウを連れて歩みさり、俺とエレンが残された。






 俺は、愕然としてへたり込んだエレンの肩を叩いた。


「カ、カロン、約束してくれ」


 泣きそうな顔で俺を見つめるエレンの目が血走っている。


「なにを?」

「ぬ、抜け駆けはしないって」

「……エレン、もてないのか? 格好いいのに」


「お、俺はダメなんだ。魔物が目の前にいると……どうしても体がすくむ。俺を殺そうとしている奴の前では、動けなくなってしまう。ブウみたいに、痛めつけるだけで殺そうとしない相手には平気なんだが……最初の闘技会で……役立たずだって言われて……それから……何か月も出場していない」


 俺は、できるだけ優しく、エレンの肩を叩いた。ダメな奴なのは間違いないと思っていたが、一応恩人だ。命さえかからなければ、臆病でもないのだ。


「わかった。闘技会には、一緒に出られるよう頑張ろう」

「ありがとう」

「でも、女の冒険者に雇われたら、相手の機嫌を損ねることはできないだろうな」


 雇用主の面子を潰すことはできない。たとえ求められたのが体でも、応じないわけにはいかないだろう。エレンは、さすがに震えながらに頷いた。やっぱり、そっちがメインか。

 俺にも、少しだけ楽しみが増えた。


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