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137 仲間を探す遠吠えだ

 目的は果たした。

 氷の女王を討伐することは叶わなかったが、ヴァルメスが討伐されても人間の国に攻め入らないという確約がとれた。

 時期が限定された確約だが、もともとどうしても俺に氷の女王を倒してくれというわけではなかった。

 ヴァルメス女王が倒れた後の混乱に、つけ込まれることを避けるための協力だったのだ。


 従って、俺は胸を張って帰ってもいいはずだ。もちろん、魔王復活にこれから協力する予定であることは知られてはならないが、カーネルは魔王を問題視していなかった。もともと、魔王は俺がいた世界の住人である可能性が高く、非常に強力なスキルや魔法を持っているだろうが、きっと根はいい人なのだ。

 俺としては、そう信じるしかない。

 俺の気が重いのは、ドディアを奪われたことと、俺がずっと探していたらしい幼馴染の記憶を全てなくしてしまったことだ。


 魔物も出ないので、考え事をしながら氷の平原を渡りきった。

 山を登る。

 頂きにたどり着いた。そこは、かつて災厄の女神ヴァルメスが封印され、その妹が俺から記憶を持ち出したと思われる場所だ。

 時間は中途半端だったが、俺はその場所で野営することにした。


「また出てくるかどうかわからないけど、会ってどうするんだい? 記憶を返せるとも思えないし……あんたは、あたしを望んだんだろう?」


 愚痴を言いながらも、かまくら作りをアデルは手伝ってくれる。

 2人でやると、やはり簡単で早い。


「……こんな形になるとは思わなかった。それに……夢だと思っていたんだ」

「……あたしのことは望まないっていうのかい?」

「誤解を生じる言い方だな」


 俺とアデルは、カマクラの中で焚き火をしていた。魔物の肉を炙る。


「まあ……あたしも、ビリーの愛人をしていたんだ。そっちの方は自身があるよ」


 真っ黒い顔で、牙をむき出して笑う。愛嬌があるというより凶暴な笑顔だ。


「急にどうした? カマキリの時だって、こんな話しはしなかっただろう?」

「……カマキリの体でどうしろって言うのさ。あたしだってね……異世界を堪能したいのさ。アデルって悪魔の脳と記憶が混在して気持ち悪いんだ。たまには、すっきりしたいんだよ」

「わ、わかった。でも……まず、街に戻ってからにしよう」


「なんだい、意気地なし。でもまあ……いいか。ドディアもいないし……獣人と人間じゃ、性交の仕方がまるで違うはずだけど……獣人は、あたしから見たらエイリアンみたいな性交だからね。カロン、よく平気だったね」

「……ドディアとは、そう言う関係じゃない」

「はい、はい。あたしは寝る。もし女神が出てきても、起こさないでおくれ。女神がその使命に目覚めて、悪魔を殺そうとしないかぎりね」

「わかった」


 アデルはごろりと横になる。

 ちょっと、もったいなかっただろうか。アデルが誘ってきたのははじめてだ。2度とこんな機会はないかもしれない。

 そうは思うが、幼児体型で鉛の体を持つアデルに、性的な興奮を覚えるのは、俺にとっては難しかったのだ。この世界で初めての相手がゴブリンだったのは、もはや思い出にすぎない。






 結局女神シシは現れず、朝を迎えた。アデルの夢にも出現しなかったようだ。

 本人が直接会いに来ない限り、呼び出し方はアデルも知らなかったので、簡単に会えるわけでもないのだろう。女神の件は棚上げにするしかない。俺たちはカマクラを潰し、雪山を降った。

 途中で巨人の縄張りを抜ける時には緊張したが、今回は出くわさなかった。


 一度大量の死者を出した場所に気にせず群がるほど単細胞ではないというアデルの言葉があったが、見た目は巨大なゴリラだっただけに、俺には判断がつかなかった。

 山を越え、しばらく歩き続け、もう遭難してもいいんじゃないかというほど自暴自棄になりかけた頃、女王ヴァルメスが治める王国の都に帰り着いた。完全に徒歩だったので、日数にして一月ぐらいかかっただろうか。計画通りに事が運んでいれば、女王の治世ではなくなっているはずだ。






 門番で受付を済ませ、俺とアデルは真っ直ぐに青バラの騎士と呼ばれる中年男の屋敷に向かった。

 獣人のドディアと猫のララだけで長期間宿屋に預けておくのも心配だったし、アスラルという騎士最強の男に目の敵にされていることもあり、二人をカーネルに匿ってもらうはずだったのだ。

 報告すべきこともあるが、それより先に文句を言ってやらなくては気が治らない。

 貴族の屋敷が立ち並ぶ、俺としたら転生前であっても気後れするような光景を抜け、一度来た屋敷を訪れる。


 カーネルの屋敷には王国の紀章をあしらった旗が、半旗の形で掲げられていた。

 通常の状況ではない。だが、屋敷の主人が交代しているのでないかぎり、カーネル本人が失脚しているわけではないだろうと推測することができた。

 カロンが訪ねると、初老というには少し歳を行き過ぎている老人が姿を見せた。服を見る限り執事だろう。


「街の門を通られましたか?」


 俺を見るなり尋ねてきた。一度会っているので、顔は覚えていたのだろう。


「当然だ」

「荷物に紛れ込んだりして、潜入したのではなく?」

「あ、ああ。当然だ」

「ならば、カロンさんのご帰還は兵士たちを通じてカーネル様には伝わっております。早晩戻られるでしょう。中でお待ちください」

「……ドディアはどうした?」

「カーネル様にお尋ねください」

「僕が教えるニャ」


 執事の老人が開けたままの扉から、猫がひょっこりと顔を出した。執事は反応せず、猫はその足元を抜けてくる。猫が喋った、とは俺とアデルにしかわからないことだ。執事の耳には、ただ「ニャー」としか聞こえていないだろう。


「誘拐されたな?」

「私からは、申し上げられません」

「違うニャー」

「だが、ここには居ない」

「私からは……」

「だニャ」


「カロン、話は後にしようよ。二人の声が混ざってわずらわしい」

「……だニャ」

「執事さん、屋敷の中で待たせてくれるのか?」

「はい。アンダーソンです」


 執事の名前だろう。執事にありがちな名前というのは、この世界でも変わらないものかと、俺は不思議に思いながら屋敷内に招かれた。






 屋敷の主人はカーネルのままであることは間違いない。

 それでも、俺を裏切って兵士が待ち伏せしているのではないかと警戒しながら、居間に案内される。

 客間に通されるような身分ではない。カーネルは貴族階級らしいので、本来の身分は奴隷である俺が文句をいう立場ではない。

 待ち伏せがなかっただけよしとしよう。

 暖炉に火が灯った、心地好く整えられた居間に入ると、メイド服を来た女が暖炉の前で微睡んでいた。


「ミリー、お客さんですよ」

「……はっ……ア、アンダーソンさん、お客って……この見すぼらしいのが?」

「はい。みすぼらしくても、旦那様が待っていた方です。白湯ぐらいはお出ししなさい」

「はいっ」


 ミリーと呼ばれたメイドが、敬礼しそうな勢いで返事をして立ち上がる。

 ぱたぱたと、スリッパを鳴らして走っていく。

 異世界に来て、初めて和んだような気がした。

 俺が勧められたソファーに腰掛けて暖炉で温まっていると、執事のアンダーソンは慇懃に一礼をしてから出て行った。

 さっそく、俺はララに尋ねた。


「ドディアはどうした?」


 俺は知っている。氷の女王の城で捕まっている。だが、それが本当にドディアか、あるいは魔法でもかけられたのかわからない。


「出て行ったニャ」

「……どうして?」

「カロンを探しにいったニャ」

「……はっ?」


 予想外の答えだった。ドディアは寒いところが苦手で、大人しく留守番していたのではなかったか。カーネルが安全を保障したから、この街においてきたのだ。


「止めなかったのか?」

「気づいたら、いなかったニャ。その前に、毎日遠吠えしていたニャ。あれは……仲間を探す遠吠えだニャ。カロンに呼びかけていたニャ」

「しかし……カーネルはドディアを守ると約束した」

「本人が出ていったのに、どうしようもないニャ」


「俺が一月、アデルと山籠りした間は、大人しく待っていたじゃないか」

「……そこまでは知らないニャ。獣人の勘かもしれないニャ。以前にも、同じことがあったニャ……海賊船でだニャ」

「あの時とは違う。俺は、帰ってくると約束していたんだ」

「……カロンは帰ってこない。そう感じていたかもしれないニャ」

「くそっ」


 俺が気落ちすると、アデルが苦虫を噛み潰したように言った。


「カロンは人間としては破格に強いけど、それだけだ。巨人の群相手にも、殺されそうになっただろう?」

「ああ」

「氷の女王とは戦っていないけど……戦うつもりで向かい合った今なら、多分殺されていただろうとわかるよ。ドディアの勘とやらがどこまで信用できるかわからないが……間違っちゃいなかったんじゃないか」


「……ドディアは、防寒着は着ていたのか?」

「部屋着のままだと思うニャ」

「……確実に、死ぬじゃないか……」

「むしろ、その点じゃ、氷の女王に感謝しなけりゃいけないかもね。本当にドディアを生きて連れ戻せたらだけどね」

「……誰に感謝するんだ?」


 突然、声が割って入った。ララと話していたために気づかなかったが、居間の戸口に髭を蓄えた壮健な中年の男がいた。

 俺が知っている姿は常に鎧を着ていたが、現在は仕立てのいい平服である。


「……カーネル、ドディアが消えたらしいな」

「いや、消えてはいないだろう? そちらのお嬢さんは、少なくとも知っているはずだ」


 やはり、話を聞かれていたのだ。カーネルは色の薄い眼球をアデルに向けた。

 俺は肩を落とす。


「……ドディアと、氷の女王の城で会った。本人の意識はない。ドディアの体を借りて、女王が話していた。まだ生きていると言われたが……カーネル、女王ヴァルメスはどうなった?」

「抜かりはない。予定通りだ」


 つまり、殺したのだろう。あるいは、殺せない相手だとすれば、封印したのかもしれない。


「なら……俺たちも……約束は果たした」

「氷の女王を殺したのか?」

「……いや」


 俺は、氷の女王が署名した羊皮紙をとりだす。

 渡そうとしたが、その寸前でカーネルが止めた。


「……さっき、誰と話していた?」

「なんのことだ?」

「僕のことだニャ」


 俺は思い出す。ララの言葉は、転生者以外には理解できないのだ。


「ああ。こいつだ」


 俺は、床の上でごろりと回転した茶色いトラジマのララを足で踏んだ。


「ひどいニャ」

「……頭をやられたか?」

「酷いな」

「まあ、似たようなもんさ」


 アデルが牙をむき出して笑う。カーネルはアデルの素顔にやや気圧されながら、俺が差し出した羊皮紙を受け取った。

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[一言] リンのエピソードが1番切なくて好きです。
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