134 魔将軍たちも、魔王に対する考え方はばらばらだ
氷の平原は、紛れもなく氷だった。
凍りついた大地というより、スケートリンクのように滑らかで、転べばどこまででも滑っていきそうだ。
見渡す限り氷の世界で、はるか遠くに城が見える。
氷の女王がいる城だろう。
不自然なのは、見渡す限りの平らな氷なのに、次々に魔物が襲ってくることだ。
見渡すと、魔物が見えない。
だが、目の前に次々に現れる。
「こいつら、どこから湧いてくるんだ?」
「決まっているさ。氷の大地だ。氷の中からだよ」
アデルが魔物たちを殴りながら言った。
白い毛をした狼が、狼の形をした氷の塊に変わっていた。
動く氷像がたくましいアイスゴーレムに変わり、氷の巨獣が味方のはずの魔物すら踏み潰す。
「なるほど。魔法で相手をしていたら、すぐに魔力が尽きるな」
「だろう」
「ああ。地面の全てが材料で、そこから魔物が出現するんじゃキリがない。でも……氷から魔物を作る魔力は、どこから……」
「決まっているさ。氷の女王は魔王の配下、7魔将軍の一人だ。自前の魔力だよ」
「聞くんじゃなかった……『バン、レベル2』」
俺が魔法を放つと、固まっていた魔物たちが四散する。
ばらばらに吹き飛んだ氷と氷がくっつき、別の魔物に変わる。
氷の女王の城もだいぶ近づいてきた。
「アデル、まだいけるか?」
「ああ。なんの問題もないさ。カロンは?」
「まだMP半分以上ある。城までは行けそうだ」
「城に近づくほど、出てくる魔物が強力になるって可能性も考えたかい?」
「近づくうちに、氷の女王の魔力が尽きる方にかけるさ」
「結構。死んでも文句言いなさんなよ」
「ああ。文句を言うのは、アデルも一緒に死んだ時だけにする」
「それじゃよかった。あたしは死なないからね」
アデルは牙を剥いて笑った。
さらに氷原を進む。
魔物が出なくなった。
本当に氷の女王の魔力が尽きたのか、誘われているのか、あるいは別の理由か、俺にはわからない。
「このまま進むか? 一眠りすればMPも回復すると思うが」
「氷の平原で、眠れるのかい?」
「いや。言ってみただけだ。ただ、できればどこかで休憩はしたいな。HPはとにかく、疲れてきた」
「まあそれは同感だね。だけど、ここじゃ四方から丸見えだ」
魔物が出なくなった氷原をアデルが見渡す。
隠れる場所はない。
「……まずは、あそこまで行くか」
俺が指差したのは、氷の女王の城だ。
「ああ。それしかないね」
俺とアデルは、氷原を滑りながら一気に駆け抜けた。
氷の女王の城は、まさに氷でできた城だった。
外側は半透明に透き通り、日光を受けてキラキラと輝いて見えた。
「綺麗だな」
「見るだけならね」
俺とアデルは、同時に足を止めた。
氷の城の一部が外れた。
外れたと言うのだろうか。
明らかに、意図して城から分離した。
空を舞い、俺たちの頭上に至る。
影が落ちる。
潰される。
「バン、レベル2」
避けきれないと判断し、俺は魔法を頭上に放った。
頭上で轟音が響き、俺たちからわずかにずれた位置に、見上げるような氷の巨人が降り立った。
俺の魔法で体の一部が崩れたものの、氷の巨人の威容は圧巻だった。
「相手をするには消耗が激し過ぎる。逃げるか?」
「逃げてどうするんだよ。どのみち、進むしかないんだ」
アデルは厳しい。言うことはもっともだ。
「わかっている。俺も、後ろには逃げない」
「そりゃ、逃げるって言わないんじゃないかい?」
「そうかな。でかい分、小回りは利かないだろう。とにかく、走る。アデル」
「はいよ」
俺はアデルに手を伸ばした。アデルが俺の腕を掴む。俺はアデルを抱え、スキルを発動させた。
「コンシン」
ここ一番で何度も世話になったスキルだ。
俺はスキルのお陰で全身の筋力を最大限まで引き上げ、氷の平原を駆け抜けた。
氷の巨人の股の下を通った時はさすがに肝を冷やしたが、予測したように、真下を正確に捉えることはできないようだ。
俺の周囲に巨大な足が何度も打ち下ろされたが、踏みつけられることなく、俺とアデルは氷の城にたどり着くことができた。
氷の城の位置から振り返ると、巨人の体は陽の光を跳ね返して輝いていた。
輝きながら、いつまでも獲物を探している。
俺はアデルに珍しく褒められながら、氷の城の門を潜った。
全てが氷で出来た城は、遠くからは綺麗だが、実際に中に入るとなると心もとない。
だが、俺が踏み、踏んでいるのが氷だけという状況でも、しっかりと俺の体重を支えた。アデルが踏んでも大丈夫なのだから、よほど頑丈なのだ。
「氷の女王はいるだろうか?」
城門を潜ってすぐに城の中に入る。広大な庭があるわけでもなく、すぐに建物だ。もちろん氷でできている。
「氷の女王は、出かけることはない。確実にいるよ」
「……そうか……町の近くで山籠りをしている間に、覗きに来た奴がいたじゃないか。女神が封印されている山と巨人の集落を超えてきたんだから、かなりの遠出じゃないか?」
城に入ったところは、巨大なエントランスだった。全体が氷のためひんやりと冷えるが、寒いというほどではない。むしろ、吹きざらしの屋外より快適で過ごしやすい。
「あの時のは、女王が作った氷の彫像を操っていただけだよ。本体はこの城から動かない。全部ここから命令して、操って、攻撃させているのさ」
「……氷の女王は、召喚とかが得意なのか?」
「まあ、そんなところだろう。氷像に意識を乗せるともできたはずだから、あんたのことも知っているだろうよ」
「今も……見られているのか?」
俺たちは、巨大なエントランスの中央に進んだ。
隠れながらこっそりと進みたかったが、なにしろ周りがすべて氷で透き通っているのだ。隠れる場所がないため、どうやって移動しても同じだと割り切ったのだ。
「さあね。見ることはできるだろうが……実際に見ているかどうかは別の話だ。ああ……言っておくけど、魔将軍たちも魔王に対する考え方はばらばらだ。あんたが知っているホライ・ゾンはむしろ反逆的だったし、ビリーは忠義に熱い」
「……氷の女王は?」
「惚れている」
「はっ?」
「ビリーに聞いた話だ。氷の女王は魔王に惚れている。だから魔王復活に執念を燃やしている。ははっ……氷の女が『燃やしている』ってのはおもしろいね」
「面白がっている場合じゃないだろう。じゃあ……魔王の復活を阻止した俺を恨んでいるってことか?」
俺たちはエントランスを抜けた階段の前まで来ていた。出迎えはない。ここまでたどり着くことはないと、油断していてくれればありがたいのだが。
アデルは再び笑った。
「そうとも限らないだろう。ただエルフの秘術が封印されたってだけだよ。たしかに、あれを使うのが一番早かっただろうけどね。それにしても、エルフの森が閉じた原因は知られていないし、原因が誰にあるかなんてこともわからない。そもそも、氷の女王の彫像は温度が高い場所には出歩けない。溶けちまうからね。エルフの秘術のことを知っているかどうかも怪しいもんだ」
「じゃあ……俺たちがここでそういう話をしているってのは、まずくないか?」
「ああ……そうかもね」
アデルが牙を見せてニヤリと笑い、俺たちが登ろうとしていた階段の上に、人影が現れた。