132 あんた次第だね
同一スキルの使用は5分に一度が限界だ。
MPがゼロのまま数分が経過し、俺はスキル『オウキュウテアテ』を使用した。
体がほんのりと暖かくなる。『オウキュウテアテ』は瀕死の人間の命を救うことができる。
俺自身に効果があったという事実が、俺の体がいかに危機的な状況かを教えている。
待っていてもダメだ。俺は、アイテムボックスからありったけの魔物の死体を取り出した。保存されているので古くなっていないし、アイテムボックスに入れたことで自動で解体されている。
街で換金しきれなかった大量の毛皮に埋もれた。
徐々に体が温まる。
俺は、次第に睡魔に誘われた。
このまま凍死するかもしれない。
そう思いながら、俺は動くことができなかった。
夢を見たような気がする。
本当に夢だったのか、死に瀕しての幻だったのかもわからない。
ドディアに会ったような気がした。
ピノが笑っていた。
ファニーはどこにいるのだろう。
フラウが泣いていた。
アデルが冷たくなっていた。
鉛の体が二度と動かない光景を見たとき、俺ははっきりと目を覚ました。
重い。
動けない。
暗い。
だが寒くはない。
やはり夢だった。
俺はほっと息を吐き、ステータスを確認した。
MPが15ある。
バンレベル4の魔法には、MPを625消費する。実際に、そこまでのMPがない場合、表示はゼロでも不足した分はマイナスになるのだろう。
俺がどれだけの時間寝ていたのかわからないが、二時間ぐらい寝ていたと考えれば辻褄が合う。
俺は、体の上に乗っていた魔物の大量の毛皮を、アイテムボックスに収納することで片付けた。
毛皮の上に雪が積もっていた。
ついでに雪も収納する。
俺の上から雪が消えた。
初めからこうすればよかったのかと思い至るが、後の祭りである。
目の前に、組まれた薪があった。寝るまえに焚き火をしようと準備したまま、MPがなく火を点けられなかったのだ。
周囲はまだ明るかったが、日が傾いたのか寒さが増している。
俺は、組んだ薪にボヤで火を点す。
しばらく火の温もりを楽しんだ後、食事にした。
体に異常はない。
MPも30まで回復した。
俺は焚き火を消して立ち上がった。
アデルを探さなければならない。
俺は、俺が隠れていた山を降った。
アデルがどんな状況なのかわからないが、死んではいないはずだ。
木の隙間から、俺が更地にした場所が見える。
地響きがした。
木々の間から、長い毛を持った、巨大な影が動いているのが見えた。
影が1つ、2つと見える。
あの巨大な敵に対抗するには、やはり魔法バンしかない。
だが、現在のMPではレベル3でも難しい。
再びMPがゼロになれば、今度こそ凍死する。
俺は隠れたまま、補助魔法トウシを使用した。
木を見れば、木の向こう側ではなく木の皮の内側が見える微妙な魔法だ。
雪の中にアデルが埋もれていても、浅い場所なら見つけられるかもしれない。
俺は木の影に隠れたまま、トウシを使い続けた。
残念ながら、アデルは見つからなかった。
巨人と戦うには、状況が悪すぎる。
俺がここで死ねば、氷の女王を倒すものがいなくなる。
氷の女王が巨人たちより弱いという保証はないが、ひたすら巨大で弱点がない巨人より、氷でできた女王なら、戦う方法はあるだろう。
アデルは人間ではない。簡単には死なない。
俺はそれを信じることしかできず、アデルを見つけるのを諦め、巨人の集落を背にして山を登った。
防寒着を着込んできたので、動いていれば体は暖かい。
むしろ汗ばむほど歩き続けると、山の頂きと思われる場所に到着した。
日が落ちつつある。
すでに巨人たちの縄張りからは出ていると信じたい。
比較的なだらかな山で、徒歩で超えられそうなのはありがたかった。
山の上も雪で覆われていたので、俺は再び雪でカマクラを作り、夜を明かすことにした。
雪でドームを作り、穴を掘って中に治る。
一か月の山籠りの成果もあり、こういう作業は慣れてきた。
ちょっとした洞窟程度の空間を作り上げると、薪を取り出してボヤで火を付け、魔物の毛皮を敷いて座る。
アイテムボックスから料理を出して食べる。
なかなか快適ではあるが、気分は晴れなかった。
理由はわかっている。
アデルを置いてきてしまったのだ。しかも、これから氷の女王と戦わなければならない。
魔王に従う七魔将だという。
これまで、ホライ・ゾンとビリーを倒してきたが、実力的に俺の方が上だったからとはとてもいえないものだ。
アデルは寒さに強い。だからまだ生きているのだ。そのアデルなしで、氷の女王に勝てるだろうか。
腹もいっぱいになり、気分も沈んでいた俺は、出口を魔物の革で塞いで、焚き火に当たりながら横になる。
寝れば少しは気分も変わるだろう。そう思っていた。
俺がうとうととまどろみ出した頃、出入口に使用した魔物の革がぼそぼそと音を出した。
吹雪いているという感じではない。
誰かがきたのだ。
「……アデル?」
「いや」
人の声だ。はっきりと答えた。
アデルではないらしい。こんな山の中に、巨人以外の誰かが来るはずがない。
だが、巨人なら入口をノックなどするはずがない。あれは、巨人という種族名の巨大なゴリラだ。
だが、半分眠りかけていた俺は、そこまで考えなかった。
「誰だい? まさか、ドディアじゃないんだろ」
「ああ、違うよ」
面倒なのを我慢して、ゆっくりと体を動した。
「ファニーかい? フラウかい?」
「違うよ」
「……エスメル?」
「いいや」
「ピノ?」
俺は、そんなはずがないことはわかっていながら、次々に女の名を上げていった。
扉代わりの魔物の革に手を伸ばした。
魔物の革を持ち上げると、小さな老婆が会釈した。
「……誰だ?」
「ああ……随分いろんな名を上げくれたけど、どれでもないよ。あんたが何も求めないから、気になって様子を見にきたのさ」
「……求めないから?」
俺は、いろんな人を求めたつもりだった。どういう意味だろうか。
「ああ。せっかく女神が封印されている場所に来て……ただ寝ているだけってのは、珍しいものさ」
「……『女神』? 『封印』?」
「そうさ。幸運の女神、ヴァルメスの妹シシア」
「……ヴァルメスだって? あれは、解放されただろう?」
「わかっているさ。あれも、この地に封印されていた。ヴァルメスを起こすのには力を示すことが必要で、カーネルがその力を示した。ヴァルメスが外にいる間は、私は外に出られない。でも、誰もいないんじゃこの地が汚れるし、何よりなにかを求めて来た人間に悪いから、代わりにこうして、私が出て行くことにしているのさ。わかったら中に入れておくれ。外は寒いし、たまには温まる物でも食べたいじゃないか」
俺が一歩引くと、同意だと受け取ったのか中に老婆が入ってきた。いそいそと焚き火に当たる。雪女ではないようだ。
「さっきの言葉からは……まるであんたが幸福の女神みたいに聞こえるな」
「ああ。そう言っている」
「……俺には貧乏神みたいに見えるが」
「どっちも神さね」
「幸福の女神が、どうして封印された?」
「人間ってのは、幸福は独占したいもんさ。他人には与えたくない。そんなものだろ?」
老婆はにかりと笑った。
なんとなく、嫌な笑い方だ。
「……俺を助けてくれるのか?」
この怪しい老婆にこんなことを言ったのも、気分が沈んでいたからだ。
「あんた次第だね」
老婆が、笑みを浮かべた顔の皺を深めた。