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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
13/195

13 ライオンがいくらするのか、知っているのか

 俺がいたのは、円形に切り取られた広場だった。闘技場のミニチュア版といった風情で、客席には剣奴たちがずらりと並んでいる。

 どうして剣奴とわかるのかといえば、何人か見覚えのある顔かあり、服がお揃いだ。俺には囚人用としか見えない粗末な服を着ているし、何よりみすぼらしい。


 金を払って見物に来たとは思えない。食堂で言われたとおり、噂を聞いて俺を笑いに来たのだ。

 俺の正面には巨大な檻があり、中にいたのはメスのライオンだった。俺が知っているライオンと同じかどうかわかないが、見ただけでは違いがわからない。目が6つあるということもない、普通のライオンに見える。

 ということは、俺に勝ち目があるとは思えない。


「檻を開けろ!」


 俺の背後から、ブウの命令が飛ぶ。客席から鎖を引っ張る男たちの動きに合わせて、メスライオンが入った檻が開き始める。

 メスライオンは、体勢を低く構え、地面を掻いていた。早く出せというアピールだ。腹を空かせているのだろう。やる気満々だ。

 檻が上がるのを待たずに、這いずるように出てきた。たぶん、腹ペコだ。俺が美味しそうに見えるのだ。


 餌だとしか思っていないのだ。

 どこが訓練所だ。過激すぎるだろう。

 内心で愚痴ってもしかたがない。ある程度のいびりは覚悟していたところだ。

 どうも、ある程度ではなく、命がけになってしまったが、俺にはむしろちょうどいいかもしれない。


 相手を殺さなくても、倒したと判定されれば経験値が入ることがわかったが、木造の人型を殴りつけているだけで経験値が入るとは、どうしても思えない。経験値を貯めてレベルアップするには、どうしても実践形式の戦闘が必要なのだ。


「おいっ! 武器をくれ!」


 なにしろ、俺は丸腰だったのだ。

 アイテムボックスに石斧は入っているが、それを堂々と出すわけにもいかない。

 俺は、背後の豚の相手はせず、客席で笑っている先輩方に訴えた。

 メスライオンが檻から出る。鎖にも繋がれていない。


 俺は、武器を貰えるまでは、とにかく避けようとした。

 足が止まった。

 動かない。さっきまで、鉄球の重さはあまり感じていなかった。どうして動けないのかと振り向くと、鉄格子の扉が降りて、その向こうにブウがいた。

 だが、俺が動けない理由は、ブウが何かしたからではなかった。


 俺が足元に目をやると、俺の右足につながっていた鉄球が、降りた鉄格子の向こう側にある。俺は、模擬試合をする訓練場に足を踏み入れた。だが、俺のお供である鉄球は、踏み入れていなかったのだ。

 結果として俺は鉄球と生き別れとなり、俺と別れたくない鉄球の奴に引き止められることとなった。


「くそっ!」


 柄にもなく、意味のない悪態が口をついて出た。意味のないことを口走るのは好きではない。それだけ、切羽詰まっていたのだ。

 俺の上に影が落ちる。

 俺は、とっさに頭を下げた。


 俺の上に、どしりと思い肉の塊が覆いかぶさり、俺の背中に食らいついた。

血が流れる。俺の血だ。背中に牙を立てられた。

 痛い。

 俺は、肘でメスライオンの腹部を突き上げた。


 手加減などしていられない。全力だ。

 俺の全力を込めた渾身の一撃で、メスライオンが仰け反る。

 俺は、目の前にあった、体の割には細い、後ろ足に組みついた。

 メスライオンが仰向けに転がる。


 俺も転がる。

 メスとはいえ、前足の力強さはオスと変わらない。ばたばたと前足を動かし、俺の肌を傷だらけにしてくれる。


「おいっ、ライオンは高価だ。殺すなよ」


 ブウが笑いながら言った。俺は、どうしようもなく腹が立った。


「俺が死んだら、お前も責任を問われるぞ!」

「訓練中に若い奴が死ぬのは、よくあることだ」

「訓練と言うのなら、せめて武器をよこせ」


 俺は現在戦士だ。修道士ではない。素手でライオンとは戦えない。

 ブウはニタニタと笑いながら、客席に向かって怒鳴った。


「おいっ! このクソ生意気な新人と心中してもいい奴、武器を渡せ!」


 そんな言い方で、武器を俺に渡す人間がいるとは思えなかった。俺に協力すれば、一緒に殺すと宣言しているようなものだ。

 その間にも、メスライオンは起き上がっていた。目が爛々と輝いている。俺の血を味わい、ますます食欲が増進したようだ。


 俺は逃げられない。背後の鉄格子を持ち上げようとすれば、背中を向けなればならない。その間に、美味しくいただかれてしまうだろう。


「誰か! 武器を!」


 空気が光った。いや、空中で、何かが光った。光を反射して輝いた、薄汚れた短剣が、訓練場の地面に突き刺さった。

 ライオンが跳躍する。

 俺は、短剣を拾い上げた。


 メスライオンの牙が、俺の肩に食い込んだ。

 肩の骨が噛み砕かれる感触と、叫びたいほどの激痛、鮮血がほとばしる絶望感で、俺の心はいっぱいになる。

 だが、噛みつかれると同時に、俺は間一髪で拾い上げた短剣を、ライオンの胸に突き立てていた。


 俺の肩を美味そうかじるライオンが、力なく崩れる。

 剣の柄まで、肉に埋もれた。傷は深い。だが、致命傷ではないだろう。絶命するには、長い時間がかかる。ライオンは、光る目を俺に向けていた。


「……来いよ」


 砕けていない方の手に短剣を持ち替え、ライオンを挑発する。俺の知る世界で地上の肉食獣の頂点にいた動物は、静かに足を折った。

 負傷してまで戦う相手ではないと考えたのだろう。さすがに百獣の王の一族だけあって、計算高いようだ。

 俺は深く息を吐き、その場に座り込んだ。


 俺が座っても、ライオンは動かなかった。

 警戒を解いたわけではないことを、理解しているのだ。

 背後で、ブウの舌打ちが聞こえたのが、愉快だった。






 俺の対戦相手が攻撃してこなくなったので、ひとまず試合は終わりだ。ライオンが、おとなしく座っているからといって、背中を見せられるほど俺は豪胆ではない。

 最強の獣を見つめ、俺はその場に座り続けた。背後で鉄格子が上がる音がする。

 俺の隣に、ブウが並んだ。


「おいっ! 誰がこいつに武器を投げた! こいつと同じ目にあいたいのか!」


 俺は、鉄格子が上がった瞬間に、鉄球を引き寄せておいた。これで、少なくとも移動はできる。

 観客席が静まり返る。ただ1人、訓練場に飛び降りた影があった。

 昨日、俺を助けてくれた男かと思ったが、どうやら別の、もっと若い男だった。 


 俺の体であるカロンよりはだいぶ歳上だろうが、剣奴たちの中ではもっとも若いかもしれない。

 すらりと背が高く、彫りの深い顔をした美男子だ。あっちのアバターの方がよかったと思わせる青年である。もちろん、俺の現在の顔は、たぶんアバターではない。


「こいつと一緒、というのなら、生き残れそうな気がするよ」

「お前かっ! 俺に土下座して泣いて謝ったのを、忘れたのか?」


 ブウが粘りつくような声を出した。どうやら、以前いじめられていた男のようだ。男の額に青筋が浮かぶのがわかった。


「忘れてはいない。だが……生き延びるために、最善を尽くす」


 声の調子が落ちた。かなり、酷い目にあったらしい。


「後悔するぞ」


 ブウが笑った。どうやら、その時は近い。男は、訓練場に降りて、俺の前に立った。ブウと向かい合っていた。つまり、ライオンに背を向けていたのだ。

 メスライオンは腹を空かせいていた。手痛い傷を負ったのは確かでも、その程度で行動不能に陥るほど、甘い獣ではなかったのだ。

 伸び上がる。


 男の首筋を狙った、見事な跳躍だった。

 俺はとっさに飛び出していた。

 右足の鉄球が跳ね上がるほどの勢いだ。

 剣を持ったままだった。


「伏せろ!」


 何が起きたのか、理解したのだろう。男は頭を抱えてかがみ込んだ。格好は悪いが、正しい選択だ。

 俺は大きく飛び出し、持っていた剣を突き上げた。

 ライオンの体が、地面に落ちる。仰向けに倒れ、なお抵抗しようともがく。

 最後まで、自分が死ぬことなど考えていない。ただ、相手を噛み殺すことだけを考えている。だからこその、獣の王なのだろう。


 俺は、4本の足をばたつかせるライオンに刺した剣を、さらに捻った。そうすれば、ダメージを与えられると知っていたわけではない。ただ、自然に体が動いたのだ。

 ライオンの体から大量の血が吹き上がり、さらに幾度も抵抗を試みたあげく、ライオンは動かなくなった。


「お、お前ら! ライオンがいくらするのか、知っているのか! お前たちが一生働いても、返せないぞ」

「このライオンを殺させたのはお前だ」


 俺は立ち上がり、ブウを睨みつけた。どうやら、この豚と仲良くやっていこうというのは、もう無理なようだ。

 徹底的に対立するしかない。


「怪我はないか?」

「ああ。あんたは、怪我をしているようだな」


 頭を下げて伏していた男は、俺がうらやましいと思えるような笑顔を見せた。俺は手を伸ばし、男がしっかりと握った。引き上げる。

 男が立ち上がる。俺の肩から背中が痛んだ。いまの俺は戦士だ。覚えた魔法やスキルは使えるらしく、回復魔法も使えることになっているが、MPが0のため、使用することができない。


「覚えておけ! 一生、ここでこき使ってやる」


 ブウは捨て台詞だけを残して、足早に去った。観客席から俺を見下ろしていた剣奴たちは、不景気な顔で去っていく。訓練に戻るのだろう。


「あんた、本当にいいのか? あの豚に、だいぶやられたんだろ?」


 青年は、にかりと笑った。


「ああ。思い出すだけで胸が悪くなるほどな。しかし、肝心なのは、生き残ることだ。誰かと一緒に戦うなら、俺はあんたがいい。そう思えた。だから、武器を投げた」

「そうか。助かった。よろしく頼む」


 青年はエレンと名乗った。俺もカロンだと名乗り、俺はこの世界で、初めて友人と思える相手を得た。






 俺が連れてこられた訓練場は、未熟な剣奴しかいないらしい。だから、オークのブウが最強だったのだ。

 剣奴の役目は闘技場で、多くの観客を喜ばせ、死ぬことにある。

 メインとなる戦闘イベントに出るのは、剣闘士と呼ばれる剣奴から成り上がった奴隷たちだ。身分は同じ奴隷だが、自由がないだけで、かなり待遇はいいらしい。


 といっても、試合で負ければ死ぬのは当然で、試合を拒否することもできなければ、その相手も強力な魔物が多いという。だが、そんな試合ばかりではすぐに剣闘士が全滅して、試合が成立しなくなる。

 そこで、俺が連れてこられた訓練場に多数いる、まだ見習い程度の扱いの、一般剣奴がいるのだ。

 この世界の、というかこの国の剣奴の試合は、ほとんどが人間対囚われた魔物、という図式で行われるらしい。


 人間を超える不可思議な生き物たちが跳梁している世界で、わざわざ人間同士で殺し合いをさせても、客は喜ばないということか。

 まず、前座として比較的弱い魔物と、俺や俺と同じような、訓練場にいる剣奴を戦わせる。一対一の時もあれば、集団戦の時もあり、また少し強い魔物と、大勢の剣奴対一匹、で戦うというのもあるらしい。すべて、その日の流れを考慮して興行主が決めるのだ。


 ゴラッソというじいさんは、意外と繊細なことをしているのだ。

 その前座試合で実力が認められるか、人気が出てくると、後半に登場する剣闘士の仲間入りができる。

 俺が連れてこられた訓練場には、本物の剣闘士などいなかったということだ。

 後半の試合も、基本的な部分は前半と一緒だが、相手がもっと恐ろしい魔物で、さらに剣闘士側の力量に合わせて人数が減るらしい。


 どうしてそんなことを、といえば、当然観客が盛り上がるからという以外に理由は要らない。実にやりたくない行為だが、それをやらなくては、俺が入り込んだカロンという少年の目的は達成できない。

 剣奴のままでも、金持ちが目をつけて護衛やら奴隷として購入されることもあり、若い剣奴にはその機会も多いという。だから、俺も比較的高い値段で買われたらしいのだが、エレンのような男は、まさにそれを狙っているのだろう。


 だが、それではいつまでも奴隷のままだ。奴隷から自由な立場になりたければ、剣闘士に成り上がり、国王の御前試合で活躍することが必要らしい。しかも、御前試合で王が剣闘士を自由にするのは、王自身の気まぐれでしかないというのだから、性質が悪い。

 そんなものを目指すより、金持ちの奴隷として買われたほうがよほどいい目が見られると、エレンは熱っぽく教えてくれた。


 曖昧に同意しておいたが、俺はカロン少年の幼馴染のファニーを追いかけて剣奴になったのだ。

 たまたま、ファニーを買った相手が俺を買ってくれるという幸運がないかぎり、俺が自由になるのを諦めると言うことはない。その場合でも、ファニーとただ同じ職場だというだけで、カロン少年の望みが叶えられるわけではない。


 カロン少年の望みを叶えるのには、俺が自由になり、さらに金を稼いで、ファニーという少女を自由にしてあげることが必要だ。

 そうでなければ、目的を成し遂げたとは言えないだろう。

 エレンには悪いが、俺は剣闘士を、しかも最強の剣闘士を目指すのだ。


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