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127 こいつは、ただの影だ

 雪崩のような勢いで迫る真っ白い皮をしたスノウドドンゴに、俺は「タイカ」を叩きつける。

 横幅があり、とても回避できるようには見えない。

 スノウドドンゴの全身が一瞬炙られ、驚いたように足を止めた。

 周囲を見回す。

 その鼻先に、アデルが迫った。

 アデルは、スノウドドンゴから比べるとあまりにも小さかった。

 視界に入っても気にならない程度のサイズ感しかなく、近づいても気にした様子はない。

 だが、突然不自然に横を向いた。


 俺は、アデルが殴りつけたからだと理解した。

 転職して戦士レベル1になったはずのアデルだが、元々が悪魔族であり、魔将軍の右腕だった女だ。俺がスキルを使用すると肉体が追いつかずに筋肉痛になるように、ステータス的に弱体化しても、もとの筋力が低く抑えられるというわけではないのだろう。

 アデルの拳は一撃で止まらず、二発目は顎を跳ね上げた。


「タイカ」

「辞めな。テイムする」


 注意を受けたが、すでに発動してしまった魔法はスノウドドンゴの全身を焼いた。


「辞めろって言っただろう」

「仕方ないだろう。言うのが遅い」

「チッ……仕方ない」


 アデルはふらつくスノウドドンゴを再度殴りつけ、足元を掴んで投げ飛ばした。巨大な魔獣が振り回され、放物線を描く。冗談のような光景だ。

 スノウドドンゴがゆっくりと起き上がる。

 アデルの口から、ゲギャゲギャという耳障りな声が漏れた。

 スノウドドンゴがゆっくりと頭を下げる。

 アデルがその頭を踏みつけてさらに雪を食わせた後、短く太い首の後ろにまたがった。


「よし、これで山の狩りが楽になるね」


 スノウドドンゴの首にまたがって大笑するアデルを見上げ、その逞しさに俺は舌を巻いた。






 アデルが言ったとおり、スノウドドンゴがのし歩くと、魔獣やら猛獣やら、人間が襲われればひとたまりもない凶悪な獣が瞬く間に逃げ出した。

 アデルに言われて俺が背後から魔法で倒す。

 スノウドドンゴの背に乗って1日で付近の山を踏破し、倒した獣の数は優に100を超えるほどになった。

 俺のレベルは魔法使いで5から10に上がり、アデルも戦士レベル7になっていた。魔法は新たに風系と土系の魔法を習得したが、威力は低い。さらにレベルを上げていかないと、大規模な魔法は習得できないのだろう。


「これだけ大量なら、もう帰ってもいいな。日帰りで街から往復しても、結果はあまり変わらないと思うが、どうする?」


 今回の成果のほとんどはアデルのおかげなので、俺はまずアデルに尋ねた。


「街に帰ってもいいけどね。この子はまだ、テイムしたばかりだ。完全に支配下におくには何年もかかるのさ。街に入れるわけにはいかないだろう。あたしたちが宿で寝ている間に、どこかに行っちまうと思うよ」

「そうか……明日もスノウドドンゴが見つかるとは限らないし……アデルのところから逃げなくなるまで、一緒にいた方がいいんだな」

「そうなるね。まあ……あたしだけ野宿して、カロンは街に戻るってのでも構わないけどね」


 アデルは魅力的な提案をしてくれたが、本気でそう思っているのかどうかわからない。俺は首を降った。


「戦士は火を熾すもの力ずくだろう。俺がいないと、せっかくの肉も焼くことができないぞ」

「そうかい……それじゃ、しかたないね。一緒にいさせてやるよ」


 アデルはにっかと笑い、口の中のずらりと並んだ牙を見せた。

 俺とアデルはスノウドドンゴに雪を掘らせ、カマクラを作って一晩明かすことに決めた。






 ボヤで薪に火がつくので、野宿の準備はとても楽だ。

 アイテムボックスが俺もアデルも使用できるのも大きい。

 多分テントごと持ってくることもできたが、俺は以前の世界では雪が少ない地方に住んでいたので、カマクラを作って中で寝ることに憧れを抱いていた。

 雪を積み上げることなく、掘るだけで中に入れることに感動を覚える。

 アデルにはそういう感傷はないらしい。

 中に入って薪を燃やしても、雪は解けなかった。

 鍋を取り出して、アイテムボックスが自動で仕分けした肉で簡単なスープを作って食べた後、アデルは寝た。

 俺はすぐに寝る気になれず、アデルの堂々とした寝相を眺めて過ごした。






 深夜に入り、俺は寒さで目を覚ました。

 気がつかないうちに寝入っていたようだ。火が消えている。

 俺は薪にボヤを使おうとして、手を掴まれた。

 強い力と冷たい腕に驚いたが、その手の主がアデルであることに気づいた。

 アデルも寒くて目覚めたのだろうか。

 俺が尋ねようとしたところで、口を塞がれた。


「やばいのが近くにいる。人間の息は臭う。息を止めな」


 アデルの言葉に、俺は小さくうなずいた。






 空気が冷たい。ただでさえ寒いのに、温度が急激に下がったような気がした。

 俺はかじかむ手を慎重に開閉させた。そうしないと、凍りつきそうな気がした。

 息を吹きかけようとして止まる。息をするなと言われたのだ。

 大気の冷気がさらに厳しくなった。

 体温が奪われる。

 これ以上は死ぬ。

 そう思った時、俺たちがこもったカマクラの入り口から覗き込む、目があるのに気がついた。


「……おい、アデルまだ? 見つかったぞ」

「しっ……のぞいているだけだ。死んだふりだよ」

「……わかった」


 魔将軍の片腕だったアデルが『やばい』というほどの相手だ。俺はスキル、ガマンを発動させた。

 実によくお世話になるスキルだ。

 ただ、我慢した挙句に死ぬのではないだろうかというほど寒い。

 入り口にいる目の持ち主が、ゆっくりと入ってくる。

 女の姿をしていることがわかった。


「……アデル、限界だ」


 俺の我慢の限界なのだ。


「チっ……仕方ない。誰だい?」


 アデルが声を上げた。カマクラに入ろうしていた女が動きを止める。

 俺はボヤで薪に火を灯す。

 火の明かりに照らされ、彫像のように整った顔立ちをした首の長い、背の高い割に顔の小さな女の姿が

浮かび上がった。

「……アデル……」

 

 人ではないのかと思ったが、言葉を発した。人の言葉とは限らない。俺は、この世界のおそらくすべての言葉を理解できる。翻訳機能が働いているのだ。アデルも一緒だろう。話しができる相手たからといって、安心はできない。


「あたしのことを知ってるのかい。ということは……魔将軍……氷の女王……の影かい?」

「……暖かい……命」


 女は、アデルを素通りして俺の方に近づいてきた。寒い。あまりにも、寒い。


「目的は?」


 アデルが厳しい声を出す。


「……エルフの森が閉じた。魔王様がお怒りだ……ビリーはどうした? 魔王様の復活には、エルフの力が必要だ」

「ビリーは討たれたよ。エルフは森を閉ざした。そうならないように、ビリーはエルフの女王を手なづけようとしていたんだけどね。でも手遅れだ。別の方法を探すしかないよ」

「……魔王様がお怒りだ」

「お怒りだっていっても、仕方ないだろう。どうしろって言うのさ」


「……生贄……必要……」

「まだ魔王は蘇っていない。そんなに怖がらなくてもいいだろう」

「蘇った時のために……得点を稼ぐ必要がある。私の体……冷たいままでは……呪われたも同じ……」

「そうかい。でも、こいつはあたしの連れだ。やらないよ」

「……アデル……裏切った?」

「そんなつもりはないけどね」

「死ね」

「やだね。カロン」

「タイカ」


 氷の女王の影が冷たい息を吐き、アデルが立ちふさがる。鉛の体を持つアデルは、低温でも高温でも、熱に強いらしい。俺は背後から火の魔法を放った。

 氷の女王の姿が一瞬明滅する。それほどに、俺の放った火は激しい。


「……よくも」

「タイカ」

「死……」

「タイカ」

「ふざけ……」

「バン、レベル1」


 女王の頭部が爆発する。

 頭部を失った体が、その場にくずおれた。


「……倒したのかな?」

「まさか。言ったろう。こいつはただの影だよ。氷の女王は、何体も代わりがあるのさ。弱点がはっきりしている分、力は強い。氷の女王は強敵だ……どうやら……カロンもあたしも狙われるようだね。どうする? 街に戻るかい?」

「もともと氷の女王を退治するために鍛えているんだ。逃げ隠れする必要はないだろう」

「まあ……そうだろうね。チッ、氷の女王は魔王と直接連絡を取っているのかもしれない。となれば……あれを退治すると、魔族たちにカロン討伐の御触れが出るかもね」

「……困ったな。俺は、金を稼いで幼馴染を探したいだけなんだが」

「その幼馴染を巻き込みたくないなら、ちゃんと魔王とのことに蹴りをつけることだね」

「……わかっている」


 大変なことになりそうだ。

 いや、すでになっているのだ。俺はカマクラの中で暖をとりながら、再び横になった。

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