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125 小さいって、あたしのことかい?

 カーネルが言うには、この国の王都から氷の女王の支配地まで山を1つ越える必要があり、さらに氷の雪原を抜けて山脈の中腹に氷の城があるという。

 さぞかし寒いだろうと想像していると、まさに寒いのだそうだ。

 すぐに出なければいけないだろうかと考えていると、ヴァルメスを倒すためには、まずアスラルを遠ざける必要がある。アスラルに欠点はなく、また今後も国にとって必要な人材である。ヴァルメスが討たれれば嘆くだろうが、犯人を捜すことに夢中になるような男ではないので、討伐する時に遠ざけておきさえすれば問題ないとのことだった。


 そのアスラルが王都を離れるのが、一月後と決まっていた。

 一軍を率い、西の大地に王国の支配地を広げに行くらしい。

 西方にはきちんとした国はなく、蛮族が集落を作って生計を営んでいるらしいが、王国に従えるために軍を率いていくらしい。アスラルは尖兵として、同時に主力として戦争を仕掛けるようだ。


「ヴァルメスの指示なら、そっちの戦争は止めなくていいのか?」

「蛮族を教化することが悪いこととも限らない。それに、結果がどうなろうと、女王を討てば同じことだ」


 アスラルは止まらなくても、その後蛮族を鍛えて戦争を仕掛けることがなくなれば、同じことだということなのだ。


「氷の女王の城まではどのぐらいかかる?」

「迷わなければ、一月だろうな」

「では、今すぐ出た方がいいか?」

「いや。アスラルの出発が一月後だ。アスラルの遠征には二ヶ月はかかると私は見ている。私たちがヴァルメスを討伐するのは、早くても二ヶ月後を予定している。ヴァルメスが死んだと気づく前に、氷の女王を殺してくればいい。だから……一月と20日目後に出発してくれれば足りる」

「……そうか。準備をする時間がとれるのはありがたい。では、一月後に出発したい。迷わず女王の城につけるかわからないし……準備に一月もあれば十分だ」

「……ふむ。いいだろう。だが、準備がいるのか? 何をする?」


 カーネルの問いに、俺は、ちょっとはにかんで笑った。


「……冒険者、というのをやってみたい。冒険をして金を稼いで……できるだけ、金を貯めたい」

「旅に必要な荷物なら、私の方で整えるが」

「いや。そのためじゃない。たくさん貯めて……幼馴染だった女の子が奴隷になっているのを、買い取りたい。まだ、どこにいるのかもわからないが」

「……そんなことか。だが、氷の女王はかなりの財宝を溜め込んでいるらしい。討伐すればカロンのものだ。奴隷を一人買い取るぐらい、簡単なことじゃないか?」

「……そうか。なら……少し鍛えたい。強くなりたい。この辺りに、深いダンジョンはないだろうか」


「ないな。王都周辺にあるダンジョンは、私やアスラルが全て踏破してしまった。だが、冒険者として金を稼ぐ……まあ、本当にその必要があるかどうかは別として……もしくは強くなりたいというのなら、冒険者組合に登録して、山に入って魔物を狩るといいだろう。この国では、作物が育たないから食料は常に不足がちだが、食用にできる魔物は多い。国民の主食は魔物の肉だ。強い魔物も多く出る。それを一月狩り続ければ、強さも金も手に入るだろう。もっとも……カロンに今以上の強さが必要かどうか、私にはわからないが」

「いや……俺はそれほど強くない。確かにシレーネには勝てたかもしれないが、能力や強さでは完全に負けていた。勝てたのは妖術のおかげだ。妖術が通じなければ、俺は決して強くない」

「まあ……私の申し出を受けてくれたのだ。こちらもできるだけの援助はしよう。顔だけは隠しておけ。アスラルも一月、出発まで街を警護することもある。見つかると面倒だ。女王は不調だ。その原因がカロンにあると、私がアスラルには語ったかもしれん。口から出まかせだ。はっきりとは覚えていないが」

「……そうか……そうだな。気をつける」


 俺が頷くと、カーネルは当面の支度金だと言って、巾着袋を置いて出ていった。

 俺が袋を開けると、金貨が10枚ばかり入っていた。

 どうやらカーネルは本気のようだ。俺は、金貨を巾着に戻して、強く握りしめた。

 この世界にきて、初めてまともに人に認められたような気がしていた。






 俺は、カーネルに認められたことが嬉しくなった。素直に認めたくない気持ちもあったが、どうやら浮かれたらしい。大切に使わなければいけないはずの金を使い、高い食料を買い込んだ。

 保存食とせず、たらふく食べた。食堂で豪遊しなったのは、俺自身の顔が割れないほうがよかったのと、アデルもドディアも目立つからだ。ララがテーブルで食事をするわけにもいかないこともある。

 こうして考えると、俺のパーティーには普通の人間がいない。いや、俺は普通だ。ただ、懸賞首になっている可能性もあるだけだ。


 ご馳走を食べて一晩寝て、俺は冒険者組合に出かけることにした。

 俺から決して離れなかったドディアも、街に入って宿に泊まり、落ち着いたらしい。ララと宿に残ることになり、俺はアデルと宿を出た。宿を出るときに延泊の申請を忘れない。現代のようにパソコン管理しているはずもなく、宿屋のオヤジに金を渡すと、あっさりと承諾された。宿としても、延泊してくれたほうが部屋の掃除をしなくても済むので楽とのことだ。どうやら、宿泊中の部屋の管理、清掃は宿泊者の仕事らしい。

 宿を出て、昨日も訪れた冒険者組合を訪問する。ドディアを置いてアデルを連れてきた理由は、冒険者として登録するのは俺とアデルだけのつもりでいたからだ。

 ドディアは寒さに弱い。この国までの道中は、いつもよりさらに俺にしがみついていた。強くなるためとはいえ、雪山の中を魔物狩りに出るのは無理がある。


 その点、アデルは鉛の体を持つ悪魔だ。体が完全に凍りつかない限り、寒くないという。体が溶けない限り暑くもないとのことで、熱に対する極度の耐性がある。

 アデルに行けない場所があれば、俺にはまず無理だ。

 そんな理由で、俺はアデルを連れてきた。俺は顔を隠し、アデルは頭からすっぽりフードを被っているので、怪しいことこの上ないが、冒険者組合ではさほど問題にされなかった。

 組合に入る瞬間は少し緊張した。また、エスメルに出くわすのではないかと思ったのだ。ところが、今日はほとんど人気がなかった。

 受付と思われるカウンターで、中年の痩せた女性がぼんやりしていた。


「ここは、冒険者組合だな?」

「面に看板が出ていただろ? わざわざ聞くってことは、相当な田舎者かい?」


 この世界の識字率は高くない。だから、店の看板は文字ではなく絵である。それを識別できないというのは、看板の見方がわからない田舎者ということになるのだろう。否定はできない。認識はなかったが、カロン少年が住んでいたのはかなりの田舎だ。


「ああ、田舎者だ。冒険者になりたいんだ。こっちの子と一緒に」

「……妹かい? そんな小さな子に仕事ができるとは思えない。殺したいのかい?」

「小さいって、あたしのことかい?」


 俺の腰までしかアデルの身長はない。だが、これでも大人なのだ。体型は幼女だが、火鬼のビリーといい関係だったのだ。


「えっ? 気に障ったかい?」

「ああ。気に障ったね。人が気にしていることを、ずけずけと言ってくれるじゃないか」

「アデル、気にしていたのか?」

「あっ……カロン、言ったね。あとでお仕置きだ」


 アデルはカウンターに飛び乗る。カウンターが軋む。アデルは重いのだ。

 受付に置いている細い花瓶を手に取ると、アデルは口にくわえた。


「ちょっと、何をするのさ……」


 アデルが花瓶を噛むと、まるで飴細工のように花瓶が砕けた。


「ひっ……」

「アデル、ここで揉め事を起こしたくない」

「チッ……わかっているよ。あたしも、ちょっと貶されたぐらいで、本気で怒ったりはしないさ」

「そりゃよかった」


 俺はアデルを抱えて、カウンターから下ろした。


「冒険者になりたいんだけど、どうしたらいい?」


 カウンターの女性は、俺たちにうろんな目を向けたまま、言葉を選んで慎重に話し出した。

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