124 どうして、俺が逃げないと断言できる
疲弊していたこの国を、軍事強国に作り変えたのは現女王ヴァルメスの力であるらしい。
ただし、その女王は昔からこの国にいたのではなく、封印されていたのを解放され、この国のために力を振るうよう要求しているうちに、根本的に改革を行うため、女王に就任したようだ。
「国を立て直すために、魔物もどきの存在を王にするとか、信じられない発想だな」
「そうでもないニャ。おいらたちの国でも、昔は似たようなことはしていたニャ。ただ、実際にそんな力を持った存在がいたわけではない、という違いだけだニャ」
俺の感想を聞いて、ララが神妙な顔で言う。俺はなるほどと思ったが、ララの言葉はカーネルには理解できない。ただニャーニャーと聞こえているだけのはずだ。
「それで……ヴァルメスの正体は?」
「古代に封じられた邪神だ。荒ぶる神だったらしいが、人間に問いかけ、その問いを返した相手の願いを叶えるという」
「親切な神だな」
「その問いは、まず巨大な蛇の姿のヴァルメスを倒さなければなされない。その上願いを叶えた相手を惑わし、誘惑し、結果的に破滅させる」
「酷い神だな」
「だから、邪神だ。しかし……それが判明したのは、ヴァルメスを女王として招いた後だった。私が解放した時には、ただ試練を与えるが強力な神だという言い伝えを信じ、我が国を救う唯一の方法として、王に招いたのだ」
「んっ?……『私が解放した』?」
「あ……ああ。そう言ったか。確かに、解放したのは私自身だ。現在の女王の姿は、私の記憶にある私の妻の姿だった。その姿で、あれは私を誘惑し、ただの騎士だった私を政治に関わらせ、女王に成り上がった。今は……その妻は死亡した。まるで、女王の呪いを受けでもしたかのように衰弱して死んだ。その妻の姿で、現在では青バラ最強のアスラルをたらし込もうとしている」
「……なるほど」
「何が『なるほど』なんだい?」
一緒に聞いていたアデルが口をはさんだ。体は小さいが態度は大きい。何より、体は重い。
ドディアは興味がないらしく、椅子を並べて寝てしまった。その頭が現在俺の膝の上にある。
「カーネルは女運が悪いと言っていたから……確かに悪かったのだろうなと、納得したんだ」
「つまらないことで納得してなさんな」
呆れるアデルをよそに、俺は先を促した。
「女王になってから本性をあらわしたんだろう。それが……討伐する目的かい?」
「それもあるが……女王として有能だったのは間違いない。我が国は強兵で知られるようになり、蛮族を滅ぼし領地を広げた。侵入困難だったエルフの森がどういうわけか存在ごと消えてしまったから、今後は南方の国と交易も……まあ、戦争になるかもしれないが、できることになる。正体が邪神であることは、多くの国民は知らない。夜な夜な人間の子供を食べていても、功績から比べて、問題とするべきではないと考えられていた」
「凄い国だな」
「そういうもんだニャ」
「この猫、よく鳴くな……まあいい。だが、今回ばかりはやりすぎた。平民の子供をさらって与えていたが、どうしたわけか、近くにいたメイドを間違って食らってしまった」
「……最近のことだな」
「ああ。王宮のメイドは誰にでもなれるものではない。貴族の子弟が花嫁修行を兼ねて行う場合も多く、そのうちの一人だった。貴族の娘を食べてしまったのだ。いかに女王といえど、責任は免れない。どうした? 顔色が悪いようだが……」
「いや、なんでもない。そうか……うん、ひどい話だ。それで……『責任』とは?」
「相手が人間であれば次の王を即位させることになる。だが、女王は邪神……つまり、魔物同然だ。討伐するしかない。先日の諸侯会議で、すでに決定された」
俺は、俺を女王の元に案内したメイドを思い出した。
やはり食べられていたのだ。それ自体に同情は湧かない。女王が俺を食べるつもりだと知って、俺を女王の元に案内したのだ。その時からだいぶ恐れていた。女王が見境なくなることも知っていたのかもしれない。
良心が痛みはしないが、気分は良くない。それにメイドが食われたのも、女王が討伐されることになったのも、俺が関わってのことになる。平静ではいられなかった。
「諸侯会議か……どんなものかわからないが、随分決定が早いな。俺が王宮を抜け出したのは昨日だ。貴族たちはそんなに召集が速やかのか?」
「……いや。諸侯会議はずっと前に終わっている。決められたのは、女王が貴族の子弟まで食らうことがあれば、直ちに討伐することだ。昨日条件を満たした。あとは行動あるのみだな」
カーネルは薄く笑った。本人が青バラの騎士であるはずで、いわば女王の最側近でもあるというのに、躊躇はないらしい。まだ俺が聞いていない事情があるのかもしれないが、個人のことだ。聞く必要がなければ聞かなくてもいいだろうと、俺は別のことを尋ねた。
「討伐の先方は、やはりアスラルか? 俺は何をすればいい?」
「残念だが、アスラルは女王に心酔している。だからこそ……シレーネが討伐に賛成した。いや、そのことはいい。アスラルは任務を与えて遠ざける。これまでにも単独の任務は多くあった。怪しまれることはない。実行は私とシレーネで行う。シレーネというのは、君が昨日対決した女騎士だ」
「俺の役回りは?」
「女王ヴァルメスの討伐にそよ者の力を借りたとあっては、討伐後の政治が揺らぐ。君には北に向かってもらいたい」
「……その依頼か?」
「そうだ」
「北に行って、何がある?」
「ああ……北の山地には、邪神ヴァルメスが封印されていた山地があるが、さらにその北は、氷の女王の支配地だ。人間も生物も生息できず、魔物しか住んでいない場所だ。しかも氷の城に、女王が住む。こちらの女王ヴァルメスを討伐した時、最大の懸案はその氷の女王だ。ヴァルメスを退治し、疲弊した我が国が、氷の女王の侵略を受ければひとたまりもない。そのために、ヴァルメスを討伐するのと同時に、氷の女王の討伐に動いてもらいたい」
「……氷の女王か……ヴァルメスとどちらが強いんだ?」
「直接戦ったことがあるわけではないが……個の力ならヴァルメスが上だろう。だが、相手は多数の軍勢を率いている。しかも、それが全て魔物だということになれば、やや向こうが上回るかな。当然、氷の女王も人間ではあるまい。すでに直接会った人間は我が国にもいないがな」
俺は即答せず、腕を組んだ。この世界には、随分とあちこちに危ない連中が居座っているらしい。
ドディアは寝ているので、アデルとララの顔を見る。
「俺の味方は?」
「兵は出せない。お前が討伐に失敗した場合、氷の女王から我が国の敵対行動だと思われる。金ならやろう。冒険者を雇うのもいいだろうが、氷の女王に立ち向かえる人間が他にいるとは考えないほうがいい」
「……俺のこと、どのぐらい知っているんだ?」
「軍属の情報収集能力を甘く見ないほうがいい。エルフの森が閉ざされた理由はわからないが、その直後にエルフの森から出てきた旅人の報告は受けている。魔獣を率いるアデルと交戦し、その前には周辺の魔物を狩り尽くした。一年ほど前、南方の王国でゴブリン国王の肩書きとともに知られた剣闘士と、よく似ているらしいな」
「よく調べたな」
「ああ。扱いを間違えれば一等級の危険人物だと認定した。おかしなことを考えるなよ。君に勝てるのは、もはやアスラルしかいないと私は判断している。あれは本物の殺し屋だ。君でも勝てないだろう。君がシレーネにあれだけ手こずっているのも、そのために使用した君の能力もアスラルに知られている」
「……わかったよ。だけど……断って逃げ出すこともできる」
「君は逃げない。私にはわかっている」
気になる言い方をする。まだ、カーネルは言っていないことがあるようだ。腹の内の読めない男だ。政治家というのは、こういうものなのだろうか。
「どうして、俺が逃げないと断言できる?」
「氷の女王は、魔王復活を目論む七魔将の一人だ」
海の魔将ホライ・ゾン、エルフの森を制圧した火鬼のビリーに続き、その名が出た。
どうやら、俺は魔王と対決せずにはいられないようだ。
「……承知した。引き受けよう」
俺は気がのらなかったが、カーネルはたくましい手で俺の手を握った。