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123 力を借りたい

 俺はエスメルに誘われるまま個室付きのカフェの個室に入り、よく温まって寝た。

 目覚めたのは寒さからだった。

 顔を上げると一人だった。

 ベッドはすでに冷めきっていた。

 隣で寝ていたはずのエスメルは、どこかにいってしまったのだろうか。

 俺は起き上がり、服を着て、部屋から出た。


 部屋代ぐらいの持ち合わせはある。ララは荷物の中で熟睡していた。目覚める様子はない。ララが普通の猫と最も違う点は、眠りの深さかもしれない。本物の猫は、寝ているベッドがもち上げられても気づかないほど熟睡はしないと思う。

 受付に行こうとして、個室付きカフェの入り口に構える兵士の姿をみつけた。

 入ったときにはいなかった。こういう店で、兵士が常駐しているはずがない。どうやら、エスメルにいっぱいくわされたようだ。

 俺は顔を伏せながら近づいた。


 兵士の数は5人だ。倒せない数ではない。

 だが、中の一人のマントが、青い。俺は、昨日戦ったシレーネという女騎士と、アスラルと呼ばれた騎士を思い出した。

 青バラと呼ばれる3人の騎士には近づいてはならない。シレーネにはかろうじて勝てたが、アスラルには勝てないだろう。噂を聞く限り、そう感じられた。


「タイ……」

「待て。カロンだな」


 魔法の名称を口にしなくても魔法は使うことができる。だが、俺は口を塞がれたことで、魔法の発動を止めた。

 青いマントを着ていたのは、シレーネでもアスラルでもなかった。

 女王の馬車に乗り、隣で俺を恫喝し続けた紳士風の男だった。確か、名前をカーネルといったはずだ。


「俺を捕まえに来たのか? それとも殺しにか?」


 口から手が外れ、俺は尋ねた。


「どちらでもない。探していた」

「……なぜだ?」

「女王の正体を知っているな」

「……ああ……」

「お前たち、ご苦労だった。この罪人は私が連行する。解散していい」


 鎧姿の兵士たちが、一礼してカフェから出て行く。

 カーネルは俺に縄を向けた。


「捕まえにきたのではないのだろう?」

「場所を変える。ここでは人目につく。お前を野放しで連れ歩くわけにはいかないからな」

「ちっ……ここでも縛られるのか」

「ただの縄だ。お前なら簡単に燃やせるだろう」


 どうやら、俺の魔法のことをかなり正確に把握しているらしい。昨日シレーネと戦ったのを見ていたことを考慮しても、俺の魔法の特徴を正確に把握している。

 カーネルという男は、やはり油断できない。


「あんたは一人か?」

「ああ」

「違うだろう。カロンを差し出したんだ。金はもらうよ」


 カフェの扉が開き、エスメルが乗り込んできた。


「エスメル……俺を売ったのか?」

「まあね。そんな顔をしないでおくれよ。お互いに気持ちよかっただろう?」

「しかし……」

「たまたま立ち寄った冒険者組合の受付に、見知った名前があったんだ。顔の特徴はなかったし、名前だけで捕まえられるのはあたしたちだけだろう。こりゃ、チャンスだと思うだろう? そうしたら、早速カロンの方から飛び込んできた。それほど金に困っていないのは間違いないけどね……行きがけの駄賃だ。見逃すほど間抜けじゃない」

「……わかったよ」

「いい子だ」


 エスメルは俺の頭を撫でる。カーネルは金が入った巾着を差し出し、エスメルは俺の耳元に囁いた。


「さっさと逃げてきなよ。そうしたら、また気持ちよくさせてやる」

「……うっ」

「あははっ。立っちまったかい?」

「う、うるさい」

「股間を盛り上げて、粋がったって無駄だよ。カロン、またね」


 エスメルは笑いながら出ていった。最初に会ったときはたくましい女冒険者だとしか思ってなかったが、どうやら悪女だったらしい。


「そちらの話は済んだか?」


 カーネルが平然と尋ねた。


「ああ。見ての通り、俺は女運が悪い」

「ふん。私の話を聞いて、それでもまだそう言えるかな?」


 どうやら、カーネルという男も女で苦労しているらしい。






 カーネルは青バラの騎士団と呼ばれる3人の一人で、主に政治を司っているらしい。

 この国は女王と3人の騎士が全権を持って支配しており、つまりカーネルはこの国の最高権力者の一人なのだ。

 既婚者だったが妻を亡くし、女王に仕え、女だと思っていたのに化け物だったのだと、身の上話を聞かされた。

 俺はこの世界での初めての相手がゴブリンだったことを語り、大いに同情された。

 女王の前で会った当初、カーネルは俺を脅していたが、女王が俺を食うつもりで拾い上げたことを知り、脅して逃げるように誘導するつもりだったとわかった。

 話しているうちに打ち解けてしまい、俺はカーネルを泊まっている宿に案内した。

 宿の主人はカーネルの姿に大いにあわてた。カーネルがこの国の重鎮であるというのは事実のようだ。






 宿屋で借りた部屋に戻ると、ドディアとアデルも戻ってきていた。


「やっぱり、トラブルメーカーはカロンだニャ」


 二人は何事もなく戻ってきたのだろう。俺は騎士を連れてきた。しかも、この国では最も強い権力を持つ、青いマントを羽織った騎士だ。


「まあ……否定はしない」


 俺はカーネルを招き入れる。紳士然とした全身鎧の騎士は、顔を晒して部屋の様子を一瞥すると、黙って部屋を横切った。

 椅子に腰掛ける。俺はその向かいに座ろうとしたが、横から体をぶつけてきた者がいた。

 ドディアだ。俺に肩口からぶつかり、鼻をすんすんと鳴らしている。

 俺はドディアが何を嗅ぎ取ったのか理解し、冷や汗をかいた。


「……エス……メル……」


 ドディアが呟く。まさに図星だ。俺はドディアの頭部を抱いた。耳元に囁く。


「ああ。この街にきていた。このカーネルを紹介してくれた。懐かしいだろ。まだ街にいるとおもうが、会いたいか?」


 俺はあえて何事もなかった感じで話していた。成功したと思いたい。

 ドディアはしばらく俺の顔を見つめていたが、顔を近づけ、舌を伸ばした。

 カーネルの視線が痛い。

 ドディアのてらてらとした、長い舌が俺の口に触れる。

 俺はドディアの舌を口に含んだ。

 久しぶりに、ドディアに体内を蹂躙される感触を味わった。

 獣人同士ならこの行為こそが性行為らしいが、これで子供ができるのだろうか。


「……最初はゴブリンだったが、現在は充実している。そういうわけか? 獣人の娘に、そっちは悪魔族か。人間の女には興味はないか?」


 カーネルが、眉一筋動かさずに俺とドディアの行為を見つめながら言った。

 ドディアが俺の中から自分の舌を引き出す。


「そんなことはないが……まあ、ドディアがいればそう見えるか。それに、アデルは一緒に旅をしている仲間だ。それ以上の関係はない」

「あたしが上に乗ったら、カロンは潰れちまうよ」

「……アデル? 悪魔族のアデルか? 魔獣使いの?」

「へぇ。知っているのかい?」


 アデルは黒光りのする頬を掻いた。照れ隠しだろうか。


「近隣の町から、若い女をさらって行ったと言われているが……」

「ああ……そのことかい。全員をビリーの嫁にするつもりで連れて行ったけど……心配ない。元気だよ。まあ……エルフの女王が森を閉ざして閉じこもっちまったから、もし森の中に残っていれば、出てくることはできないけどね」

「……そうか。エルフの森か……また、厄介だな。幸いにも貴族の娘はいない。アデルをここで捕まえようとすれば、抵抗するのだろう?」


 カーネルは俺に尋ねた。アデルは仲間だ。過去には罪を犯しているだろうが、それは俺も同じだし、何しろ一度死に、魂は俺と同じ世界から来たアリスのものになっているのだ。見捨てることはできない。


「ああ。そうなるな。それより本題に入らないか? どうして俺を探していた? 女王に手傷を負わせたのは確かだが、それなら何故すぐに逮捕しない?」

「まあ、疑問に思うのは当然だな。私は、カロンを捕まえるために来たのではない。力を借りたい。女王はこの国に必要な存在だったが……やりすぎた。貴族たちが結束しつつある。女王を倒し、新たな王を立てようという動きが強い」

「……それで、俺に何を期待している?」

「私たちは女王を倒す。そのために協力してほしい」


 察してはいた。だが、昨日の異様な女王の様子を考えると、簡単に応じるわけにはいかないとも思っていた。

 それだけ女王は危険な相手だと、俺は感じていた。

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