表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/195

122 金に困って冒険者を続けているわけじゃない

 俺を追っている奴はいなさそうだったので、顔を隠すこともなく宿屋の一階に降りた。食堂も兼ねているようだが、素泊まりと言って金を払っているので、食堂には入らない。

 部屋を借りるときに会った男がカウンターにいる。


「教えて欲しいんだが」

「どうした? 連泊追加か?」

「いや……この辺りで動物の肉を買い取ってくれる場所を教えて欲しい。それと……俺の故郷では冒険者組合ってのがあった。この国にもないか?」

「他国からか……じゃあ知らないだろうが、この国は作物があまり育たない。食料ならどこでも大歓迎だろう。うちでも引き取るぜ。買い叩かれないか心配なら、何店か回ってみな。看板を掲げて入り口が空いている家なら、大抵は引き取るって言うだろうな。それから、冒険者組合は世界規模の組織だ。無い国なんて聞いたことがない。宿を出て右に曲がり、4つ目の角を左に行け。すぐにわかる」

「そうか。これなんだが……」


 俺は、道中で大量に狩った古代イワトカゲの肉を取り出した。殺したままアイテムボックスに放り込んだが、ボックス内で見事に解体されて肉だけが取り出された。


「……ほう。魔物の肉か。少しいいか?」

「ああ」


 男はナイフを取り出し、一切れをそぎ取って口に運んだ。

 しばらく咀嚼していた。


「……美味いな。臭みも少ない。なんて魔物だ?」

「古代イワトカゲ」

「よく狩れたな。岩場をねぐらにしていることは知られているが、皮が硬くてどんな武器も通らないし、魔法で倒すにしても、よほど魔力が高くても一匹倒すだけで限界だという話だ。銀貨10枚でどうだ?」


 俺は頭の中で計算する。一泊銀貨5だということは、銀貨一枚が日本円で千円ぐらいだろう。銀貨10枚ということは一万円だ。アイテムボックスには大量に肉がつんである。


「いいよ。その値段で」

「えっ? いいのか? いや……適正価格だ。返さないぞ」

「だから、いいって」


 古代イワトカゲの肉が大量にあることは黙っておいた。男の言い振りからして、実際にはかなり足元を見られているのだろう。手元にほとんど金がない俺は、大金でなくてもいいので、金が欲しかった。それに、大量の在庫もアイテムボックス内なら腐らない。精神的にゆとりがあったのだ。


「じゃあ、銀貨一〇枚だ」

「ありがとう」


 俺は銀貨を握りしめて宿を出た。出て右に進む。冒険者組合を目指すのだ。


「ララ、さっそく金ができた。あの肉はまだまだあるし、少し返そうか?」


 宿代はララのへそくりから出してもらったのだ。そのお釣りも俺が持っている。銀貨九〇枚を猫の体で管理するのは大変だと思ったからだ。


「要らないニャ。あげたものだニャ」

「……そうか。じゃあ遠慮なくもらっておく」


 ララが背負い袋の中で寝返りを打つのがわかった。しばらくして、御殿のよう大きな建物にたどり着いた。

 冒険者組合の建物らしい。

 周囲には飾り気のない質素な建物が並ぶ中、ひときわ大きく、派手に装飾された建物だった。

 趣味が良くない。

 この国の冒険者は成金趣味なのだろうかと考えてから、俺は冒険者組合を正面から訪れたことがないことに気づいた。


 大抵は目隠しをされていた。

 奴隷だった。しかも、戦える奴隷ということで、街中の移動は常に目隠しをされたままだった。

 ひょっとすると、俺の国の冒険者組合もこうなのかもしれない。

 すべからく冒険者は派手好きであったとしても俺は驚かないが、俺の知っている冒険者のイメージとは少し違う。

 普通に入って大丈夫だろうかと思いながら、俺は扉をくぐる。


「あっ……エスメル……」

「カロンかい? こりゃ、意外なところで会ったもんだね」


 もう中年に至りつつある、かつて奴隷だった俺を雇ったベテランの冒険者と、組合の入り口で鉢合わせした。






 エスメルは冒険者組合から出ていくところだった。俺はエスメルに誘われ、近くの休憩所に入った。

 俺の知る世界でのカフェである。個室で何をしても周囲にはわからない、というタイプの休憩所ではない。


「メルとシルビスとムーレは?」


 俺は、エスメルとパーティーを組んでいた冒険者たちの名前をあげた。

 テーブルの1つに向かい合いで座り、休憩所を経営している男に二人分の白湯を注文した後である。


「ああ。一緒だよ。街に入って別行動をとっているけどね。バードのあたしが、単独でここまで旅をするのは自殺行為だかね」

「まとまった金が手に入ったと思ったが……使い切ったかのか? 例のヤモリドラゴンだったか……意外と早く倒されたのか?」


 白湯が運ばれてくる。コーヒーを頼みたい気分だが、この世界でコーヒーがあるのかどうかはわからない。お茶らしいものはあるが、俺の知るお茶の葉ではなく、野草を乾燥させて味を染み出させたもので、白湯に飽きた者が、あえて苦味をつけて飲むのだと教わったことがある。


「いや。ヤモリドラゴンは頑張っているし、まだまだ稼いだ金は残っているよ。別に、金に困って冒険者を続けているわけじゃない。暇つぶしと小遣い稼ぎかね。バードでの実入りは少ないし……この歳になると、男を見つけるのも一苦労でさ」

「……そう。俺は……その……ドディアは匂いに敏感なんだ……」

「そうかい。ドディアとまだ一緒かい。そりゃ、よかった。心配しなくていい。カロンを今更買おうなんと考えないよ。もう……奴隷じゃないようだしね。ドディアは元気かい?」


 エスメルは柔らかい笑みを浮かべた。懐かしいのだろう。


「ああ。相変わらず俺を寝床がわりにしている。冒険者を続けているってことは、この国に来たのは仕事でかい?」

「ああ。調査依頼だ。南の国の北にあったエルフの森は、人間には抜けられないってことで、歩いて北国までくるのは不可能だった。それが、突然エルフの森がどこかに行っちまった。その原因を探るのと、エルフの森がなくなった北国へのルートが安全か確かめるのと、北国がどんな国か確認するの……まあ、3つぐらい仕事を掛け持ちしているよ。どれも成功報酬で前金もないが、その分気楽だ。あたしたちみたいに当面の金には困っていない人間には、ちょうどいいと思ってね」

「しかし、危険じゃないのか? 俺は、エルフの森の周辺でかなりの数の魔獣を狩った。どんな前衛を雇っているか知らないが、まだその魔獣が残っていたら、かなり危ない旅になったはずだ」


 エスメルは白湯を飲む。飲み込み、笑みを作った。


「やっぱりね。カロンを見つけたときから、何か知っているはずだと思ったよ。カロン、かなり色々なことを知っているようだね。盗み聞きされると面白くない。もうちょっと大人の休憩所に行こうか」

「……えっ? さっき、俺を買う気はないって……」


 俺は慌てた。エスメルは、前かがみになって服を引っ張った。

 俺はエスメルに一方的に犯されたことしかない。エスメルの体を十分に知っているかと言われれば、自信はない。


「気が変わった。ほかの連中とは夜に合流することになっている。かなり時間がある。この街まで来て、わかったことは街の様子と、道中は比較的安全だということだけだ。エルフの森については何もわからない。カロン、お姉さんの言うこと、聞いてくれるよねぇ。ただでとは言わない。今度は、あたしが一方的に満足するだけじゃなく、カロンも満足させてやるよ」


 エスメルが舌なめずりをする。


「……さっきも言っただろ。ドディアは匂いに敏感で……」

「獣人の鼻を利かなくする木ノ実の持ち合わせがある。後でくれてやるよ」

「男が見つからないって言ったよな」

「一緒に所帯を持つような男がって意味だよ。経験は多い方だと思うけどね」

「ああ……エスメルは……美人だし……」

「そう言ってくれるってことは、決まりだね」


 エスメルが俺の手に触れる。俺は手を引かず、だが振り払わなかった。

 人魚だったピノが死んでから随分経つ。俺は生唾を飲み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ