118 叶うとは思えないけど、まあ頑張りな
俺と戦うシレーネの動きを捕捉することは、どうやら俺には無理らしい。
「スキル、ガマン」
言ったのと同時に、俺の脇腹が強烈な勢いで凹んだ。
横を見ると、銀色の兜が俺の目の前にあった。
俺の脇腹に、シレーネの膝がめり込んでいた。
避けるのを諦めて、ガマンのスキルを発動させてよかった。これで、しばらくは我慢できる。なお、痛くないわけではない。
俺が揺るがないのを見て、シレーネは咄嗟に身を引いた。
「ボヤ」
シレーネが一気に遠ざかる。
だが、俺の魔法は狙いを定めれば避けることは不可能だ。シレーネが、全身鎧の下は空洞とかいかつい魔物とかではなく人間であれば、『ボヤ』数発で片がつくはずだ。
離れた場所で、シレーネが膝をつく。どうやら効いたようだ。
「シレーネ!」
「大丈夫よ。アスラルは出ないで。これは、私に課せられた命令なのだから……私も青バラの一人である以上、失敗はできないわ」
シレーネの後方で、高い位置から女王ヴァルメスが見下ろしている。その傍に、道中で俺を殺そうとしたアスラルという騎士がいた。
俺は、剣を構えながら魔法の照準を定めた。
シレーネが消える。
「ボヤ」
「……がっ」
俺の真横で、悲鳴をあげて全身鎧の女が転がった。
俺を殺そうとしていた女だ。容赦する理由はない。もしあるとすれば、青バラを冠した騎士団はこの国では特別な存在らしいということだ。殺すより生かしたほうが、俺の立場が安泰なのは間違いないだろう。
「人間に使えば、数発で絶命する。あんたが人間であれば、どれだけ鍛えていようと次で死ぬかもしれない。あんたは俺を殺したいたようだが……俺を殺そうとしなければ、俺があんたを殺す理由は……まあ、それほどない。だが、次はない。どうする? 降伏するか?」
シレーネは、黙って兜を脱いだ。
ほっそりとした、とても美しい顔か現れた。まだ若い。カロン自身より少し年上だろう。俺の元の世界であれば、まだ成人していないかもしれない。
シレーネは、薄い品のよい唇を間から、舌をちろりとのぞかせた。
「ビリ」
舌を噛み切るつもりだと感じた俺は、迷わず俺が持つ最速の魔法を放った。
シレーネの体がびくりと跳ね、転がった。
警戒しながら、触れられる位置に歩み寄る。ドディアとアデルが付いてきた。
床に転がったシレーネは、純粋に綺麗だった。俺は助け起こそうとして、胸に痛みを感じた。
胸から、短剣が生えていた。もちろん俺の胸だ。
「油断大敵よ、坊や。私はこんなことでは死なないわ」
「……そうか」
スキルは発動させたばかりだ。まだ我慢できるのだ。俺は口からあふれ出る血をそのままにして、シレーネの頭部を掴んだ。
シレーネが飛び起きる。俺の手が空を切った。
顎が蹴りあげられる。
「バン、レベル2」
手加減している場合ではなかった。ドディアとアデルは背後にいた。俺は、シレーネのさらに背後で爆発を発生させた。
エルフの森の大木すら吹き飛ばす威力の爆発だ。
同時に、俺自身も吹き飛ばされた。
まだ、意識は失えない。気絶したら殺されてしまう。
俺は、震える全身を叱りつけながらたちあがる。
背後にドディアとアデルがいた。アデルが、ドディアを抱いていた。
「何しやがる! あたしはともかく、この娘が死んだらどうするつもりだい!」
「……アデルを信じていた」
「あんた、狂ってる」
「ああ。わかっている」
アデルの悪口に背を向ける。俺は敵を探した。シレーネを直撃した爆発だが、あれで死んでいるとは思えない。俺が振り向いた瞬間、視界が銀色の光で覆われた。
「ここまでだ。この場では殺さん。貴様も武器を納めろ」
アスラルと呼ばれた騎士が、俺に剣を向けていた。アスラルの足元に、まるで糸が切れた人形のようにシレーネが倒れていた。
「……わかった」
俺は、膝からくずおれた。
女王ヴァルメスは、もともと御前試合で俺を惨殺するために馬車に乗せたらしい。
実にいい性格をしている。
俺が予想以上に抵抗し、この国3強の一人、青バラの騎士団シレーネを倒してしまったことで気が変わったようだ。もっとも、3強の中でシレーネと、カーネルという馬車で俺を脅した中年の紳士は同格だというが、アスラルだけは別格らしい。他の2人が政治や策略に長けているのに比べて、ただ武力だけで女王の最側近となったということだった。
俺は、案内された客用寝室で使用人からそんな話を聞かされた。
話をしながらベッドメイクをしていたメイドは、ベッドメイクが終わると話の半ばでも切り上げて出て行ってしまった。
仕事があるのだろうから、世間話をせがむわけにもいかない。
ベッドは大きくて立派だったが、一つしかない。
床で寝るには、この国は寒い。
「3人で寝るのか? それとも、アデルとドディアの部屋は別か?」
「4人だニャ」
ドディアの背負い袋の中から、ララが這い出てきた。
「全員で一部屋だろ。部屋を用意してくれただけましだ。あたしは外で寝ても平気だけど、一緒に寝てやってもいいよ」
アデルはにかりと笑った。敵意があるわけではないのだろうが、口が耳元まで裂けるので凶悪に見える。どうしてビリーは、とはもはや言うまい。
「まあいいか。ドディアはいつも一緒だし、アデルも俺に変な気は起こさないだろうし」
「カロン、一緒」
ドディアは相変わらずだ。アデルがギロリと睨む。多分、普通に見ているだけだと思う。
「あたしの体が鉛だからって、あっちまで鉛じゃないから安心しな。ただ、あたしが上だと、重いだろうけどね」
「……アデル、俺の体を狙っているのか?」
「……いや。もし、カロンがあたしを狙っていてもってことだ。ドディア、睨みなさんな。あたし自身はこんなガキは趣味じゃない」
「外見ほどガキじゃないつもりだが」
「だろうね。それより、これからどうする? あの女王、たぶん人間じゃない。侍らせている青バラって騎士団も、女王の力の恩恵を受けているんだろう」
アデルは真顔で言った。会ったばかりの頃は、頭の中が残念な感じかと思ったが、中身はカマキリで俺の仲間だったアリスだ。アリスは現代人だった。現実的に考えられるようだ。
「俺をアスラルに殺させなかった理由によるだろうな。ヴァルメスって女王も、魔王の配下なのか?」
「7魔将の一人かってことかい? 違うね。あれはどうやら……魔族とは別種のようだよ。どちらかというと、神族に近いんじゃないかな。魔王と違って、この世界をどうこうしようって魂胆はないと思う。ビリーも気にしていなかった。自分の国が安泰なら、よその国なんかどうでもいいって感じだと思う」
「神族って……神様だろ? そんなにわがままなのか?」
「わがままってこともないだろう。他人の庭に口を出さないのは当然だ。神族ってのは自分たちが特別だと思っているから、面倒なのが多いのは事実だけどね」
「じゃあ……無視していいってことか。俺もできれば関わりたくないな。女王にも、青バラとかいう連中にも。俺の希望を言えば、洞窟で手に入れた古代トカゲの肉で一儲けして、冒険者とかになってダンジョンでお宝を見つけて、金持ちになって国に帰って幼馴染を探しに戻りたい」
「随分具体的な願望だね……叶うとは思えないけど、まあ頑張りな」
「叶うとは思えないって、どうして?」
自分で言いながら、なんとなく無理だろうなとは感じていたのだ。
「カロン、自分で言っただろう。女王の意向次第……女王の前で青バラの一人を倒し、この世界の人間に使えない魔法を使用したんだ。逃してくれるとは思わないことだよ」
「……そうだな。とりあえず……寝るか」
「寝る」
「ニャア」
ドディアとララが応じた。俺はベッドに登りこむ。ドディアとララが張り付いてきた。
「おいおい……呑気だねぇ。おっ……沈む」
アデルがベッドに乗ると、クレーターのようにベッドが凹み、全員がアデルの上に転がり落ちた。