117 どうして俺たちは殺されるんだ?
王都は静かだった。
女王の帰還に出迎える人々の姿はなく、石造りの民家が雪に彩られて輝いて見えた。
「……綺麗な街だね」
「綺麗」
俺とドディアが馬車の窓から外を覗くと、女王ヴァルメスが頷いた。
「産業はないが栄えている。戦争で潤っておるのじゃ。南のエルフの森が邪魔じゃが……排除することもできん。以前は七魔将のビリーが居座り、現在では強力な結界によって近づくこともできなくなってしまった。山脈で囲まれた隣国はすでに滅ぼした。これ以上の拡大は山を越えて遠征するしかない。じゃが……遠征して征服地を増やして、いかにするか……」
「我が国は、拡大によって成り立っております。支配しなくとも、絞り取れれば問題はありません」
「カーネルは戦好きじゃな」
「我が国をそのような国にしたのは陛下ではありませんか」
「んっ? 余に説教か?」
美しい女王は、かしこまっている紳士の頭を軽く叩いた。紳士は言葉を詰まらせる。
「……いえ」
「ならばよい。城に戻ったら、この者たちに衣服と食事を与えよ。十分に休息をとらせてから余興にしよう」
「わかりました。それで、今度は?」
「そうじゃな……いきなりアスラルではすぐに終わってしまう。カーネルとシレーネ、どちらがいいと思う?」
「一対一でしょうか?」
「どうじゃ?」
女王は突然俺に尋ねた。なんとなく不穏な会話であることは察していた。二人は俺たちに休憩を与え、余興として殺そうとしているのだろう。そのための相談を、俺たちの正に目の前でしているのだ。
「俺たちは仲間です。ドディアもアデルもずっと一緒です」
「……ふむ。その娘を見ればわかる。一応聞いただけじゃ。お前を一人で戦場に送ることは絶対に同意しまい」
ヴァルメスはドディアの目をみつめながら言った。カーネルが首をかしげる。
「アデルとは?」
「この上におる。それと……アリスとララは仲間ではないのか?」
「……そこまでご存知ですか。ララは友達です。戦闘には向きません。アリスは……アデルと共にいます」
「……ふむ」
ヴァルメスが馬車の天井を見つめた。
「……面白いな。エルフの秘術と見える。どうしてあんなことが可能なのか、余にもわからんな」
「陛下にも、わからないことがおありですか……」
カーネルが呟いた。ヴァルメスは笑う。
「むしろ、わからぬことばかりじゃ。例えば……その力、どこで得た?」
女王が俺の目を覗き込む。俺は答えなかった。恐ろしい視線だった。口が動かない。ただ、女王は笑みを浮かべて身を引いた。
「いずれにしても、女子供の相手は遠慮したいものですな」
カーネルの言葉にヴァルメス女王が頷く。
「なら、相手はシレーネで決まりじゃな」
冷笑と共に吐かれた言葉と共に、馬車が止まった。目的地に着いたのだ。
俺は、この世界に来て初めて、王宮というものを目にしていた。
俺とドディア、それから馬車の屋根に張り付いていたアデルは、王宮の庭園に通された。
寒冷の地であり、庭園にといっても観賞用の植物が咲き誇っているということはなく、常緑の針葉樹の低木が植えられていた。庭園の意味があるのかと問いたくなる植物が植えられているが、俺たちを取り巻いたのは、植物がたちだけではなかった。
庭園の中央に、俺たちは導かれるままに移動した。だが、それが拘束されて引きずられたとしても同じことだろう。逆らえなかったに違いない。俺はそう感じた。
道中で馬車を警護していたのと同じ鎧を着た男たちが取り巻いて、噂をしあっている。
ドディアが理解できているようなので、この国の言葉は、俺の国と同じだと考えていいだろう。俺はといえば、ゴブリンやコボルトの言語でさえ自動で翻訳してしまうので、相手がどの言葉を話しているのか、逆にわからないのだ。
男たちは賭けをしているようだ。俺たちを賭けの対象としている。俺たちは、馬車の中で女王に宣言されたように、シレーネという騎士と対決するらしい。どの騎士たちも、俺たちが何手もつのかを賭けていた。俺たちが負けることは確定のようだ。
俺は少し迷った。シレーネというのは、この中でも珍しい女性の騎士らしい。女だからどうということはないが、勝ってしまってもいいのだろうか。俺たちが負ける前提の賭けしかしていないところを見ると、よほど強いと思われているのだ。
そこで俺が勝つという逆転劇を演じて、俺が有名になって、指名手配されていることがわかると、かえって立場が悪くなるだけだ。
俺は決めた。適度に負けよう。
俺がある意味で腹をくくっているとき、正面の騎士の群れが割れた。
颯爽と入ってきたのは、全身に総板張鎧を身につけ、青いマントをまとったすらりとした女性だった。全身に鎧を着たままですらりと見えるのだから、その中身はどれほど細いのだろうかと疑いたくなる姿だ。
「青バラの騎士団シレーネよ。言い残すことはある?」
シレーネと名乗った鎧の騎士は、腰から剣を抜いた。庭園は広く馬に乗っても戦えそうだが、どうやら地上で戦うらしい。
「どうして俺たちは殺されるんだ?」
俺は率直に尋ねた。少なくともこの国では何もしていない。
「女王様が命じられたからよ」
答えは簡潔だった。実に分かりやすく、理不尽である。
「殺すつもりで助けたのか?」
「凍死させるのは惜しい。余興にして殺すべきだとお考えなのでしょうね」
「生き残る方法はあるのかい?」
「私を倒したら?」
「それは困る。俺たちは、あまり有名になりたくないのでね」
「大した自信ね」
シレーネが、ゆっくりと剣を下げた。それが戦意の喪失ではなく、戦闘開始の準備なのだと見て取った俺は、アイテムボックスから鉄の剣を取り出した。 現在持っている、最も頼れる武器なのだ。
シレーネが動く。同時に、俺は見失った。
背後で硬い音が上がる。俺は、胃に冷たいものが落ちるような感覚で振り向いた。
背後でアデルが、シネーレが打ち下ろした剣を頭皮で受けていた。
「痛いじゃないか!」
「ちっ……人間ではなかったのね」
「アデルだけだ」
「カロン、余計なことを言っていないでちゃんと戦いなよ! ドディアが死んじまうよ」
「わかっている」
俺が応える間に、またもやシレーネが消える。早い。あまりにも動きが早く、俺が目で追えないのだ。
「ボヤ」
「チッ!」
相手が見えていなくても狙いさえすれば対象にダメージが入る初期魔法は、目で追えない相手にも有効だった。
舌打ちが耳元で聞こえ、俺は背中から細身の剣で刺し貫かれた。
「カロン!」
「ビリ」
剣の先に相手はいる。俺は、自分の胸から生えた剣の先を掴み、背後に魔法を放つ。口のなかに血の味が広がった。
「キャッ!」
可愛らしい悲鳴をあげるが、直撃すれば一撃で感電死するかもしれない電気の魔法だ。だが、鎧を着た相手には部が悪い。特に総板張の鎧では、電気は表面に流れても内部には届かない。
俺は胸から生えた剣を抑えながら前に出た。ドディアがしがみつこうとしたが、アデルがドディアを抑えた。
俺は前に飛び出しながら反転すると、シレーネが動かずに立っていた。どこから取り出したのか、短剣を持っている。
「……今のは何?」
「魔法だ」
「……そう。何者か知らないけど、同じ手は食わないわよ」
「メディカ」
俺の中級治癒魔法により、傷がふさがり、刺さっていた剣が抜ける。
「……魔物?」
「人間だ。俺の国では……妖術師と呼ぶらしい」
「……そう。珍しい力ね。でも、仕方ないわ。命令だもの。死んでもらうわ」
シレーネは再び消えた。