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113 あたしも、異世界で昆虫のまま終わりたくなかった

 俺の腕の中にいた、悪魔族の魔獣使いアデルが目を開ける。

 俺の腕から降りて、水面に立てず、背の低いアデルは胸まで沈む。


「……ビリー」


 最初に口から漏れた言葉に、俺は驚いた。


「……アデルなのか? アリスじゃないのか?」

「いや。あたしはアリスだよ。でも……アデルの記憶が……思いっていうのかね……強く残っているんだ。ビリーが死んだことがわかる。とても悲しいんだ」

「魂は存在です。記憶は肉体です。しばらくは同居しなければならないでしょう。脳の記憶までを完全に移すには、脳そのものを移す必要があります。これがエルフの秘術の限界です。どうします? 戻すこともできますよ」


 フェラリーリが俺たちを見下ろした。ドディアが俺の胴体に抱きついてくる。その意図はわからない。


「アリス……どうする?」

「あたしは……このままでいい。アデルの記憶は純粋で……楽しい。カロンはビリーに約束していただろう。アデルを頼むと言われたはずだ。魂は入れ替わったけど……これからあたしは、アリスではなくアデルとして生きていく」

「そうか……」

「さあ、もう時間はありません。この森は閉ざします。一緒に閉ざされた空間に居続けたいのでなければ、もう行くといいでしょう」


 フェラリーリが言うと、俺とドディア、アデルの体が水面から浮上した。エルフの女王が俺たちを認めたのだろう。ほぼ干上がっていた泉は、不思議なほど静かに、元の水位に戻りつつある。


「ああ。世話になった。女王も見つかるなよ」

「わかっています。次に別の魔将軍に狙われた時、カロンが来てくれるとは限らないのですから」


 エルフの女王が笑ったような気がした。それを確認する時間もなく、俺たちは荒野に立っていた。

 俺と、ドディアと、アデル、ドディアの背負い袋に入ったララだ。

 遠くに森が見える。


「……瞬間移動?」


 俺が呟くと、ララが袋の中から顔を出した。


「多分、動いていないニャ。猫は敏感だニャ」

「あそこにある森が……エルフの森か?」

「うん」


 ドディアが頷く。獣人も鋭い。間違いないだろう。


「場所も変わらず、ただ近づくことができない。幻術の類じゃないかな」

「……そうだろうな」


 俺の疑問を察したように、アデルが答える。魂はアリスだが、記憶と感情はアデルを引き継いでいる。


「これからは、アデルと呼んだほうがいいか?」

「そうだね。そのほうがあたしも落ち着く。アリスも本当の名前じゃなかったしね。あたしはこれからアデルでいい」


 小さな黒い少女が笑った。今までアデルが見せていた、血に飢えた獣のような笑みではない。柔らかい笑みは、なぜかカマキリを思い出させた。


「わかった。よろしくなアデル」

「こらっ、頭を撫でるな。あたしに触れていいのは……いいのは……ビリー……ちくしょう……」


 アデルの顔が悲しげに崩れ、ドディアが俺の腕に噛み付いた。


「ドディア、待て。わかったから……」

「ハーレムは前途多難だニャ」

「俺はハーレムなんか……痛い。アデル、やめろ」


 なぜか、アデルが俺の足を踏みつけていた。筋力が強い上に鉛属性のアデルの体はとても重い。踏みつけは強力だ。


「……ふん。あたしを自由にできるなんて思わないことだ」

「だからそんなこと思っていない。ララが余計なことを言うからだ」

「悪かったニャ」


 ドディアの背でララが顔を洗った。詫びているとは思えない態度だが、責める気にもならない。ネコの体を実によく使った、悪どい攻撃だといえる。


「じゃあ……そろそろ行こう。街を見つけたい。宿場町でもあればいいけどな」

「なぜ?」

「野宿でいいだろ」

「必要ないニャ」


 ドディアが短く問い返し、アデルとララは否定した。どうやら、俺の仲間たちは宿すら必要しないものたちが揃っているようだ。






 悪魔族の魔獣使いアデルにアリスの魂が入ったのは間違いないが、記憶は鮮明にアデルのものが残っている。

 アデルを生き返らせる方法がなかった以上、ビリーとの約束はこれで果たしたことにしよう。

 俺が一人で納得していると、ララが尋ねてきた。


「ロマリーニはどうするニャ?」

「ああ……いないな……」


 ララが口にしたのは、任務を帯びて人間の世界に出て来たエルフの名だ。俺は周囲を見回した。荒地が広漠と広がり、見通しはいい。遠くにエルフの森が見られるが、たぶん近づこうと思っても近づけないだろう。エルフの森は閉ざされたのだ。


「ここでお別れだな。女王は、外にいる同族には悪いが、と言っていた。閉ざされたら外に出ることはできないのだろうし、中に入ることもできないのだろう。俺にもどうにもできないし、諦めるしかない。もともと、エルフの女王を助けるために世界中に散らばったエルフたちだ。それが勝手に閉じられて戻ることができないというのは気の毒な気もするが、俺がどうこうできるこことじゃないしな」

「エルフ、いらない」


 ドディアがきっぱりと言った。気がつかなかったが、仲は悪かっただろうか。


「もういいだろう。出発しよう」

「ちくしょう……ビリー……」


 いつまでも泣いていたアデルの尻を蹴りつけると、盛大に仕返しをされた。思い出せば、アデルだけでなく、アリスも気性が荒かった。







 エルフの森から一番近いのは、隣接していた南方の王国だ。その王国は、俺が剣闘士をやっていた王国でもある。

 ということで、俺は行きたくなかった。

 まだ死刑囚として指名手配されているままだろうし、俺は金持ちになって幼馴染のファニーを探すという目的もある。現在では無一文である。このまま戻るのも格好が悪い。

 狩人のズンダや冒険者のエスメルなど知り合いもいる。剣奴のエレンはたぶん死んでいる。まだ攻略が途中のダンジョンも最後まで潜りたい。

 だが、俺は違う方向に行くことにした。


「アデル、ここから一番近い魔将軍はどっちの方角だ?」


 俺の言葉に、ララが悲鳴を上げた。もちろん、悲鳴は『ニャー』でしかない。


「次の標的か……近ければどれでもいいのかい?」


 アデルは額に指を当てた。自分の記憶を探っているのだろう。魂がアリスで記憶がアデルなので、少し混乱しているのかもしれない。


「いや……エルフとの約束も果たした。これ以上、俺が魔王に歯向かう理由もない。現に、魔王はまだ復活していないようだしな。俺が一人で魔将軍を潰してまわるより、俺の祖国より、もう少し話の分かる奴がいる国を探して対策を立てた方がいいし……少し、ゆっくりしたいんだ。異世界に来て、戦ってばかりいる。俺の本来の目標は、金持ちになって幼馴染の奴隷の女の子を探すことなんだ。金持ちになるために必要な強さは手に入れたと思う。金を貯めたいから、魔将軍とかがいない方向に行きたい」

「はん……腰抜けめ。まあ、気持ちはわかる。あたしも、異世界で昆虫のまま終わりたくなかった……ハーレムを作るまでは死ねない」

「いや、それには賛成しないが……ドディア、そんなつもりはないから、噛むな」


 言ったのはアデルだが、噛まれるのは俺なのだ。


「西に行くと……あたしたちがやって来た方向だ。金は稼げるかもしれないけど、人魚の件があるから行きたくはないだろうね。魔将軍は……ここからははるか北の、氷に覆われた大地にいるのが近いね。その手前の国は、軍事大国だ。魔王にとっても厄介な国の1つになるはずだ……そこはどうだい? しっかりした国だから稼ぐこともできるだろうし、強い奴は歓迎される。魔王と敵対しているってのも、都合がいいはずだ」

「……魔将のいる方向と一緒なのは嫌だが、良さそうだな。でも、アデルはいいのか? その外見では、悪魔族だとすぐにばれるぞ」

「姿を見せなければいい」


 アデルは頭からフードを被った。それでやり過ごせるというのなら、もはやいうまい。


「それと……アデルが捕まえて来た少女たちはどうするニャ?」

「……あっ……忘れていた。ビリーの塔も、エルフの森だよな……ま、まあ……森が解放された時、ハーフエルフが増えているかもしれないが……仕方ないよな?」


 誰も賛同はしてくれなかったが、俺にももはやどうにもできないのだ。


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