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110 協力しないなんて言ったら、八裂にしてやる

 地上に降りてしばらくすると、調子が出て来たのか、食べたステーキ肉が消化されたのか、ドディアの動きがよくなってきた。

 俺のすぐ後を追ってくる。森に入ったこともあり、お世辞にも俺の動きは良いとはいえない。だが、筋力や瞬発力は勇者レベル24のものである。森での行動に慣れていないとはいえ、普通はついてこられないはずだ。


 もっとも、アデルは俺を凌駕している。俺をどんどん引き離して進んでいる。すでに姿は見えない。

 俺は時々立ち止まった。

 アデルがどっちに行ったか、考える必要があった。その度にドディアが追いついてきて、鼻をひくつかせてから、一方を指差す。

 俺はその方向に進み、ドディアが遅れる。

 アデルの姿を捉えることもあれば、見失ったままの時もある。

 いずれにしても、しばらくして俺は立ち止まる。

 ドディアが追いついて、一方を指差す。

 その繰り返しで、俺はエルフの森の奥に踏み込んで行った。


 一度は来たことがある場所だ。

 特別なエルフに連れられて、特別なエルフと会った。

 特別な場所だ。

 俺は思い出した。一度だけ来た、とても神聖な雰囲気の泉があった。

 泉の上に、木の蔦が絡まってできた小さな神殿があり、その中に、火鬼のビリーとエルフの女王フェラリーリの姿が見えた。


「止まりな」


 俺は真っ直ぐに蔦の神殿を目指したが、その俺の腹を抑えて止めた、小さな影があった。

 魔獣使いのアデルだ。

 俺はアデルを追っているつもりで、目的地が見えたため、アデルのことを忘れてしまっていたようだ。


「どうした? もう手遅れか?」

「まさか。まだ儀式は始まっていない。太陽が最も高くなった時、エルフの力が最大まで高まる。森のエルフたち全員の力を泉に注いで、ビリーを永遠に縛り付ける呪いをかけようってわけだ」

「……呪い? 本当なのか?」

「ああ。あたしは物分かりがいいんだ。間違いない」


 多分、アデルは誤解している。だが、正午を待っているというのは本当らしい。泉の周りに静かに佇むエルフたちの影があり、ドディアには敵に見えるらしく、牙を剥いている。

 だが、確かに結婚となれば、互いを束縛するものだ。エルフの女王の結婚となれば、相手に裏切らない魔術を施しても不思議ではない。それは、男側からみれば、呪いと言われる類のものかもしれない。


「泉に入るとまずいのか?」

「純粋な者か、純粋な者に招かれないと泉には入れない。入らなくても浮くなり飛ぶなりすればいいが、残念ながらあたしは飛べない。あんたはどうだい?」

「……俺も飛べないな。だけど、俺は一度この泉に入ったことがある。俺はきっと純粋なんだ」

「……へぇ。そんなはずはないと思うけどね。エルフの女王に招かれたとかいうならわかるが……男を招くことがあるとは聞いたことがない」


 俺は、自分が純粋だとは思っていない。むしろ汚れた側の方だろう。やはり、前回泉に入れたのは女王の導きがあったからなのだろう。


「ドディアはどうだ? ドディアなら泉に入れるかもしれない」

「……獣人か。よし、やってみな」

「ドディア、頼む」

「わかった」


 ドディアが泉に踏み込んだ。

 同時に沈んだ。

 バックパックを残して、頭の先までずぶりと沈んだ。深い泉ではなかったはずだ。ほぼ一瞬のことだった。

 俺は慌てて飛び込んだ。

 ドディアを助けようとした。

 気がつくと、アデルの背中が見えた。

 泉に沈み、アデルに掴みあげられて泉の外に放り出されたのだ。


「ダメだったようだね……くそっ……あそこに行けさえすれば無効になる簡単な術だってのに……一か八か、飛んで……うん? これは……」


 アデル泉に踏み込まないように注意しながら、泉の表面で泳いでいたカマキリのアリスに手を伸ばした。

 アリスは逃げようとしてもがいていたが、水の上で器用に動ける種族ではない。アデルの短い指につままれた。

 俺が泉に飛び込んだとき、頭の上にいたために巻き込まれたのだ。


「……返してくれ。俺の仲間だ」

「……はっ。仲間? こんな虫が?」

「ただの虫じゃない。俺と喋れるし、助けられている」

「……ふん。返してもいい。だが……条件がある。あんたは沈んだが、この虫は沈まなかった。あんたは純粋じゃないが、この虫は純粋らしいね。あんたの仲間で喋れるってのなら、この虫をあそこに行かせな。ただ行くだけでいい。エルフの女王が作った結界は、強力だが脆い。条件を満たした者が世の中にほとんどいない代わりに、条件を満たされるとたちまち崩壊する。この虫があの神殿に到達すれば、神殿は崩壊する」


「……1つ聞いていいか? この子がいなかったら、どうやってエルフの結界を壊すつもりだったんだ?」

「あたしは魔獣使いだ。魔獣のなかには、純粋な奴もいるのさ。今日は連れてこなかった。この結界があるのを忘れていたんだよ。連れてこなかったのは……あんたに言うことを聞かせるために、塔で見張りをしているからだ。協力しないなんて言ったら、八裂きにしてやる」

「わかった。協力する」

 拒めるはずがなかった。

「アリス、聞いていたと思うが……頼む」


 俺はアデルから返してもらったカマキリに話しかける。


「……聞いていたわよ。あそこに行けばいいの? 行って何をするの?」

「アデルは、アリスのことをただのカマキリだと思っている。それでも、あの蔓の神殿にたどり着ければエルフの女王の術を破壊できると考えている。ただ行けばいいらしい。ビリーとの戦いになるかもしれない。神殿が破壊されたら、すぐに戻れ。いや……神殿が破壊されなくても……あそこに行けばアデルに言いつけられた役目は果たされる。何もなくても戻っていい」

「……了解。仕方ないわね。あなたは汚れていて、あたしは純粋だものね」


 カマキリが、大きな目玉を釜で撫でた。


「僕もきっと行けるニャー」


 ドディアのバックパックから、ララの声が聞こえた。


「行けるかどうかわからないから、神殿まで投げることになるが」

「アリス、頑張るニャー」


 ララが折れた。黙っているのに耐えられなくなっただけかもしれないが、気持ちだけはもらっておく。


「行ってくるわ」


 アリスが羽を広げた。


「飛ぶの、あんまり得意じゃないのよね。風を起こす魔法とかないの?」

「爆風でもいいか?」

「やめてよ。消し飛んじゃうわ」


 言いながら、アリスは飛び立った。

 カマキリである。風に乗って飛ぶことはあるだろうが、決して得意というわけではない。

 泉に落ちても沈まないという安心感はあるが、ふらふらとした飛び方に、俺は不安を抱いたまま見つめていた。


「アデル」

「なんだい」

「神殿が壊れて結婚式が中止になったら、ビリーは怒るだろうな」

「だろうね」

「戦闘になるかな」

「たぶんね。ただ、あたしが狙うのはあの女だ。ビリーじゃない」

「……俺はビリーを狙うぞ」

「好きにしな。あんたにやられるようなビリーじゃないし、あんたが相手をしてくれれば、あたしがあの女を殺すのに邪魔が入らなくて助かる」

「ああ……」


 返事をしながら、俺はエルフの女王を救う方法も考えていた。

 エルフの女王に死なれては、アリスをカマキリの体からもっと長生きできる体に移すこともできなくなる。

 ビリーの相手をするだけでも大変な危険を伴うのだが、その隙にアデルの邪魔をしなければならない。


「……ドディア、俺から離れるなよ」

「うん」


 ドディアが頷いた時、アリスが植物の蔓でできた神殿に到達した。

 その瞬間、エルフの森祭奥の地に光が満ちた。

 強いが静かな光は、力が拡散された残滓なのだろう。一瞬で消え、火鬼のビリーが泉に沈み、エルフの女王フェラリーリが泉の上に立っていた。


「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」


 フェラリーリに向かって雄叫びをあげながら、アデルが飛び出した。

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