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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
11/195

11 今日の飯は豚の丸焼きだ

今話から、剣闘奴隷編です。

 俺は剣奴として村に売られ、現在は奴隷の交易を唯一認められた王都に連れてこられたはずだ。

 目隠しをして連れてこられた場所では、たくましい男達が雑多に体を鍛えていた。

 ある者は筋力を上げるために重い岩を持ち上げ、ある者は剣を持って木製の人形に切り掛かり、ある者は並べられた障害物を軽やかに飛び渡っている。


 そこは、剣奴を強く鍛えるための場所だ。少しでも長く生き残るために。それが本人達の目的だろう。だが、本人達以外にとって、剣奴が何のために体を鍛えるかといえば、少しでも長く観客を楽しませるために、でしかない。

 俺は、剣奴になった。それを実感できる光景だった。


 その光景を塞ぐように俺の前にいるのは、直立した豚だった。二本の足でしっかりと立っている。立ち姿は、中年太りした人間といっても差し支えない。だが、正面に向いた鼻と、あまりにも頭頂に近すぎる位置から生えた尖った薄い耳、唇のない口と、上下に覗く牙が、人間であることを否定していた。

 首が正面に向いている。本物の豚を立たせた場合、骨格的にありえない首の向き方をしている。


「豚が立っている」

「なんだと! 誰が豚だ!」


 目の前の豚が叫んだ。誰が豚だと叫んだ。『豚とは何か』ではない。豚の存在を知っている。

 つまり、この世界でも豚肉が食える。

 いや、いまは、それは置いておこう。


「あんただ、あんた」

「よし! いい度胸だ! 命が要らないんだな!」

「そんなはずがないだろう。うるさい豚だな」


 目の前の直立豚が、ブヒーと鳴いた。

 前足の蹄を振り上げる。いや、前足ではなく腕だ。しかも、蹄ではなく指がある。

 とすると、俺の目の前にいるのは、ただ立ち上がった豚ではないのだろう。


 俺に向かって、太い腕が落ちてきた。立ち上がった豚ヅラの体躯は、俺よりずっと大きかったのだ。

 だが、その動きは緩慢に見えた。俺は振り下ろされる腕を、手枷をされたまま払い、両手が拘束されているので両手で豚ヅラの胸元を突いた。尻餅をついて、ごろごろと豚ヅラが転がる。


「そこまでにしておけ!」


 横合いから凄まじい怒声が聞こえた。

 周囲で訓練をしていた剣奴たちの誰かとも思ったが、剣奴たちが一斉に動きを止め、敬礼を思わせるポーズをとっていた。

 唯一動いていたのは、俺が見上げていた豚ヅラよりもさらに大きな体をした、ハゲ頭の老人だった。老人だろうか。顔は皺だらけだが、背筋はぴんと伸びて足取りもしっかりしているので、年齢がよくわからない。


 少なくとも若くはないだろう。叫んだのはこの男に違いない。剣奴たちがまるで恐れているように礼の姿勢を崩さず、男もそれが当然のことのように、中央を歩いてくる。


「誰だい?」

「威勢のいい新入りだな! わしはゴラッソ、闘技場の興行主であり、訓練場の教官も務めておる。お前が突き飛ばしたのは、わしの奴隷だ。オークを見たのは初めてか?」

「オーク?」


 俺は驚いて、芸もなくオウム返しに答えていた。視界の端で、豚ヅラがブヒブヒ言いながら起き上がる。


「この小僧、シチューにしてやる」

「ブウ! 大事な商品だ。てめぇが豚ヅラなのは事実だろうが。この程度で怒っているんじゃねぇ」

「へ、へぇ」


 大きな図体で、ブウは頭を下げた。どうやら、この豚ヅラがオークであるらしい。名前はブウだという。豚だと言われて、怒る理由がわからなかった。


「おい、新入り! お前も、着いて早々揉め事起こしてじゃねえよ。ここには、生き残るために少しでも強くなろうって奴しかいねぇんだ。邪魔するなら、試合に出る前に足腰立たなくされちまうぜ」


 俺が悪いとは思わなかったが、騒ぎになってしまったのは確かだ。周りの男たちも手を止めて俺とブウを見ている。確かに、迷惑なのだろう。


「すいませんでした」

「おっ、おう。素直じゃねぇか」


 巨大な老人は表情を変えなかった。周囲を剣奴に囲まれた状況では、笑顔などは見せられないのだろう。だが、俺には笑っているように感じた。


「喋る豚がいるとは思わなかったので、つい……」

「お前っ! 親分、こいつ、反省してませんぜ」

「騒ぐな! ブウ! オークも知らねぇって世間知らずじゃ、仕方ねえだろう。おい、坊主、これでも、ブウはただのオークじゃねえ。教官の代行だ。わしが鍛えたから、この中でブウに勝てる奴はいねえ。見かけで判断するな」


 俺は立ち上がったブウを見る。頭から湯気が出そうなほど怒っているらしい。豚扱いされるというのは、そんなに嫌なのだろうか。

 体は大きい。目の前のゴラッソ老人が大きいのであまり感じないが、並みの人間では勝負にならない体格をしている。


 俺が戦った中では、オオカミを従えるバッキラと巨大土蜘蛛と大蛇に次いで大きいだろう。と考えれば、大したことはない。なるほど、見かけで判断するなとは、外見が弱そうでなければ言わないことだ。この外見だと、この世界では弱いと判断されるのだ。

 意外と、人間は強いのだろうか。この世界での俺の強さの基準を、修正しなければならないかもしれない。


「……俺には、そんなに弱そうには見えないけど……」

「うん? ああ。オークを知らないんだったな」


 名前は聞いたことがある。色々に神話や伝承、特にゲーム関連で多出する雑魚モンスターだ。目の前のオークは豚にそっくりだが、別の映画では、豚とは似ても似つかない、恐ろしい魔物だった。


「初めて見ました」


 嘘ではない。実物は初めてだ。


「オークって種族自体が、あんまり強くはねぇからな。オークにコボルトにゴブリンっていえば、闘技場では『やられ三役』って呼ばれているぐらいだ。だから、本当に弱いと思っている奴が多いのよ。本当に、どうにもならないぐらい弱い奴らなら、闘技場に呼ばれもしねぇ。一方的な屠殺をみたければ、肉処理場にいきゃいいんだからよ」

「なるほど。油断するなということですね」


「まあ、そうだ。特に、坊主みたいな新入りは、まずオークやゴブリンと戦わされることになる。結果的には人間が勝つが……まあ、当然だ。人間が負けるような試合は、客が喜ばねぇ。観客は全部人間だからな。そこでの新入りの死亡率は、ざっと七割だな。坊主みたいな若い連中は、浮き足立つことが多くてな。九割は死ぬ。だから、初戦さえ生き抜けば、意外と生きるものだぜ。頑張りな。もっとも……結局はほとんどが、どっかで死ぬんだけどな」


 ゴラッソは不気味と思える薄い笑いを見せてから、俺の肩を叩いた。


「おい、ブウ。このままじゃ、気がすむめぇ。この坊主の力を見てやりな」

「そう来なくちゃ。さすが親分」

「親分と呼ぶなと言ったろ。また、拳骨を食らわすぞ。久しぶりに若い奴隷だ。殺すなよ」

「ええっ。わかっていますよ」


 ゴラッソはそのまま歩き去った。同じく剣奴に見える男が、俺の両手両足の枷を外した。これまで両手がぴったりと重ねられ、両足も小股でしか歩けない程度に拘束されていたが、これで両手は自由だ。ただ、右足だけは鎖で繋がれていたが、逃亡防止だろう。動きづらいが仕方がない。

 オークのブウは、二本の木剣を持っていた。一本を俺に投げる。


「あいつは、怒らせると見境がない。これまでにも、模擬試合で何人も殺している。あまり挑発するな。すぐに勝負がつけば、坊主が死んでも気づかないなんてことにはならないはずだ」


 俺の枷を外してくれた男が囁いた。禿頭で、引き締まった顔つきをした、50歳ぐらいの男だ。栄誉状態が悪くて老けるのが早いとすれば、本当はもう少し若いのかもしれない。俺は投げられた木剣を掴み取りながら、頷いた。


「わかった、ありがとう。でも……もう、手遅れかもね」


 ブウの顔は、まだらに赤く染まっていた。






 剣奴は寸暇を惜しんで鍛錬していると、興行主であり教官でもあるゴラッソは言ったが、そこまででもないらしい。俺が木剣を構え、オークのブウが雄叫びをあげると、全員が手を止めて囃し立てたのだ。

 興奮させるな、というのは無理な相談だ。まわりで囃し立てているのだ。頭に血が上って見境がなくなるのは、時間の問題だろう。


「で、力を見るって、どうやるんだい?」


 無駄だと思いながら、一応俺は尋ねてみた。


「死ななきゃ合格だ!」


 ブウは叫んで飛びかかってきた。

 俺は、素直に困った。

 どうにも、ブウの動きが緩慢に見えて仕方がない。豚並みの瞬発力を持っているのであれば、俺の運動神経ではかわせない。


 いや、カロン少年は若い分俊敏かもしれないが、どちらかというと頭脳派だったようだ。ここ2年ぐらいは鍛えてもいたらしいから、それなりに動けるだろう。だが、俺の目に映っている光景は、普通の人間が感じるものとは思えなかった。


 あまりにも緩慢で、簡単に避けられそうに見えたし、反撃もできそうな気がした。

 これが、勇者レベル5の力なのだろうか。

 時間としてはほんの一瞬だが、俺は色々と考えた。ここで豚をぶちのめしてもいいが、その後ねちねちと虐められるかもしれない。陰険な虐めは対応が難しいのだ。

 では、逆にぶちのめされてはどうだろうか。


 豚に豚のように転がされる。どうも、それも気分がよくない。

 ここは、いい勝負をして、豚にもほかの剣奴にも、認められるという筋書きがいい。

 だが、勇者レベル5では、オーク相手には強すぎるようだ。

 俺は、職業の勇者というのがどうにかならないか、触ってみた。


『転職しますか?』と表示された。

 その下に、説明文が出た。転職すると、レベルがその職のレベルになる。俺の場合は勇者しかしていないので、別の職業に転職すれば、もれなく1レベルになるだろう。だが、習得した魔法やスキルはそのまま使えるようだ。


 なるほど、勇者が低位魔法と極大魔法を覚えて、その間を覚えないというのは、転職という仕様があったからなのだ。魔法を覚えたければ、魔法使いとかになって習得しろということなのだろう。

 俺は、『転職しますか?』の問いに『はい』と答えた。

 転職が可能な職業が並ぶ。


 戦士、シーフ、魔法使い、僧侶の4種類だ。ブウは、俺の目の前まで迫っている。このままだと、カウンターの一撃でのしてしまいそうだ。

 俺は、とっさに戦士を選択した。一番上にあったからでもあるし、これから剣奴となるのに、ふさわしいような気がしたからだ。


 俺は、レベル1の戦士になった。

 同時に、ブウの体当たりを受けて吹っ飛んだ。

 右足が鎖で繋がれていなければ、遠くまで弾き飛ばされたかもしれない。そのぐらい、本気の体当たりだった。


 本当に殺すつもりなのかもしれない。

 手加減して勇者からわざわざ転職した俺の心遣いなど、まるで無視と言う訳だ。

 俺は、空を見ながらステータスを確認する。

 本当にレベル1になっていた。多分筋力を表す数値の初期数値は勇者より高いが、そのほかは目も当てられない。


 勇者がいかに優秀だったか、はっきりとわかる。HPが20、MPは0だ。直接戦闘に特化した職業ということだろう。

 オークのぶちかまし程度では、ダメージは1しか減っていない。なので、俺のHPは実際には19しかない。


「おい。もう終わりか? でかい口を叩いていた割に、あっけないな」

「そうかい。ご期待に添えるよう、頑張るよ」


 俺が立ち上がると、剣奴たちが囃し立てた。


「立ち上がるな! 寝てろ!」


 始まる前に俺に助言をくれた年配の奴隷が、低く声を出した。ありがたいことだが、俺は、負けるために弱くなったのではない。

 オークに一方的にやられる前には、勇者に戻るつもりだ。だが、オークが所詮雑魚なのであれば、戦士レベル1でも勝てるだろう。

 俺は、手から転がり落ちた木剣を拾い上げた。


「よおし。そうこなくっちゃな」

「来いよ。今日の飯は豚の丸焼きだ」


 剣奴たちが笑った。俺の言葉が聞こえたのだろう。ブウは真っ赤になった。

再び突進してくる。

 俺は避けずに、体制を下げた。レベル1とはいえ、戦士だ。体が資本だ。

 俺の肩に、重い衝撃が走った。俺は、オークの突進を受け止めた。

 体が震える。ぎりぎり、耐えた。


 俺は木剣を握った手で、オークの豚ヅラを殴りつけた。

 ブウがブヒッと仰け反る。俺はさらに殴りつけ、さらに蹴りつけた。

 ブウが頭を下げたところに、木剣を打ちおろす。

 ブウが豚らしく、地面を転がって泥にまみれた。


 俺は追おうとしたが、右足の鎖に邪魔されて動きが妨げられている間に、ブウは荒い息をしながら立ち上がった。

 ブウが再び雄叫びをあげる。

 俺は、最初に突進を受けた左肩が、激しい痛みを伴っていることを自覚した。


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