表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/195

109 目を覚ます前に死んで欲しいが

 俺は、相方をアデルに代えて、ビリーが支配する塔を降りた。

 地上に出たところで、アデルに尋ねられた。


「お前、名前は?」


 今更、そこかと思ったが、俺の名前に興味などなかったのだろう。


「カロン」

「……ふん。つまらない名前だ。アデルのほうがずっといい。お前もそう思うだろう?」

「そうですね」


 否定した時の反応が怖かったので、俺は同意しておいた。


「少しは話がわかる奴のようだ。これからエルフの女王を殺しに行く。準備はいいんだね?」

「女王……エルフの?」


 俺はてっきり、火鬼のビリーを殺しに行くのだと思っていた。突然言われた予想外の言葉に、俺は動揺した。


「当たり前だろう。他に誰がいる?」

「俺はてっきり、火鬼のビリーを殺しに行くのかと……」

「確かに、二人とも腹立たしいけどね。どっちがよりってことなら、エルフの女王のほうが憎らしいに決まっているさ。ビリーの隙をついて、エルフの女王を殺す。成功すればよし。失敗したら、ビリーと戦わなきゃならない。ビリーは強い。そうならないように祈っておくんだね」

「……アデルは、助けがあればビリーにも勝てるのか?」

「助け次第だ。でも……全く勝てないってわけじゃない。たぶん」


 とても心もとない。実際に戦えば、ビリーには勝てないのだろう。

 だが、俺がアデルに同行するのには意味がある。アデルの狙いがエルフの女王であるのならなおさらだ。俺は、アデルからエルフの女王を守らなければいけない。エルフの女王が死ねば、エルフの秘術も失われてしまうかもしれない。それでは、俺の頭の上に張り付いているカマキリの寿命が尽きてしまう。

 アリスも状況を理解しているのだろう。さっきから、頭がちくちくと痛い。


「……そうですか。わかりました。少し時間を下さい」

「おう。急げよ」


 アデルには準備は必要ないらしい。

 俺は、俺にしがみついているドディアを引きはがした。


「ドディア、ダンジョンに一緒に潜った頃のこと、覚えているか?」

「うん」

「あの頃を思い出せ。これから、魔王の直属の配下を倒しに行く。自分の身は自分で守れ。危ないと思ったら、ドディアだけでも逃げるんだ」

「……わかった……逃げない」


 ちょっと聞くとわかっていないように聞こえるが、俺の言うことを理解した上で、一人で逃げることは拒否したのだ。ドディアはいつもこういう話し方をする。


「それでいい。それから……これを渡しておく」


 俺は、俺の頭の上にいたカマキリを指でつまみあげた。


「ちょっと……」

「仕方ないだろう。我慢しろ。回復魔法で、ドディアに何かあったら守ってくれ」

「……仕方ないわね。その代わり、私の寿命の方、きっちり伸ばしてよ」

「わかっている」


 ドディアが首を傾げていた。俺が何と話しているのかわからなかったのだろう。

 俺は、以前から独り言が多いと思われていたので、気にせずドディアにカマキリを渡そうとした。


「……おやつ?」


 俺がつまみあげたカマキリのアリスを見たドディアの第一声に、アリスがびくりと震えた。


「……ひっ。カロン、この子……あたしのこと食べる気だ」

「アリス、落ち着け。いくらドディアでも、喜んで虫を食べたりはしないさ……ドディア、これはただの虫じゃない。魔法を使えるんだ。特に回復魔法が得意だ。大切に……」


 アリスを見るドディアの瞳はらんらんと輝き、舌なめずりをした。ひょっとして、ドディアはずっと捕獲されていたために、とても空腹なのかもしれない。獣人であるドディアが、虫を常食としていないとは断言できない。


「カロン、こ、この子、わかっていない……く、食われる」

「……どうやら……そのようだ」


 俺は、つまんでいたカマキリを俺の頭の上に戻した。アリスが必死で俺の頭髪にしがみつくのがわかる。カマキリなのにぶるぶると震えている。よほど恐ろしかったのだろう。


「ドディア」


 この世界で飢え死にしそうな環境に何度も置かれたことがあり、俺はアイテムボックスに食料を入れておくのが習慣になっていた。アイテムボックスに入れたものは腐らないのだ。一月分ぐらいの食料は常時保管してある。

 その中から、俺はアナグマモドキのステーキ肉を取り出してドディアの口に押し付けた。

 匂いで何かわかったのか、俺のことを信頼しているからか、ドディアはすぐに大きな口を開けて俺が渡した肉に食らいついた。


 唸り声をあげながら肉を食い始める。よほど腹を空かせていたのだろう。もはや、完食するまで落ち着くまい。

 その間に、俺はバックパックを背中から下ろし、その中で大人しく丸くなっていたララを引っ張り出した。


「ドディア」


 再び名前を呼びララを近づけようとすると、肉の脂まみれの顔でドディアは牙を剥いた。


「カロン、待つニャ。食われるニャ」

「おっと……」


 急いでララを引き戻す。ララがいた場所で、ドディアの上下の牙が、がちりと鳴った。


「まだそっちが残っているだろう。それに、これは食べ物じゃない。会ったことがあるだろう? ホライ・ゾンの海賊船で一緒だったじゃないか」


 ドディアは再びアナグマモドキのステーキに噛みつきながら、ララに視線を向ける。

 ララが俺の腕の中でぶるぶると震えていた。


「……ララ?」


 ドディアは頭が悪いわけではない。そのことが証明されたような気がした。あまり接触はなかったと思うが、ララのことをちゃんと覚えていたのだ。


「そうだ。俺の友達になった」

「仲間だニャ」

「仲間と呼ぶほど、俺に協力的だとは思えないが」

「それは仕方ないニャ。転生した種族の限界だニャ」

「……勝手なことを……ああ……ごめん。ドディア、だから、この子は食べちゃだめだ」


ドディアには、ララの言葉は理解できないのだ。ドディアは獣人であり、ララは獣だ。ララは、俺の翻訳機が優秀なだけで実際は『ニャー』としか言っていない。


「……うん。非常食」


 他に食べるものがなくなれば食べるという宣言だろうか。ララが非常に嫌そうにしたが、アナグマモドキのステーキを食べて落ち着いたドディアは、ララを受け取ったが牙は剥かなかった。


「俺と同じような回復魔法も使える。背負い袋に入れておけ」

「……わかった」

「僕、シーフだニャ。魔法は苦手ニャ」

「もともとは僧侶だっただろう。そうでなければ、この世界に来た途端に死んでいたはずだ。そうアリスから聞いている。MPは下がったかもしれないが、回復魔法が使えないことはないだろう」

「……わかったニャ……この子、怖いニャ」


「仕方ない。我慢しろ。ドディアを頼む。もし俺とはぐれるようなことがあったら、守ってやってくれ。回復魔法があるのとないのとでは、全く違う」

「……はぁだニャ。それはわかるニャけど……」

「頑張ってね」


 俺の頭の上から、アリスが声援を送る。ララは威嚇するように牙を見せた。もちろん、ドディアに見られないようにである。


「こっちの支度は済んだ。それより、ここに残しておく女の子たちは、本当に殺さないんだろうな」


 出発の準備が終わり、改めて武装していたアデルに俺は尋ねた。

 アデルは、黒い肌を真っ赤な皮の鎧で包み、巨大な斧と複数の武器を装備していた。


「問題ない。あたしが守れと言ったのに、あいつらが食べちまうなんてことは絶対にない」

「魔獣使いの力か?」

「いいや。信頼関係だ」


 つまり、魔法的な拘束ではないということだ。それでは信用できないのではないかとも思ったが、アデルと口論しても仕方がない。


「……わかった。ビリーが結婚式をやる場所はわかっているのか?」

「そんなまどろっこしいことをするのは、エルフの習慣さ。エルフに合わせてやっているんだ。ああ、可哀想なビリー……すぐにあのロリババアを血祭りにあげて、目を覚ましてあげるからね」

「目を覚ます前に死んで欲しいが……さて、どうなるか」

「何か言ったかい?」

「いや。なにも」


 俺は両手をあげて首を振る。アデルは鼻を鳴らし、巨大な戦斧を担いで塔の窓に身を乗り出した。


「行くよ。ついて来な」


 アデルは階段を降りず、窓から飛び降りた。


「カロン……アデル……行った」


 地上に降り立つアデルを見下ろし、ドディアが囁く。


「そうだな。だけど、俺たちも行かないと」

「……逃げても、わからない」

「後ろの部屋で、魔獣に見張られている幼女たちはどうする?」

「……いい」


 死んでも構わない。そう言いたいのだろう。ドディアは獣人だ。人間に対する考え方が、俺とは違うのだろう。


「……逃げられるかもしれない。だけど、ビリーを倒すチャンスでもある。それに……色々あって、逃げるわけにはいかない。エルフの女王に、エルフの秘術を教わらないといけないんだ」

「……わかった」


 ドディアが俺にしがみつく。俺はドディアを抱いたまま、アデルと同じように塔の窓から身を躍らせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ