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108 カロン、探した。ずっと、探した

 さすがに見殺しにはできない。

 俺は、できるかぎりアデルから逃すつもりで、最初の麻袋を切り裂いた。


「カロン!」


 最初の一人だった。俺は、思わず叫び声をあげそうになった。慌てて自分の口を塞ぐ。

 切り裂かれた麻袋の中から、頭部に三角の耳を持った、躍動感ある肉体が飛び出し、迷わず俺に抱きついたのだ。


「ド、ドディアか?」

「うん」


 俺とずっと一緒にいた。だが、一緒に乗った海賊船で他の獣人と出会い、人間相手では獣人は本当に満足することはないのだと知ったことから、ドディアは徐々に離れていき、俺が船から逸れた時には、ほとんど会うこともなくなっていた娘だ。

 たどたどしい言葉や丸まった背中が特徴だが、黙ってまっすぐに立たせれば、いかにも猫を思わせる大きな瞳はとても魅力的で、十分に美人の範疇に入るだろう。


「ど、どうしていた?」

「カロン、探した。ずっと、探した」

「どうして? 俺は……ドディアには嫌われたかと……」

「カロン……怖くなった……でも……やっぱり……会いたくなった。いま……怖くない。戻った」


 俺のことが怖かった時期があったらしい。どうやら、それは俺がホライ・ゾンの呪いを受けて従っていた時期のようだ。確かに、あの期間、俺は自分でも持て余すほどの力を得て、容赦なくホライ・ゾンの敵を滅ぼした。自分で思い返しても寒気がするほどだ。

 俺は、嫌われたのだと思った。ある意味では、それは正しかったのだろう。だが、俺が想像するような、性的な理由ではなかったようだ。


「……俺は、獣人じゃない」

「知ってる」

「獣人とは……体の作りが違う。ドディアのこと……満足させられないかもしれない……本当に、俺でいいのか?」


 ドディアは俺にしがみついたままだ。俺の体をさらに強く抱きしめ、言った。


「……満足」


 俺に抱きつき、しがみついているだけで満足だと言うのだ。俺は、言葉が出なかった。ドディアを抱きしめ返す。


「へぇ……カロン、モテるのねぇ」

「人魚のお姫様一筋じゃなかったニャ」


 俺の頭の上と背後からそれぞれ冷ややかな声が聞こえてきたが、ドディアには聞こえていないようだ。ただ、ドディアの頭上に生えた獣の耳が、ぱたぱたと敏感に反応する。

 聞こえていないならそれでいい。俺は、二人を無視することにした。


「また会えて嬉しい。でも……ここは危険だ。まず逃げることを優先する」


 俺が言うと、ドディアは驚いたような顔で俺を見つめた。


「カロンと一緒……安全」

「俺のことを信じてくれるのは嬉しいが……世の中には、俺より強い奴がいる。それが……この塔の主人だ。逃げるんだ。ドディアと一緒に捕まった人間たちも逃がしたい。手伝ってくれ」

「……うん」


 ドディアは、言葉は片言でも理解は問題ない。少し意外そうに俺から離れると、床に転がった十もの麻袋に爪と牙で飛びかかろうとした。俺は慌てて、ドディアには懐かしい銅の剣を渡した。

 俺とドディアが開放すると、約10人のいずれも劣らぬ麗しの幼女たちが震えていた。

 どうやらドディアが一番年上らしい。幼女ばかりなのは、火鬼のビリーの趣味をアデルが慮ったのだと考えられる。


「……このままだと、こういう魔物に殺される。逃げるよ」


 俺は、まだ寝たままのバッキラと人面グモを指でさした。巨大な魔獣に、幼女たちは震え上がる。

 勇敢なドディアでさえ、体を震わせた。


「……行こう。まだ寝ていると思うけど、静かに」

「はい」


 そのうちの一人、毅然とした強気な顔つきをした幼女が小声で返事をした。幼女たちのまとめ役となってくれるだろう。ドディアには無理だ。

 俺は、その子に言った。


「塔の外はエルフの森だ。迷いやすいけど、魔物はいない。なんとか森の外に出るんだ」

「はい」


 俺はバッキラと人面グモに、用心のため再び「ヒツジ」の魔法を施し、部屋から出た。

 アデルが寝ているはずの部屋を通過しようとする。

 その時、ベッドの上で、起き上がった人影があった。

 俺の背後のドディアが飛びかかろうとしたため、抱きとめる。


「……ビリーはどこだい?」


 ベッドに座った姿勢で、真っ黒い肌をした幼美女、魔獣使いのアデルが起き上がっていたのだ。






「ビリーなら……エルフの女王と結婚するために出て行った。結婚式を止めるのは失敗だ。この子たちは用無しだろう。せめて、人里まで連れて行ってやりたい」


 アデルの機嫌が一気に悪くなるのがわかる。


「まだ終わっていない。その娘たちはまだ使える。魔獣の餌にして、あたしの配下を強化する」


 アデルが物騒なことを言い出したので、その一言で幼女たちが泣き出した。幼女の泣き声を背負い、俺は勇気を奮い起こした。


「ビリーと戦うのか? どうして? 好きなんだろ? 祝福してやれないのか?」


 ビリーをエルフの女王と結婚させたくないのは俺も同じだ。エルフの女王は、あえて結婚して秘術を教えずにごまかし続けて、秘術を封印してしまおうといているが、俺にはいい手段とは思えない。結婚した相手に酷いことをするはずがないという、極めて甘い幻想を抱いているように思える。

 火鬼のビリーはそんな男ではない。一目見ただけだが、俺はそう感じた。結婚した相手だろうと容赦なく痛めつけ、エルフの秘術をさぐり出そうとするだろう。

 だが今の俺は、助けた小さな女の子たちをどうにかして逃がしてやりたいということだけで精一杯だった。


「祝福? あたしが? ビリーを? どうして?」

「す……好きだから……」

「あたしのものであるビリーが好きなんだ。他の女のものになったビリーなんか、殺しても飽き足らない! お前たち……餌だよ」

「待て!」


 アデルの視線が俺の背後に向いていた。俺の背後には幼女たちがいて、そのさらに背後には、起き上がった魔獣がいた。バッキラと人面グモである。

 俺の魔法で眠っていたはずだが、幼女たちの泣き声に目覚めてしまったのだ。


「何故、待たなきゃならない?」

「この二人が強いのは知っている。俺でも手こずった。だが、この二人が子供を食べて力をつけても、ビリーには勝てないだろう。意味がないぞ」


 アデルは不機嫌そうな顔を崩さない。だが、図星だったようだ。


「……『手こずった』だって……お前、強いのか?」

「この2頭に勝てる」


 バッキラの唸り声が耳に痛い。確かに時間はかかるだろう。だが、どちらかが死ぬまで続ければ、死ぬのは俺ではないだろう。


「あたしはビリーには勝てない。こいつらが強くなれば勝てるかもしれない。お前がこの二人より強いなら……お前とあたしなら、ビリーを殺せるかもしれないね」


 思わぬ方向にアデルが転がった。アデルは、俺との共闘を考え始めている。


「ああ。アデルがビリーを殺したいなら、俺が協力する。俺はこの二人より強い。確実に勝てる。だから、子供たちは逃がしてくれ」


 アデルはじっと俺をにらんだ。真っ黒い顔に、避けた口、大きな瞳……とても怖い。


「……お前たち、こいつらを捕まえておけ。こいつが裏切ったら、殺せ」


 アデルは命じると、バッキラと人面グモが子供たちを捉える。


「カロン……戦う……」


 俺の体にしがみつき、ドディアが吠えた。俺は、ドディアを二度と離すまいと思った。その気持ちは変わらない。


「この子は連れて行く。戦える。役にたつぞ」

「……好きにしろ。一人ぐらい構わない」


 ドディアが俺にしがみついているのを見て唾棄したが、同行を許した。ビリーに振られたと思っているアデルには、単純に腹立たしかったのだろう。

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