105 ビリーは強い。お前では勝てない
俺は対決した2体の魔物がいないことを確認してから、アデルの馬車を追ってエルフの森に急いだ。
アデルをたき付け、七魔将の一人火鬼のビリーと戦わせるのが目的だったが、うまくいったかどうかはわからない。アデルは単純で頭が悪かったが、従えている魔物は強く、狡猾だった。アデル自身も相当な強さだろうと推測できる。
現在は、時刻的には結婚式の準備をしている最中だろう。アデルがビリーに挑み、敵わないのなら助太刀するし、挑まなかったのなら、俺がビリーとアデルを相手に戦わなければならない。
森に入ると、それ以上は進めなかったのだろう、荷馬車が止めてあった。
中は空だ。荷物を引きずった跡がある。
ビリーへの餌として、誘拐してきた美しい女たちが積まれていたはずだが、現在は何も積んでいない。重いものを引きずった跡は、女たちを引きずったのかもしれない。
よく見ると、アデルらしい足跡の他に、バッキラのものと巨大な虫の足跡がある。狩人のズンダに教わったので、獲物の痕跡を追うのには自信がある。
俺は、アデルの足跡を追うことにした。
アデルが火鬼のビリーのところに向かうか、エルフの女王のところに向かうか、事前にはわからなかったが、どうやら先にビリーのところに向かうことにしたらしい。
女たちという荷物があるし、先にビリーの真意を確かめたかったのかもしれない。
俺は足跡を追う。エルフの森の中は何度か移動している。多少は覚えてきた。ビリーが住処としている丘の上の不吉な塔は、ビリーが自ら建築したものだ。
アデルは荷物を引きずっているはずだが、歩みは早く、俺はビリーの塔までアデルに追いつくことができなかった。
結局アデルの姿を見つけられないまま、俺はビリーの塔を見上げる位置まで迫った。
森が一部分途切れている。塔の周りに高い樹木が生えないようにしているのか、あるいはビリーが瘴気のようなものを放って木を枯らしてしまうのか、塔の周囲20メートルほどは木が生えていなかった。
塔に迫ろうとする場合、塔からは丸見えになるということだ。防衛上の理由からそうしているのかもしれないし、たまたまかもしれないが、20メートルの境界を越えるのには覚悟が必要だろう。
慎重に隠れた結果、俺はまだビリーには会ったことがない。
これ以上塔に接近すれば、直接ビリーではなくとも、戦闘は予測しなければならない。
俺は自分のMPとHPを確認した。移動してきたため完全回復はしていない。
「アリス、俺は少し休んで、万全にしてから塔に向かう」
「そう。なら、私が偵察してきましょうか? カマキリを気にする魔物とか、あまりいないものよ」
「僕も行くニャ。シーフ職だから、逃げるのは得意ニャ」
俺のバックパックからララが飛び出し、アリスがその上に乗った。
「危険なことをさせるつもりはなかったんだが……」
「僕らも、仲間だニャ」
「私のためでもあるんだから、少しぐらいは役に立たないとね」
やはり、ララとアリスは仲間だったのだと、俺は感動しながら二人を送り出した。背後から見ると、ララのピンと立った尻尾の下に、毛に覆われた肛門が見えたが、それは言わないでおこう。
俺が木陰で30分ほど休憩すると、MPは完全に回復した。
ララとアリスは戻らない。
俺は、アイテムボックスから予備の剣を取り出した。以前、騎士から大量に奪った鉄の剣だ。
本当なら、もう少し伝説的な剣にめぐり合うことも想像したかったが、いまのところそういった情報はない。
俺は、塔までの空白地帯に足を踏み出した。
俺を待ち構えていたのだろう。俺が踏み出した瞬間、塔の上から2体の魔物が落ちてきた。
一体はオオカミに似た二足歩行の魔物で、一体は人間の顔を無数に張り付かせた巨大なクモだ。人間の顔がただの飾りではなく、糸や毒液を口から吐き出すのを確認している。
「ただでは通してくれない……か。さっきは戦ったが、俺はアデルの敵ではないぞ」
距離を確認しながら、俺は話しかけてみた。魔物の知能と外見が比例するのかどうかわからない。だが、アデルに支配されていたなら、命令を実行する程度の知恵はあるだろう。俺の言葉は、いままでは魔物にも通じてきた。ゴブリンやコボルトとも会話をした。
本来は言語を持たない相手にも、俺だけは話せた。ひょっとしたら、と思ったのだ。
「……お前を殺さなかったために、アデル様に叱られた。今度は殺す」
バッキラの言葉は、かなり流暢だった。単に自動翻訳機能が優れているだけかもしれないが、俺にはバッキラの意思が言葉として伝わった。
「アデルの目的は、火鬼のビリーだろう。俺たちが戦うことで、ビリーの結婚を邪魔することに役立つのか? むしろ、俺を通して、ビリーの邪魔をさせた方が評価されるぞ」
「ビリーは強い。お前では勝てない」
言ったのは、俺が勝手に人面グモと呼んでいる、巨大なクモだ。俺にはバッキラの言葉も人面グモの言葉もわかるが、この二体が会話を交わせるかどうかはわからない。
「ビリーを倒す必要はないし、そんなことをしたらアデルが怒るだろう。アデルはどうしたいんだ? ビリーと結婚したいんじゃないのか?」
「……たぶんな。だが……エルフの女王に取られなければ、現在は満足のようだ」
「ビリーとは結婚はできまい。アデルは頭が弱い」
自分の主人に対して酷いことを言ったのは、人面グモだった。アデルは配下の魔獣から見てもそうなのかと思った。だが、魔獣を従えている。従えた魔獣に尊敬されているとは限らないということか。
「俺は……アデルの味方だ。ビリーとアデルをくっつけようと思っている。通してくれ。アデルの悪いようにはしない」
「侵入者は殺せと命じられている」
バッキラは任務に忠実なようだ。人面グモは、困惑して身体中の人面が歯をがちがちと鳴らしている。実に気持ち悪い。
「……俺は侵入者じゃない。実は、アデルに協力するように頼まれている」
「……本当か?」
「なら、構わん」
やはり、バッキラと人面グモの意思疎通はできていない。人面グモは俺を通そうとした。バッキラはまだ疑っている。さすがに哺乳類は知恵がまわるのだろうか。
だが、バッキラも悩んでいる。俺は、ゆっくりと足を動かした。ビリーの塔に向かってである。
バッキラが俺を止めるために動こうとした。その動きに、なぜか人面グモが反応する。俺ではなく、バッキラの動きを牽制していた。
「こいつ、何をしているんだ?」
「どうして、アデルの邪魔をするんだ?」
二人が同時にぼやいた。本気で戦おうとしているわけではなく、互いの意図がわからず牽制しあっている。
自動翻訳機能の有難さを実感した。
「俺のことが信用できなければ、一緒に来てくれ。アデルとビリーを結婚させるのに協力してくれ」
「……一緒にか……なら、わかった」
「ふむ。無理だとは思うが、おもしろそうだ」
意外と冷静な人面グモと、アデルに忠実なバッキラを連れて、俺は火鬼のビリーの塔に向かった。