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104 連携されるとこんなに手強いか

 アデルの馬車を追おうとすれば、巨大なクモが行く手を阻む。ただのクモではない。体の表面に、無数の人間の顔が浮き出ている。ただの模様であればいい。だが、俺の目には、1つ1つの顔が、はっきりと浮き上がって見える。まるで苦しんでいるように歪み、うめき声さえ聞こえてきそうだ。

 俺がこの世界にきた当初に遭遇した森のクモとは、明らかに別種だ。あるいは、あれが悪い方向に進化すると、こうなるのだろうか。


 背後には、何度目かの遭遇になる二本足のオオカミ、バッキラが立ち塞がる。

 そのバッキラも、残念ながら俺が知っている奴とは違った。ダンジョンの地下31階で別れた、コボルトの進化したバッキラではなさそうだ。分厚い皮と脂肪の上に、強固な鎧を装備している。目が4つずつ、計8個並び、いかにも視界が広そうだ。四本ある腕には、右側で剣を二本持ち、左側で二本の腕で長い槍をもっている。実に厄介だ。


「魔物たちは、俺が一人だと思っている。そこが付け込みどころだと思うか?」

「いいえ。見た目通り、一人にしかならないと思うわ」

「僕たちを、戦力に入れるニャ」


 力強い仲間の後押しだ。見捨てられたとも押し付けられたともとれるが、一人で戦わなければならないとはっきりわかっただけでもありがたい。

 俺はアイテムボックスから鉄の剣をとりだした。いまに至っても、俺は防具とは縁がない。バッキラの重装備が羨ましい。

「ボヤ」

 俺は正面の人面巨大クモに魔法を放つと、前に飛び出した。挟まれる前に勝負をつけようと思ったのだ。


 巨大なクモに浮きあがった顔の1つが、苦しげに燃え上がる。だが、それだけだ。どうやら、本体には影響が及んでいないらしい。

 俺は、飛びかかった勢いをそのまま剣に乗せ、切っ先を突き立てた。正面に、「ボヤ」で燃やした男の顔があった。

 剣がめり込む。

 男の顔が絶叫をあげた。

 同時に口が開き、紫色の液体をはきだした。

 とっさに毒だと思った俺は、解毒魔法「ジュン」を唱えながら後退する。


 背中に刺痛が走り、俺の胸から鋼の切っ先が見えた。

「ガマン、コンシン」

 スキルを重ねて使い、俺は全力で振り向く。

 背後のバッキラの右側の腕にあった二本の剣が消えている。たぶん、二本とも俺の背中に刺さっている。

 バッキラの動きは早い。俺が振り向いた瞬間、残る槍を持ったまま、はるか後方に跳ねるように移動している。


「ビリ」

 小さな火の魔法では、より体格の小さなバッキラにさえ、気が遠くなるほど連続で使用しなければ仕留められない。

 指定したバッキラの周囲で、青い放電が生じた。バッキラの着る鎧を青く染め上げ、肉が焦げた匂いがする。

 バッキラが片膝をついた。効いている。






 小さな火の魔法と違って威力のほどが見た目でははっきりわからないが、空中に青い稲妻が放たれるほどであれば、相当な電圧なのだろう。

「ビリ」

 魔力消費も10と大きいが、好機だと見た俺は、魔法を連発しようとした。だが、二発目の「ビリ」を放った瞬間、俺は足首を掴まれて引きずられた。

 顔面から地面に落ちる。

 反転して、うつ伏せの姿勢から仰向けになると、予想通り俺の足首に糸をひっかけ、手繰り寄せる人面グモがいた。

「ボヤ」

 俺の足を結ぶ糸に放つと、簡単に焼き切れる。俺は体を起こし、背後から首筋を噛まれた。バッキラだ。

「メディカ」

 俺の頭から声がした。たぶん、俺とララにしか聞こえない声だ。カマキリのアリスの魔法だ。

 ガマンのスキルが生きているので痛くはない。だが、ダメージは蓄積されるだろうことを思えばありがたい。


 俺は首筋に噛み付いたバッキラの頭部を掴み、前方に放り投げる。空中で唸るオオカミのどう猛な顔に、俺は踏み込みざま剣を突き立てた。

 スキル、コンシンの余勢を得た鉄の剣は、バッキラの口腔に吸い込まれる。

 バッキラは、歯で噛んだ。

「ブキイリョクバイ」

 さらにスキルを追加する。

 俺は剣を押し込む。俺の突き刺した剣を中心に、空中を落下しつつあったバッキラの体が地面に打ち付けられる。俺は、さらに剣をねじ込んだ。

 バッキラの後頭部に剣が抜ける。

 俺は剣を手放し、距離をとった。はじめて、バッキラと人面グモを一直線に視界に収めた。

 口の中を貫かれ、人間なら確実に致命傷になる傷を与えられても、バッキラは立ち上がった。

「タイカ」

 バッキラと人間グモが同時に燃えあがる。だが、攻撃できたのは一度だけだ。ダメージがあるはずなのに、バッキラが頭上に飛び、人面グモが素早く横に移動する。俺は一瞬迷った後、手傷を負ったはずのバッキラの姿を追った。


 俺の頭上を越え、背後に降りようとしていた。俺は距離を取った。組み合うこともできたが、人面グモの邪魔が入るだろう。俺は、意味もない、と思われるほどに飛んだ。

 素早く駆け、体が太い木の幹に当たる。

 すでに、2つの巨大な魔物の姿は見失っていた。

 呼吸を整え、周囲に視線を向ける。耳をすませ、匂いを嗅ぐ。

 近くにはいない。


「……どこに行った 」

「主人……アデルのところに戻ったんじゃない?」

「だと思うニャ」

「……てこずったな。下僕の魔物でも……連携されるとこんなに手強いか。アデル本人は、もっと強いか……実はたいしたことないか……どちらだろうな」


 俺は木の陰に姿を隠しながら、どっかりと座った。


「……頭がいい魔獣使いなら、実力はたいしたことないかもしれないニャ。怖いのは魔獣のほうだニャ」

「あのアデル……とても頭がいいとは思えなかったわ。魔獣を実力でねじ伏せて言うことを聞かせるタイプよ」


 アリスが言った。


「……なら、きっと強いニャ」

「一対一なら……さっきの魔物だって苦戦しない、と思うんだが……」

「一対一で戦わなきゃならない状況を作れないなら、意味のない妄想だニャ」

「……わかってる」


 わかってはいるのだ。俺は、人間に比べれば強いだろう。一流の冒険者パーティーに勝つこともできる。だが、より強い魔物はいるし、実力で上回っても、破れることがある。

 バッキラと人面グモのコンビに、負けたわけではない。だが、勝てなかったのは事実だ。


「……勇者のレベルを上げるのは、もう難しいだろうな。転職して、他の職業のスキルを習得できれば、もっと楽に戦えるんだが……」

「その間、誰がメインに戦うの? この体では、私は無理よ」

「ないものねだりだニャ」


 俺は仲間を得た。だが、共闘しているわけではないのだ。

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