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102 火鬼のビリーを倒す

 俺は、エルフの森の最深部において、エルフの女王と対面した。

 エルフの女王は、汚れなきエルフの森の象徴であるらしい。その姿は、10歳にもならない幼女のようだった。


「魔将軍火鬼のビリーに惚れている。そのためエルフの森を汚そうとしている女王だと聞いた」


 俺は、あえてきつい言い方をしたつもりだった。相手が幼女の姿であったこともある。遠回しに言っていては、本題に入れないと思ったのだ。


「否定はしません。火鬼のビリーの妻になれば……最悪の事態は避けられます。それこそが、私の望みです」


 深い精気に満ちた場所に浮かび、幼女姿のエルフの女王は、俺にはわからないことを言い出した。


「最悪の事態とは?」

「魔王が支配する世界で、エルフも人間も、魔物ではない全ての生物がただ家畜として生かされるだけの世界がくることです。あるいは……それでもいいのかもしれません。でも……家畜にされる人間の性質を考えれば、そうなる前に戦いを起こし、全滅するのでしょう。人間が背負わなかった屈辱は、より穏やかな私たちのような種族が味わうことになります」

「魔王に支配されないために、魔将軍の嫁になるというのか?」

「はい」

「では、その場合、エルフの森はどうなる?」


「女王が汚れれば森も汚れます。新しい女王の資格を持つ者は誕生していません。エルフの森は失われ、エルフが世界に放たれますが……人間の世界でも生きられることは、多くのエルフが証明しています」

「エフル族は奴隷にされないと聞いているが、それはエルフの森があったからだろう。エルフの森がなくなったことを知れば、人間たちはエルフを喜んで奴隷にするんじゃないか?」

「そうかもしれません。ですが、奴隷にされても家畜よりはましでしょう。屠殺され、食卓に上がるよりは、屈辱を受けても生きられるのですから」

「火鬼のビリーに嫁がなければどうなる?」


「ビリーは鬼族ですが、冷静で冷徹な将軍です。私の求婚を受けたのも、エルフの力を得られると知っての打算です。私が嫁がなければ、力づくでエルフの森の力を手に入れ、魔王のために尽くすでしょう。もはや、誰も止められなくなります」

「……エルフの森の力は……どんなものか知らないが、どちらにしても、ビリーに渡すのだろう?」

「私が自主的に嫁げば、力づくで奪おうとはしないでしょう。力を与えると偽り、時間を稼いでいれば、そのうちに私が汚れたことで力が失われます」

「……魔将軍が結婚するのが打算だとしたら、嫁に対してそんなに優しいとは思えないが……火鬼のビリーをもし倒せるとしたら?」

「夢物語です。火鬼のビリーは、あの龍兵とも互角に渡り合うといいます。人間の敵う相手ではありません」


「……そのようだな。しかし……エルフの女王は、人が良すぎるような気がする。俺は……人間の立場から言わせて貰えば……女王がビリーに汚され、森が汚される前に、ビリーは強引にエルフの森の力を奪おうとするだろう」

「……そのことは考えないでもありません。さすが……人間は汚いことを想像するのが得意なのですね。ですが……私には他に選択することはできません。魔王に刃向かうことが、いかに無益かは知っています。いずれ支配されるにしても、どうすれば少しでもエルフ族の待遇を良くできるか。それしか考えることができないのです」


 状況は絶望的だ。俺が手も足も出なかった龍兵と互角だということは、いまでも勝てる気はしない。龍兵というのがどんな存在なのかわからないし、他にどれぐらいの数がいるのかわからないが、まともにぶつかるのは避けたい。

 だが、それにしては腑に落ちないことがある。


「魔獣使いのアデルは……どうして二人の結婚に反対しているんだ? ビリーが打算で結婚をするつもりなら、反対する理由はないだろう」

「……感情です。アデルは嫉妬深い悪魔族の娘……ビリーのことが好きのでしょう」

「……そのために、女王より美しい娘を連れてくると言っていたが……矛盾していないか?」

「アデルがそばにいるのに、ビリーは私との結婚を決めました。つまり、アデル自身に魅力がなかったのだと、アデル本人が思ったのでしょう。だから……ビリーの結婚そのものを防げさえすればそれでいいと考えているのでしょう。もともと、アデルは配下であると同時に、愛人でもあると噂されていました。結婚されて、関係が終わるのが嫌だったのかもしれません」


 話していて、女王が見た目ほど幼くないことはわかり切っていた。エルフが長命だからか、女王となると成長しないのかはわかない。


「最後に教えてくれ。ビリーと結婚したいと思うか? 感情として」

「……そんなはずがないでしょう」

「なるほど。だからエルフたちは女王がかわいそうだと言っていたのか……ビリーに惚れているというのは方便なんだな。もし……ビリーを倒せたら……頼みがある」

「ビリーを倒す……夢物語ですが、これほど言ってわからないのなら、試してみるのもいいでしょう。ただし、エルフ族を巻き込むのはやめてください」

「ああ。わかっている」

「頼みというのはなんです? あなたと結婚しろとでも?」

「いや。エルフの秘術を……」


 俺は、俺の頭の上で話を聞いていたアリスを持ち上げた。


「雄々しいカマキリですが……魂の器としてはそぐわないようですね。わかりました。エルフの秘術をもって、よいように取り計らいます」

「……頼む」


 俺が言うと、アリスは珍しく、俺の指を優しく撫でた。






 俺は、エルフの女王フェラリーリの元を辞した。

 森の深奥から一歩出ると、女王を守っている木の蔦や水流さえ見えなくなった。実在しているのだろうが、俺には認識できなくなっているのだ。


「ビリーを倒す。それしかないわね」


 俺の頭の上で、アリスが力強く言った。


「ああ。その後どうなるかはわからないが、まずは火鬼のビリーを倒さなくてはならないだろうな。しかし……ビリーは龍兵と互角だという。龍兵と、以前俺も戦ったが……その時にはまったく敵わなかった。強敵だ」

「それは、どのぐらい前?」

「……奴隷として剣闘士をやっていた頃だから、半年以上前か」

「その時は、どのぐらいのレベルだったニャ?」


 話を聞いていたのか、バックパックのララが顔を出した。


「勇者レベル16だ」

「今はもう、レベル23だニャ?」

「まあ、な」

「なら、大丈夫だニャ」

「ああ……」


 俺は、それ以上言えなかった。レベルは確かに上がったが、ホライ・ゾンには身体能力でまったく敵わなかった。龍兵にも、現在でも敵わないのではないかという思いがあったのだ。レベルが上がるとステータスも数値上はあがるが、本当に身体能力が上がっているという保証はどこにもない。

 だが、逃げることもできない。俺が覚悟を決めながら歩いていると、森の深奥に案内してくれた女エルフが待っていた。


「どうでした?」


 エルフが何を聞きたいのかわからなかったが、俺は簡潔に答えた。


「火鬼のビリーを倒す。そうすれば、秘術を授けてくれるそうだ」

「ビリーを? 辞めてください。現在、森はビリーに守られているのですよ」

「それは、ビリーが倒されれば別の魔物の侵略を受けるということだろう?」

「……はい」


「ビリーはエルフの森の力を欲している。女王が結婚するのは、自分が汚れればエルフの森の力が汚れ、力を失うからだ。ビリーの手に渡さないためだけだ。ビリーがいなくなっても、すぐに別の魔将軍が飛んでくるということはないだろう。エルフたちが自分で森を守れるように、俺も協力する」

「あなたに、一体何ができるというのです?」

「少なくとも、エルフたちをまとめて吹き飛ばすことはできる」


 実際にやったことだ。その中に、目の前のエルフの女もいた。女は舌打ちをしたが、それ以上は言わなかった。


「エルフの森を狙う魔物は少なくありません。相応の覚悟が要りますよ」

「わかっている」


 俺に、再び目隠しが渡された。

 帰りは、来た時よりも随分短く感じられた。






 魔将軍火鬼のビリーは、エルフの森全体を見渡せる小高い丘に、岩を積み上げた塔を築いて住んでいるらしい。

 元の場所、エルフの森の入り口に戻って来てから目隠しを外され、俺は再びエルフに囲まれた。


「女王から承諾された。俺は、火鬼のビリーを倒す。止めるのならば、俺は抵抗する」


 エルフたちは顔を見かわした。その中に、知っている顔かあった。ロマリーニだ。仲間たちにすっかり受け入れられたようで何よりだ。もう、友達じゃない。


「その言葉が真実かどうか、いずれ分かるだろう。手助けはしない。火鬼のビリーの怒りがエルフに向かうようなことにならないかぎり、邪魔もしない」

「十分だ。感謝する」


 それから、俺は勝手にエルフの森を徘徊する権利を得た。俺はエルフの森の侵入者で、火鬼のビリーの首を狙う人間たちの刺客だということになったらしい。

 カマキリのアリスのためだとはいえ、随分な扱いだ。

 ビリーの塔は、鬱蒼とした木々の隙間から見ることができた。いかにも鬼が支配する塔にふさわしい外見に、俺はすぐに目をそらして身を隠した。


「どうするの? このまま乗り込む?」


 アリスが尋ねて来た。アリスの寿命はいつ尽きるともしれない。焦るのはわかる。昆虫の寿命は短い。


「このまま乗り込んでも、勝てるかどうかわからない。利用できるものは利用しよう。5日後、ビリーの愛人の魔獣使いアデルが戻ってくる。ビリーは結婚の意思を変えないだろうから、喧嘩になる。その隙を突こう。アデルに取り入って、ビリーと本気で戦いたくなるように吹き込むんだ」

「悪どいニャー」

「よく、そんな酷いことを考えるわね」


 俺は正論のつもりだった。むしろ、成功確率の心配をされるかと思っていたのだ。場合によっては、先にアデルという魔獣使いを殺すことになるかもしれない。


「そんなことはないさ。当然のことだ」

「アデルを味方につけるということは、悪魔族のアデルを垂らしこむニャ? 大した自身だニャ」

「不潔よ」

「えっ? そうこうことになるのか?」

「そうするしかないニャ」


 想定外だった。ピノの温もりを忘れられないまま、俺はアデルとどんな勝負をすることになるのだろうか。

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