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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
10/195

10 余計なことを言うな。腹が減るぞ

 俺の腕の中で、少女は盗賊となる夢を語った。

 俺はその言葉の裏で、命を落とす危険性や、官憲に捕まって拷問を受けることしか想像できなかった。


「剣奴になって、自由の身になるなんて、夢だよ。命がいくつあっても足りない。それより、盗賊になって、欲しいものを盗みなよ。財宝だって、女だって、欲しいだけ盗めばいい」


 少女『女』と言ったのは、特定の1人のことだけを言っているのはわかった。


「ごめん。ファニーに嫌われたくないんだ」

「死んでも?」

「ああ。死んだ方がいい」

「まあ、カロンがそう言うってことはわかっていたよ。お姉ちゃん、盗賊なんて大嫌いだったしね」


 少女は、俺の腕の中から立ち上がった。

 すらりとした細い手足が、星明りで幻想的に映し出された。かつて、俺がいた世界で、ロリコンと呼ばれる人種の価値観が、少しだけわかったような気もする。

 確かに、これは素晴らしい生き物だ。


「すまないな」

「いいって。あたしも、誘っても無駄だと思っていたし。でも……剣奴が自由になる方法は、二つあるって知っている?」

「いや」


「カロンも知らないことがあるんだ。一つは、王様の目に止まって、それまでの成績を認められて解放される場合。もう一つは、金持ちの目に止まって、奴隷として買われる場合。奴隷なのは変わらないけど、強さとかを評価されて買われるから、普通の奴隷よりずっと待遇がいいはずだよ。剣奴が一万人に1人しか生き残れないっていうのは、王様に自由にしてもらえる人で、誰かに買われて剣奴を止める人って、意外と多いみたいだよ」


「……君が、金持ちになって買ってくれるのかい?」

「買われるのが嫌なら、拒否もできるみたいよ」

「しないよ。買ってくれるのが、君ならね」

「お姉ちゃんに会ったら、今の言っちゃうぞ」


 少女は笑った。冗談だとわかる。俺も笑った。少女は去ろうとした。俺は、最後に尋ねた。


「ところで君、なんて名前だっけ?」


 少女はカンカンに怒ったが、フラウという名前だけは教えてくれた。






 翌日、俺は剣奴として買われた。

 奴隷商人は俺を検分し、まず俺の若さに喜んだ。若い剣奴が死ぬ様は、貴族のご婦人たちに受けるのだそうだ。

 カロン少年の14歳という年齢は、剣奴となるのには異例の若さらしい。好き好んで奴隷になる者は多いが、剣奴になるのはごく稀で、ほとんどが罪人か、生きることを諦めたような人々が多いということだった。


 奴隷商人が提示した金額が意外なほど高額だったらしく、見送りに出ていた村人が喜ぶのがわかった。狩人のズンダもまだ逗留していたらしく、俺を送ってくれた。俺なら、きっと生き残れると言ってくれた。俺も死ぬつもりはないが、ズンダが泣いていた。俺のことを知るズンダから考えても、死ぬ確率のほうがずっと高いのだとわかった。


 母親の姿はなかった。

 剣奴以外の子供の奴隷も何人か買われていた。その中に、フラウの姿はなかった。

 俺は両手足と首に鉄に輪を嵌められ、サイのような巨大な獣が曳く車輪のついた檻に入れられた。






 奴隷商人に従って様々な村を巡回するのだと思っていたが、一つの村で買うと、まっすぐに王都に行くらしい。王都で仲買人に売り、それから別の村に行くというのだ。だから、巡回には時間がかかるし、村では巡回を待ち受けるのだ。


 奴隷商人はただ奴隷を仕入れるだけでなく、生活に必要な物品や保存のきく食料の売り買いもしていた。俺は青銅貨30枚をアイテムボックスに入れたままだったのを思い出したが、両手を拘束されたままで取り出すのはあまりにも不自然なので、黙って商人と村人の取引を眺めていた。

 剣奴として売られたのは、この村では俺だけだったようだ。


「王都までは10日かかる。死ぬなよ」


 奴隷商人は俺にそれだけ言うと、俺がいる檻だけを先に出発させた。他の子供たちは、身なりを整えさせていたが、俺だけは見向きもされなかった。

 高値で売り買いされる子供奴隷と、ただ死ぬことを見せるための剣奴の差というものだろう。奴隷の中でも、あきらかに待遇の差がある。

 どうやら、この世界はどうしようもなく鬱であるだけでなく、厳しい格差社会でもあるようだ。






 サイのような巨大な獣と、それを操る小柄な影だけが、俺の旅の友だった。

 友というほど親しくはないが、奴隷商人はしばらく村に滞在してから出発するらしく、他に誰もいないので、友と思っておくことにする。


 どうやら、小柄な影は人ではないらしい。全身をフードつきの粗末なローブで隠しているので肌は一切露出していないが、動きや振る舞いをみると、子供とは思えない。

 俺は、この世界の言語を知らないが、意思の疎通はできる。

 ならば、人間でないものたちにも通じるのではないだろうか。奴隷商人に従っている以上、意思疎通が可能な存在であるはずだ。


「あんた、なんて名前だ?」


 俺は、試しに日本語で話しかけた。いままでも、日本語でしか話していなかったが、通じたのだ。

 今度も同じだった。


「ゲコ。ゴブリン族だ」


小さな影は、ちらりと俺を振り向き、すぐに前方に目を戻した。ゲコは、サイのような巨大な獣の背にまたがっていた。


「ゴブリン族か……人間が憎くはないか?」


 ゴブリン族と聞き、俺は嬉しくなった。俺の知っている種族だったからだ。ゲームの中では、序盤に出てきてレベルアップの餌になる存在だ。一般に弱く、主人公たちに乱獲される印象しかない。話している言語は、人間と同じだと感じられた。俺は実際に言葉を理解しているのではなく、頭の中で翻訳してくれているので、詳しくはわからないが。


「一族は殺されたらしい。小さな頃、俺は旦那に拾われた」


 誰に、どのように殺されたのかは、教えられていないのだろう。ひょっとして、殺したのは奴隷商人たちかもしれない。ゴブリンだから売れなかっただけなのではないだろうか。


「そうか」

「余計なことを言うな。腹が減るぞ」

「……そうだな」


 あまり、おしゃべりは好きではないらしい。俺も、ゴブリンと親しくなってどうしようとは思わない。剣奴になると決めたのだ。逃げたいとも思わなかった。

 だが、10日も一緒だったのだ。俺はゴブリンから、とても多くのことを教えられた。






 ゴブリンのゲコが知っている世界は、この世界全体のごく一部でしかなかったが、そのごく一部ですら知らなかった俺にしてみれば、頭に収めきれないほどの量だった。

 俺はいくつもの質問を重ね、ゲコは俺があまりにも物を知らないことに笑いながら、喜んで知っていることを教えてくれた。おしゃべりが嫌いなのではなかったのだ。ただ、人間と話すこと自体を嫌っていたのだ。


 わずかでも打ち解ければ、ゲコは気のいいゴブリンだった。

 ゲコが知っているのは、ただこの国のことだけだった。人間が国を作り、王がいて、貴族や平民といった階級を作っているらしい。どの世界でも、同じような歴史を辿るのだろうか。


 王が住む都は高い壁に囲まれているらしい。壁の中には王族、貴族、平民が住んでいるが、平民の出入りは厳しく規制されており、もともと王都の生まれか、特別な資格を得たものしか出入りできない。唯一の例外は奴隷で、壁の外で生まれた者が壁の内側に入るには、奴隷になるしかないらしい。


 王都以外にも様々な都市があり、街道が整備されているが、奴隷の売り買いは制限されており、王都でしかできないのだ。犯罪の防止のためだとゴブリンは言ったが、俺は王族が自分の利権を守る手段でもあるのだろうと思って聞いていた。


 それらのことを、ゴブリンが順序立てて教えてくれたわけではない。ゴブリンの話は大部分、自分の生活やメスゴブリンの評価、雇い主の話、面白い村の習慣などだった。

 俺は、ゴブリンのゲコが語る世間話から、記憶をより分けて情報を整理したのだ。ちなみに、ゲコは王都の中には入ったことはないらしい。ゴブリンはモンスターの中でも人間に形状が近いため、亜人として奴隷になれば入れるらしいが、毎日食べるものがある現在の生活にとても満足しているゲコは、王都の壁の内側など、まるで興味がないらしい。


 王都の壁の外側には、ゲコのように王都の中に入ることを望まず、だが王都の外で仕事をこなす者が住む集落が形成されているらしい。ゲコもその集落に住んでおり、奴隷商人が王都にいる間はのんびりしているのだそうだ。メスのゴブリンも、その集落に住んでいるのだろう。






 この世界についてのゴブリン目線からの情報を得ながら、俺は檻の中で寝て過ごした。

 毎日がたがたと揺られていたが、横になるスペースがあったので苦痛ではなかった。これが、檻の中にびっしりと並んで移動していたら、随分辛かっただろうと思う。


 10日経ち、俺は檻の中から、王都の壁を見上げることになった。

 高さにして10メートルほどか。近代日本を知っている俺からみれば驚嘆するほどのものではないが、この世界の労働力で考えれば、相当な作業だったに違いない。

 ゴブリンは、この壁際にまっすぐ行くと、うまいキノコの群生地があるのだと教えてくれた。まあ、ゴブリンの言うことだ。人間には毒かもしれない。


 通用門と思われる小さめの扉が開き、兵士と思われるお揃いの鎧を着た男たちが何人か出て着た。俺は、洋物の映画で見た中世騎士を思い出した。格好いい、とつい口に出した。

 俺のつぶやきは無視され、兵士がゲコに話しかけた。何事か会話を交わした後、俺は檻から出された。兵士が近づき、俺の目に目隠しをした。


 剣奴になりたがる者は、腕におぼえがあることが多いのだろう。逃亡できないようにもするために、王都の中を見せないつもりなのだ。

 俺に目隠しをしながら、兵士は仲間同士で話していた。


「まだ、若いのにな」

「ああ。最初の試合を生き残れれば、見込みはあるかもな」

「無茶を言うなよ」


 俺はどうやら、最初の試合で死ぬものだと思われているらしい。

 目を隠されたまま、俺は最後にゲコに世話になった礼を言うと、ゲコが飛び上がらんばかりに驚いた。

 兵士に掴まれて、移動する。

 通用門をくぐったのだろう。空気が変わった。


「ゲコの奴、どうしてあんなに驚いていたんだろう」

「ゴブリンに礼を言う人間なんかいない。だからだろ」


 俺の問いかけに、初めて兵士が返してくれた。俺は会話を続けようとしたが、鎖を掴んで俺を誘導している兵士が別人に変わったのがわかった。

 さすがに、どんな風態をしている何者かわからない相手に対して、話しかけるつもりにはならず、俺は黙って誘導されていた。


 それがいつまで続いたのかはわからない。

 音と匂いで判断する限り、埃っぽい場所で、金属がぶつかる喧騒がうるさい。

 どうやら、稽古をしている者がいるらしい。

 ならば、俺が寝起きする場所が近いということでもある。

 俺を誘導する者が止まった。これまで、ひとことも発することはなかった。

 だが、突然大声を出した。


「親分! 新入りだ!」

「親分って呼ぶな! いま行く!」


 俺はしばらくそのまま立たされ、しばらくして、目隠しを外された。

 俺の前に、豚が立っていた。


明日は仕事の都合で更新をお休みします。ご了承下さい。

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