1 戻ってこられない可能性があります
今回は長く続けようと思います。
割と過酷な異世界で、ゲームシステムだけを頼りに主人公が生き抜くお話です。
ある程度強くなったら、魔王とか登場します。
俺は荒れていた。
せっかく貯金を取り崩して予約注文した、最新のバーチャルゲーム機が発売中止になったからだ。
頭部と両腕両足、胴体に部品を装備することで、実際の動きと連動した、まるで異世界にいるかのような感覚を味わえるという謳い文句だった。
これまでにも、似たようなゲーム機は山ほど発売されていたが、実際にプレイした感想としては、高度な作りであることはわかるが、作り込みが足りない、というものだ。
まず触感がなかったり、想定されていないエリアには歩いて行くこともできなかったりなど、まるで自分がマネキンにでもなったかのような感覚では、いくら視覚的に優れたものでも、その気にはなれなかった。
いままでは見送ってきた俺が、ついに購入を決めた理由は、何よりもゲーム機本体価格の高さだった。
普通の学生ではまず手が出ない、アルバイトを数年続けていようやく購入できるほどの、非常識とも言える発売価格で、それだけにメーカーの意気込みが感じられた。
予約注文も限定発売であったため、俺は抽選に申し込み、そのために嫌いな清涼飲料水をケースで購入した。
結果として、余分な散財をしたものの、ゲーム機の購入が可能な権利を獲得し、発売日を指折り数えていた。
今日がその日だった。
まさに、俺が折った指越しに聞いたニュースである。
俺はテレビを消して、ふて寝するつもりだった。
玄関のインターホンが鳴らされた。
「宅配便です」
無視したい心境だったが、さすがに宅配便を無視するのは気の毒だ。
俺は玄関の扉を開け、サインをしてダンボール箱を受け取った。
『精密機械』と書かれた商品表示と、ゲーム機開発メーカーのロゴの入ったダンボールに、目が釘告げになった。
俺は上の空で宅配物を受け取ると、名義が俺自身であることを確認し、無我夢中で包装を破り捨てた。
中には、俺が待ち望んだ品物が入っていた。
ヘッドギア、ハンドギア、レッグギア……複数の装着具を全身に取り付ける。ゲーム機本体はインターネットに接続する必要がある。
テレビがうるさかった。俺は、インターネットへの接続を続けながら、集中を邪魔するテレビを消そうとした。
テレビのリモコンを取り上げた俺の手が止まる。
『臨時のニュースです。本日発売中止となったゲーム機が、一部誤配送されたことが判明しました。メーカーは回収を急いでいるとのことです』
俺はリモコンを戻し、手元の、最近にしてはいかついゲーム機を見下ろした。
誤配送、つまりは欠陥品だ。
接続しても、動かないだろう。
だが、全身にはパーツを取り付けた。本体をインターネットに接続済みだ。
後は、設定を読み込むだけだ。いま、ダウンロードしている最中なのだ。
このゲーム機には、ソフトを買わなくても遊べるいくつかのゲームがパッケージされており、某大作ロールプレイングゲームのシナリオライターがかかわった新作ファンタジーがセットされているというのも、売りの一つだ。
もともとファンタジー系のロールプレイングゲームが好きだった俺は、迷わずそのゲームに設定を合わせ、読込と同時に始まるよう登録を済ませる。
読込完了の文字が、モニターに踊る。画面は小さい。ゲームとしての画面は、ヘッドギアから視覚に送り込まれる。だから、最小限の画面しか用意されていない。
動かないかもしれない。動かせば、深刻なエラーでも出るかもしれない。だが、俺は好奇心には勝てなかった。
誤配送だと言っていのだ。もし、機器が壊れるようなことがあっても、俺が責任を問われることはないだろう。
俺は、再びヘッドギアを頭にセットし、接続スイッチに手をかけた。
テレビの声が聞こえる。さすがに、もういいだろう。消してしまおうと手探りでリモコンを探したが、見つからなかった。ヘッドギアをしたままでは、外の様子は見えないのだ。
別に、テレビぐらいついたままでも問題はない。ゲームが全く始まらない可能性のほうが高いのだ。
俺は、そのままゲーム機を起動させた。万に一つ、ゲーム機としての完成度でも実感させてくれるような感覚が味わえれば、まだ待てる。本当の発売日まで待てばいい。そう思っていた。
テレビの声が聞こえてきた。
『非常に危険です。万が一、誤配送された方は、絶対にゲームの世界に入らないでください。戻ってこられない可能性があります』
えっ?
俺の指は、予定していた通りの動きをした。
ゲームが始まり、俺は、知らない場所にいた。
首に、激しい痛みを覚える。
視界は美しい緑だ。横たわり、森を見上げているようだった。
木々の間から、漏れ入る陽光が美しい。
ようだ、ではなく、俺は森の中で横になり、緑色の空を見上げているのだ。
どうして首が痛いのだろう。
さらに、刺すような痛みが走る。自分の肉が、えぐり取られている実感がある。
素晴らしい。肉が抉られる感覚まで再現したのだ。高価なゲーム機とは、ここまでの再現性があるのか。
などと呑気に考えながら、俺は痛む自分の首に手を当てた。
ごわごわとした感触が手に触れる。まだ、首には触れていないはずだと、腕に指示をした脳が訴える。
俺は頭をもちあげた 。
目の前に、毛の塊があった。
獣だ。
顔の形状からすると、オオカミだろう。目が6つあるのが気になるが、それは大きな問題ではない。問題は、そいつが俺の喉に食らいついていることだ。
俺の手が触れたのは頭だったらしく、6つの目があるオオカミは、動きをとめて俺を睨んでいた。
大量の血が滴っている。医療従事者でもない俺には、気持ちが悪くなる光景だ。だが、気持ちが悪くなるだけでは、本来は済まないはずだ。
何しろ、血を吹き上げているのは俺の体だからだ。
どうやら、俺はオオカミに襲われて死ぬところらしい。
実にリアルな世界観だ。というか、どんな始まりだ。と思いながら、俺は攻撃手段を探す。
殴れば一時的には追い払えるだろうが、どのみち俺自身が死にそうだ。死んでから食われるか、生きたまま喰われるかの違いだ。
戦う手段はないだろうか。俺はゲームだと信じきっているため、バーチャルゲームにありがちな、空中に操作キーが出ないかと試してみる。
出た。やはり、ゲームの中だ。
ステータス表示に、装備、アイテム、能力値など、色々なメニューがあり、俺は、自分が着ているのが粗末な衣服で、武器は尖った石を持っていることを確認した。
初期装備にしても、もう少し優遇されてもいいような気がする。しかも、所持金はゼロだ。
俺が呑気に設定を確認している間にも、オオカミは俺の肉を喰らい出していた。ステータスのヒットポイントがどんどん減っている。
最高値は15だが、すでに残り3しかない。ゼロになったら死ぬのだろうか。森で死に街で復活するのが、このゲームの普通の流れなのだろうか。
そうかもしれない。だが、シナリオには常に裏がある。
俺は、なんとか逆らってみることにした。
まず、武器を手に装備する。先ほどオオカミの頭を図らずも撫でた手に、尖った石が出現した。ステータス異常はない。ただ、瀕死なだけだ。
尖った石を、全力でオオカミの頭部に振り下ろす。
俺の力が足りなかったのか、オオカミはびくりと震え、俺を食うのを少し停止した。
だが、それだけだ。俺はさらに石で殴りつけた。オオカミは気分を害するだろうが、俺を食おうとしていたのだ。敵対するのをためらっている場合ではない。
何度か殴りつけると、さすがにオオカミは飛び退った。
距離が空く。6つの目が、凶悪に俺に向けられている。
どうやら、諦めてはくれないようだ。むしろ、とどめを刺してからゆっくり食おうと決めたように見える。
尖った石ではオオカミを倒すのは無理らしい。俺は魔法欄を呼び出した。
魔法は2つ、回復魔法のメディと、攻撃魔法のボヤだ。ヒットポイントを考えれば回復したいところだが、目が6つあるオオカミがどんな攻撃をしてくるのかわからない。回復しても、オオカミに一撃で俺を殺せるスキルなどがあった場合には無意味になる。攻撃を優先したほうがいいだろう。
俺の視界に、オオカミの名称が表示された。名称はオオカミ。そのままだ。とすると、目が6つあるのは、このゲーム世界の動物の仕様なのだろうか。
オオカミは、俺が動かないのを見て飛びかかってきた。
俺は動いていなかったが、何もしていなかったわけではない。魔法を選択していたのだ。
ボヤを選択する。何も起きない。
「ボヤ」
言ってみた。すると、オオカミが突如炎に包まれた。火力は大きくなさそうだ。オオカミが驚いて立ち止まり、ごろごろと転がった。転がっただけで、オオカミの火が消えた。
となれば、当然美味しいお食事である俺が再びランチに化けるだろう。
「ボヤ」
魔法の選択と詠唱を再び行う。この、魔法の名前を言うだけの行為が詠唱と呼べるかどうかは置いておき、俺の声と同時に再びオオカミが炎に包まれる。
ヒットポイントと同様にマジックポイントもあり、そちらは最高値15のままだっだが、2回のボヤで11に減っていた。1回につき、マジックポイントを2消費するのだろう。
俺はさらにもう1度ボヤを使用すると、オオカミがぐったりと倒れた。
頭の中にファンファーレが鳴り響く。これは、きっとレベルアップだ。
俺が確認すると、ステータス欄に、勇者レベル2と表示されていた。
レベルは始めたばかりだから、1だったのだろう。2に上がったのはありがたいことだ。だが、職業はいきなり勇者でいいのだろうか。
勇者というのは、いくつかの職業を極めて、その先にたどり着くものではないのだろうか。ゲーム機本体を楽しむための試供品のゲームということで、色々と手間を省いたのだろう。
俺は、地面で焼け焦げたオオカミを他所に、職業欄に手を当てた。
勇者の説明が表示される。
『勇者。特徴:低位攻撃魔法、低位回復魔法、低位補助魔法、低位武器スキル、極大攻撃魔法、極大攻撃スキル、勇者独自魔法、勇者独自スキルを習得する。成長は遅いが、ステータス上昇値は最も高く、最終攻撃力は全職で最強である』
まあ、勇者としてそれぐらいあってもいいだろうという設定だ。
別に文句もなかったので、俺はオオカミの死体に近づいた。
モンスターであれば、これがお金に変わったりするはずだが、どうも突然煙に包まれてお金に変化する、という様子はない。俺が眺めていると、オオカミの表示が『焦げたオオカミの肉』に変わっている。
一応アイテム扱いなのだろうか。おれはアイテム欄を確認し、現在何もない広大な空間があることを知る。
街に持って行き、売ることでお金を手に入れるシステムなのだろうか。俺はオオカミだった焦げた肉をアイテム欄に移した。目の間から肉が消えるのが、非常に奇妙な気がした。
このゲームは、機器についている試供品のはずなので、完成度は期待できないと思っていたが、それなりに遊べそうだ。
ゲームを始める前に、テレビの不吉な言葉を聞いたような気もしたが、始まってしまった以上、問題はなさそうだ。このまま2時間ぐらい楽しませてもらおうと思ったが、時間の経過を表す表示がどこにもない。
見回すように首を動かすと、時計はなかったが、自分がいかに輝くような世界に包まれているのかを知ることになった。
自然の緑に包まれた世界というのは、実に気持ちがいい。
どうせそのうち、モンスターに出くわすだろうが、森の中を散策するだけでもこのゲーム機を購入したのは無駄ではなかったと感じることができた。
まるで、異世界だ。オオカミの死体も収納したので、敵もいなければすることもない。俺は、せっかくなのでこの疑似世界を散策することにした。
木の根元にキノコを見つけたので手にとってみる。
手元にキノコ(食用)と表示される。アイテムボックスに収納する。食用の表示があるのだから、食べることができるのだろう。さっきのオオカミの肉とあわせて、鍋にでもしようか。などと思ってから、ここがゲームの中であることを思い出す。いくら精巧に作られた世界でも、味覚まで再現でできるわけではないだろう。
それでも、食用アイテムを集めて料理をする機能ぐらいはありそうだ。
新規にゲームを始める場合に、チュートリアルという説明モードがあるのが最近の流行だが、遊び方を自分で探していくタイプのゲームというのも存在する。
このゲームがそのタイプなのだろうと思い、俺は散策を続けた。
いくつかの食用アイテムを見つけては、ボックスに収納していく。ほとんどが山菜だ。中には(毒)というものもあったのが、せっかくなので採取した。弓矢に塗って狩りをするぐらいの仕様は実装していそうな気がしたのだ。
しばらく歩くと、木々が形作る天然の迷路によって、元の場所には戻れない程度には迷った。
もっとも、最初に俺が出現した場所に、ゲート的な何かがあったわけではないので、戻れなくても問題はない。
それよりも、マップ上で行くことができない場所というのが存在しない、自由の高さが嬉しかった。
いくつかの食用アイテムを収集して行く中で、アイテムボックスが意外に大きいことを知った。
空中に浮かび上がるアイテムボックスのアイコンに触れると、正方形に区切られた暗い画面が出現する。縦横に仕切られた100のマス目がひとつひとつ、アイテム収納欄であり、ボックスをスライドさせると、次のページが出現する。10ページまで数えて、面倒になってやめた。しかも、同じアイテムは重ねられるようだ。
このゲームは、きっと沢山のアイテムを集めて、合成して新しい別のアイテムを作成する仕様があるのだろう。そうでなければ、この収納数は説明がつかない。
ならば、山菜を集めて鍋料理をするという発想は間違いではなかったのだ。
できれば、もう少し肉が欲しいと思っていたところに、ちょうど肉のほうからやってきてくれた。
目の前の下草が揺れ、6つの目を持ったオオカミが再び姿を見せた。