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夏の小さな蝉時雨

作者: 硫黄鉄 亜鉛

この物語はフィクションです。自分は恋愛したことがないのでいろいろ足りないところがあるかもしれません。さらに自分には文才もないので読みずらいかもしれませんが、是非見ていただけると幸いです。

「またダメか……ハァ……」


蝉の声が鳴り響く小さな公園。ベンチには一人の青年が座っていた。

高校三年生である彼、立花たちばな けいにとっては夏は就活に忙しい時期である。

しかしどの会社もなかなか雇ってくれず、景は時折この公園に来てベンチに腰掛けていた。

目の前では小学生が男女入り交じって鬼ごっこやかくれんぼをしていた。


「いいよな……子供は何も考えず遊んでればいいし。こんな思い悩むこともないんだろうな…」


別に誰に言ったわけでもなく、独り言を呟いたつもりだったのだが、


「……そう?」


いつの間にか目の前で遊んでる子供たちと同じくらい歳の髪の長い可愛らしい女の子が景の隣に座っていた。

そして女の子は続ける。


「私はあいつらと遊んでも何も楽しくない。なにが楽しいのかわからないの。」

「………それが悩みなのか?」

「別に悩みって程でもないけど……何も感じでないわけじゃない。」

「そっか……」

「そう。」

「…………」


会話が終わってしまった。この女の子はどこか他の子供たちより大人びてる気がする。

風で女の子の長い髪が揺れる。


「……ところで、なんで俺に話しかけてきたんだ?遊びたいわけじゃないんだろ?」

「……私は、1人で本を読んだりしてるのが好き。あなたもそうでしょ?」

「……まぁ、外で活発に遊ぶタイプじゃあ無いかな。」


景の髪型は少し長めでボサボサしていて、服装もユニクロで値段重視で揃えたオシャレの欠片もない服装だ。どうみてもこれが外で遊ぶタイプに見えるはずがない。


「だから声をかけた。私と同じ匂いがするから。」

「なるほど……。君、名前は?」

「小学生に名前を尋ねるなんて、もしかして危ない人なの?」

「違うわ。ガキにそんな感情抱かねぇよ。」

「つまり私が子供じゃなければそんな感情を持ってたと?」

「そうじゃねえって!!」

「ふふっ」


女の子はクスクス笑う。


「貴方、面白いね。私は如月きさらぎ なぎさ。あなたは?」

「俺は立花 景だ。よろしく。」

「うん。よろしく。景。」


渚がにこっと笑う。

渚が見せた純粋な笑顔に見とれかけ、慌てて首を振る。俺はロリコンじゃないと言い聞かせながら。


気づけば空は少しオレンジ色に染まっていて、時計の針は6時を過ぎていた。小学生は帰る時間帯だろう。


「じゃあ、私は帰るけど、明日もここにいる?」

「まぁ…多分な。」

「わかった。じゃあね。」


小走りでとてとてと走っていく姿は会話からはわからない渚の小学生っぽさだろう。幾ら心が大人びていても体はまだ全然子供だ。


「変わった子供だったな……」


ふと呟く景。頭上を飛ぶカラスの声がやけに耳に残った。



家に着くと飼い猫が出迎えてくれた。


「おーよしよしただいまー。元気してたかー?ムラマサー!」


飼い猫の名前はムラマサ。少し痛い気もするが、景本人はカッコイイと思っているため何も言わないでおいたほうが正解だろう。

景は一軒家に一人暮らしで、親の仕送りだけでやりくりしている。両親の仕事は弁護士で、かなり給料がいいので月々送られてくる仕送りで充分やっていけるのだ。

景は冷蔵庫からビンコーラを取り出し、蓋をあけた。

プシュッと景気のいい音を聞きながらそれを飲もうとした時、


ピンポーン。


家のインターホンが鳴った。


「なんだよこんな時間に……」


キャップの開いたコーラをテーブルの上に置き、チェーンをしたまま玄関のドアを開ける。


「はい…どちらさま…って、お前かよ……」


ドアの前に立っていたのは景の唯一の友人であり親友、安形あがた 宗一郎そういちろう。イイトコのボンボンだ。


「いやー、親と喧嘩してよ!だからちょっと泊めてくんね?」

「はぁ?それお前の親にバレたら怒られると思うんだけど。」

「大丈夫大丈夫!問題ねぇって!」

「お前の親めちゃくちゃ怖いんだよなぁ…ったく……待ってろ。」


一旦ドアを閉め、チェーンを外し、再び開ける。


「ほらよ。」

「サンキュー!いやー!お前ん家一人暮らしの割に広いから助かるぜー!」

「布団は俺のしかないからお前ソファーな。」

「ほーい」


宗一郎は玄関で靴を脱ぎ(散らかして)、リビングに走っていった。


「ったく……ホントにイイトコの跡継ぎなんて信じられねぇよな……」


宗一郎の脱ぎ散らかした靴を整え、景もまたリビングに向かった。


既にコーラの炭酸は抜けていた。


次の日。

金曜日なので普通に学校があるのだが、まぁ、失敗続きで学校に行く気にも慣れなかった景は、学校をサボりどこかに出かけることにした。


家で寝ている宗一郎を置いたまま。



どこかに出かけると言っても特に行きたい場所も無いので何となくいつもの公園に来た景。

もちろん平日の朝から人なんているはずも無く、せいぜいじいちゃんが犬の散歩しに来てる程度だった。


「やっぱり来てないか……」


そこで景はふと違和感に気づく。

なぜ自分は渚の姿を探したのだろう。昨日会ったばかりの小学生の姿を。

彼にはその理由が分からなかった。

景は昨日と同じベンチに座り、空を仰いだ。



ふと目を開けると太陽の位置はかなりズレていた。どうやら寝ていたらしい。


「ん………今何時だ……?」

「もう4時。学校もいかないで何してるの?」


その声は膝の上から聞こえた。


「って、うわぁぁ!?な、何してんの!?」

「何って、膝枕。」

「いや、見ればわかるけども!!」

「じゃあ何?」

「いや何で膝枕してるのってことだよ!!」

「なんでって…膝があったから?」

「だから………ハァ…もういいや。」

「そう?じゃ、遠慮なく。」


そのまま景の膝に頭を預ける渚。


「………」

「………」

「………友達と遊ばないの?」

「…昨日はたまたま誘われたから来ただけ。」

「んじゃあ1人なの?」

「うん。」

「なんで?」

「なんでって……なんとなく」

「さっきからそればっかりじゃねえかよ…」


渚がそっぽ向きながら答える。夕日のせいか、どこか頬が赤い気がした。


「……いつまでこうしてるんだ?」

「飽きるまで。」

「飽きるのかよ……」

「飽きない。」

「ずっとじゃねーか。」

「ずっとこうしていたい。」

「そんなに人の膝は居心地が良いですかそうですか」


誰でもいいわけじゃないんだけど、と口に出したくなる渚だったが、癪なので言わない。


「ねぇ景。明日暇?」


突然渚が景に尋ねる。


「まぁ、暇だけど。」

「少し出かけない?」


鼻から胃液が吹き出るかと思った。


「は!?おま、そ、それはアカンやろ!」

「なんで関西弁?」


彼女どころか女友達もマトモにいない景が小学生と出かけてるところを知り合いに見られでもしたらきっと次の学校ではロリコンの話題で持ちきりだろう。しかも昨日出会ったばっかだ。ヤバイ。


「さすがに無理だって……渚こそ、親に怒られるんじゃないのか?」

「それはありえない。そもそもパパとママも私を可愛がりはしても面倒は見ないから。」

「……なんだよそれ。」

「うちのパパとママは共働きで基本朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくるの。たまに帰ってこないし。だから夜ご飯はいつも1人でカップラーメン食べてる。」

「………」


その話を聞いた景は、どこか不愉快な気分だった。

可愛がりはしても面倒は見ない。

まだ小学生の女の子にはいくらなんでも厳しすぎる。


「……決めた。」

「?何?」

「今日うち来いよ。」

「……え?」

「うちは一軒家に一人暮らしだ。小学生一人増えたところで大して問題はない。親には友達の家に泊まるとでも言っておけ。」

「……でも」

「毎日は無理だけど、寂しい思いをする時間も減るだろ。」

「……いいの?」

「気にすんなよ。俺も暇だしな。」

「………わかった。ありがと。」

「おうよ。」

「とりあえず私は帰って荷物持ってくる。着替えとか。」

「俺はここで待ってるよ。」

「うん。待ってて。」


とてとてと走り去る渚。やはり何度見ても走り方は子供っぽい。


「にしても、なんで俺もここまでするんだか。」


もしかしたら俺はロリコンなのかも知れない。と思った景だった。



「お待たせ。」

「お、早かったな。」


大きな肩掛けバッグをフラフラしながら渚は戻ってきた。つらいのを顔には出してないが、足がプルプル震えている。


「……持つよ」

「いい。軽いから」

「足震えてる」

「………」


顔を赤くしながら荷物を押し付けるように景に渡した。


「んじゃ、いくか。ここからはそんなに遠くないし。」



家の鍵を開けると、宗一郎が飛びついてきた。


「うわぁぁぁぁぁぁん景のばかぁぁぁぁぁ!!!丸一日も俺を閉じ込めてどっか行くなんてぇぇぇぇぇ!!!」

「あっ」


完全に忘れていた景である。


「景、一人暮らしなんじゃないの?」

「コイツ昨日泊めたのすっかり忘れてた……」

「………」


景を見る渚の目は北国もびっくりなくらい冷たかった。


「グスッ……あれ?景、その女の子は?………!!景!!モテないからって幼女に手を出しやがって!!このクズンゴペァ!!」

「うるせぇ馬鹿野郎!これには理由が会ってな……」

「なんでその人を殴り飛ばしたの…」


尚、まだ玄関である。


「という訳だ。」

「なるほど。つまりロリコンな景は女子にモテないのが辛くて小学生に手を出したと。このクズゴパァ!!」

「何も聞いてねぇじゃねえかこの野郎!!」

「だからなんで殴り飛ばすの…」


部屋に入った景は、宗一郎に優しく説明をする。


「冗談!!わかってるから!殴るのやめて!」

「……ならいい」

「……さて、まぁ、家に置き手紙なり何なりしたんだろ?嬢ちゃん。」

「う、うん……(嬢ちゃん?)」

「なら大丈夫っしょ。1日くらい。」

「だよな……お前ならわかってくれると思ってたぜっ」

「さんざん殴っといてなに言ってんだよ」

「愛のムチって奴だ」

「きもっ」


そんな景と宗一郎の会話を見ていた渚はふと思う。やってる事は同い歳の子供たちと何ら変わらない。ただのふざけ合い。だけどなぜこんなにも見ていて笑顔になれるのか。


「あの……2人ってなんで仲良くなったの?」


そんなことを考えていたからだろうか、渚はつい2人に聞いてしまった。


「仲良く……なんでだっけ?」

「景とはじめてあったのって確か小学4年の……夏、だっけ?」

「あぁ、お前がいじめられてた時か」

「そうそう!!お前にな!!」

「……えっ?」


2人が笑顔で話し合ってる姿に疑問を抱かざるをえない渚。


「待って?えっ?景が?宗一郎さんを?虐めてたの?」

『うん。』


二人揃って何の疑問もなく答えた…。


「まぁ、虐めつったって小学生のやる事だからたいしたことじゃないんだわ。だから俺も笑って受け入れてたんだよ。」

「でもあれだよな。たしか他の奴らも調子のってお前をいじめだしてさ。名前忘れたけど。」

「その時にブチ切れたのは俺じゃなくて景だったんだよ。そのいじめっ子に景なんて言ったと思う?」

「え、なんだろう……『いいぞもっとやれ』とか?」

「俺そんなカスに見えます!?」


人を虐めてる時点でカスだという事は黙っておく渚。


「違う違う。あの時景はこう言ったんだぜ?『こいつを虐めていいのは俺だけだ!!二度と宗一郎に近づくな!!』って!!意味わかんねぇよな!!」


目尻に涙を浮かべながら爆笑する宗一郎。それに比べて景の方は少し恥ずかしいのか顔を赤くしてそっぽを向いた。


「いや、なんかあの時はじぶんのおもちゃを取られた気がしてさ……我ながら今思えば自分でも意味わかんねぇと思う。」

「いやー、あの時はほんと訳わかんなかったわ!!そう言えばあれから全くお前にいじめられた記憶ないんだけど、なんで?」

「んー、なんとなく?」

「自分で『虐めていいのは俺だけだ』とか言っておいて?」

「うん」

「ハハハ!ほんとわっけわかんねぇな!!」

「………」


話についていけない渚だったが、2人が楽しそうなので何も言わないでおいた。


キュルルルル〜〜〜………


「おっと、渚、腹減ったか?」

「ち、違うの!これは、な、何でもないの!!」

「いいじゃんかよ別に腹が鳴ったくらい!ま、俺も景も朝昼なにも食べてないから丁度いいんじゃね?」

「ま、そうだな。二人ともちょっと待ってろ。適当になにか作ってくる。」

「ほーい」


手をひらひらと振り、テレビの電源を付けた宗一郎。そんな事より渚は気になったことがあった。


「えっ、景料理出来るの!?」


そんな渚の言葉ににやりと笑う景。


「紳士の嗜みって奴だ。」


「す、凄い……」


景が料理を作ると言って台所に向かってから1時間後、目の前のテーブルには、パエリア、マリネ、チキンソテーなど、見栄えのいい洋風料理が並んでいた。


「だろ?親がいないとゲームや読書だけじゃ暇だから飯作りにも手を出してみてさ。やってみたら割と出来た。」

「ほんとこういう所器用だよな……引きこもりのくせに。」

「うるせ。お前の飯無しな。」

「マジすんませんした。」

「まぁいい。ほら渚。食ってみろよ。」

「あ、うん……いただきます」


渚はパエリアを1口食べる。


「あっ……美味しい……」

「だろ?気に入ってくれたようで何より。」

「俺も食う!!」

「勝手にしろ。」

「冷たい!!」

「アハハハ」


渚にとってこんなに楽しい時間を過ごしたのは初めてだった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「あぁぁぁ食った食った」

「お前はオッサンかよ…あ、そうだ。渚。先風呂入ってこいよ。お湯沸いてるから。」

「あ、うん、ありがとう」

「おい景!お前渚ちゃんが浸かった後のお湯に浸かってオカズにするつもりだろ!!ほんと最低なロリコン野郎ウベァァァ!!」

「違うわ!!小学生の前で変な事言うな!!」

「オカズ…?この後もなにか食べるの?」

「何でもないから!気にしないで入っておいで!」

「う、うん…」


いろいろ大人っぽい感じの子だとは思っていたが、やはり知識は子供だな、と思った景であった。


渚が風呂から出ると、宗一郎は既に家に帰った後だった。

景はテレビの電源をつけたまま、ソファーの上で膝の上に猫を乗せて寝ていた。


「どうしよう……私どこで寝れば……」


とりあえず景を起こそう。これからどうすればいいのかわからないし。


「ちょっと……景……景ってば……」

「……んんん………」


全く起きない景である。

渚も渚で、幸せそうに寝ている景を起こすのは忍びなくてほんとに小声で声をかけてみただけなのだが。


「どうしよう……って、キャッ!?」


突然景に抱きしめられて驚く渚。


「な、何!?どうしたの!?景!!」

「………コッペパン……」

「……へっ?」

「………へへっ……」


どうやら寝ぼけているらしい。


「…ビックリした……でも、どうしよう……」


小学生の渚には、高校生の景の力には到底かなわない。どんなに力を込めてもうんともすんとも言わない。


「…………ぇへへ」


まぁいいか、と景に抱きつかれたまま眠りにつく渚だった。


さて、状況を整理しよう。


ソファーで寝落ち→朝チュンで起床→腹部に熱を感じたのでムラマサだと思い撫でる→渚だった←今ココ


終了。


……いやいやいや。終了じゃねーよ。人生が終了するわ。

とりあえず景は腹部で寝ている渚を起こすことにする。


「お、おい!起きろって!」

「ん…んん……あ……景……おはょ……」

「お、おう……おはよ……」

「………あれ…なんで景が…………ッ!?」


ガバッと飛び起きる渚。どうやらやっと状況を把握したらしい。顔が真っ赤だ。


「ご、ごめんなさい!わ、私、あ、あの、いや、違くって!」

「う、うん。わかったからとりあえず落ち着こう。な?」

「……………ふぅ………」

「落ち着いた?」

「うん……ごめんなさい……」

「いや、いいんだけどさ……」


しばらく二人とも沈黙が続く。

窓から差し込む太陽の光がとても煩わしい。

そして約二分後。


「よし!出かけるか!!」

「えっ?」

「いやいや、元からそういう予定だったろ?」

「………あっ」


すっかり忘れていた渚。昨日の出来事が濃厚すぎて記憶の奥底に押し込められていたようだ。


「どうしよう……何も考えてない……それにお金もない……」

「だと思ってた。いいぜ。昨日お前が風呂入った後に考えてたんだよ。どこ行こうかってな。」

「えっ?どこ行くの?」

「それは内緒。そんなことよりーーー」


渚を自分の上から下ろして景は言った。


「風呂入ってきていいかな。昨日俺入ってないからさ。」


土曜日。雲の量、零割。圧倒的快晴。


「忘れ物ないかー?」

「ちょっと待って……っと、よし!大丈夫ー!」

「おっけー。じゃあ行くぞ!」

「おー!」


渚は初めてあった時の大人びた印象を打ち消す子供らしい笑顔を景に向ける。


今日は渚とお出かけだ。


「ねぇ、景?」

「んー?」

「これからどこいくの?」

「もうちょっとだ。待ってろ。外でも見てな。」


近くの駅から電車に乗り20分。そこから乗り換えでさらに20分。

到着したのはーーー


「わ、わぁぁぁぁぁぁ!!!綺麗!!」


海である。


この時期になると海水浴場は人が多くてまともに遊べないだろう。そう考えた景は前に宗一郎と来た穴場スポットに渚を連れてきた。


「ほら。ここ、全然人いなくて遊びやすいだろ?」

「うん!…あ、でも、私水着持ってきてない……」

「そのへんは抜かりねぇよ。ほら。親戚の女の子が来た時に置いてった水着だ。一度も使わず置いてったから新品だぞ。」

「でも……なんか悪い……」

「気にすんな。そいつももう中学生だ。どのみちこれは着れねぇよ。」

「わかった……あとね?」

「ん?まだなんかあるのか?」


言いづらそうにモジモジする渚。


「えっと…あのね…その…笑わない?」

「笑わねぇよ。なんだ?泳げないとかか?」

「…………ん……」


小さく肯定する渚。それに景は、


「っ……ぷはははっ!!」


大爆笑した。


「ちょ、ちょっと景!!笑わないって言ったじゃん!!」

「いやいや、違うんだよ。いやー。子供らしい悩みだなぁって。」

「もう!!バカにして!!うそつき!!!」

「はははっ」


ひとしきり笑った後、景は目尻の涙を拭き、言う。


「そんなこと気にすんなよ。俺だってお前くらいの時は泳げなかったさ。それに浮き輪もちゃんとある。心配すんな。」

「最初泳げなかったの?」

「まぁな。顔に水つけるので精一杯だったよ。」

「なんで泳げるようになったの?」

「んー。まぁ、それはとりあえず海入ってからのお楽しみだな。ほれ、着替えてこいよ。」


着替えとバスタオルを渡す。


「えっ…ここで着替えるの?」

「それしかねぇだろ。絶対に見ないから安心しろ。」

「わ、わかった……絶対に見ないでね!!」

「わかってるって。」

「絶対に絶対!!」

「はいはい。」


景は渚に背を向け、自分も着替えることにした。まぁ、そうは言っても景はもともとズボンの下に海パンを履いていて、ズボンを脱ぐだけなのだが。


「終わったか?」

「もうちょっと……」

「んー。」

「………よし、いいよ……」

「おう、終わった……か………」


渚からOKサインが出たので振り向く景。その目に映ったのは……


「その……変じゃ…ない、かな」


まさしく舞い降りし天使だった。


「………」


空いた口が塞がらない景。傍から見たら相当間抜けな面をしていただろう。


「け、景?そんなに変だった…?」

「……はッ!?あ、あぁ、いや、すごい似合ってるよ…似合いすぎてて驚いただけで……」

「ん……良かった……」

「…………」

「…………」


お互いに顔を赤くし、俯く。

そして景が仕切り直すため、海に入ろう、と口にしようとしたその時、


「あれ?景と渚ちゃんじゃん。何でここにいんの?」


ライフセーバー姿の宗一郎が空気も読まずに現れた。


「はぇー。渚ちゃんとデートねぇ……お前ってやっぱりロリコ」

「ちげぇって!!デートじゃねえって!!」

「………」


顔を真っ赤にして否定する景と満更でもない渚。


「いやでもさっき景、渚ちゃんの水着見て鼻の下伸ばしてたじゃん。」


がっつり見られていた。


「いや、その、それは!!」

「んなことより早く海入ってこいよ。ここで観てるから。」

「そ、その、宗一郎さんはなんでここに?」

「んぉ?見てわかんない?ライフセーバー。近くの海の家をうちの親戚が経営しててさー。」

「そう言えばそうだったな。去年もそれでここ教えてもらったんだしな。」


もっとも、去年は俺も客としてだったんだがな。と宗一郎。


「そうだ。二人とも後で海の家来いよ。サービスするぜー」

「お、まじか。さんきゅー」

「うぃー」


そう行って海の家がある方に歩いていく宗一郎。


「だってさ。渚。後でなんか食べたいものとかあるか?」

「ううん、特にないよ」

「遠慮すんなよ。」

「してないって」

「じゃあかき氷でも食うか。」

「かき氷!?」

「めっちゃ目がキラキラしてるんだけど……」

「はっ!?」


海に到着してから20分、未だに海に入らない2人であった。


「お、そうそう。水に顔つけるの怖がるなよー」


あれから数分、やっと海に入ったふたりは、まず渚の水泳練習から始めた。


「よしよし。手は俺が握っててやるからな。安心しろよー」


今は景の手を握りながら、バタ足の練習だ。

景は手を握ってるから安心しろ、と言うが、


「(むしろドキドキして集中出来ない……)」


一方、景は景で、


「(めっちゃ手スベスベしてる……しかも柔けぇ……)」


お互いに集中出来てないようだった……


「よし。じゃあ次はゴーグルつけて、水の中で目を開ける練習だな。」

「えっ……」

「ゴーグルしっかり付ければ水入ってこないから、大丈夫だって。」

「う、うん……」


誰しも最初に水の中で目を開けるのは怖い。しかし一度慣れてしまうと……


「(…凄い……海の中ってこんなに綺麗だったんだ……)」


ずっと水の上からしか見ていなかった海も、内側から見ると全然違う。

さらにこの辺の海はかなり綺麗で、澄んでいる。水泳への興味をそそるには充分なきっかけだろう。


「っぷはぁ!!景!景!!凄い!海綺麗!」

「だろぉ?これをお前に見せたかったんだ。」

「っ」

「?どうした?顔赤いぞ?」

「な、何でもない」


にやけそうな顔を必死に抑え、景に背中を向ける渚。

恋する少女は大変である。


「よし。顔を水につけれるようになったし、もっと凄いものを見せてやろう。」

「?なに?」

「まぁまぁ。とりあえず俺の背中に捕まれ。」

「えっ」

「ちょっと遠くまで泳ぐからさ。向こうはもっとすごいぜ。」


問題はそこじゃないのだが。

少し恥ずかしがりながらも、景の背中にしっかりと捕まる渚。


「よし、捕まったな?行くぞ!」

「う、うん…」


少し離れた岩場に向けて泳ぎだす景。その背中で捕まっていた渚の目の前には


「(うわぁ……凄い……魚がいっぱい……)」


まるで水族館の水槽の中にいるような景色が広がっていた。

魚の群れが目の前を通り、海藻の隙間から大きな魚がこちらを覗いている。

色鮮やかなヒトデや、立派なハサミを持った蟹、そしてアメフラシやナマコみたいな少しショッキングな生物まで。

地上とは全く違う世界に二人閉じ込められたようだった。


「ッはァ!……ふぅ、渚。どうだった?」


岩場に付き、再び陸に戻った2人。渚は先ほど見た光景が忘れられないのか、言葉が出ないようだった。


「凄かった…なんていうか、人魚になったみたいだった……」

「だろ?俺もこれを親父に見せられてさ。こんなのみたらもう泳ぎ覚えたくて仕方なくなってさ。」

「わたしも……」

「ん?」

「わたしも泳ぎたい!もっともっと違う世界見たい!」

「…よし!!じゃあもっと練習するか!!」


海には2人の声と波のさざめきだけが響いた。


あの後ひとしきり泳ぎの練習をした後、宗一郎の海の家で昼食を取り、帰宅することにした。


「海はどうだった?渚。」

「凄かった…初めての経験だらけだった……」

「なら良かった。日も暮れてきたし、そろそろ帰るか。」

「うん」


夕焼けに染まる帰り道。踏切を渡り、切符を買い、駅のホームでベンチに座る。


「そろそろ家に帰らないと親が心配してるかもな」

「…多分それはない。もしかしたら私が出かけてることにすら気がついてないかもしれない。」


渚が素っ気なく言ったその言葉に、


「流石にそれはないだろう。いくら忙しくても親に代わりはないんだ。子供を心配しないはずがない」

「………」


少しうつむき、喋らなくなる渚。景はそんな渚の肩に手を置いて、目を見て言う。


「大丈夫だ。お前は愛されてる。お前が信じないでどうすんだ。友達だってそうだ。自分から歩み寄らないでどうする。今日一緒に遊んで思った。お前はまだ子供だ。大人ぶってもそれは大人ぶってるだけ。海を見ただけで目を輝かせて、かき氷によだれ垂らすヤツのどこがほかの子供と違うんだ。もっと自分から歩み寄ってみろ。そして今しかできないことをやれ。じゃないと後で後悔するぞ。」


初めて見る景の真剣な目に、渚は少し驚き、


「……景は、なんで私と遊んでくれたの?」


と、言った。

それに景は、

「んなもん、お前に子供らしくしてて欲しいからだろ。」

「でも、会って数日の小学生にそんな……」

「それだけお前のつまらなさそうな顔が印象的だったんだよ。」

「……でも……」

「お前はもっと今を楽しむべきだ。同じ今を共有出来る人間と。そしてそんな奴と恋をして、家庭を築き、幸せになってくれ。くれぐれも俺みたいなポンコツになってくれんなよ?」

「………」


そういって景は渚の肩から手を離す。


「ほら。電車きたぞ。帰ろうか。」


電車の中では終始無言だった。帰り道でも殆ど無言。そしていつもの公園まで何も会話せずに帰ってきた。


「ほら、渚。もう結構暗くなってきたぞ。」

「うん」

「じゃあ、また、そのうちこの公園でな。」

「うん」

「気をつけて帰れよ。」

「うん」


そういって背を向けて歩き出した景。その背中に、


「景!!」


声がかかる。

振り向く景。

そんな景に渚は


「私、大きくなったら景のお嫁さんになる!!」


そう言った。


「………」


唖然とする景。突然過ぎて声も出ない。


「じゃあね!!」


呆然とする景をおいて走り去る渚。その後ろ姿を、景はポカンとしつつ眺めることしか出来なかった。


あれから一週間。景は1度も渚と会うことはなかった。きっと同じ学年の子供たちと遊ぶようになったのだろう。嬉しい反面、少し寂しくもあった。


今日は土曜日。何をしようか。


何をしようかとは言ったものの、特にすることもないので電車で街中までやってきた景。服やファッションには全く興味が無い。目的はこの駅にあるでかい本屋だ。

この本屋は二階建てになっていて、さらにスタ〇バックスまである。ここで買った本をス〇バで読んでいくことも出来るのだ。


「アメリカンコーヒーを飲みつつの読書。…素晴らしい……」


高校生と言うよりはサラリーマンの休日風景に見えなくもない……


約2時間ほど居座り、本屋を後にする景。今度こそ本当にやることが無くなったので、少しブラブラすることに。


「そういえばここの商店街始めてきたな……」


駅から少し歩いたところにある商店街にやって来た景はたまたま見つけたゲーセンに入ることにした。


「ここのゲーセンクレーンゲーム多いな……あ、これ欲しい……」


1人でも割と休日を満喫している景だった。


気づくと既に7時を回っていた。どうやら昼食すら忘れてゲームに熱中していたらしい。


「意識すると腹減ってきたな……ハンバーガーでも買って帰るか」


既に財布の中は殆ど空だったが、少ない金額で量食えるのがファストフード。ワンコインでそれなりに腹を満たせる。

景はハンバーガーとフライドポテトのセットを購入し、帰る事にした。

その帰り道。


「……あ?あれ……渚じゃねえか?」


既に7時を回った商店街を一人で歩く渚を見つけた。


「何やってんだアイツ……おーい、なぎーーー」


直後、男達数名に体を引っ張られ、渚の姿が路地裏に消える。


「ッ!!」


全力で走り出す景。渚との距離は数10メートル。商店街を歩く人とぶつかる事すら無視してひたすら渚を追いかけた。


「ーーー!!ーーー!!」

「うるせぇ!黙ってろ!殺すぞ!!」


男は渚を抱えながら走る。周りには他にも3人の男達。


「おいおい!乱暴に扱うんじゃねーぞ!」

「わかってるっつーの!!」

「でもどうせ俺らが乱暴に扱うんだけどなwww」


わからない。自分が何をされるのか。わからない。この人たちは何を言っているのか。わからない。なぜこんな目に遭わなければいけないのか。わからない。わからない!わからない!!


「ほらー。ショーヘーが乱暴するから泣いちゃったじゃんよwww」

「サイテーwww」

「うるせーよ!!」


連れてこられた場所は一つの建物。3階建てのその建物の2階で、男達はその歩みを止めた。


「さて、おじょーちゃん。こんな時間にあんな所で何してたのかなー?」

「お前が口に布突っ込んだんだから喋れるわけねーだろwww」


男達が群がってくる。


「こんな時間に1人でいたら危ない人たちに目をつけられちゃうよー?」

「俺達とかなwwwwww」

「つーかもういいからさっさと始めようぜ!もう我慢出来ねぇよ!」

「わぁーったわぁーった。じゃ、服破きまーす」


ビリビリと音を立てて敗れる衣服。


「おっ、やっぱり小さくてかわいいねぇー」

「(や、やだ……助けて!景!!)」


男達も自分のズボンに手を掛け、ベルトを外そうとーーー


「渚!!」


ーーーした時、とてつもない音と共に入口のドアが吹っ飛んだ。


「な、なんだ!?」


男達の目の前に立っていたのは、たったひとりの青年だった。


景が部屋にたどり着いた時、既に渚は一糸纏わぬ姿だった。


「てめぇら……渚に何してやがる!!」


怒りが抑えきれず、既に頭の血管の何本かはプチプチと音を立てている。


「お、おいおい…この部屋のドアって金属製だぞ……それをどうやったらこんな……」

「俺にはそれしか取り柄が無くてな……でも今はそれでいいと思ってるぜ。てめぇらをぶっ壊せんだからなァ!!」

「…っ…ぷはっ……景!!」


男達の注意が自分から逸れてる間に、なんとか口の中の布を吐き出した渚。


「おう…待ってろ渚。すぐ終わる」


そういって景は渚を抱えて走っていた男を物凄い力で殴り飛ばす。


「ガァッ!?」


きりもみながら飛んでいき、壁に叩きつけられ、そのまま意識を失った。


「ひ、ひぃ!?」


その様子を見て、男達も今更この男を敵に回した恐怖を実感し始める。


「け、景!」

「なんだ?」

「そ、その……」

「……ちっ、わかったよ…」


渚は自分を乱暴しようとした男達とはいえ、やりすぎは良くないと思っているのだろう。景も渚の心象を汲み取り、手加減はすることにした。

そこで残りの3人の男のうち、1人がなにかに気づく。


「ちょ……ちょっとまて……け、景ってまさか……『地獄の風景』の景か!?」

「う、嘘だろ……3年前の1人でネフィリムを壊滅させたあの……?」

「そんな……あれは噂だろ!!」

「やめろよ。そのだっせぇ二つ名。呼ばれる度に恥ずかしくて仕方ねぇ。」


頭を書きながら目をそらす景。

3年前、100人以上のメンバーで構成されていた不良グループ『ネフィリム』。そのグループが一夜にして壊滅したという噂が広がった。

さらに壊滅させたのはたったひとりの中学生だという。

そしてそのグループを壊滅させたのが、この立花 景だった。

『地獄の風景』というのは、ネフィリムが壊滅した時、拠点であった建物は半壊、辺りも血溜まりばかりの、まるで地獄のような有様だったことから、景の文字を取り、『地獄の風景』と呼ばれるようになった。

しかしその事はその不良グループと関わりのある者達しか知らないはずなのだが、どうやら彼らもそのグループと関わりがあったのだろう。


「ま、渚のお願いだ。手加減してやる。」


片手で手招きし、挑発する景。

その仕草に、


「く、クソが!!舐めやがって!!」

「地獄の風景だかなんだか知らねーけど、チョーシ乗ってんじゃねぇぞ!」

「死ねオラァ!!」


男達はそれぞれ、ナイフ、鉄パイプなどを手にし、襲いかかってきた。

しかしそれらを景は難なく避けながら、


「うるせぇ!こちとらブチギレてんだ!死なないだけ感謝しとけ!!」


1人で応戦する。

しかし、


「う、動くな!!」


一番最初に殴り飛ばしたはずの男が、渚の首元にナイフを当てている。


「ヒッ……」

「渚!!」


思わず動きが止まる景。


「今だ!やっちまえ!!」

「っぐぅ…!?」


背後から後頭部を殴りつけられ、膝を着く。

男達はここぞとばかりに景に襲いかかる。


「け、景!!」

「うるせぇ!黙ってろ!!」


さらに強くナイフを渚の首元に押し付ける男。

「や、やだ…離して!」

「くっ、暴れんな!!」

「ぅぅ!!ッ!!」


渚が暴れたことにより、首から血が流滲み出る。

そして景はその小さな悲鳴を聞き逃さなかった。


「ぐ、ぐおおォォォォォォ!!」


雄叫びを上げながら立ち上がる景。

体中が悲鳴を上げている。


「こいつまだ…!?」


景が再び男達に殴りかかろうとした時、


「ッ!!」


外からパトカーのサイレンが聞こえた。


「お、おい!こっち近づいてくるぞ!サツだ!!」

「ちっ!逃げんぞ!!」


その場に裸の渚と満身創痍の景をおいて逃げ出す男達。

パトカーの音がこの建物の目の前までやって来た。


「……くっ……」

「け、景!!景!!」

「…お、おう……大丈夫か…渚……」

「そんな…私より景が…!!」

「俺は平気だ…それより、ほれ、これ着てろ…」


景は自分の血で赤く染まってしまったシャツを渚に渡す。


「悪ぃな…血まみれで……」

「景…?景!!しっかりして!!」


そこで景の意識は途切れた。


目が覚めると、そこはベッドの上だった。


「……ここは……」


周りを見渡すと、輸血の点滴が自分に刺さっているのに気がついた。


「病院か……俺は……」

「気がついたかい?」


ふと頭の上の方で声がした。男の声だ。


「良かった……ギリギリだったようだね。」


どうやらここの病院の医者のようだ。


「あの……俺は…」

「君が運ばれてきた時はびっくりしたよ。全身骨折、切り傷多数、むしろ生きてる方が不思議だった。」

「………」


どうやら本当に危なかったらしい。

景は自分が助かった事に安堵し、そして思い出した。


「!!な、渚!!渚はどうなった!?っ!ぐぅ…」

「落ち着きたまえ。あの子も無事だ。首の怪我は大したことない。君がここに運ばれてくる時は大泣きしてたけどね。あとで謝っておきなさい。」

「は、はい……そうか……良かった……」


「あぁ。本当に。うちの娘をありがとう。」


「はい………………は?」


今おかしな単語が聞こえた気がする。怪我のせいだろうか。


「申し遅れたね。私はここの病院の院長。如月きさらぎ 海斗かいとだ。渚の父でもある。」


「えっ……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


驚きで傷が開くところだった。


「渚の母の汐理しおりです。この度は本当にありがとうございました。」

「あ、いえ、その……なんか、すみません……」


景のいる病室に渚の母の汐理がやって来てわざわざお礼を言いに来た。


「娘は今泣きつかれて寝ていますが、景さんが目覚めたことを知ればきっと喜ぶでしょう」

「そ、そうですかね……」


なんとなく目を合わせられない景。


「ところで、渚とはどこで知り合ったので?」


一番聞かれたくない質問が飛んできた。


「い、いや、その、たまたま近くの公園で黄昏てたら、渚…ちゃんがいて…」

「渚は友達と遊んでいたのですか?」

「いえ…なんか、子供っぽくて面白くない…って言ってました。」

「やっぱりですか……」

「?やっぱり、とは?」


つい聞き返してしまう。


「私はここの病院で看護師をやっています。そして旦那はここの院長。この仕事柄、しかもここは緊急病院なので、なかなか家に帰れず、渚に構ってあげることが出来ませんでした。そのせいで渚は子供らしいことが出来なかったのです。私たちがもっと構ってあげれば………」


目を伏せ、泣きそうなトーンで汐理は言う。

そんな汐理に、


「そうですね。」

「えっ」


少しきつい口調で言った。


「確かに仕事柄しょうがないとは思いますが、それでも、もっと子供と一緒にいてやるべきだと思います。自分の親もなかなか家に帰ってこなくて、寂しい思いをしたことが何度もあります。」

「………」

「なので、忙しいのは分かります。でも、それでももっと渚に構ってあげてもらえませんか。じゃないとあの子は……」

「……そう、ですね……」

「………あ、いや、その!!違うんです!こんな偉そうに言うつもりは…!!」


先ほどの険しい顔とは打って変わってあたふたしはじめる景。それを見て、汐理はクスッと笑い、


「本当にありがとうございます。あの子のそばにいたのが貴方で本当に良かった。」


と、言った。


3ヶ月後、想像より早かった回復力により、院長から退院の許可を得ることが出来た。

既に夏は終わり、気づけばもうすぐ冬が来る。


荷物をまとめ、病室を出る準備をする景。


「それにしても、仕事どうすっかなぁ…」


ちなみに景が就職出来ない理由は、不良グループ壊滅したことが一番大きいのである。つまり、就職するためにはこの噂が広がってない地域に行かなければならないのである。


「本格的にこの街出なきゃいけないかな……」


景がそうつぶやいた時、


「景この街から出てっちゃうの!?」


渚が勢いよくドアを開けて入ってきた。


「おい渚。俺しかいないけどここ一応病室だぞ。」

「そんなことはいいの!」

「良くねぇよ……まぁ、本当だな」

「そんな……」

「まぁ、しょうがねえよ。それにちょくちょく帰ってくるって。」

「………」

「ま、お前は同世代の奴らと仲良くやって、今を楽しーーー」


フッ、と、景の唇に何かが触れた。


「ずっと待ってる。言ったでしょ?大きくなったら景のお嫁さんになるって。」

「………ったく。ませてんなぁ。今の小学生は。」

「私のファーストキス奪ったんだから、責任とってね。」

「お前からしてきたんだろ……」


俺も初めてだったしな。と景は言う。


「色々あったな。この数ヶ月。」

「うん」

「その…なんだ、楽しかったぞ。お前と遊んだの。」

「…うん」


渚に背を向け、病室を出る。ドアに手をかけ、


「じゃあな。渚。」


そういって、閉めた。



☆☆☆


街を出てから4年後。

蝉の声が鳴り響く小さな公園。ベンチには一人の青年が座っていた。


「やっぱ向こうよりこっちの夏は涼しいな……」


お盆休みという事で、この街に戻ってきた景。就職先を見つけたはいいものの、最初の3年間はかなり忙しく、なかなか帰ってこれなかったのだ。


「あいつ…待っててくれてっかな…それとも、もう彼氏とか出来てるかも…ま、それが普通なんだけど」


別に誰に言ったわけでもなく、独り言をつぶやいたつもりだったのだが、


「私がそんな女に見える?」


頭上から返事が飛んできた。

慌てて振り向く景。


そこには、長髪の美少女が立っていた。

思わず目を奪われる景。


「渚……」

「遅かったね。私もう高校生になっちゃった。」

「そう…か…」


身長もかなり伸び、スタイルもかなりいい。そのへんのアイドルなど比べ物にないくらいだ。


「……美人さんになったなぁ。」

「学校一の美少女って呼ばれた。」

「ははっ、納得。」


見た目はかなり変わったが、中身はあまり変わってないようだった。


「ねぇ。景」

「ん?」

「私、16歳になったの。」

「………」

「中学校も卒業したの。」

「………」

「だから…ね?」


渚は飛びっきりの笑顔で言った。


「私と結婚してください」


それに対し景は、


「……いや、ダメだ」


と言った。


「…えっ?」

「そういうのは、男から言うもんだ。」

「あっ…」


渚にポケットに入れていた指輪を見せ、言う。


「愛してる。結婚してくれ。」



その言葉に渚は、涙を滲ませ、


「はい。不束者ですが、よろしくお願いします!」


と、返した。


「ねぇ、景」

「なんだ?渚。」


ふたりは手を繋ぎながら歩く。


「おかえり。」

「…ただいま。」


蝉時雨の響く夏の道を。

いかがでしたでしょうか。初めての短編小説。実はこれかれこれ半年位考えて作りました。結構大変でした。小説家の人はこれの数倍をもっと早く書けるんですから、凄いですよねぇ……

自分もこれからも頑張るので、これからも応援よろしくお願いします。

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

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