見えてきた真相
希麗と青輝が縁を辿り始めてから数十分経った。希麗は時に角を曲がり、横断歩道を渡ったりしながらも、そのスピードを緩めず歩き続けた。
全く迷いがない。希麗を見ていた青輝はそう思った。本当に目印がそこにあるのか。何も視えないのに。
その時、青輝のポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。慌てて取り出すと、海洞からだった。
「もしもし」
『もしもし、そっちどう? 連絡してこないあたり、場所は近いのかな』
「え、近いとかわかるの」
希麗に尋ねると、わかるよー、と軽く返された。
「青輝君、もうそろそろ見つかるって言っててくれない?」
「え、あ、はい」
青輝は今自分たちがどの位置にいるのかを希麗に教えてもらい、それを海洞に伝えた。電話の向こう側で、二人が驚いたような声をあげているのがわかった。
『わかった。僕たちも今からそっちに向かうよ』
電話が切れた後、青輝は前を歩く希麗に声をかけた。
「距離までわかるんですか?」
「なんとなくね。例えば今回の場合、桃ちゃんとその母親とじゃ相手への想いが違うでしょ? さっきまで、母親の〝無事でいてほしい”っていう想いを辿ってきてたんだけど」
ここにきて、希麗が少し足を速めた。青輝も置いて行かれないように早足になった。
「桃ちゃんの〝早く会いたい”って想いがその中に視えて強くなってきている。でも、変ね」
「どうしてですか?」
「〝助けて”って想いがないのよ。桃ちゃん、もしかしたら自分が攫われたって自覚ないのかもしれない」
「近すぎないか?」
一偉は先程聞いた場所を地図と照らし合わせながら言った。海洞も、隣で頷いている。
二人はある程度被害者の母親と会話して〝想い”を引き出した後、一度警察署に戻って青輝と連絡をとった。ちなみにこの間に、海洞は一偉からさんざん説教され、首の後ろをつねられた。未だに痛みが引かない。
ところが希麗が言った場所は、二人が想像していたところよりも近い。というより、捜索範囲内だったのである。
聞き込み調査では、特に目撃情報などはなかったはずだ。
「こんなに近いなら、桃ちゃんだって自力で帰ってこれるはずだと思うんだ。迷子なら」
「ああ、迷子ならな」
二人はお互いの顔を見て頷いた。今回は誘拐事件とみて間違いない様だ。
「しかもこれ、犯人下手したら桃って子と知り合いだぞ」
「うん。僕もそう思う」
知り合いの人に声をかけられ、そのまま車に乗せられ、その人の家で普通に暮らしている確率が高い。もしそうなら怪しい痕跡は残らないし、子供も疑って嫌がったりしない。仲が良かったなら、なおさらだ。
お母さん、しばらく家に帰れないらしいから、帰ってくるまで預かっているように言われたんだ。
もしそのようなことを言われていたのであれば、桃という子は自分が攫われたとも、このような警察沙汰になっていることも知らないかもしれない。
「行こう、一偉」
「ああ」
二人はパトカーに乗って次の目的地に向かった。
希麗がようやく立ち止まったのは、何の変哲もないアパートの前だ。
アパートの密集地であるこの場所は、その中心にちょっとした広場があり、子供たちが遊べるような遊具や、ベンチがいくつか置いてあった。人通りが悪いわけではない。
ただ、すぐ横道にはいるとそこは無人である。広場を通らずに横道からアパートに入ったのなら、目撃されにくいかもしれない。
「……このアパートの五階ね。一番角の部屋よ」
青輝はそう言われた場所に目を向けた。八階建てのアパートの五階の角部屋には、昼近くにも関わらず厚いカーテンが閉められているようだった。それがかろうじてわかるぐらいで、それ以外に気になるところはなかった。
「本当にあそこに?」
「いるわ。でもやっぱり不安とか恐怖とか感じてないみたい。とりあえず乱暴なことはされていないみたいね」
希麗は近くにあったベンチに座り、ふぅ、と息を吐いて眉間を揉みはじめた。縁を辿る作業は、目に負担をかけるのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、ありがとう。それよりも青輝君、海洞にここのこと教えておいてほしいんだよね。私ちょっとそこの自動販売機で飲み物買ってくるから」
わかりました、とスマートフォンを取り出した時には、すでに希麗は自動販売機に向かっていた。
正直、まだ完全に縁のことを信じているわけではない。
でも、これで桃ちゃんが本当にここにいたなら、信じるしかないのかもしれない。無理に信じなくていい、と二人とも言ってくれたが。
そんなことを思いながら電話をかけてアパートを見上げたときだ。
カーテンの隙間から、誰かがこちらを見ている。
目が合った気がして、思わず背筋が凍る。一瞬時間が止まるような感覚がしたが、現実に戻してくれたのは海洞の声だった。
『もしもし、見つかった?』
ハッとして、青輝は目線を落とした。少し息が上がっているのは、休まず歩いたせいだと思いたい。
「あ、もしもし。うん。見つかったよ」
そう言って今いる場所を海洞に伝えた。海洞はそれを一偉に素早く伝えて青輝に礼を言った。
『すぐ行くから、他に気づいたことがあったら教えて』
「……海兄、あのさ。さっきその部屋から誰かが覗いていたんだ」
電話の向こうで、息をのんでいるのがわかった。
『それ本当?』
「うん、最初は見えなかったんだけど、さっき見たら」
『……わかった。青輝、くれぐれも希麗と別行動しないで。二人で人目のつくところにいて』
電話を終えて、改めて部屋を見るとそこにはもう誰もいなかった。少しほっとして振り向けば、希麗が缶ジュースを二つ持ってきたところだった。
「お、終わった?」
はいコレ君の、と缶ジュースを渡された。ありがとうございます、言うと彼女は眉をあげた。
「何かあったの?」
「今なんでそう思ったんですか」
「君が素直にお礼を言うなんて」
「俺だって言うときは言いますよっ!」
はっはっはっ、と希麗が笑うのを見ると少し肩の力が抜けた。プシュッと気持ちのいい音を鳴らして缶を開け、炭酸ジュースを一気に飲んだ。
「さっき、あの部屋から誰かがこっちを見ていたんです」
「え? 本当?」
深刻な顔をするかと思いきや、彼女はぱっと笑って見せた。
「顔とか覚えてる?」
「一瞬だったので、わかりません。……目が合った気はしますけど」
「それじゃあ、それ頑張って思い出そうとして」
希麗は青輝と同じように勢いよくプルタブをひねると、一口飲んで顔をしかめた。炭酸苦手なら買わなければいいのに。
「もしそれが犯人なら、縁辿って、捕まえられるかもよ?」
希麗は簪の金平糖を揺らしながら、得意げに笑った。