捜索
翌朝、制服に着替えるために先に出た海洞を見送って、青輝も動きやすい服装に着替えた。腕時計を身に着け、貴重品を持ったことを確認し、外に出て鍵をかける。教えてもらった集合場所をスマートフォンで確かめながら、青輝は歩きだした。
そういえば、ここに初めて来た次の日に少し探索して以来の外出になる。課題が多くてそれに時間がとられているのもあるが、真夏に外に出かけるのがただ嫌だったといった方が正しいかもしれない。
希麗さんはこんな暑い中なぜわざわざ家までくるのだろう、と彼は何度も思ったし、実際聞いたことがあったのだがその度に返ってくるのはこんな答えだ。
「暇だから!」
そのときのさわやかな笑顔を思い出して、小さくため息をついた。
海洞の幼馴染、というからには同い年のはずなのだが。
「あの女性、普段何して生活しているんだ」
流石にいつ来るかわからない事件だけで過ごしているとは思わない。だからと言って、真昼間からホイホイ遊びに出ことができる職業を、青輝は一つしか知らなかった。
「まさか本当にそんな探偵みたいな職業じゃないだろうな」
本の読みすぎだろうか、と思うと同時に、ばかばかしい、とも思った。
そんな風に考えていると、目の前に目的地が見えた。今回行方不明になった桃という子の自宅だ。
すでにその前には、希麗の姿があった。
青輝が近づくと、彼女は振り向いてにこりと笑った。簪についている金平糖が、小さく音を立てた。
「おはよう、青輝君。昨日は眠れた?」
「なんで小学生の遠足当日みたいなテンションなんですか、あなたは」
ふふふ、と笑う希麗が逆に気持ち悪かった。
「さて、そろそろ隠れますか」
「かく、え? なんでですか」
「桃ちゃんのお母さんにとって、私たちは野次馬同然。ちゃんとした話もできないし、みっともない姿を見られてうれしい人なんていないでしょ」
そう言って希麗はそそくさと移動を始めた。
玄関の隣に。
「どこが隠れているんですかっ」
人の家の敷地内だ。青輝は声を抑えながらもツッコミせずにはいられなかった。
「ここにいればドアの陰で見えないって」
「まさかずっとここで聞き耳立てるつもりですか? 大事な話を玄関先でするわけないじゃないですか」
「大丈夫。聞く必要ないから」
「……どういうことですか?」
そこまで言ったとき、道の方から足音が聞こえてきた。青輝はびくりと身を固めた。
最初に見えたのは警察の制服。それが二つ。見上げると、苦笑いしている海洞と、ひきつった顔をした知らない男性が立っていた。
海洞は制服に着替え、同僚の一偉と共に行方不明者の自宅へ向かっていた。一偉は鋭い目つきで海洞をにらみつけている。
「お前、また希麗さんに協力頼んだのか」
「正確には、向こうからないのかってきかれたんだけど」
「それで素直に言うなアホ。なんで警察官が真っ先に一般人に頼ってんだよ」
海洞はうう、と言葉に詰まった。警察だって捜査しなかったわけではない。ただ、今回は驚くほど何の手掛かりも見つからないのだ。それは一偉もよくわかっている。
それでも、希麗に頼れば驚きの速さで解決してしまう。それがどうしても気に入らないのだ。
「早期事件解決が一番いいのは確かだ。でも納得できねぇ」
自分たちが何もできてないみたいで。そういう思いが一偉の中にはあった。
「一偉が言いたいことはわかるよ」
海洞は困ったように笑いながら言った。
「でもさ、もし桃ちゃんを攫った犯人がいたとしたら、そいつを捕まえられるのは僕たちだけなんだ」
「……」
「僕らが桃ちゃんやご両親にできる、最善のことをしようよ」
僕らは警察なのだから。
一偉は舌打ちしたが、それ以上何も言わなかった。
目的地に着くまでは。
玄関の横に、いつも通りしゃがみこんでダブルピースをしてみせる女性。希麗だ。
問題は、その隣に中途半端な姿勢で固まっている青年がいることだ。
一偉は自分の顔がひきつったのがよくわかった。そして、それが海洞の知り合いだと直感で理解すると、同僚の襟をつかんで後ろに下がった。
「おい誰だあのガキ。どう見てもまだ学生だよなどう見てもお前の知り合いだよな、なぁ?」
「ご、ごめん、すっかり言うの忘れてた」
「忘れてたじゃねぇよっ。お前どこまでアホなんだよっ。未成年まで巻き込みやがってっ」
キッと青年をにらみつけた時だ。隣にいた希麗が見えた。口元に人差し指を当て、空いた手で玄関を指した。
そこで一偉は怒りを抑えた。こんなことをしている場合ではない。とりあえず後でアホに説教だ。
一偉に背中を叩かれた海洞は、痛みに耐えながらそのまま玄関へ行くと、一度咳払いをしてからインターフォンを押した。何も言わずに行うと思っていなかった青輝は慌てて希麗の隣で身を低くした。
インターフォン越しに短い会話が行われた後、ドアが重量感のある音と共に開いた。丁度開いたドアが陰となって、隠れている二人に気づいていないようだった。
警察官二人が警察手帳を見せながら改めて自己紹介をしている、その時だ。
希麗は懐から小さな鏡を取り出すと、ドアの陰から少しだけ手を出した。驚く青輝を無視し、出てきた人物の顔を確認する。
まだ若い女性だ。桃の母親であろう。ひどく疲れているように見えた。
確認を終えた希麗は素早く鏡を懐に戻し、そのまま何もないところへ目を凝らし始めた。
警察官は二人とも家に入ってしまい、残ったのは虚空に目を凝らしている希麗と一部始終を見ても何も理解できなかった青輝だけだ。
あまりにも訳がわからなかったので希麗に声をかけようとしたが、本人に片手を素早く出されて止らてしまった。
そうして一、二分経った頃、希麗は立ち上がって歩き始めた。慌てて青輝はその後を追った。
まっすぐに歩いてはいるものの、相変わらず希麗の視線は虚空に向けられている。しかし、今度は青輝にもわかった。
今彼女は、縁を辿っているのだと。
「あ、今なら話しかけていいよ」
目線を変えずに希麗が声をかけた。青輝はありがたく質問させてもらった。
「最初の鏡、なんで使ったんですか?」
「顔を見るためよ。そうしないとその人から出ている縁を見ることができないの」
「すぐに動かなかったのは?」
「どの縁が桃ちゃんと繋がっているかわからなかったから」
「すぐに見分けられないんですか?」
「縁がそんな少ない訳ないでしょ。何百人への、様々な繋がりがある中から一本を見つけ出すの」
「そんな、どうやって」
「今、海洞たちがうまく話をしてくれている。あの人の想いが桃ちゃんだけに向くようにね」
希麗はそこで目線を変えないまま、柔らかく笑って見せた。
「人の願いや想いって、すごいのよ。強く想えば想うほど大きくなって、縁が輝きを増すの。そしてその想いは、そのまま縁を通じて相手に届く」
つまり希麗は、今その光を辿っているのだろう。残念ながら、青輝がどんなに目を凝らしても見ることはできなかった。