視える人
「希麗は他の人には視えないモノが視える」
そう海洞から聞いたとき、青輝が最初に思い描いたのは幽霊とかそんな類のものだ。テレビでも霊感のある人が時々出ていたりするので、てっきりそんなものだと思ったし、「え? 海兄そんなの信じてるの? 騙されているんじゃない?」と言ってやるつもりだった。
ところが、真実は予想の斜め上をいった。
「……縁が視える?」
ナニソレ、と呟くと希麗がカレーを飲み込んでから説明した。
「簡単に言うと人と人の繋がり。絆とか、縁ともいうね」
「……それが視えてるの? 常に?」
「常にではないかな。視ようと思えば、視える」
そこまで聞いた青輝はカレーを口に含み、ゆっくり咀嚼して飲み込んで、海洞へと向き直った。
「え? 海兄そんなの信じてるの? 騙されているんじゃない?」
やっぱり、声に出てしまった。
それを聞いて海洞は苦笑いし、希麗は大声で笑い飛ばした。
「まぁ、青輝君は信じてくれないと思ったよ」
頭にきたが、事実なので黙っておいた。
「とにかく、知ってくれてればいいよ。信じるかは別として」
じゃあ本題入ろうか、と希麗は海洞に向き直った。すでにカレーを食べ終えていた海洞は頷くと、皿を端に寄せて大きな茶封筒からいくつか紙と写真を取り出した。写真には、髪を二つ結びにしてとびきりの笑顔を向けているかわいらしい女の子が写っていた。
「名前は桃ちゃん。小学2年生。行方不明になったのは一昨日の夕方。昨日、今日とよく遊びに行く場所周辺や知ってそうな場所を探しているけど、手掛かりが全くと言っていいほど見つかっていない。目撃情報も、今のところない」
「ちょっ、ちょっと待って」
青輝は思わず口をはさんだ。二人は揃って首をかしげている。
「え? 何してるの? まさか捜索願?」
「そうだよ」
「希麗は縁を辿って人を探し出すことができる。行方不明になった子はまだ小さいし、女の子だ。手遅れになる前に探し出さないといけない」
それでこの子の家なんだけど、と海洞は話を戻した。二人の真剣なやりとりを見て、青輝は唖然とした。
二人とも本気だ。このような事件が起こる度に、海洞は希麗と協力して解決しているのだろう。
ここで生活している限り、この光景を何度も見ることになる。
だからこそ、先程希麗は言ったのだ。
無理に信じる必要はない。
ただ、知っていてほしいと。
「とりあえず、明日の朝桃ちゃんのお母さんに会いに行こうよ。後はいつも通りやってみる」
「ありがとう希麗。……無事だといいんだけど」
「んで、青輝君はどうする?」
え、と青輝はほとんど声に出ていない息を吐いた。希麗は試すようにニヤリと笑った。
「明日、ついてきてみる?」
「おい、希麗」
「決めるのは本人だよ」
希麗はきっぱりと言い切った。
「海洞。まさか今更、一般人を巻き込むとか、学生だからとか言わないよね?」
そう言われると、海洞はもう何も言えなかった。すでに希麗を巻き込んでいる。ある意味、青輝を引き取るときにこうなることは予想できたし、できれば警察官として、従兄として事件に巻き込むことは絶対に避けるべきだ。
けれども、青輝に希麗がどのような人かを知ってもらうには、実際にその様子を感じてもらうのが一番なのだ。
「私は選べる機会を与えているだけ。ついてくるのもこないのも、君の自由だよ。青輝君」
青輝は考えた。正直、縁が視えるという話は信じられない。幽霊が視えるといわれた方が、こんなに悩む必要はなかっただろう。
でも、もし、これが本当なら。
「……行く。これからもこういうこと、あるんだろ」
その視える糸を切る方法も、知っているのではないのだろうか。
もしその方法があるのなら、ぜひ教えてほしい。
「いい返事!」
青輝の目的などいざ知らず、希麗はにんまりと笑った。
「決まりだ、海洞。明日桃ちゃんの家に集合。早い方がいい。何時ならいけそう?」
「……桃ちゃんの母親に連絡する必要がある。後で電話して確認しておくから、決まったら連絡するよ」
「なんだよ、青輝君がついてくるの不満か?」
「いや、ついてくるっていうんなら仕方がない。なんとなく予想できたことだし。……でも勤務中に一般人と高校生に協力を頼んでいる姿を同僚に見られたら、と思うと胃が……」
「お前も大変だなぁ」
「カレーが……」
「それ以上言わないで」
青輝は海洞に罪悪感が沸いた。ついていきたいから、何も言わなかったが。
「いやー。美味しかったわ」
晩御飯を食べ終えた後、希麗は全員分の皿を洗った。これはいつものことらしい。
そして窓から帰るのも、いつものことらしい。
「んじゃ、連絡してねー」
おやすみー、と言って希麗は去った。姿が見えなくなった後で、青輝は昼の出来事を謝っていないことを思い出した。
「あ、しまった」
「ん、どうした?」
「いや、明日どうせ会うし、いいや」
それよりもさ、と青輝は海洞に向き直った。
「本当なの、縁が視えるって」
「本当だよ。現に僕は何度も経験した」
「えらくあっさり言うんだね。海兄が信じてるのが意外だったんだけど」
「百聞は一見に如かずってね。まぁ今回の場合、視えないから体感してもらわないといけないわけだけど」
海洞は仕事用のスマートフォンを取り出した。これから桃という子の母親と連絡をとるのだろう。部屋を出ていこうとした海洞が、ふと思い出したかのように振り向いた。
「希麗も言っていたけど、無理に信じようとしなくていいからな。ただ、時々こういうことがあるのを知っていてほしいんだ」
「うん。わかってたよ。それで思ったんだけど、希麗さんがいう〝お金頂戴”って、もしかしてこれのこと?」
あー、と海洞はバツが悪そうな顔をした。
「一応、協力してくれたってことでお礼金をあげているんだ。僕の給料からだけど」
「……もうちょっと他の言い方なかったのかなぁ。あと、海兄苦労人だね」
海洞は苦笑いして、気まずそうに電話を掛けに部屋をでた。