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樹木の蔓  作者: 浦川 皐月
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2/15

希麗

 ふぅ、と息を吐き、青輝(あおき)はぐっと背伸びをした。新しく行くことになる学校から出された課題が大分片付いた。これなら新学期が始まるまでには余裕で終わるだろう。

 海洞(かいどう)に手伝ってもらって、模様替えが済んだ二階の一室。シンプルなベットと勉強机、そして大きな本棚とタンスが置かれている青輝の部屋は、広すぎず狭すぎない、彼にとって居心地が良い環境が整っていた。

 海洞の家に来てから一週間。ここの生活にもある程度慣れ、夏休み真っ最中である青輝が家事のほとんどをこなしていた。ただ、料理は今までしたことがなかったので、海洞が仕事から帰ってきてから二人で晩御飯を作り、食卓を囲むのが習慣になってきていた。

 ここの生活は楽しい。日本に残ってよかった。

 青輝がしみじみと感じ、もう少し課題頑張るか、と机に向かったその時だ。

 コトリ、と麦茶が入ったコップが置かれた。

「はい、お疲れさん」

「あ、ありがとぉぉぉぉあぁぁぁぁ!?」

 青輝はキャスター付きの椅子を滑らせて、できるだけその人物から距離をとった。

 その人は女性だった。背丈は青輝とほぼ変わらないぐらいで、長い黒髪を金平糖のアクセサリーがついた(かんざし)でひとまとめにしていた。

「またいつの間にっ! 今度はどこから入ってきたの希麗(きり)さんっ!」

 希麗さん、と呼ばれたその女性は自分の麦茶を飲んで、不敵に笑ってみせた。

「そんなの、いつもの場所に決まっているじゃない」

「なんでドアから訪ねて来ないんですか! 後リビングの窓なら俺ちゃんと鍵閉めたはずなんですけど!?」

「はっはっはっ! 私にはそんなもの関係ないわ!」

「ここのセキュリティぃぃぃぃぃ!」

 一応警察官が住んでいる家なんですけど!? と叫ぶ青輝を見ながら、希麗は満面の笑みを浮かべていた。



「誰だよあんたっ!!」

 一週間前、青輝は初対面の人に初めてこんな大声を出した。はっとして謝ろうとしたが、お茶を飲み終えた女性は「元気がイイネ!」と笑った。

「私は希麗。君のことは海洞から聞いてるよ。青輝君だよね。よろしく」

「あ、ど、どうも。って海兄の知り合い?」

 振り返ると、海洞はやれやれといった感じで息を吐いた。

「ああ。こいつはよく(うち)に来るから、早めに紹介できたのはよかったかもな」

 そうなんだ、と言いかけた青輝はふと疑問が浮かんで別の言葉を吐き出した。

「そういえばどこから入ってきたんですか?えっと、希麗さん」

 よくぞ聞いてくれた、とばかりに希麗はニヤリと笑って立ち上がり、髪留めにしている簪の金平糖のアクセサリーが小さく音を立てて揺れた。

「もちろん窓から!」

「もちろんってなんですか!」

「やぁ、知らない車止まってたし、鉢合わせになるのも嫌だったから裏に回ったのよ。んで、車が出たのを確認したから素早く窓から、ね」

「ね、じゃないですよ! 車が出てから入ったなら別にドアからでもよかったですよね!?」

「おおっ! いいツッコミだね! 嫌いじゃないよ!」

「うれしくないっ!」

 青輝は必死に笑いをこらえている海洞を軽くどついた。

「ていうかさっき〝お金貸して”って言ってたけど?」

「ああ、気を付けないと財布からお金取られるよ」

「捕まえろよ警察官!」

 はっはっはっ! と笑いながら希麗は二人の前まできた。目の前でみて、初めて青輝は彼女が自分とほぼ同じ身長だということが分かった。

「君、おもしろいね! これから長い付き合いになると思うし、どうぞよろしくね!」

 そうして手を差し出されたので、青輝は握手を交わした。

「お金は貸しませんよ」

「流石に子供にたからないよ」

 これが二人の初めての出会いだった。



 それからというもの、希麗はほぼ毎日窓から現れていた。お茶を飲んだり、青輝にちょっかいを出しては、すぐに帰っていく。最初は戸惑いしかなかったが、青輝はだんだん苛立ちを覚え始めていた。

 監視されている気がしてるのだ。母親のように。

 ちゃんと〝いい子”にしてる? 悪いことしていない?

 この女性(ひと)は実は母親の知り合いで、様子を見るように言われているのではないのだろうか。

「んじゃ、そろそろ帰るねー」

 そういって部屋を出ていこうとする希麗を、青輝は呼び止めた。

「希麗さん。なんで毎回僕のところにくるんですか」

「ん?」

 青輝は立ち上がり、まっすぐに希麗を見た。

「特に用事がないなら、来ないでくださいよ。僕がなにをしているのか、そんなに気になりますか」

「んん?」

「あなた、俺の母さんに言われて、毎日俺の監視に来ているんじゃないんですか」

「……んんん?」

 希麗は訳が分からないといった感じで青輝を見つめている。それがまた青輝をイラつかせた。

「とにかく、もう来ないでくださいよ」

 そういって目を伏せると、希麗は場違いな明るい声を出した。

「うん。わかった」

 じゃ、といって希麗はぱたんとドアを閉めた。あまりにもあっさりとした対応だったので、青輝はしばらくあっけにとられていた。

 本当に何しにきているんだあの女性は。

 思えば、こちらの考えを押し付けたまま、ちゃんとした理由を聞かなかった。今のは自分が悪かったな、と青輝は反省した。

 もう来ないだろうから、海兄にあの女性の家をきいて謝りにいこう。

 青輝は置かれていたお茶を一気に飲み干した。



「海洞! お金頂戴!」

 誰がこんなに早く再会するだなんて思うだろうか。

 海洞が仕事から戻り、二人で晩御飯のカレーを作り終えた時だった。

 昼間となんら変わらない、いつもの希麗が窓から現れた。

 ところが、いつもと違ったのは海洞の方であった。

「はいはい。丁度いいから、ご飯食べる?」

 ここで青輝は眉をひそめた。いつもなら第一声が〝帰って”だからである。まぁ、希麗は絶対に数分は居座るのだが。

「おっ! やったね!」

 希麗はさっそく台所に行って手を洗い始めている。青輝はのけ者にされている気がして、少し不機嫌になった。

 しかし、文句を言うより早く、海洞が声をかけた。

「青輝。今から話すこと、大事なことだからしっかり聴いていてほしいんだ」

 めったに聞かない、海洞の真剣な声だった。予想していないことだったので、思わず緊張した。

「そんなに固くなんなくていいよぉ」

 手を洗い終わった希麗が海洞の隣に並んで、ニヤリと笑った。


「私が、ちょっと変わり者ってだけだよ」

「……毎回窓から入ってくる時点で相当変わり者なんだけど?」

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