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樹木の蔓  作者: 浦川 皐月
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新しい生活

 車に揺られながら、青輝はぼーっと外を眺めていた。

 遠くに見える入道雲。吸い込まれそうな空。その前に時々現れては視界を邪魔する家々。

 どこの住宅街もあまり変わらないなぁ。と、適当なことを考えていると、ゆっくりと車が止まった。

「さあ青輝(あおき)。早く降りて、荷物おろすの手伝ってちょうだい」

 青輝の母は、車から降りると小さな荷物をいくつか持つと目の前の一軒家に入っていった。運転をしていた父は何も言わず、トランクに積んであった段ボールを抱えて行ってしまった。

 青輝は特に不満を言うわけでもなく、残っていた荷物を持てるだけ持って家の前に立った。

 どこにでもあるような、普通の一軒家だ。白い壁に、黒い屋根。二階建てだが、全体的に小さく感じる。

 ここが、今日から彼が過ごす家となる。


「やぁ、青輝。よく来たね。荷物運ぶの手伝うよ」

 玄関で入れ違いになったとき、海洞(かいどう)に声をかけられたので軽く頭を下げた。

「ありがとう、海兄(かいにい)。今日から、よろしく」

 こちらこそ、と海洞はにこりと笑って車のほうへ歩いて行った。

 警察官である海洞は青輝の従兄で、この家に住んでいる。前は祖母と共に住んでいたが、二年前に亡くなって今日まで一人で使っていた。そこに両親が揃って海外で仕事をすることになり、日本を出ることを拒んだ青輝がお世話になることになったのだ。

「ほんとごめんなさいね海洞君。青輝が行きたくないっていうこときかなくて」

 荷物を運び終えて、リビングでお茶を啜っていた時に母がそんなことを口に出した。海洞は「これからお世話になるから」と渡されたイチゴ大福を美味しそうに食べながら顔前でブンブンと手を振った。

「気にしないでくださいよ。もともと、一人暮らしするには広すぎたんですから」

 確かに、一人で住むのに二階建ては広すぎる、というより贅沢すぎる。二階のほとんどは物置になっていることだろう。

「そう言ってくれて助かるわぁ。青輝一人を家においておくわけにもいかなかったから。ああ、新しい高校への手続きは済んであるから、秋から適当に行かせてください」

 それから、と続く母の話を、青輝はほとんど聞いていなかった。イチゴ大福をゆっくり咀嚼しながら、早く時間が過ぎてくれないか、とただただ願っていた。


「じゃあ母さん達もう行くからね。〝いい子”にしてなさいよ青輝」

 玄関先でそう言った母に、彼はにこりと笑ってわかったと答えた。父は海洞に「息子をよろしくお願いします」と頭を下げて、さっさと車に乗ってしまった。

 車がゆっくり発進して、すぐ近くの交差点で曲がって消えた。二人でそれを確認して、家の中へ入る。

 ばたん、とドアが閉まった直後。

 青輝は両手を高く突き上げ、叫んだ。


「自由だぁぁぁぁぁ!!!」


 青輝は喜びに震えていた。

 どれほどこの時を待ち受けていたことか! 周りしか気にしない母さん。こちらに見向きもしない父さん。そんな二人に挟まれれば嫌でもストレスがたまる。二人が揃って海外に出るとわかったときのあの喜び! しかも小さい頃から仲が良い海兄と一緒にいられるなんて! ああ、これからが楽しみすぎる!

「……一応警察官である僕としては、複雑な心境なんだけれども」

 青輝の後ろで苦笑しながら、ぼそりと海洞が呟いた。

「ていうか青輝、家族に対して猫かぶってるってどういうことなの」

「ああいう態度をしておけば何も言われないからな! 面倒事をいちいち起こすのもバカげてるだろ?」

 青輝がこのようなことを言うのには理由がある。普段、母好みの〝いい子”のふりをしていれば両親は青輝に何も言わない。彼は叱られるのが面倒だからずっとそうしていたが、今回ばかりは猛反発した。

 二人の都合で外国までついていくことが、絶対に嫌だったからだ。

「どうしたの青輝! あなた物分かりがいい〝いい子”でしょう!?」

 いつもは温厚なの母も、この時ばかりは声を張り上げた。それでも反対をしていた青輝に、珍しく父が口をはさんだ。

「うるさいぞ。青輝。諦めなさい」

 青騎が両親は味方ではないと再確認した瞬間だった。こちらの意見なんて、二人は聞いてくれないのだ。

 そんな絶望的な状況で、助け舟を出してくれたのはこの件を知った海洞だった。

 海洞はわざわざ休暇を取って近くもない青輝の家に来ると、両親から詳しく事情を聴き、その上で提案した。

「青輝くん、僕のほうで面倒を見ましょうか?」

 小さい頃から仲が良く、警察官である海洞からのこの提案に、二人はあっさり頷いた。

 彼らから見れば、海洞ほど立派な〝いい子”はなかなかいない。だから安心して青輝を預けるのだ。


 海洞君と一緒なら、青輝は〝いい子”のままでいられるだろう、と。


「それよりもさ、部屋の模様替え手伝ってほしいんだ。適当に置いたままだから片付けたいんだよ」

 青輝は一刻も早く両親のことを忘れたかった。知り合いがいないこの町なら、自分らしく生きられる。前の学校の友達と会えなくなるのは残念だと思ったが、これからの生活への期待の方が大きかった。

「ああ、いいよ。でもその前にコップを片付けるから」

 その後で。と言おうとしたのだろう。しかし海洞は言わなかった。

 リビングに先に入っていた青輝が固まっているのを見たからか、その先にいた()を見たからかはわからない。

 この時青輝は、あまりにも突然すぎて何も考えることなどできなかった。


 リビングの、さっきまで海洞が座っていた席。そこに、知らない女の人が座っていた。

 テーブルに残っていたイチゴ大福を美味しそうに食べ、お茶を啜る。

 青輝が言葉を発する前に、その人は二人に気づき、片手をひらひらと振ってみせた。

「やあ海洞! お金頂戴!」

「ないから帰ってくれないかな」

 青輝はこの二人のやりとりを聞いて、やっと声が出せたのだった。


「誰だよあんたっ!!」


 

 これが、始まり。

 新しい町で、新しい生活の中の、新たな出会い。

 物語を紡ぐ糸はもうできている。

 どのようなモノになるかは、彼ら次第だ。

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