探心
――本性世界。確立。
[1]構造体の再構築および接続の完了。
――記憶世界。エラー。
[2]深層意識における絶望的心情による変化のため。
――顕在意識。確立。
[3]強い自我意識および因果の収束を確認。
――命の、再生。
「……っ」
目が覚めると、そこに篝の顔があった。
心配そうな顔をしているように見える。
手を伸ばして、頬にそっと触れると、不思議なことに篝が優しく手を包みこんでくれた。
「また……散ったんだな」
おぼろげに覚えている。
理論の一部に触れて、高層域の領域に手を伸ばし、精神が崩壊。
自我の一欠けらすら残さず散ったはずだ。
繋いでくれたのか……篝が。
「……ごめん」
また篝の手を煩わしてしまった。
篝は儚げな笑みを浮かべて見下ろしている。
……見下ろして?
膝枕されている?!
「ごご、ごめん!」
悪気はないのだと言いたくて立ち上がろうとして、転んだ。
転んだ瑚太朗の背中に篝が覆いかぶさってきた。
「え……? ちょ、……」
篝はまるで瑚太朗の姿を確かめるようにあちこち触れていた。
くすぐったい感触は、だが決して淫靡なものには感じない。
頭、耳、首、腕、足、腹……。
ひとつひとつ、その形をなぞるように触っていた。
「か、篝……?」
必死な顔。
まるでどこか間違っている部分がないか、確かめているかのようで。
「大丈夫だ。俺は元通りだよ。どこも欠けてないから」
正面を向くと、篝は横たわっている瑚太朗にしがみついて抱きしめてきた。
小刻みに揺れる小さな肩。
……泣いている。
あの篝が。
どう反応すればいいのかわからない。
こんなこと今までなかった。
だけど、自分のせいで泣かせてしまったのは事実だ。
「篝……ごめん」
彼女の頭を引き寄せ、抱きしめられるがままに任せた。
小さな子供のように泣く篝。
愛おしさが瑚太朗の胸を締めつけた。
あるいは崇高なものを無私の愛で包みこむ気持ちに近い。
篝の涙は暖かかった。
彼女は現象。生存の本能のようなもの。
頬を伝う雫の暖かさはそれだけでは説明がつかない別の何かを感じる。
何よりも尊く、何よりも愛おしい。
この存在を護りたい。
「篝」
彼女の手を握りしめるとリボンが纏わりついてきた。
それが抱擁してくれるような感触で。
初めて感じる優しさだった。
「行ってくる」
「…っ」
「大丈夫、すぐ戻ってくる。今度は消えないから。本当」
「……」
「信じて欲しい。あと少しなんだ。今のままだと存在を確立できない。何かが欠けている。それを見つけないと」
「……」
篝は瑚太朗の顔をじっと見つめると、握りしめた手を離して指を当てた。
少し躊躇ってから、指で「の」の字を書いている。
きょとん、とその仕草を見たが、すぐになんなのか気づいた。
「あ、おまじない?」
こくり、と頷く。
どこの知識からなのか。
ちょっと違う気がしないでもないが、それでもその気持ちは嬉しかった。
「ありがとな」
身を起こして篝の頭を撫でる。
すうーっと息を吐いた。
大丈夫、どこまで行けば壊れるのかはわかってる。
ヤバい部分に触れさえしなければ、情報の流出はない。
もう二度と篝を傷つけないためにも慎重に、細心の注意を払おう。
瑚太朗は覚悟を決めて、枝状になっている情報の一部に触れた。
[1]世界
(これだ……)
さっきはこの情報を見ようとして、壊れた。
ただの概念情報じゃない。
(まずは表層部分からだ)
[1]世界(物理的な大地などの背景表現)
地表、球体状惑星などを含む生命体生存可能領域。
多元論的解釈に基づくとその広義は多種多様を極める。
※種子の項目参照のこと。
(種子?)
大地に芽吹くという意味なのか。
参照しようとしたが、危険域を示すエラー表示になる。
おそらく篝がロックしたのだろう。
気にはなるが先を進むしかない。
[1-α]世界構造
万能の力によって網目状に引き延ばされる生存経路が織り成す構造体。
時間軸上に同軸変位が発生し、再進化に伴い消滅・再構成を繰り返し――
(うっ……)
駄目だ、ここから先は見てはいけない。
何かの根幹に関わっている。
生命が根付く基盤でもあるから当然だが。
では思考、思想……知的生命体の根源的要素について。
[17807]希望
(え……?)
こんな感情がこんな遠くに分類されるのか?
ああ、そうか。
そもそも感情とは社会生活を営む上での連鎖的反応であり反射であり――。
違う、そうじゃない。
そんなものが人間の感情であるなら、自分自身の気持ちすら否定してしまうことになる。
[17807]希望(人間の希望的感情)
自己の確立・精神的自立を促し多幸感を誘発する。
しかし行動原理の発露とはなり難く、閉塞された環境下では容易に変換が可能。
(希望が人の行動基準にはならない……)
では絶望は?
参照したが、それも希望の項目と対を成すがほぼ同じ内容になっている。
(どういうことだ?)
記憶を辿ってみる。
此花ルチア。
彼女に与えられた情報が彼女の理性を打ち砕き、取り返しのつかない事態となった。
ブレンダ・マクファーレンがルチアに接触しなければ?
(いや……)
どちらにしろ鍵の救済が起こる。
静流のときも同様だ。
朱音だけは聖女システムが引き起こした救済だが。
(人間の感情が行動原理の発露とはならない)
そこに何かの答えがある気がする。
[注意!]
(え?)
[当データベース閲覧時間終了です]
(ええー?!)
もうちょっと待って欲しいのに。
[閲覧者は速やかに退出を]
(わかったよ)
まだ余裕はあったが仕方ない。
還ることにした。
「……」
篝は手を合わせて瑚太朗を見ていた。
「ごめん、少ししか見れなかった」
「……」
「でも還ってきたから。な?」
こくり、と小さく頷くと瑚太朗にしがみついてきた。
こんなに懐かれていただろうか。
いや、これは懐くというより……。
(変化を恐れている?)
万能の力――アウロラの干渉によって篝との間に何らかの繋がりが出来た。
その感覚が伝えている。
篝が必死になって隠そうとしていること。
それが何かはわからないが……。
(俺を変えてしまうほどの、何かなのか)
瑚太朗にしがみつく篝の肩が、小刻みに震えていた。
こんなの篝ちゃんじゃない!という苦情は受け付けます。
冒頭の文章は篝の言葉ではありません。
ご想像におまかせします。