勇者だけど今回の魔王討伐は無理っぽい!
小学生のときに考えていたネタを再構成したらこんなことに……。
ぼくの名前はエアリエル、勇者だ。全ての近接武器と全ての遠距離武器と、上級までの全ての魔法を極め、人間のアジリティとしては限界に達している。おかげで味方に「一撃死を防ぐ魔法」をかけるためにはその優位性を捨てて順番を遅らせなければならない。……究極の器用貧乏、それがぼくだ。
くそぅ、遺跡に眠る魔神の落とすレアアイテムさえあれば二回行動が取れるのに!
ああ、魔神? 何度倒しても落とさないよ。クズ運め! モンスターとの遭遇だけは隠行しててもパーセンテージ通してくるくせに!!
幸運0で生まれてきたぼくは、店売りのラックの種を全部飲み込んでも10にしかならなかった。世界中回ったっていうのにさあ!!
15の誕生日に王さまに呼ばれてから一年半、ひたすらレベル上げに費やしてきたけれど、ようやく魔王を倒しに行く時が来た。世界各地に手紙を出して集めた仲間がやってくる約束の日が今日なのだ。ぼくは武者震いを拳を握って抑え込み、魔王城に通じる水界の門が沈む湖へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
湖を見下ろす丘に立つ勇者の前に、一番最初に現れたのは屈強そうなゴツイ筋肉を持つ大男だった。頑丈そうな革の服に、使い込まれた部分鎧、明らかに殺傷目的に作られたのが見てとれるごてごてのブーツ、何より特徴的なのが武器を持っていないこと、だ。
「やあ、来てくれてありがとう。きみが格闘家かい?」
「……ああ。あんたが勇者、なのか?」
「そうだよ」
「俺はアレックス。徒手空拳だが、どんな敵もこの拳で粉砕する。奥義を極め、火の中も水の中も俺の不得意なステージはない。毒が効かないし、飲まず食わずでも戦えるぞ!」
「すごいや。頼りにさせてもらうよ」
「任せろ!」
格闘家は歴戦の勇士が持つオーラを纏っていた。黒髪に琥珀の瞳、浅黒い肌にはいくつも傷が浮かび、右耳は潰れていたがなかなか整った顔立ちをしている。格闘家はきょろきょろと辺りを見回した。
「城は? 魔王はどこに居ると言った?」
「みずのなかにいる。言ってなかったっけ、魔王って水界の魔物だよ」
「………俺は、魚だけは、駄目なんだ」
格闘家は勇者の言葉に苦りきった表情で言葉を絞り出した。
「あの目だけは……どうにも……」
「そう……」
「すまん……」
「いやいや、魔王以外のモンスターも居るからね。よろしく頼むよ!」
「あ、ああ……」
勇者は少し遠い目になりながらも格闘家と握手を交わした。次に現れたのは幌馬車に乗った男だった。
「あ、きっと商人だよ。やっほ~!」
勇者はどんよりした空気を払うべく楽しげな声を出した。幌馬車はゆっくり二人の前に止まり、中からは背の高い髭をぴしりと撫で付けた油断ならなさそうな男が出てきた。
「勇者様、でございますね?」
「ああ、ぼくが勇者だ」
「こちらを……」
男が懐から取り出したのは、勇者が出した手紙だった。
「……?」
「我が主人のエルエルマーニは大切な商談が重なり、こちらにはいらっしゃれません。大変残念がっておいででございました」
「お……おぅふ」
「ですので、代わりに私が勇者様の魔王討伐をお手伝いさせていただきますが、報酬は受け取ることは出来ません。このお手紙はお返しさせていただきます」
「えっ、きみが報酬を受け取ればいいじゃないか」
「それはなりません。エルエルマーニの都合でご迷惑をお掛けするのですから、他の皆様に報酬を分配するのが当然でございます」
「は、はあ……。分かったよ。よろしくね」
「では、私はお仲間が揃うまで馬車におります」
「うん……」
圧倒的な説得力により勇者は気圧された!
商人の代理人が馬車に入るのを見届けて、勇者は振り向きもせずに背後に声を掛けた。
「で、きみは誰? 出てきて挨拶したらどう?」
「なっ!?」
格闘家が慌てて戦闘態勢を取る。謎の人物は勇者の背後の格闘家の影に紛れていた。
「……よく、気づいたね」
「おわっ!!」
「勇者だからさ」
格闘家は思わず鉄板の入ったブーツで謎の人物を踏みつけようとしつつ左肘をそいつに叩き込んだ。が、謎の人物はそれらをぬるぬるとした動きで躱して二人の前に姿を見せた。
どうやら敵意があって近付いたわけではないらしい。両手を上げて掌を見せながら謎の人物は格闘家の攻撃範囲から外れた。
「暗殺者か!」
「……ちがう」
格闘家の言葉にその人物は首を横に振った。小柄な、子どもと言っても良いほどの背の高さしかない。全身が微妙な濃淡のある草色の革鎧で、布の帽子を目深に被っているため男か女か大人か子どもか、そもそも人間かどうかも分からない。
「暗殺者じゃないなら、きみは誰?」
「……呼ばれたから来た。僕は、僧侶」
「「僧侶?」」
「……そう」
勇者と格闘家は絶句した。
こんなの絶対僧侶じゃない!
「……人間の急所を知り尽くしているから、 対人戦は任せてほしい。……得意なのは背後からの一撃。くすりの調合も任せて。モンスター相手でも急所攻撃は乗るし、挟撃のサポートもする……」
「あー、……回復は?」
「?」
「……うん、良いよ。ぼくが回復するね。よろしく、えっと?」
「……僕は影で良い」
「いや、名前……。ん、分かった。よろしくね」
僧侶は影に消え、二人は無言で他の仲間を待った。不意に、勇者が警告のように強く短く口笛を吹いた。格闘家は勇者を見、次いでその視線の先、上空を見た。
「な、何だあれは!!」
見上げた先に、金色に輝く二つ首の竜が雲の狭間を縫って飛んできていた。
ようやく羽音、風、影が丘の上に届いた。その頃には勇者、格闘家、僧侶、商人の四人は戦闘態勢を取っていた。勇者の「一撃死を防ぐ魔法」は既に完成し、四人を魔法の光が包んでいた。残念ながら持ち得る攻撃手段ではまだ竜には届かない。勇者では全魔法のうち上級までしか覚えられないために、フィールド外には攻撃出来ないのだ。
『勇者よ……』
「っ!」
響き渡る異形の聲に流石の勇者エアリエルも冷や汗を垂らした。絶対的な、生物としての格の差、この金の竜が咆哮するだけでこの場にいる全員が狂気に悶え、一息吐き出すだけでこの丘は焼け場と化すだろう。
(まぁ、それでも勝つけど……!)
勇者はにやりと笑った。城の地下から持ち出した王家に伝わる聖剣が、勇者の魔力を受けて輝き出す。
『魔物使いを待っているだろう……』
「は?」
『我はお前に告げねばならぬ……』
「ちょ、ちょっと待って! 魔物使いの遣い魔なの?」
『そうではない。魔物使いは我を支配しようとし、我との真剣勝負に敗北した……。我は奴を喰らった。約束として我は奴の代理として勇者に力を貸す……』
「まさかのパーティメンバーだったっ!?」
勇者は力一杯つっこんだ。
『叫ぶな……。耳が痛い……』
「耳が弱いの!?」
むしろ耳はどこにあるのだと問い詰めたい。
「まあ……うん、よろしく!」
『行くときは呼べ……』
竜は空中に待機するようだ。勇者は気にしないことにした。気にしたら、敗けだ。
商人の馬車を牽いていた二頭の馬は死んでいたので竜が喰った。
「さて……。残りは一人かぁ」
「ゆ、勇者……。本当にアレを連れていくのか……?」
震える格闘家の言葉に勇者は「何を当然のことを言ってるんだ」という顔で頷いた。
「私、帰ってもよろしいでしょうか?」
「ダメ」
商人の代理人も真っ青な顔で許可を求めるが勇者はにべもない。
「あと最後の一人、魔法使いが来たら出発するから。あ、僧侶、逃がさないよ」
「……何故バレた?」
「勇者だからさ」
冷や汗をだらだらと流す僧侶に、勇者はにっこり笑ってみせた。
「やはり勇者は人外か……」
「竜を前に獣のように笑っておりましたからな」
「ステータスも狂ってる……」
三者の言葉に、勇者は口をへの字に曲げた。
「ひどい……傷つくなぁ。ぼく、女の子なのに!」
『ええっ、おま、おにゃのこだったん!?』
「ちょ、喋り方ぁ!!」
竜はキャラを作っていたようだ。
と、そこへいきなり風が渦巻いた。青い稲光が魔法円を形作っている。三重の円の中には複雑な魔方陣が展開され、やがて爆音と共に光が溢れ、暴力的に視界を犯した。
「あ、どうも勇者サン、魔法使いです」
「もうちょっと丁寧に出てきて欲しかったなぁ。で、その腕のこどもどうしたの?」
「娘です」
「え?」
「娘です」
どうやら聞き違いではないようだった。
青いローブに透き通った紫のマントを羽織った男は、トレードマークである身長と同じ長さの杖ではなく、おくるみに包まれている生後間もない赤ん坊を抱えていたのだ。子どもはあんな爆音がしたというのにすやすやと眠っている。
「いやぁ、うっかり子どもが出来たらうっかり能力持ってかれちゃった」
「ちゃった、じゃない!」
「びっくりしすぎて草生えるwww」
「除草剤まくぞこら!」
「ほんと、ごめんね!」
「軽っ! 魔王城攻略に必須な水の最上級魔法は、ぼくじゃ再現出来ないんだけど……?」
全員が「どーすんの?」という目で勇者を見る。勇者の命令で集まった彼らは、無言のうちに勇者の意見に全てを委ねた。
「あー、……今回の魔王討伐は無理っぽい!」
魔法使いも、僧侶も、商人の代理人も、魔物も、皆それぞれの居場所に帰っていってしまった。風吹きすさぶ丘の上には勇者と格闘家だけが取り残されたように立っている。勇者は頭の後ろで両手を組んで、大袈裟にため息を吐いた。
「あ~あ、誰もいなくなっちゃった。薄情なやつらだなぁ」
「……で、勇者はどうするんだ、これから」
「ん~、もうちょっと格闘家と一緒に居たい、かな?」
「えっ?」
勇者がにこっと笑うと、純情な格闘家は赤くなった。勇者は続けてにこやかに言った。
「だって格闘家のアレが一番デカ……ぶっ!」
「おーまーえー!?」
張り飛ばさないように注意しながらも素早い格闘家の掌が勇者エアリエルの顔面を覆う。
「あはは、勇者からは逃げられないよ?」
「っ!!?」
いつの間にか勇者は格闘家の後ろに回り込んでその細い腕で腰に抱きついていた。
「はぁ、持ってて良かった逃走妨害系スキル」
「くぬっ、はなせっ!」
「まぁまぁ。損はさせないよ? ぼく、テクニックもカンストしてるし、王の娘だし? 究極の逆玉の輿じゃんね?」
「いやだー!? 帰るぅ!!」
「だから逃がさないって」
「せ、選択肢! 選択肢は!?」
『はい
いえす←』
「逃げられない!?」
「逃がさんぞ~」
「アッー――!」
……Happy ending?
約16年後……
「おい、ババァ、何の用だよ?」
「ん、魔王倒してきて。そろそろ頃合いだし」
「はあっ!?」
「武器も金も仲間もあげないけど頑張ってね!」
「はぁ~っ!?」
「行ってこい」
「選択肢は?」
「ねーよ」
何とか仲間を集めた勇者は魔王を倒した後で母親に挑んで返り討ちされたという……。