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レウコン・シリオ・マルはもうすぐ捕マル。~~もしくは、悪魔のつもりが俺が~~  作者: 骨々
レウコン・シリオ・マルは捕マル訳にはいかないのだ。
5/9

なのに悪魔は嘲笑い出す

その頃、ナオとタリスは……。


※最初にあるマルたちのシーン、実は前回の更新時に掲載する予定だったのですが、コピペし間違えて掲載から漏れてしまってました。

『し、死んだ?』

『生きてると思う。死体も見付かんないし』

 ナオの戦況はかんばしくないようだった。

まずいな。逃れたようだが、ナオがやられたらしい。敵が来る」

「なら、早く隠れませんと」

 逃げ場がない。しかし幸いにしてか、ここ地下遺跡は隠れるには事欠かない。……だとしても、見付かるのは時間の問題だろうが。

「絶体絶命だな……。地上に待機しているガトリーたちが救援に来てくれれば、まだ望みはあるかもしれないが」

 ウォーがいつになく渋いテレパスを出す。悩ましい表情が少しカッコイイ、なんて気の抜けたことを考えている暇ではない。

「あそこは通れないか?」

 そして私が指差したのは、天井の通気口だ。ハートがいる今なら、入るのは不可能ではないだろう。チビ太郎では背が届かなかったし。

「え……でも、格子で固定されてるんじゃ――」

「ハート、外せるか?」

「試してみます」

 ハートは駆動外殻アラベラを装着している。

 アラベラは第三世代で最初期の駆動外殻であり、帝国で戦闘用に開発され、量産品では初めて実践に投入されたものだ。今でも、アラベラは改修と更新が繰り返され、第一線で活躍している。歩兵の脚部強化を目的として設計され、その跳躍力は当時では最大を誇り、現在の基準になっている。また、初めて油圧式のハンド・ガードが採用された強靭な腕部は、準自動鎧ハーフ・アーマーの制圧や建造物等の施設破壊に役立っている。集音装置を搭載したヘッドギアは、ブレイン・マシン・インターフェイスとしても機能し、ノン・グリップ式の火器類や迫撃砲の同時連続使用を実現する。

 ハートはアラベラの特徴を存分に発揮した。助走なしでほぼ垂直に跳び上がり、通気口を塞いでいる格子をハンド・ガードで掴む。その状態から体を振り子のように揺らして天井と壁にそれぞれ足を付けると、力を入れて格子を引き剥がした。

 バラバラと茶色い破片が振る中、ドスッと、ハートが着地する。

「簡単に外れましたね。かなり脆くなっていたようです」

「入れそうか?」

「マル様は容易に入れるでしょう」

「待って下さい。俺が先に入ってみます」

 ウォーが私の頭に引っ付いた茶色い粉を払いながら言った。この中では、ウォーは私の次に小柄である。

「では、私が肩車しましょう。さぁ」

「……肩を貸してください」

 ウォーは靴を脱いで懐に仕舞い込むと、しゃがんだハートの肩に足をかけた。ハートはその足首を持って立ち上がる。器用にやるもんだな。

 ハートが立ち上がると、ウォーは直ぐに天井まで届いたので、上半身を通気口に入れてそのまま入り込んだ。

「いけますね」

 そんなウォーに向かってタリスがいちびって言う。

「やーい。ちーび、ちーび」

「うるさい。燃費が悪いのを誇るな」

 ウォーが通気口から顔を覗かせ、こちらに手を差し出す。

「マル様をこちらへ」

 言われて、ハートが私をひょいと抱え上げる。ウォーは私の腋に両腕を差し入れ、通気口にまで引き上げようとする。そして私は自力で通気口の端を両腕全体で引っ掴み、腹に力を入れる。上体が入った私の足をハートが下から押し支えた。そうやって、3人でバタバタしながら私はダクトの内部に到達する。

 中は、通路よりも遥かに暗かった。ウォーの顔とお尻の区別が付かない。壁を触ると、あちこちがふわふわしていて、埃が張り付いているのが解った。

「2人は来れないか?」

 私は髪を纏めて姿勢を整えながら、パットとタリスに訊ねた。ハートは……見るからに無理にしても、この2人は無理をすれば入るかもしれない。

「パット、先に行って」

 タリスが言った。

 パットは腕を怪我しているが、ウォーと私で引き上げれば登って来れるだろう。

「了解」

 と、下から走る物音がしたと思って通気口から通路を覗くと、そこにパットの顔があった。

 彼は助走を付けてジャンプし、自力で通気口にまで手を伸ばしていた。慌ててウォーがその腕を掴みハートが下から押したが、その必要はあったのだろうか、難なくダクト内に体を滑り込ませる。

「僕も入れるよ。ギリギリ」

 流石は猫化人だな。

「タリスは無理か?」

 ウォーが訊ねる。

「パットでギリギリなら、僕は無理だろ」

 タリスが、分かっていたと言わんばかりに言葉テレパスを吐いた。そんな消沈するタリスに、ウォーが気楽に告げる。

「じゃー、ネサリッシュさんに頼んで、関節の一つや二つ外して貰え。パットなら戻せるし」

「無理だから」

「……君が外してから言いなよ」

「外そうか?」

「やめて下さい。怪我をしてしまいます」

 だが、これもあながち冗談ではなかった。ここから別の脱出路までは距離がある。接敵は避けられそうにないのだ。

 だから、アラベラを装備しているハートはまだしも、怪我をしているタリスを置いて行くのは気が引けるが……

「心配しないで下さい、マル様。先程の約束、必ず守ります」

「……分かった」

 その眼を信じることにした。今の私には、それしかできることがないから。

 自分の不甲斐なさに泣きそうになる。けど、そんなことをすれば皆を困らせるだけなので、私は眼を瞑って堪えた。

「工具と、それからハルベルトは君たちが持っていてくれ。あと、これも渡そう」

 私は通気口から身を乗り出し、ポケットから取り出した最後のマダライトをタリスに手渡した。

「これ、ネツァル公爵家の……」

「預ける。必ず返せ」

「……はいっ!」

「ハート、タリスを頼むのだ」

「承知いたしました」

「うん……。では、君たちも早く先を急ぐ行くのだ。――ウォー、君がいる方が上階へと繋がっている。道案内は私がしよう」

 暗い中、ウォーの頭があるだろう方に向かってテレパスを飛ばす。

「分かるんですか?」

「さっき、君らの眼と耳を借りたときに道を探して置いたのだ」

「おおー」

 右手からパットの感嘆が聞こえた。

「ではマル様、俺の腰に捕まって下さい。俺が引き摺った方が速いので」

 ウォーがそう言うので甘えることにする。脚も片方ないし。

 そして腰辺りにしがみ付くと……あ、指先がなんか変なのに当たった。まぁいいや。ウォーはタリスとは違うから気にしてなさそうだし。



 落下し体中に痛みを走らせながらも、健気な私は直地と同時に昇降路から転がり出て追撃を逃れます。数秒、耳をそばだて昇降路に向けてグランレイン・リヴェンジャーを構えていましたが……どうも追っては来ないようです。

 階段で戦わなかったのは正解でしたね。退路の確保は女の嗜み、ですから。

 けれど、両足が折れちゃいました……。

 アラベラのお陰でなんとか歩行は可能ですが、とても走れるような状態ではありません。左肩もアラベラ越しにハルベルトの銃弾を受けてしまったため持ち上がりませんし……。かすめただけでもこれとは、やはり人に向けていい兵器ではありませんね……。昔も今も、よく人に向けたものですけれど。

 ああ、熱気に焼かれた皮膚も、今更ヒリヒリして来ましたわ。気を抜いている場合ではありませんのに。けど、んぅ、地下の冷たさが、今は心地良いぃ……。

 なんて、濡れている場合ではありません。

 さっき引き摺り落としたピンク・パンサーの残骸に目をやります。……再利用は難しそうですが、一部の装備は使えますね。

 落下時の衝撃からか腿から飛び出ているアーマーハンド――ステンド・ファルコンを手に取ります。人間の手には少し大きいですが、アラベラを着装している私なら扱えない代物ではありません。次に腕部装甲を引き剥がして、腕に収納されているパージ・ナイフを取り出す。安物ですが、ないよりは良いでしょう。

 さて、とりあえずは召喚予定地である部屋まで行ってみましょう。今もそこにマル様がいらっしゃるとは思えませんが……。

 無事な右腕を壁に添わせ、壁伝いに真っ暗な道を進みます。そうやって、昇降路脇の階段を降ります。

 ここまで深い階層になってくると、地中の圧で外壁が圧迫され、内部の補強筋などにも影響が出る。一ヶ月前の調査時と変化は見受けられませんが、やはり長居はしたくないですね。

 けど……これはおかしいのですわ。深い階層に降りたのに、瘴気が漂っていません。そもそも、ここが最も瘴気が十分にたぎっている場所でしたから、召喚地に選んだのです。一ヶ月程度で、外界と隔絶された地下遺跡深部の環境が激変する訳がありません。

 瘴気は悪魔召喚に於いては触媒として使用します。故に消費されることはなく、逆に瘴気濃度が上昇することさえあるのです。瘴気は一定の場所に留まらず、他の物質や情報を巻き込んで増加し拡散する性質を持ちますから、特別なことをしない限り減少しない筈ですが……。

 悪魔を召喚した影響にしてはクエスチョン。それとも、気を利かせた悪魔さんが瘴気を除去したのでしょうか? なんとお優しい悪魔ですかね。そんな悪魔なんて存在――するだろ、ここに。闇で自由に動けるのは、誰のお陰だと思ってやがんだ?

 黙らっしゃい。思考に割り込むなんて、お行儀が悪いですよ。

「なら、赤子みてぇな大声(ベイビー・クライング)で騒いでやろうか? 別に構わないぜ。もしかしたら、愛しい愛しい霜降りのお嬢ちゃんにも届くかもしれねぇしなぁ。ゲヘヘッ」

 余計なテレパスを叩く暇があるなら、貴方がマル様の居場所を特定してみせれば良いでしょう?

 できる訳ねぇだろ、んなこと。俺様に解るのは嘘八百と時刻くらいなもんだっての。

 ……今、何時ですか?

 さてな。ハムイと繋がれねぇから正確なところは解らんが、4時56分17秒ってところだろ。地下に潜ってから、2時間11分53秒ぐらいな。えーっと、誤差は凡そ0,00000000――解りました。もう良いです。

 おい、てめぇは割り込むのかよ。

 私の脳ですから当然です。

 ……マル様、今頃お腹を空かせていらっしゃるでしょう。それに、寒いのと怖いので震えている筈。早く私が温めて差し上げなければ。



「へくちっ」

「マル様、大丈夫ですか?」

「うん……」

ほこりっぽいですからね。しょうがないです」

「お前の馬鹿デカイ三連発とマル様の慎ましいのを一緒にすんなよ。危うく、魔獣に見付かるところだったじゃねぇか」

「あれ、魔鼠イビル・ラットだったじゃん。ウォーのビビりー」

「お前は猫だから平気かもしれねぇけどな。俺は実家で貧乏してたとき、耳齧られたことがあんの。それ以来、嫌いなの」

「へくちっ」



 悪魔の目を頼りに、這々(ほうほう)の体で召喚予定地へと辿り着いた私は、腑甲斐ないことにその光景に血の気が引いてしまいました(内気で怖がりな乙女なので仕方ないことですが)。

 本来なら通路と部屋を分かっている筈の扉は吹っ飛び、室内の状況を露わにしています。

「マル様……!」

 壁は煤だらけですが、空気は既に冷え切って何も薫りません。おそらく、室内で何かが爆発したのでしょう。残留思念は……何者かに消されているようです。

 そして目に飛び込んできたのは防護服と、何やら黒焦げになった金属の……これはマル様にお渡ししたアラベラのヘッドギア……! イカれていますね。ですが、防護服は無傷ですから、マル様は無事なのでしょうか?

 いえ、これはもしかしたら、全裸にひん剥かれた残骸なのかも……。なんとけしからん。万死に値します。私だってそんなことしたことありませんのに!!

 そもそもマル様を泣かせた時点で殺す!! 減刑しても死刑不可避。拷問が優しくなるだけです。そんな奴は、喩えタリスであろうと赦しはしません。シュシュちゃんなら赦しましょう。

 妄想も大概にしとけ。必要なのは事実だ。

当惑を集める手(パズル・キャプチャー)を実行してます』

 と、悪魔は勝手に術式を実行しました。普段なら叱り飛ばすところですが、まぁ今はいいでしょう。

 さて、当惑を集める手(パズル・キャプチャー)に依ると数人の野郎の気配。これは、きっと追手でしょうね。それ以外は……駄目ですね。判読しようがありません。マル様なら読めるのかもしれませんが……何分、私には学がないものですから。

 覚えたのは不慣れな喋り方と、ヒトの壊し方だけ。あっ、あと髪の梳き方と、パッチワークと編み物もありましたか。……壊し方以外は、全てマル様から頂いたものです。

 ここにいても、これ以上は何も見付からない。そう判断した私は部屋の捜索を諦め、もしマル様が無事ならば向かっていることでしょう、下階へ向かうことにしました。



 暗い通路を進むこと1分足らず。それは直ぐに見付かりました。通路脇に転がっていたのです。装甲の全面が黒焦げて、手足がバラバラの自動鎧リビング・アーマー。グラス・パンサーの残骸です。

 先程、部屋であったと思われる爆発に巻き込まれたのでしょうか? だとすれば、あれはマル様が所持しているマダライト・ボムに依るもの……? とするなら、これは嬉しい発見です。マル様は敵を撃退し生存しているのかもしれません。少なくとも、ここまで逃げ遂せたのは確実なのです。

 グラス・パンサーの状態を詳しく見てみます。手足がバラバラなのは、銃撃を浴びたのが原因のようです。胴体部の銃痕から察するに、やはりこれはハルベルト‐69に依るものでしょう。動力に用いるオイルが各所から漏れ出ているので、リユースは難しそうですね。リサイクルに回すしかありません。しかし胴体部が無事ならば、背中に搭載された発力器バッテリーも使える筈。装甲が剥がされた形跡がないので、そのまま残ってる可能性は高――なくなってるぞ。

 ……何がです?

「だからマダライトだ。中身だけ抜き取られてる」

 マル様が持ち去ったと?

「あのお嬢ちゃんにこんな真似できねぇよ。十中八九、人外の仕業だな。妖怪か物怪か、魔女か鬼か……悪魔だな」

 解体もせずに、どうやってマダライトだけを? 及びも付かねぇな。

 ……今は捨て置きましょう。いずれ判明するかもしれませんし。



 またおかしなものに遭遇しました。

「おかしいのはてめぇの頭だろ」

「お黙りなさい」

 倒れているピンク・パンサーが4躰。1躰はボロボロですが、残りは無傷のようです。ボロボロの1躰は中身が空ですが、無傷の3躰は中身が入ったまま干からびています。

 少し離れたところにも、グラス・パンサーが倒れているのが見えます。こちらは4躰。先のピンク・パンサー3躰と同様に、中身だけが干からびています。

 なんでしょうか、これは。マル様どころか、人の仕業とは思えません。やはり悪魔でしょう。

 この時点で、マル様は召喚に成功し追撃を逃れていることはほぼ確定。しかし、これら再利用が可能な鎧をマル様が回収しなかった理由が気がかりです。何か好くないが起こったのでは……?

 あまり考えるのは不安が過ぎるだけです。ここまでにして、死体から鎧を頂戴しましょう。

 最初期の自動鎧リビング・アーマーであり部分脱着方式が採用されているのピンク・パンサーは、その場での着脱を可能としており、その純然たる後継機であるグラス・パンサーも、その思想を余すことなく受け継いでいます。

「オムカルホ、ここに転がっている鎧の中から、私の足と同じサイズものを探しなさい」

 今の私に最も必要なのは脚。やはり、動力部と支柱だけのアラベラと自動鎧リビング・アーマーとでは、安定感が違いますから。

「全く悪魔使いの荒い……」

 ……いや、そこまで荒くないでしょう。

「26,5。右奥手前のグラス・パンサーだ。崩れ落ちたみてぇに座ってる方のやつ」

 これは運が良い。速度はピンク・パンサーのものとあまり代わり映えしませんが、しかし旋回性や耐久性が違います。やっぱり、私は持ってる女ですね。この分だと、きっとマル様も無事な筈……。

 解体のために、まずは鎧のロックを解除しましょう。

 項垂うなれているグラス・パンサーの後ろに回り、その首の根元――第七頚椎(けいつい)付近に触れます。

「オムカルホ、パスワードの解析」

「分かってるよ」

 アラベラを始めとした駆動外殻や、それから発展した自動鎧リビング・アーマーの多くには、各部位に取り付けられたセンサーで着装者の動きを感知し、その動作を補助する機能がありますが、この他に神経の電気信号を読み取って、全体の動きを統括するメイン回路が存在します。

 それは頭部ではなく、第七頸椎(けいつい)の近くにあります。その理由は、ここが脳幹と反射を司る脊髄の働きを読み取り易いことと、頭部には脳波計や赤外線センサーを始めとした各種センサーを収める必要があり、また頭部の耐衝撃性を高めるには可能な限り余計な物は搭載しない方が良いためです。

 この制御系へアクセスし、各部のロックを外して鎧を脱がせるのです。

 通常、この作業は解析や分析に特化した術者――例えばマル様のような人でないとできない作業ですが、今回は術者たる着装者が死んでいるので誰にでも可能。時間もかかりません。お得感満載。

 この仕事は3秒で終わりました。流石は私の脳。

 胴体部と脇腹、腰周りと下腹部、頭部、脚部装甲のロックを解除。まずは脚部の動作フレームからボール・スケートを外……そうと思いましたが、しかし工具がないのでできません。

 どうしましょう……。履き替えることも可能ですが、膝関節部の動力は跳躍力で勝るアラベラの方が上だった筈。

 グラス・パンサーは高い汎用性を求められたピンク・パンサーと違って高速度・高旋回に重点を置きましたから、膝の出力よりも柔軟性と耐久度が優先されたんですよね……。

 脚も痛気持ちいいですから、あまり履き替えたくありません。……仕方ないですね。ここはアラベラの腕力を利用して、接合部を曲げるようにして慎重に引き千切ります。

 こう、力が接合部に伝わるように抓みながらゆっくり捩じ切り……できました。

 ここからは手先の作業が必要なため、アラベラのハンド・ガードを外します。各部の動作フレームと制御系を繋いでいるケーブルを外すのです。

 駆動外殻及び自動鎧リビング・アーマーにはテレパスを用いた操作方式がありますが、外部からの乗っ取りを防ぐため、制御系と動作系は有線で繋がっている場合がほとんどです。

 途中、露出したグラス・パンサーの発力器バッテリーは、あとで必要になるので大事に横に取って置きます。

 そして最後に露わになったのは、鎧の持ち主の男。身体がやたら細いのは、全身の水分が失われたからでしょう。骨骼から考えるに、生前は痩躯ではなかったと思われます。

 うへぇ、酷ぇことしやがる。無残で惨たらしい死に方ですね。どんな方法でこうなったのか想像すらできませんが、その死に際は壮絶であっただろうことは容易に分かります。こんなことすんのは、悪魔じゃなかったらハムイぐらいしかいねーな。

 ……暗殺犯に憐憫の情など垂れようがありませんが、しかし同じ戦士としてならば、敬意を評してもよいでしょう。スーツを脱がす前に、顔ぐらい拝んでやりますか。

 そしてメットを外すと、そこには尖った耳がありました。

 これは……尖耳と云うハイト人特有の奇形の一種。通称、エルフ耳。音がしている方向が把握し辛いことや、お産の際に耳が引っかかり難産になるなどの問題がありますが、それ以外の不都合はなく、夢魔サキュバス・インキュバスに発症し易いこともあってか、チャーム・ポイントとして扱われることもあります。

 死体からスーツを剥ぎ取りながら思索する。

 ハイト人、特にインキュバスの可能性が高いとなると、この死体は魔族ジルディガンズと考えてよいでしょう。

 しかし解せません。何故、魔族ジルディガンズがマル様を狙うのでしょうか? それに魔王国ジルディガンズ軍でパンサー系は採用されていなかったと記憶しています。始めから正規軍などではないとは思っていましたが……魔王国ジルディガンズが抱えている民間軍事会社の社員でもない?

 ペラの双子――セプティマ・ペラとオーギー・ペラは、盗賊王ヴォールの遺児の中でも魔王国ジルディガンズに留まった2人。暫くは傭兵として活動し、マファトロネア崩壊後のタロフォンに於いては、私と同じ陣営から戦争に参加していました。

 タロフォン軍の後ろ盾は所謂、内陸側と呼ばれる勢力であり、その代表的な存在はロズデルン帝国と魔王国ジルディガンズ、そしてチャンツ諸国連合(五連国)です。ネツァル公国もこれに含まれます。

 タロフォンが暫定政権を発足させ、マファトロネアの立場を継承した辺りで、私はマル様にお仕えし始めたので、それ以後の双子が何をしていたのかは知りません。ですが、ジルディガンズ側として活動することに変わりはないと考えられます。

 てっきり、暗殺者を差し向けたのは第一公女レウコン・ゾオン・ネヴァに与する勢力か、五連国の何処かだとばかり思っていましたが……。ジルディガンズ、相変わらず読めない相手です。

 スーツを脱がせ終わったので、今度は駆動外殻にはない腰周りと下腹部、脇腹部分、頭部、ボール・スケートの動作フレームをケーブルでアラベラの制御系と繋ぎます(本来ならアラベラにはヘッドギアが付いていますが、それは別行動を取る際にマル様に渡しした)。可動範囲が狭くなるので、肩と背中、恥部、臀部はいりません。

 アラベラのドライヴァは、グラス・パンサーに対応していました。理由は大陸中央条約機構に準拠しているからでしょうが、しかしこれはオートスミス様々(さまさま)です。駆動外殻と自動鎧のドライヴァには、オートスミス製のものが広く使われています。ですが……流石に、頭部の赤外線センサーは使えないようです。まぁ要りませんけど、試しにドライヴァをダウンロード……ダメです。この階には瘴気がありませんが、上層の瘴気が邪魔をして通信できません。諦めましょう。どのみち、オムカルホがあれば無用の長物ですし。

 ドライヴァの確認ができたので、一旦ケーブルを外します。

 着ていた服とアラベラを脱ぎ脱ぎして、消費してきたアラベラの発力器バッテリーをグラス・パンサーから取り出したものと取り替えます。これも規格は大陸中央条約機構に準拠しているため、互換性があります。

 さて、愈々(いよいよ)大詰め。死体から拝借したスーツの上にアラベラを着て、グラス・パンサーの動作フレームの各部位をベルトなどでスーツ各所の器具に固定すれば完了です。

 そしてスーツを着ようとしたとき、後頭部に殴られたような衝撃が走った。



 マルたちを見送ったタリスは死を覚悟していた。

 今から、もう一つの階段へ向かっても会敵は避けられない。何処かに隠れてやり過ごすのも難しい。それにパンサー系自動鎧……特に、ピンク・パンサーはナイトヴィジョンとサーモグラフィを搭載した、暗所での探索に秀でた鎧だ。

 赤外線の透過性は低いから、物陰に隠れていればやり過ごせることもあるかもしれないけど……。地下遺跡各部屋の密閉性は低いから、どうしても漏れ出る。

 なら打てる手は……。

「ネサリッシュさん、手当たり次第に明かりを付けて下さい。手近なところは僕が担当します」

「……なるほど、考えましたな」

 相手の優位は自動鎧リビング・アーマーそのものの戦闘力だけではなく、視覚的優位もある。ならそれを潰し、少なくとも視覚に於いては対等にする。

 ……これだけじゃ絶対には程遠い。手分けして各部屋の明かりを付け回っている間も、他に打てる手を考える。

 僕らに必要な行動は、逃げ切ることか敵の撃破だ。そして、そのどちらも不可能。

 速度や機動性では絶対に敵わない。足を負傷した僕なら尚更だ。僕が彼らよりも優位に立っていることは……?

 情報だ。彼らの狙いはマル様で、僕らはその行き先を知っている。だから会敵したとしても、無闇には殺さない……と思う。

 不確定だ。もっと絶対視できる要素は?

 敵が知り得ている情報は……こちらの戦力か。こちらに自動鎧リビング・アーマーを身に着けた者がいないことと、ある程度の装備を把握していると考えられる。グリップ式の対鎧銃オン・ザ・アーマー、ドロウ・ポケット、パージナイフ、拳銃……アラベラも気付かれているかもしれない。だが、ドロウ・ポケットは昇降機を爆破するのに大半を使って、残りはナオさんに全て渡した。

 相手はどんな手を打ってくる? 市壁外の出入り口まで向かうか? 手分けして探すか? 応援を待つか?

 応援はない。人員に余裕があるなら、初めから投入しているだろうし、そもそも僕らの応援が来る可能性を考える筈だ。戦力差から考えて、ここまで状況がもつれ込んだのは、彼らに取って想定外だろう。だとしたら、逸早く状況を終わらせて帰還したい筈……。

 市壁外の出入り口まで向かうのは……これは彼らに取って、帰還を意味する。そもそも退路を確保するためや、地下で燻り出された僕らを狩るために、外の出入り口は抑えられている可能性が高い。僕らが好んでそこに向かう可能性は考えから外すだろう。僕らに取って、確実に安全と言える脱出路は、ストリド城の大扉のみだ。

 敵が帰還を選ばなかった場合は、順当に手分けしての捜索に移るか? そうしてくれたら、各個撃破できるかもしれないけど……。それは、向こうだって警戒する。こちらが白旗を上げたふりをして自爆特攻するかもしれない、なんてことも考えるだろうし(こっちはやろうと思ってもできないんだけど)。けどだからって、敵はこの状況下で複数人で行動するだろうか?

 この地下二階は、二十に近い円状の通路を東西に伸びる一本の長い通路が貫いた構造になっている。この円は最も大きいものでナーバーランド市の外周よりも長い。また、崩落して道が塞がっている箇所もある。東西の通路も三箇所で崩落があり、撤去作業が行われていないため、途中で何度か迂回しなければ階段に辿り着けない。更に、この通路の間には幾つもの小部屋がある。召喚候補地を探すときも、この階層は最も調査に時間がかかった。とても全てを回る余裕はない。

 そして、自動鎧リビング・アーマーと駆動外殻では、いくらなんでも勝負は見えている。自動鎧リビング・アーマーが駆動外殻や生身を相手にして敗北した例は少なくないけど、それは不意打ちや奇襲なども含めた、様々な条件が重なった上での話だ。生身で自動鎧リビング・アーマーと真正面から戦って制圧するなんて、帝国にもニ百人弱しかいない戦略級術士と、駆動外殻で重自動鎧ヘヴィ・アーマーを破ったアドルフ・ヴォルデランドみたいな化物ぐらいなもので……。それに、ヴォルデランドの時代は自動鎧リビング・アーマー黎明期れいめいき。今の鎧とは質が違う。

 敵がこちらの殲滅を目論んでいたとしても、それは単独でも可能だ。

 それに、今は例外的状況だけど、本来ここは僕らのホームだから、敵は事態が長引いていることに焦りを感じている筈……。なら、捜索の速度だって上げたいだろうし、可能な限り作業は分担する。

 各個撃破を恐れたとしても、それだけの理由で複数人で行動するのは、デメリットの方が大きい。敵が単独であるとの推測は、決して希望的観測であるとは言えない。

 と仮定した上で……僕らにできることはあるだろうか。

 こっちにあるのは、アラベラを装備したネサリッシュさんと生身の僕。更に僕は負傷していて戦力にならない。武器は残弾が14発のハルベルト‐69H、グランレイン・リベンジャー、軍用のパージ・ナイフ。あとは工具類と、マル様から預かったネツァルの神器――真紅のマダライト製のルーペ。

 ……これではピンク・パンサーどころか、グラス・パンサーを無力化するなんて、とてもじゃないけど無理だ。最初の一体はいいとして、その後はどうする?

 せめて僕が負傷してなか……負傷? これで、優位とまでは言えなくとも――。



 俺たちはネイターヴを先頭、オーギーを殿しんがりにし、先に逃げた4人の痕跡テレパスを辿りながら通路を捜索していた。

「ん? 明るいな……」

 セプティマが呟く。

 一本道が終わって、四つ角に入ったときだ。通路に点々と並ぶ部屋の明かりが点けっぱなしにされ、扉が開け放たれている。そのせいで、通路の黒は薄白く濁っていた。決して煌々(こうこう)と言える様子ではないが、これではナイト・ヴィジョンが使えない。

「考えたな。暗闇でも探知されるなら、端から視界を確保してしまえと」

「だが甘い。これで探索範囲が絞れる」

「そう逆手に取って、闇に紛れている可能性もある。なんせ、ブラックスワンの仲間だからな」

「ともかく、ここから先は道が分かれている。誰かが見張りに残る必要があるな」

 とのことで、今はオーギーを残し、ネイターヴ、セプティマ、俺の3名で手分けして通路の捜索をしている。可能なら二人一組で行動したかったが、ここまで人数が減ってしまった今では、それはあまりにも効率が悪い。

 妥当な判断だろう。オーギーは残るメンバーの中で、最も近接戦に優れている。……ケタムラーが生きていれば、これは奴の仕事になっていただろうが。



 六番目の通路を捜索しているときだった。ぼんやりした白と黒の中に、別の色が浮かび上がる。床に点々と続く赤。

 血だ。まだ固まっておらず新しい。

 ……何処に負傷するポイントがあった? 傷口が開いたにしても、こんな何もないところで唐突に開くのは妙だ。

 仲間割れでもしたか? それも無理もない状況ではあるが、しかし早合点するのも危険だ。罠かもしれない。

 他の連中を呼ぶか……? いや、ここは成果を上げて汚名返上しなければならない。さもなくば、魔神マシンとの契約を切られてしまう。もしそうなったら、座首ズヴィノザ遺意いいを果たせなくなる。探索効率も落ちるし、連中に知らせるのは、もう少し状況を把握してからでもいいだろう。

 ネイターヴやセプティマからの報告はまだない。俺が先に手柄を上げられるか。

 血痕を辿る。どのみち一本道なので、他に進みようはないが……。

 すると、それは照明が点いていない部屋に繋がっていた。全ての部屋が朧と光る中では、その暗闇は一層の不穏さを醸していた。

 着け忘れたとは考え難い。だとすれば意図したもの。罠か、あるいは別の目的か。

 誘導されているような気がしてならない。にしても、あまりにもわざとらし過ぎる。まるで子供の遊びみたいだ……。

 ナイト・ヴィジョンのスイッチを入れ、室内を覗く。足から出血している男が奥で座り込んでいた。血痕はこの男のものか。

「おい、そこで何をしている」

 こちらの声が聞こえているのかいないのか。

 男は虚ろ気な様子で、ゆっくりと、垂れていたこうべもたげ……。

「やぁ、君が僕の死神かい?」

 その目は、死を覚悟していた。

次回更新は2016/08/13 10時です。


次回予告「そんな悪魔よりも狡知な」

(実際の内容とは多少異なる可能性がry)

・ナオさんは貞操のピンチです!! もう疾っくに捨ててますけど!

・この下級悪魔……。

・まさか、古の魔導師ルーディットにまでも翻弄されるとはな……。

・「祈る時間くらいはくれてやる」

・背後に圧。数センチ先からの明確な殺気。

・絶対的優位は人を油断させる。

・「もしものことがあったら、これを僕だと思っ――」

・グラス・パンサーの加速力と爺の反射神経。どちらが上か試してくれる!

・「タリス!?」



設定は……特に書くことない。

軽くキャラ設定だけ書いとこう。


レウコン・シリオ・マル

ネツァル公国の第三公女でストリド城の城主。

レウコンが父方の家名で、シリオが母方。

ナーバーランドの自主法の制定と行政権を持つが、軍への命令権はない。

色々あって民から嫌われまくっている。

余談ですが、ダーナって旦那の語源でもあるんすよね。


タリスマン・コーデル

ウォーデル・リュー

パッティン・ポロン

マルに仕える侍従武官。

マルの身辺警護が最重要任務でありマルが命令を下せるが、所属はナーバーランド陸軍のため人事権は軍部あり、給金も軍から出ている。

コーデル、リュー、ポロンが名前。

使用鎧は侍従武官に与えられるオブシディアン・バタフリー。


セシリア・ナオ・マタル

マルの侍女。主な業務内容は「マル様をぷにぷにすることです」。

つまりマルのお友達係り(要報酬)。

対外的には使用人ではなくレディとして扱われる。


ネサリッシュ・ハート

ストリド城の侍従長。軍を退役する直前まで、マルの母親の侍従武官を務めていた。

公爵家に仕えているので、最終的にはネツァル公にあらゆる権利がある。

使用人。


アカンティラード・ペトラ

パイパー・ガトリー

ストリド城の女給。公爵家に仕えているので以下略。

女給の割りにやたらと高スペック。


ローティン・シュシュ

ローティン家の長子。

ローティン家はナーバーランド内に荘園を持つ紳士で、先代のネツァル公の母を排出した家柄。現当主はマルの母親の従兄に当たる。

ストリド城には小姓として赴いている。


ゲヴォル・ゲイリー

ストリド城の家老。マルが来る以前は城主代行を務めていた。

元はシリオ家に仕えていた。


マーラスカイ・ベンジー

ストリド城の御城医長。城お抱えの医者で研究職。

祖父は魔人で、幼い頃は共にヴァンドルダムに住んでいた。


エエヴァン・ホルヘ

ナーバーランド軍の司令。

かつてはハートの部下として、先の戦争に参加していた。


ジャンピング・ロッド

世界的に有名な魔導師で、現場にウサギに纏わる物を遺していく。

エガリヴ連邦の聖都ルジノスで連続殺人を行ったグループの主犯と見做されている。動機は神への嫌がらせ。


ワイス・ティーア・レイ

レウコン家の傍流の長女。

先の戦争で父が戦死したため、幼い頃にレウコン家に引き取られた。傍流にも爵位を継ぐ権利があるため第二公女。

ネツァル特戦機甲部隊の隊長を務める。また、帝国軍中佐の階級を持つ。

民からの信頼は厚い。


レウコン・ゾオン・ネヴァ

レウコン家の長女でありネツァル公国の第一公女。

婚約話が三回持ち上がったが、どれも相手に逃げられている。

ネツァル市の議長を務める。母から受け継いだ財産があり、私兵団を保有する。

最近は民から軽く見られがち。


レウコン・ラードロス・コー

ネツァル公。ネヴァとマルの父親。

バランス感覚に優れているが、老いが原因で全般的に能力が落ちている。


セプティマ・ペラ

オーギー・ペラ

先代の魔王、ヴォール・アフトクラトル・ペラの遺児。

ヴォールと現在の魔王シェードが争ったのがブラッド・ペラ戦争で、ワイス家とシリオ家の当主が戦死した。


敵キャラの説明を書くとネタバレになってしまう……。

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