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レウコン・シリオ・マルはもうすぐ捕マル。~~もしくは、悪魔のつもりが俺が~~  作者: 骨々
レウコン・シリオ・マルは捕マル訳にはいかないのだ。
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そして悪魔で人間は震える

 闇で鳴り止まない銃声。弾ける鉄片。光源はマズル・フラッシュ。

 私たちは足止めを食らっています。いえ、厳密には、辛うじて足止めしている、でしょうか? どちらにしても、お互いに取って芳しくない状況でしょう。

「暗殺者様各位へ、この辺りで手打ちに致しませんか? 今なら実刑30%オフセール、開催予定」

「洒落臭ぇ」

「駄目ですね。交渉は決裂しましたよ、ハート」

「でしょうね」

 ハートは眉雪びせつを曲げながら答えた。

 さて、音からすると5対15くらいでしょうか?。勿論、少ない方が私たちです。

 私たちは階段の上部から通路に向かって銃口を代わる代わる出しては引っ込め、四つ角に潜む暗殺者の皆さんを持て成している格好。武装は各員に一丁あるハルベルト‐69Hと、自決用のリボルバー、グランレイン・リヴェンジャー。あとは、パージ・ナイフが数本か。

 お客様の構成はピンク・パンサーが中心で、グラス・パンサーが数える程。ピンク・パンサーの吸気口は甘いので、近接でドロウ・ポケットを爆発させてやれば、熱気で肺をやれると思いますけど、さて問題は、そのタイミングですね。

 階段手前の通路には、死体が1つと昇降機があります。

 既に昇降機を使われて12匹、マル様の方へ行ってしまわれました。ですが昇降機は爆破したので、この階段を抑えていれば、マル様が悪魔を連れて合流するまでの時間は稼げるでしょう。昇降機の落下時にも、結果的に何匹か仕留めたようですし。

 最良は、敵を掃討してマル様のところへ向かうことですけれど……。タリスは足を、パットは腕を負傷し、お調子者のウォーくんは階段から落ちて踊り場で気絶。無傷のハートは年老いた元侍従武官で、今は侍従長。流石の私は三人くらい仕留めました。……駄目ですね。負けますね。無理ですね。

 その上、マル様が敵の手に落ちれば、私たちは階下から挟撃される形になります。ガクブルです。

 ……私たちのことを抜きにしても、マル様、上手く行っていれば宜しいのですけど。

 相談役として連れて来ていた魔導師ルーディットは、さっさと凶弾に倒れて今や四つ角と階段の間でボロ雑巾。流れ弾や跳弾のせいで、死体と教えられなければ死体と判らない有様になってます。情けないです。これがあの、聖都ルジノスを恐怖のどん底にまで突き落とし、国際指名手配までされたジャンピング・ロッドの末路とは。

 なので、召喚予定地にはマル様お一人で向かわれました。お労しや。

「もう弾が残り少ないですよ、ナオ」

「最期は踊り場の角を利用して近接戦ですかねぇ」

 今の私たちでは、自動鎧リビング・アーマーを相手に何処までやれるか……。生身なら、2体を道連れが精々?

 最低でも、マル様の退路は確保したいところです。

「タリス、拳銃を私に寄越しなさい。その代わり、貴方に最後のマガジンとドロウ・ポケットを託します。私たちが踊り場まで後退する間、ここで足止めし、撃ち切ったら、近付いて来た敵を巻き込んで自爆なさい。パット、貴方は邪魔なので、手持ちの弾が切れ次第、階段を降りてマル様と合流し、最悪の場合にはマル様の盾におなりなさい」

 おそらく、初めに突っ込んでくるのはピンク・パンサーでしょうから。指揮官や精鋭は、グラス・パンサーを使っていると思われるので。

「ウォーはどうされるおつもりで?」

「起きないのならそのままです」

 17歳のタリスとパットは震えています。男ならシャキッとして欲しいです。

「死にたくなければ、気合、出しなさいね」



 マルはハルベルト‐69の残弾を確認していた。残りは14発……。36発でグラス・パンサーを仕留めたと思えば、上々と考えてもいいのだ。しかしこの分だと、ピンク・パンサーを一体狩るのが精々なのだ。

 マルの非力な細腕だと、ハルベルト‐69など扱うのは不可能なのです。そもそも、これは自動鎧リビング・アーマーに搭載することを前提に作られた対鎧銃オン・ザ・アーマー。か弱い女の子が使える道理はありません。

 マルはポケットの中に忍ばせている、最後のマダライトを握り締めました。これが本当の、最後の生命線。防壁シールド一回分と、念力でハルベルト‐69を操る分。これが本当の本当の、本当の最後。

「なぁ、鎧の弱点って分かる?」

 先行するチビ太郎が訊ねます。

「全般的に、自動鎧リビング・アーマーの弱点は関節部なのだ。解体用のパージ・ナイフを関節部に差し込んで、無力化する猛者もいると聞いたことがある」

「あんなに早く動く奴を……」

「けれど、これは準自動鎧ハーフ・アーマー軽自動鎧ライト・アーマーに限った話で、中自動鎧ミドル・アーマー重自動鎧ヘヴィ・アーマーには効かないと考えて良い。まぁ、我々を追って来ているのは、パンサー系と言われる軽自動鎧ライト・アーマーの系譜なので、使えない手ではないのだが……」

「訓練なしでできる芸当ではなさそうだなぁ」

「そうなのだ」

「他には、何かない?」

「転倒なのだ。自動鎧リビング・アーマーは重量があるので、起き上がるのに若干ではあるが手間を取る。それにマウントを取られれば容易に起き上がれないのは、自動鎧リビング・アーマーであっても変わりはない。しかし……これも軽自動鎧ライト・アーマーには、あまり通じない手なのだ。最近は姿勢制御の機構が発達したのもあって、容易に転倒しなくなったし、マウントを取ったとしても、手持ちの武器で対応されるのがオチなのだ」

「けどそれ、一瞬の隙は作れるよね? なら、マウントを取った瞬間に、首からナイフを差し込めば……」

「実際に、その戦法はある。但し、不意打ちや奇襲が前提で、かなり強い衝撃を与えなくては転倒させるのは無理だ」

「不意打ちか……」

「あとは足回りだが、しかし軽自動鎧ライト・アーマーの故障率は重自動鎧ヘヴィ・アーマーと比べて低い」

「なんとなくだけど、理由は分かるよ。それも重量か」

「そうなのだ。重自動鎧ヘヴィ・アーマーは対戦車と対自動鎧を想定することで、高機動、高旋回、高速度、重装甲が求められたため、大型化と足への負担が避けられなかったのだ」

 色々な対策は取られておるがな。脚を増やしたり、胴体下部に車輪を併設したり、跨乗戦車デサント・タンクを開発したり……。

「なぁ……戦車を相手にするにしちゃ、自動鎧リビング・アーマーは度が過ぎるんじゃないの?」

「また君は何を言っておるのだ……」

「え? だって戦車って、牛や象なんかで牽引する――」

「それチャリオット! チャリオットだから!! マルが言いたいのは戦車タンクだから!!」

「ん? 戦車チャリオットだろ?」

 くっ……! これが概念のみで会話するテレパス言語の成せる擦れ違いかッ!

「下らないボケなどいらんのだ。面白くもない。さっさと先を急ぐのだ」

「へーへー」



「来るぞ。鎧だ。先行して3体。後方に5体」

 今しがた、金網と薄い鉄板でできた頼りない階段を登り切ったところだった。このまま通路を西へ進んで階段を登れば、ナオたちと合流できる筈。

「あとちょっとなのに……。仕方あるまい。ここで迎え撃つしかなさそうなのだ」

「階段だと地の利もいいしね。そこの部屋に隠れててよ。やり過ごせたら御の字だし」

「隠れてても無駄なのだ。グラス・パンサーには、熱源を探知する機能がある」

「それ、先に言ってよ……」

 言い忘れてたのだ。

「勝てるか?」

「マダライトの残量に不安が残るけど、やってはみるよ。死にたくないし。――他に、何か伝え忘れてることはない?」

 伝え忘れていることか……。

 これを言うのは、ちょっと気が引けた。生身で自動鎧リビング・アーマーに挑む時点で無茶なのに、いくらなんでも無謀だったから。だが、言うだけ言ってみよう。

「相談がある」

「なん?」

「可能な限り、無傷で無力化してくれないか? 中身はどうでもいいから」

「意図は?」

「鹵獲すれば使える!」

 自動鎧リビング・アーマーは全身をくまなく覆うものであるため、身体の差異から他者の鎧を流用するのが難しい、極めてパーソナルな兵器だ。だが、それでも量産化の研究開発が全くされなかった訳ではなく、流用し易いパーツの開発や仮想四肢方式などの対策が取られている。

 ことに、パンサー系自動鎧などに代表される、基礎フレームがない準自動鎧ハーフ・アーマーと呼ばれる鎧種がある。これは駆動外殻を基礎として開発されたものであり、各部位の動作フレームを装甲で覆って、制御系と動作フレームをケーブルで接続するだけと云う、単純な構造になっている。つまり、パンサー系は装甲を取り外してしまえば、動作フレームの流用は可能なのだ。

「善処する」

 どのみち鎧そのものよりも、中身をどうにかした方が倒し易いのは確かだ。けれど……一応、パージ・ナイフは預けたが、関節部に差し込むなんて芸当はできそうもない。

 だが、そんな無謀な提案をしても、不思議と罪悪感がない。それだけ、チビ太郎は落ち着きに満ちていた。

 まさか、本当に勝算があるのだろうか? 体術と術式だけで軽自動鎧ライト・アーマーを無力化する術が? ナオや第二公女レイの領域なら、条件が揃っていればできなくもないだろうが……。そんな猛者、国中を探し回っても、十人もいないのだ。

 さぁ、お手並み拝見と行こうではないか、チビ太郎。

「倒したぞ」

「は?」

 え? 何? ちょっと待つのだ。

「会敵すらしておらんが――」

「肉体の水分を沸騰させた。魂の揺らぎが消えたから、多分、死んだと思う。いやぁ、相手が対策取ってなくて良かったよ。後方の5体も、順調に行けば始末できると思う。それが終わったら、自動鎧リビング・アーマーを回収しに行こう」

「ちょ、ちょっと待つのだ。何をしたのだ。理解が追い着かない」

 ……長距離から相手を殺す方法は、いくつか存在することはする。

 テレパスは、物理に干渉するとされている仮想的な概念(観測されたことがないので)。物理的な壁や伝達速度は極めてゼロに近く、その出力如何で様々な作用を引き起こす。その代表例がテレパシーであり、発展した形が念力などだ。

 だから、そう、馬鹿みたいに出力を上げれば、人に危害を加えることも可能で、それが俗に呪詛などと言われているが……。沸騰させた? どうやって?

 千里眼との合わせ技か?

 しかし、受動的な能力である千里眼は、観測である以上、反射して来るものを受け取る作業だ。これは目や電子顕微鏡などと変わりない。だから、そんな、相手を沸騰させるような出力でテレパスを放てば、それ自体が妨害となって、対象から漏れ出る微細な波を感知する千里眼など、機能しない筈……。

「待つのだ。言ってることがおかしい。本当に仕留めたのか?」

「なんで震えてるの? 寒い?」

 そりゃ震えもする。

「相手を焼き殺すような真似、千里眼を使いながらできる訳が――」

「あー、時限式だよ」

「時限式?」

「相手の位置を掴んだら、時間差で肉体の水分が沸騰するように呪いをかけるんだよ。呪いがかかるかどうかが肝だったんだけど、対策を取ってなかったみたいだから」

 そんな恐ろしいことをさらっと……。

 呪いって、基本的に相手の精神面に作用するのが精一杯で、それが間接的にもたらす健康被害を狙ったものではないのか?

 沸騰? 沸騰だと? ハムイならいざ知らず、そんな芸当、人間にできるが訳がない。

 近距離で、目に見えている範囲で水を沸騰させるのは分かる。それなら、私にも、まぁそれなりに時間を要せばできる。けど、けどそんな、人体の約80パーセントは水だと云うのに……。

 こいつやっぱ悪魔だ。間違いない。人間ではないのだ。人間の尺度で考えるのが間違ってたのだ。



 どうなってやがる。

 負傷した仲間ほっぽり出して勝手に先行しやがったハビンソンは、溶けたバターみたいにグチャグチャ。あの癇癪かんしゃくはそれでいいとしても、先行させたダールマ、サドナー、デイヴは音沙汰もなく通信途絶。残骸を調べると、鎧は無傷なのに湯気上げて干からびてやがる。

 どんな手品だ。こんな壊れ方してる奴、初めてお目にかかったわ。真夏の怪奇現象かよ。

当惑を集める手(パズル・キャプチャー)、実行』

 ピンク・パンサーの初期生産型は残留思念を浚うことができるが、後に発展した自動鎧リビング・アーマーには、そうした機能はない。

 それもこれも、この術式が開発されて、無料で配布されてるようになったからだ。お陰で、商売で術式を研究開発してた連中は上がったり。しかも、半年毎にヴァージョン・アップしてるんだから、笑えねぇ。

「ナッシュさん、これヤバくないすか?」

「うるせぇ。気ぃ散るから黙ってろ」

 恐怖のテレパスが拾えん。普通、死に際した奴ってのは、頭が相当イカれてもしない限り、怖がるもんだ。俺だって、今ビビってるしな。ってことはだ、こいつらは自分の死因に気付かないまま、ジュワッと……。頬が震えてしゃーねぇ。

「ナッシュさん……あれ、笑ってるよな?」

「シッ、聞こえるぞ」

 当惑を集める手(パズル・キャプチャー)の不具合……なんて、馬鹿なことあるまい。これは開発者の性格が影響しているのか、負に属する思念を集め易い傾向にある。あくまで傾向だが、それで恐怖が拾えないのは、天地がひっくり返りでもしねぇ限りねぇだろうな。

 それに3人が死ぬ直前まで、孵らぬ卵の雛数えてやがったのが手に取るように分かる。――デイヴの野郎、ペドだからな。おぞましい思念を拾っちまったわ、全くこの馬鹿が。

 間違いない。雄だ。歴とした人間の雄。

 こいつの陰はハビンソンの残骸からも取れた。この公室が管理している出入り禁止区画で、煙のように何処からか突然現れた謎の男。けれど、巧妙に跡が消されてるせいで、性別以外のことがハッキリしねぇ。初めは、テレパスを公女様のものと混ぜて、女に偽装してたくらいだしな。

 だが、この臭いは確実に雄だ。それも、獣に限りなく近い人間の。俺と同類か、ある種の上位互換か、根本的に頭の造りが違うか。

 ……普通、4人も殺ってたら殺意ぐらい漏れてくるもんだが、それもない。あれか? ゴーレムか何かか? 冷血漢なんてもんじゃねぇぞ。人殺すってときに、何も考えてないのか? 冗談じゃねぇよ。

「やべぇよ、また笑ってる」

 いくら術式が使い手の技量に左右するとは言えど、当惑を集める手(パズル・キャプチャー)は、もはや完成したとまで言われる代物。それで殺意の跡がないってのは……正気の沙汰じゃねぇな、こいつ。

 意思らしい意思ってのがにおって来ない。しかし代わりに……獣の皮脂の臭い。

 あのずぶ濡れで草木の汁なんかと混ざり合った、ぬめったやつだ。えたとか屁みたいにくさいとも言えない、俺はここにいるんだぞと云う、純粋なあれ。香水の起源的な、あれだ。ただこいつは、警告でも求愛でもない、機械的なアピールに終始している。

 触り心地は底質なマフラーみてぇだな。バサバサと荒く、下手すりゃ指に刺さりそう。だけど、異様に強い。風雨と日差しに鍛えられた毛並みだ。

 こんなのに近寄ったら碌な目に……。

 待て、混ざりもんがある。



「勘付かれた」

 チビ太郎が唐突に言った。

「呪いが気付かれた。向こうにも勘が良いのがいるな。死体の残留思念を解析されて、解呪されたみたいだ。1体、仕留め損ねた。多分、グラス・パンサーってのが来る」

 この悪魔とやり合う人間がいるのかぁー。凄いのだぁー。

 私の出る幕ではない。私も、曲がりなりにも高貴な出だ。だから、術者としての才覚は平民と比べれば、多少なりとも優っている。平民でも、私より優れている者などいくらでもいるが……しかし私は決して、低位の術者ではない。

 けど、そんな程度の私が出る幕ではない。高度な術式戦なんて嫌なのだ。何もしようがない。やったー、きゃっほーいだ。全部、チビ太郎に任せよう。私は不貞寝でもしていたい。

「やっぱり、そこの部屋に隠れてて。戦闘に巻き込まれても危ないし」

「近接戦になるのか?」

「多分ね。そうなると、勝ち筋が絞られちゃうけど」

 ふむ……。

「私も残ろう」

「え? けど――」

 私はポケットから、最後のマダライトを取り出して見せた。

「念力でハルベルトを使うことは可能だ。残弾は14発しかないがな。防壁シールドも張れる」

 これで何処までやれるかは不明だが、相手も警戒はする筈だ。注意すべき対象が増えれば、それだけ動作が鈍る。

「……その防壁シールド、相手が銃を使ってきても防げるの?」

 鋭い質問だった。

 術者が単位時間当たりに操れるエナジーの総量には限界がある。これはテレパスの出力に比例する絶対的な壁で、個々人で差異があるものだ。だが、どのみち銃弾を正面から防ぎ切れる術者など、そうはおらん。ネツァル公国中を捜索しても、おそらく一人もおらんだろう。

 一応、個人でも補助導具に術式を走らせて、銃弾を防ぐ術はあるが……そんな導具、弱小国であるネツァル公国には出回っていない。僅かに、国軍の精鋭部隊に備えられたているのみなのだ。魔王国ジルディガンズに行ったとき、安いものでもいいからついでに手に入れようと考えたが、予算が見合わず断念した。

防壁シールドを斜めに展開すれば、銃弾をなす形で弾くことは――」

「けど、それが連続で飛んで来るんだろ? 防げるの?」

 ぐぅの音も出ない。

 中世以降の戦争は、銃と防壁の切磋琢磨と言っても過言ではない。そして現在、この争いは銃が圧倒的優位に立っている。

 防壁は、銃弾を防ぐのに適した手段の一つなのだ。なのだが、端的に防壁と言っても様々な種類があり、その性能は術式のみならず、術者の能力にも左右される。

 銃が防壁シールドを突破する要因はいくつかあるが、その中で最も着目されるのは、防壁シールドが展開する前に銃弾が目標へ届くこと。防壁の展開速度は、術者の処理力に依るところが大きいため、それを銃弾の速度が上回ってしまえば良いのだ。幸いにも、放たれた銃弾は通常の方法では視認が不可能なスピードを有している。しかし、このことは、自身が撃たれる側であった場合、幸いではなくなる。

 そのため、今日の軍属の術者たちは、如何に展開速度が早い防壁を開発することに躍起なのだ。自身の命がかかっているのだから当然なのだ。

 その一つの答えとして、多量のエナジーを制御する防壁は展開速度が比例して遅くなるため、どれだけ少ないエナジーで銃弾を防ぐか、と云う研究に置き換わった。その結果、銃弾は真正面から受け止めるものではなく「角度を付けて弾けばええねん」と認知されるようになった。だが、この作業も人間の脳では処理力が不足するため、補助導具に頼らざる得ないのが状況なのだ。そもそも、質量が少ない銃弾に対しては、この方法はあまり有効ではない。

 また、昨今の自動鎧リビング・アーマーの発展も勘案され、「少々であれば銃弾を無視する。または防壁シールドは威力を殺すことに注力し、最終的には防弾装具や鎧で受け止める」と云った方法が、最も主流な銃への対抗策となっている。

 要するに、生身で銃弾をどうこするのは、現代の技術力では不可能なのだ。

「気持ちはありがたいけど、無理するな。そのマダライトも君が持ってろ」

 無理するな、か。その通りなのだ。私が居たって、足手あしでまといにしかならないのだから。

 いつもこれだ。

「いつもそうだ」

 昔から、そう。優秀な姉たちとは違う。頭が良くて綺麗なネヴァや、勇敢なれど気品漂うレイと、私は違う。私はちっぽけで、生意気と無駄知恵だけが取り柄の三番目。だから、誰も私に何もさせないし、私も黙って何もしない。

 もはや悲しくも悔しくも、情けなくもない。ありがたいと云う社交辞令が余計に刺さる。有難迷惑ありがためいわく程、君たちを困らせることもないのにな。

 手を握り締めて歯を食い縛る。何もしてしまわないように、何も言ってしまわないように。叫ばないように。

「……どうした?」

 そうやって、気付かれることさえも恥ずかしい。なんでもない振りをしていたい。なんでもないと思われたい。けど、我儘だから救っては欲しい。

 感謝したくない訳ではない。感謝を遠慮されるのが辛いのだ。助けるのは当たり前だと、普通のこととか、仕事だからとか、可愛いからとか、公女だからなんて、もう、そんなおべっかは散々だ。

 そして、そう言う口が私を嫌っているのも知っている。私が知らない私を知らない人が、私を嫌っているのは解っている。私は浪費家で怠惰な三番目で、せめて男ならまだ使いようもあったとか、そんな陰口も知っている。

 だから、誰にも悟られたくない。私が本当は何を考えているかとか、何を想ってそう言ったとか。どうしても裏読みされて、曲解されるのは解っているから。私が考えてもいなかったような受け取り方をされて、私の知らない街角で笑われているのを知っているから。それが、名声と私が失われた公人の運命。

 誰も私に何もさせない。だから私も何もしない。私は怠惰な公女。怠け者で余計な12歳。そうしているのが、最も平和な立場だから。それが全てを丸く収める方法だから。どのみち、下手に動いても、姉たちには敵わないのだから。

 無力。無能。期待外れ。あくたかす。我慢汁。打ち止め。蛇足。お飾り。置物。軽い神輿。レウコン・シリオ・マルなのだ。

 だから、そうなのだ……。悪魔を召喚すれば、私は変われなくとも、状況は一変すると考えたのだ。悪魔なら、無慈悲で他人を顧みず、望んだ通りにだけ動く悪魔なら、きっと私の反抗になれる。

 配下の皆も、完全に承服はせずとも、この提案には乗ってくれた。ほとんど初めてに近いのだ。

 けれど、それもこの為体ていたらく。命を狙われ、部下を危険に晒し、それで得たのは、何処かの馬の骨。父を裏切り、師を騙し、姉を欺き、公金の流用までしてやった結果が、今の現状。おまけに、そんなチビ太郎なんかに、同情まで!!

「震えてるぞ? 寒い……訳じゃないよな」



「弾がタリスの分だけになりましたよ、ナオ」

「ですね」

 パットは既に、目覚めたウォーを連れて階下へ向かいました。

 そしてタリスは震えています。最期くらいは堂々と華々しく――。

「す、すみません、ナオさん。俺、確り、ややるつもりではあるのですが、指が……。あっ、お気にせず、早く」

「そうですね。では、ハート。タイミングを見計らって、タリスを背負ってとパットたちを追って下さい。タリス、ドロウ・ポケットを寄越しなさいな」

「は、はい?」

 鼻水まで垂らしている可哀想で愛らしいタリスくんの懐からドロウ・ポケットを強奪し、釘を刺し刺し、捏ね捏ねします。

「あらあら、私としたことが、なんて過ちを犯してしまったのでしょう。初めからこうするべきだったのです。まぁ、私としたことが、なんとお間抜けなのでしょう。面白いです」

「あの、ナオさん? 何を――」

「粘土遊び。ほら、タリスの大好きなお人形」

 タリスがお部屋に飾っている金髪美少女のつもりで捏ね捏ね。……似せようと努力はしました。けど程遠いのは仕方ありません。

 お尻に雷管を差し込まれた美少女は、愛しいタリスの身代わりに爆発四散する運命です。そう云う演出。ロマンチックです。

「いけません! ナオさんがいなくなると、誰がマル様を――」

「タリス、お手々がお留守ですよ。与えられた任務を全うなさい」

「し、しかし――」

「早トチり。いけない癖ですよ、タリス」

 タリスは一瞥いちべつして黙らせると、口をパクパクさせて硬直します。面白い子。

「タリス、忘れてはなりませんと、何度も忠告したでしょう? ネツァルの地で長生きしたければ、この砂漠の白鷺――セシリア・ナオ・マタルを見縊みくびってはいけませんよと」

 そして私は粛々と、腰に差したサイド・アーム、2本のパージ・ナイフを抜いて、片方をお口にくわえます。勿論、右手には捏ね捏ねした可塑かそ性爆薬――雷管付きのドロウ・ポケットです。

 冷や汗だらけのタリスをハートが抱えて撤退を開始。

 床を伝わるピンク・パンサーの駆動音。……もう何度となく感じた音なので、飽き飽きますね、この腐った柿色の不協和音。とても震えません。角っこから顔を出したお馬鹿さんが、1、2、3、4……。ふふ。

「では、参りましょうね」

 私は階段に身を潜めたまま美少女を通路に放り投げて、カチッと。

 スパンキングのような軽快な音と暴風が、ああん堪らない狂おしい楽しい。ぐずぐずを掻き消す最高の一撃。悲鳴もなく散る命。春風に舞う花弁みたいで素適ぃ……。

 立ち上がって通路を確認すると、とってもゾクワク。床に血と肉で焼き付けられた赤い染み。薔薇のよう。薫る。この快感は病み付きですわ。急激な圧で発力器バッテリーのマダライトが爆発した鎧。熱気を吸い込んで倒れる鎧。爆風に煽られて、空いた昇降路から転落したお間抜けもいたようです。

 下から上まで全部逆立って、中から外まで震えが止まらないですの!! 皮膚を焦がす熱気でビリビリしちゃいます!

 さぁ、これで残りは大凡10匹、の予定、筈、ですわ。

次話は2016/05/21 10時を予定しています。

次回から本格的に戦闘が始まります。


以下、次回「人間は闇を前に動けない」より一部を抜粋。


・「今の爆発は……?」

・「俺にもまだ分からん! マル様の脚と意識がない!」

・俺には神が憑いている。

・だから、噂話か怪談みてぇなもんだと思ってたわ。ガキをビビらすジジイの戯れ言。悪さしたら、怖い魔導師に連れてかれるぞぉ……。

・「誰ですかぁ……? 淑女に、そんな酷いことを仰っしゃるのはぁ……? 私は可愛い、砂漠の白鷺さんですよぉ……?」

・痛ってぇな畜生……。あいつ、殺しを楽しむ質だわ。間違いねぇよ。澄ました顔しやがって、腹ん中ぁまともじゃねぇよ、あれは。



以下、余談。

前回の後書きに書こうと思っていたのに書き忘れたことを。

いずれ作中で説明が入ることも書いてあるので、読まなくても大丈夫です。


今作の前半部分は、墓狼やモノカミ殺し等々ではあまり説明し切れていない「欲者世界の宗教問題」について、特にルーディットと呼ばれる特殊な存在に重点に置いて話が展開する予定です。そして必然的に、それに付随する民族問題や人種差別についても語られます。

あくまで民族問題等は添え物なので、そこまで深くやる予定ではありませんが。


人種と言えば、既に黄白人種なる謎の言葉が登場していますが、他にも灰白、蒼白、回青、黄土、赤金、金茶、紫黒人種が登場します。

別作品のどっかの主人公が「土人」と感想を漏らしていたナヘン系民族は、黄土人種です。漏らした本人であるイラァ人は灰白人種で、ラド人は黄白人種。マルたちレタリア系ネツァル人はかなり混血が進んでいますが、黄白人種がベースです。エガリヴ連邦の多数派であるリオルド人は蒼白。クゥメイ人は赤金と……。あまりや書いても仕方ないのでこの辺で。

あと、墓狼で出てきてなんの説明もなかった「ドンクル」という単語は、ナヘン人に対する蔑称です。欲者シリーズには、こうした蔑称の数々が多数登場します。非魔族と書いてプーレと読むあれも蔑称ですし。そもそもジルディガンズって呼称自体、元を正せば蔑称ry

そうしたオリジナル蔑称の数はえーっと、現在32個! あと4個で3ダースだ!! がんばるぞぉ!


話を戻します。


宗教問題と言いましても、宗教ってのは世界中に様々なものがあるもので、欲者についてもそれは同じです。ですので、今作では個々のミクロな問題ではなく、包括的でマクロな宗教問題について取り扱うつもりです。


具体的には……

欲者世界には主だった12の宗教がありますが、その内の7つは世界七大宗教と呼ばれており、残りの5つは邪教、法外、外法、魔導などとと蔑まされ、五大法外や「アウフ」と呼ばれています(アウフの語源は、設定上は古代レタリア語で「是非」を意味する言葉ということになっていますが、実際のところはアウフヘーベンです。知らない人はググッて下しあ)。


しかし十二宗教も様々な派閥と宗派、信仰の仕方があって、更に数々の新興宗教もあり、実は隠された13番目の信仰があった!みたいな話もあるので……。

細かく別けるとどれくらいになるのかは、作者もちゃんと数えたことがないので分かりません。100は超えてないと思いますけど。


うーん、そう考えると少ないな。けど無闇に新興宗教の数を増やしても、どれもこれも既存宗教のパクリみたいなものばっかりになるんですよねぇ。

よくある似非キリスト&仏教ネタがそのまんま新興宗教の教義になってたり、仏教系やらキリスト系などと言っておきながら「それ道教やんけ!! しかもヒンドゥーまで混ざってる?!」とか「ゾロアスター?! 貴様はニーチェか……!」なんてツッコミ入れたくなるデタラメを吹聴している教祖なんて巷に溢れk(ry

……なんであの手の人たちって、やたらエネルギーって言葉が好きなんだろ? それも宇宙って接頭辞が付いてるやつ。マナや精霊って言葉があるのに、それじゃ不満なのかね?


そのくせ悟りだの真理がどうのと言い出したかと思えば、健康や愛なんて現世利益に拘りを見せ始めるし。真実の愛でも求めてんのかね? 乙女かっ。

やっぱり若さが欲しいのかな? 死に近付くにつれて焦るのか、それとも孤独が怖いのか、誰かに認めて欲しいのか。

けど宗教が弱者の持ち物だと考えれば、それはそれで正しいか。それに操り糸が付いていたとしても救われてるなら。


閑話休題。


今作では、大道を歩く世界七大宗教と、邪教と蔑まされる五大法外の関係についてスポットを当てる予定です。


……あくまでファンタジー世界の宗教の話ですからね? なんか似たような話を何処かで見聞きしたような気がしても、それは錯覚で、現実とは関係ありませんからね?



後半は、戦記のタグがついてるように戦記物へと話が移行する予定です。ここで前述した宗教や民族と人種の問題がぐちゃぐちゃ絡まってくるわけですが……。

先にぶっちゃけておくと、所詮は利害です。


禍根とか遺恨とか、「やっぱりあいつらは気に食わねぇ!」ってな人も出てきたりはすると思いますけど、そうした個人の感想がメインストーリーに置かれることは 欲者シリーズ全体を通してもないと思います。

けれど、それで口論が始まって個人的に殴り合ったり意地悪したり殺したり、そのとき歴史が動くことはあると思います。


そうした感想を強く抱いているキャラは、既にモノカミ殺しに出てきてますから。黒恐慌もまだ途中ですが、別の意味で正気を疑うレベルの奴ばっかり登場してますし……。

けれど今作には、そんな彼らなんぞよりも遥かにドギツイのが登場する予定です。狂いすぎてて本格的に何を言ってて何と戦ってるのか分からん奴が。


とまぁ欲者シリーズ自体が、もうこういう感じなので、諦めて下さい(何を



誤字修正

グランレイン・リベンジージャー→グランレイン・リヴェンジャー


さすがに固有名詞を誤字るのはまずい。

あと「べ」が「ヴェ」なのはただの酔狂です。

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