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レウコン・シリオ・マルはもうすぐ捕マル。~~もしくは、悪魔のつもりが俺が~~  作者: 骨々
レウコン・シリオ・マルは捕マル訳にはいかないのだ。
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そして悪魔は憐れな人間だった?

「成功、なのか?」

 テレパスがして、辺りを見回した。寒さと明るさに思わず細めた目に、白い壁と鉄格子が映る。

 鉄格子が部屋を二分している。錠は向こうにあって、自分が閉じ込められていることが解った。

 テレパスがした方向――鉄格子の向こう見ると、黒いくちばしを見付けた。

 高さで言えば俺の胸下の辺り。十かそこらの小さな姿で、鴉のような嘴と透明で平たい眼球を二つ、そして妙にテカテカと黒光る皮膚を持つ何かが立っている。

 テレパシーが使えるのなら、これは能力者なのだろう。あまりにもヒトとかけ離れた造形だけど……。

 思わず、二歩下がって距離を取る。が、直ぐに壁にぶつかって、後頭部を軽く打った。ここは檻の中だ。

 何これ、と思うよりも先か、そのくちばしがもぞもぞ動いた。首をくねらせ、喉の辺りから皮膚が縦にパックリ割れると……頭部が体から剥がれ落ちる。そしてそこから、真っ白い少女が現れた。

 雪のようだ。触れれば溶け出しそうな肌と、夜空のようにきらめく瞳。すっと通った小さい鼻に、澄ました口。そして何より目をみはるのが、その霜降りの髪だ。まばらに裂いた絹の間から黒煙が覗いている。掴んだ雪が溶け出して、指の隙間からこぼれ落ちる寸前、その一瞬を切り取った様。

「毒は、噴出しておらんよな……? 瘴気も安全域……」

 雪の少女はまぢまぢと、警戒するように呟く。そしてややって、ぢっとこらえていた瞳を見開き、驚いた顔をして――

「君は……悪魔だよな?」

 いきなり何を言う。

「人間だけど」

 見て分からないかな?

「人型の……悪魔だよな?」

「人間だけど」

 突如――

「そんなぁあぁぁあああああ!!」

 少女は後ろに仰け反ってバッタリと倒れ伏し、床を転げ回る。

「嫌あぁぁああ!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘なのだあああ! 頼むから嘘と――」

「人間だけど」

「嫌あぁぁ……」

 そして死にそうな声を上げて停止する。

「ねぇ、大丈夫?」

 返事はない。うめいてはいるので、死んではいないと思う。昂進こうしんして気でも違えたか。ぴくぴくぅと震えているのは痙攣けいれんではなく、ただの嗚咽おえつらしい。

 そんなに、俺が悪魔ではないのがショックだったのか。普通は逆だろう。悪魔なんか見て、何が楽しい……。俺はもう、あんなのとは二度と邂逅したくないのに。

「それでも、屈強そうな戦士ならまだしも、こんな……こともあろうに、こんな野良犬みたいなチビ太郎……」

 君の方が小さいだろうに。

「術式や導具は魔王国ジルディガンズで買い付け、供物は我が国の秘宝を用意し、召喚場所や時刻も吟味。国際指名手配中の魔導師ルーディットを見付け出して助言を得て、高い金を払って著名な占術師に未来操作までさせたのに……。これまでに投じてきた税金は、どうなるのだぁあああ!! この横領が発覚すれば、暗殺されるより先にしょっ引かれてしまうのだあああ!!」

 なんなの、この説明台詞は……。

「だから君なんとかしろ!!」

「なんのことか知らないけど無茶言わないで欲しい」

 これでは埒が明かない。

「ともかく、ここから出してくれない?」

 俺の言葉テレパスに反応したのか、床とキスしていた少女は、むっくりを首だけを動かして、恨めしそうな瞳をこちらに向けた。目は泣き腫らして赤くなり、頬や鼻溝は湿って光っている。

 俺は何も悪くないのに、とても罪悪感が芽生えた。

「噛み付いたりはせんよな……?」

「野犬かよ。敵意はない。俺をなんだと思ってるの?」

「何処にでもいそうな半裸のチビ太郎……」

 腹立つな……。さっき憐れんだのが口惜しい。

「檻から出したら、なんとかしてくれる?」

 その問いかけてくる瞳は潤んでいた。キャビアみたいだ。

「何をどうすればいいのかすら分からない。けど、ずっとここにいる訳にはいかないだろ。何も悪さをしていないのに、檻に入れられっ放なしなのは気分が悪い」

もっともな意見なのだ……」

 少女は霜降りの髪をみだりがわしくしながら、ふらっと立ち上がった。えらく憔悴した様子だ。そして、手をぼうっと檻に伸ばして、ガチャンと、鍵を外す。

 格子が、あまり心地好くはない音を立てて開く。錆の臭いがした。

「ここは何処? 俺は……何故ここに?」

「それよりも先に、はい、これなのだ」

 少女はまとっている鳥の頭蓋から何かを取り出し、俺に付き出す。

 歪な金属製の箱だ。金属の他には樹脂も使われている。形はブーメランに似ているが、投げて使うものではないだろう。そこそこの重量があり、肩にかけるためだろう革紐が付いていた。

「使い方は解るか?」

「……ちょっと待って」

 構造解析。思念読み取り。物体に自分を注ぎ込む。汲み取る。繰り返す。

 ……これは、武器?

 どうやら、取っ手の根本にある出っ張りを稼働させている間、中に込められた小さな金属の玉が連続で発出され続ける装置らしい。

 念力でつぶてを飛ばす戦い方は知ってるけど、それを簡便かつ、非能力者でも再現可能にしたものかな。大昔は、こんな武器を使っていたと云う資料を見たことがある。

 しかし、なんとも不便な道具だね。この大きさと構造では、どうしても発射時に反動が生じてしまう。それが連続なら、とても立ってはいられない衝撃になるだろう。

 こしめに構えれば、なんとか反動を堪えられるかもしれないけど……それでも、生身で使用するようなものじゃない。長く使えば腰をいわす。

「これは投石器カタパルトの親戚か? 固定する台座は?」

対鎧銃オン・ザ・アーマーなのだ」

「銃?」

 知らない概念だ。

「あまり出回っておらん品だからな……。ハルベルト‐69Hは重自動鎧ヘヴィ・アーマーを想定して開発されたものなのだ。本来は自動鎧リビング・アーマーに積んで使用するものだが、我が国は貧乏なので生身で使わざるを得ない場合も多い。なので、時代はノン・グリップ式に移行しているが、我が国では生身でも使えるようにストックとグリップ、トリガーを有するタイプを採用しているのだ。使用する弾丸は10mm。そこに予備のカートがあるから、拾っておけ」

自動鎧リビング・アーマー?」

 一体なん……? 自ら動く鎧? 悪霊か何か?

「何故、武器を渡すの?」

「戦わなければ生き残れないのだ」

 なんのことですか。


 ドゴオォォオオオン!!


 衝撃に少女はへたりこむ。

 空気が戦慄いて骨まで震える。ドラムの中にいて、外から思いっきり叩かれたみたいだ。……砲撃でも受けたのかと。

 初め、その音が何処から響いてきたのか分からなかったけど、そこは狭い部屋のこと。見回すまでもなく、発信源が判明した。

 多分、これは出入り口なのだろう。壁に天井まである四角い窪みがあって、中央には縦線が入っている。その窪みが、僅かながらに歪んでいた。丁度、破城鎚で一撃入れられたかの如く。

 ……さっきまでは、歪んでなかったよね?


 ドォオン!!


 また轟音と共に扉が歪み、今度は亀裂が入った。亀裂から外に抜けたのか、先程よりも音は小さかったけど、扉が受けたダメージは始めの一回目よりも大きい。

「ちぃ! もう嗅ぎ付けて……!」

 少女は慌てて、不格好に立ち上がる。

「一先ず、死にたくなければ戦うのだ!」

 戦わなければ死ぬ。

「なんだ一体!?」

「――自動鎧リビング・アーマーなのだ」

 バン!っと、三度目の衝撃と共に、何かが扉を破った。

 人型の鉄塊だ。

「ヒャヒャ、熱源があったからもしやとは思ったが、こらぁ当たり引いたみてぇだなぁ」

 鉄塊もテレパスを操っていた。最近の鎧は、随分と高性能になったらしい。……鎧の中でも、おそらく華奢な方。全身が地味な灰色で、金属特有の光沢はない。そう云う塗装なのか。

「さてと、霜降り頭の公女様よ、俺と一緒に……」

 そのとき明らかに、鎧が俺を見た。

「ど、どうも」

 なので挨拶した、反射的に。

「なんだお前」

「さて、誰なんでしょう……?」

 その前に、お前がなんなのか問い詰めたい。

「伏せろチビ太郎!!」

 ポーンと、俺と鎧の間に拳大の何かが投げ入れられた。そして、「あっ」と云う、鎧の間抜けなテレパスがしたかと思えば、それは稲光を伴って炸裂した。



 耳が痛い。猛烈な音と光は、狭い部屋を煤だらけにしていた。すんでで防壁シールドを展開したから良かったものの、そうでなければ今頃、俺は木端微塵だ。

 被害を受けたのは鎧も例外ではない。彼は防壁シールドの展開が間に合わなかったのか、爆風を諸に受けていた。

「こんのクソガキャァア! 味な真似しやがって!!」

 俺は殺気立つ鎧の雄叫びを背にしながら、先に部屋から転がり出た小さな陰を追っているところだった。

「尊い犠牲だった……。チビ太郎、君のことは何一つ知らないが、そんな君がいたことを、私は忘れないのだ」

 コラコラコラコラコラコラコラコラ。

「勝手に殺すな! お前だけ逃げるな! あれは何!?」

 大人がれ違うにはやっとと云う通路。俺は否応がなしに、少女の後ろを取っていた。

「なんだ、生きておったか。そこらに転がってそうなチビ太郎だと思ったが、あの刹那に防壁シールドを展開できるだけの腕はあるのか。大層なことだな」

「あのね、俺じゃなかったら死んでたよ? 今のは何」

「マダライト・ボム」

 なんて贅沢で危ないものを……。

 マダライト。莫大な熱量を内包することが可能な天然物質。内包量が大きい順に、プラズマ、気体、液体、固体と状態を変える。また純度が高い程、短い波長の光を透過する性質を持つ。概ね一般には緑色のものが流通しており、赤いものは希少とされ、安価な紫や青色はアクセサリーに用いられることもある。主に固体の状態で保存され、使用時は気体の状態で留め置かれる。

 つまりマダライト・ボムは、それを利用した爆弾。気体のマダライトに炸薬などで急激な圧をかけ、その反動でマダライトに内包されている熱量を一気に放出させる仕組みだ。普通は勿体ないので、こんな使用例は珍しい。

「あの鎧はなんなのさ?」

自動鎧リビング・アーマーなのだ。さっきも言ったのだ」

 そんなむくれ顔されても困るのだが。

「このまま逃げるのだ。グラス・パンサーの足は軽自動鎧ライト・アーマーの中でもトップクラスなのだ!」

 なんで俺まで逃げなくちゃいけないのか。

「交渉の余地はないの? って云うか、なんで君は追いかけられてるの?」

「交渉の余地があると思うか?」

「売っ払うつもりだったが、もう赦さねぇ。片足の落とし前は高ぇぞゴラァ! 死ぬまで見世物にしてやる! 気ぃ失うまで豚の相手させて、股座またぐら玉蜀黍トウモロコシ突っ込んだままヴァンドルダムの裏小路歩かせてやらぁア!! そんでもって逆さ吊りにしてヒィヒィ言わせながら、戦旗にくくりつけてしょんべんを鱈腹たらふく――」

 ないな、あれは。土台、悪霊と交渉なんて無理な話かね。

 一瞬振り返って見ると、黒焦げた鎧が部屋を出たところだった。鎧は足を傷めたのか、片足を引き摺っている。

「そう頑張らなくても逃げられそうだよ。やっこさん、びっこ引いてる」

「いいから撃つのだ!!」

 言うが早いか、パカンパカンと音がする。小さな霜降りは走りながら、手に握った小さな箱を後ろ手で構えている。おそらく、銃の一種なのだろう。しかし、狙いが定まらないのか、金属の玉は出鱈目なところに打つかっているらしい。

「何を焦ってるの? 鎧で足をやったら、歩くことすら――」


 ギャギャァ、ギャァァァアァァアアァァアア!!


 唐突に、後方から耳障りな音がする。金属が金属を削り取る音だ。

 鎧が走っていた。無事な方の足が、真冬の湖が如く地面を滑っている。通路の床は基本的に真っ平らだけど、所々、ひびや剥き出しの柱がある。それを爪先を以ってして力尽くでえぐりながら、鎧が激怒している。

「なんだあれ!?」

「もはやボール式タイヤは自動鎧リビング・アーマーの標準装備なのだ!! 常識なのだ!!」

 んなこと言われても知るか!!

 音の正体は、負傷した方の足が地面をこする音だった。

 引き摺った足から火花を上げながら、迫り来る鎧。そしてその腕から、殴るも良し叩き割るも良しと云うような、斧が飛び出した。

 慌てて走るのをやめ後方に向き直り、腰に銃を構える。追い着かれれば殺されるし、このままでは追い着かれる。さっき防壁シールドを展開した分で蓄えは使い切った。身を守るには攻撃しかない。

 ガガガガガと背骨がきしむ。膝が揺れる。跳ね上がる銃。肘が痛い。使う前までは頼りなく感じていたけど、思っていたよりも反動が大きい。脇腹にあざができそうだ。床が平たいせいか上手く掴めず、蝋のように滑る。素足でなければ転んでいたかもしれない。汗を掻いていた。

 当然、狙いもまともにならない。鉛玉は辺り構わず跳ね返り、壁や床や天井に染みができる。けれど、それは数秒で足りた。そこは狭い通路。行き場のない玉は鎧にも容赦なく降りかかり、五臓六腑ごぞうろっぷを穿つ。 

 鎧は仰け反りながらも直進を続けたが、間もなく牛にかれたかのように転げて、体いっぱいを床に擦り付けて火花を生む。そしてやがて、潰れた虫のようになった。

 それを見届け、ほっと一息付いて銃を腰から離す。すると、ねちゃりと嫌な感触がした。

 銃との摩擦で、表皮が擦りけていた。



「危ないところなのだ……」

 息遣いが反響しているのに気が付いた。

 飛び道具を使われていたら、まず間違いなく命はなかったのだ。あいつが欲を出して、私を生かして捕らえようとしたのが幸いだった。

 この可憐で慎ましい容姿だ。欲しがるのも無理はない。本当に罪作りよな。

「全くだよ」

 チビ太郎が落ち着いた様子で同意した。誰しもが頷く可愛らしさか。自身の美貌が怖いのだ。

「お陰で死ぬところだ」

 そう言って振り返るチビ太郎。見ると、腹が赤くただれている。

 顔を近付けて診る。

「君、怪我したのか?」

「ん? ああ、銃が暴れて、摩擦でめくれた」

「ちゃんと構えないからなのだ……。少し待っていろ。道具を取って来よう」

 そう言って、私はチビ太郎の脇を擦り抜け、元来た道を戻る。そして数歩の内に、半壊したグラス・パンサーと対面した。

 これでは生きていまい。胴体部の原型は留めているが、関節部の欠損が激しい。オイルも抜けてるし、再利用は諦めるか。

 ナンマイダブツナンマイダブツと心で唱えながら、道を塞いでいたので仕方なしにまたぐことにする。

 腕を畳んでいる内にポキリと、僅かに嫌な音を立てて折れた。

「別に構わないよ、これくらいの傷」

 チビ太郎が、進路の邪魔をする鎧と格闘中の私に言った。

「どのみち工具類も取りに行く。無事かどうか解らないが……何か使える物が残っているかもしれないのだ」

 折れた鎧の腕を半ば放り投げるようにして、路肩に置いた。

 さてと、急ぎ気味に歩き出しながら、これからどうすべきかとマルは考え始める。ともかく、はぐれてしまったナオやハートと合流しなければ……。

 しかし気鬱なのだ。まさか、悪魔の代わりにチビ太郎が飛び出るとは……。全く使えない男ではなさそうだが、ただの人間のようだしなぁ。

 そもそも、悪魔召喚で人間が飛び出すなんてあり得るのか? いや私の言うことを聞くだろうか? あの様子からして、私に対する忠誠心なんてのは欠片もなさそうだ。召喚時に拘束具を使いはしたが、あれは人間にも効くのだろうか?

 マニュアルを読む。――悪魔は勿論、巨獣を始め、虫、術者にも有効、か。但しドラゴンには効果は保証できないと。

 ……かなりヤバ気な店で買ったからか。これ、完全に高等連の勧告に反しているのだ。今気付いたのだ!!

 若干、震えを感じながらも、まぁあの様子だと廃人になりはしなかろうと、心を落ち着ける。そ、そもそも高等連など、対魔連を前進とした軟弱な勝者の集団。魔王国ジルディガンズとの間に歴史的な確執があるネツァルに取っては……重要な組織なのだ。逆らったらお終いなのだ……。ネツァル公国なんて末席の上、軟弱な勝者の代表格みたいなものなのだ……。

 深呼吸。発覚しなければ問題ない。被害者は多分いない。きっといない。おそらく、いない。もし問題があれば、証拠を全て消せば良いのだ。その準備は既に整っている。あとは、召喚したものを処分すれば、悪魔召喚の研究と実験を行っていた形跡は跡形もなくなるのだ。

 第一、無認可の悪魔召喚を行った時点で崖際。後戻りできるタイミングなど、既にいっしているのだ。

 だから余計な考えは捨てる。差し当たって、ここを生き延びるにはナオかハートのどちらかと合流すること。それまでをしのぐために、使えるものが残っているか調べることなのだ。

 ……皆、無事であれば良いが。

 すっかり扉は吹っ飛んでいた。グラス・パンサーに破壊され、マダライト・ボムの爆風浴びたのだ。跡や形が残る訳がない。

 中に入ると、皮脂か油のような濃い臭いがした。空気中の不純物が温められた臭いだろう。しかし召喚の影響からか、さっきまで立ち込めていた瘴気は消え失せていた。

 悪魔は瘴気を触媒とし、現世に具現するらしい。色々あってよく確認できていなかったが、呪具に用いた宝珠も消え失せていた。

 鑑定に依ると、あの宝珠は炭素や珪素を主とした多量の不純物を含んだために、黒ずんだマダライトとのことだった。しかし私にはどうしても、燦々と自ら光を放つ真っ赤な石にしか見えなかった。

 そうした品は昔から、忌まわしく神々しい逸話と縁深いと相場が決まっている。ならば悪魔召喚には持って来いだろう。そう云う判断だった。

 ……あれがいけなかったのだろうか。あんないわれも不明な品を使ったから、人間なんて意味が解らないものを呼び出してしまったのか?

 考えても仕方ない。チビ太郎については、この地下遺跡を脱出してからじっくり調べてやるとしよう。

 部屋の隅に屈んでみる。が、ダボ付いた防護服が邪魔だったので、その場に脱ぎ捨てることにした。それから再度屈む。

 火器類や弾薬は使えそうもない。防護服を着るのに邪魔だったからと置いていた、ナオから預かったアラベラのヘッドギアも焦げている。

 どのみち、他に大したものは持ってなかったし、主兵装たるハルベルト‐69はチビ太郎が持っている。……残弾、あとどれくらいだろうか。

 ナイフがちゃんと鞘から抜けるか確認してみる。うん、鞘の煤を払えば問題なさそうだった。鹵獲した自動鎧リビング・アーマーの解体にも用いる軍用ナイフなので、流石に造りは丈夫なようだ。

 中身が吹っ飛んて原型を留めていない銃弾のカートを退かして、下にあった工具箱を引っ張り出す。工具箱は、出入り口の方を向いていた角っこの部分が少し溶けていたが、一応、箱としての機能は保っていた。

 中身は大丈夫なようだった。一緒に入れて置いた包帯や消毒液も無事だ。自動鎧リビング・アーマーの修理は無理でも、ナイフも使えば解体はできそうだ。



 ほぼ一本道を戻る。

 チビ太郎は何をするでもなく、ただぼぅっと立っていた。薄暗い中じっと立っていられるのは気味が悪い。

「診せてみろ」

 工具箱を床に置いて包帯を取り出し、チビ太郎の傷に……ない。

 傷がない。

「傷は……?」

 見間違い……ではないよな? 本人も、傷を負ったと言っておったし。

「あれくらいの傷、直ぐ治せる」

「まさか君、その手の術者か?」

「そんなに不思議なことかね? 君も能力者だろ?」

 それは確かに、そうだけど……。数年前に、超能力者が多数派になったと世間で話題になるくらいだから、術者はそう珍しいものでもない。だが、こんな芸当ができるのは、それなり以上の技術を持つ者か、そうした肉体を生まれながらに持つ魔人ジルディガンズぐらいで……。

「まさか君、魔人ジルディガンズか?」

 容姿からでは分からないが、しかしそう云う魔人も近頃は珍しくないらしい。事実、先月に彼の国を訪れたときは、確かに異形の人々も大勢いたが、私らと姿形が然程変わらない者も目に付いた。

「んな訳ないだろ。だとしたら、今頃は君を取って食ってる」

「いや……魔人ジルディガンズだからって、そんな無闇なことをする時世でもないと思うが……」

「そうかな?」

「うん」

 なんなのだ、こいつ……。悪魔が人間の振りをして、私をからかっておるのか? そう考えた方がしっくりくるのだ。

「それで、あれは一体なんなの?」

「あれ?」

 チビ太郎が指差す先には、ピクリとも動かないグラス・パンサーがあった。

「私を暗殺しに来た自動鎧リビング・アーマーなのだ」

「だから、その自動鎧リビング・アーマーってのが解らない」

 何を言っておる。

「まさか君、自動鎧リビング・アーマーを知らないのか?」

「知らない。知ってたら訊かない」

 何処の田舎者なのだ……。

 見かけに依ると黄白人種のようなので、余程の世間知らずか赤子でない限り、見聞きくらいはするだろう、普通。

 知らぬ可能性があるのは、大陸の西端辺りか? だが、あの辺りはソンジュ系民族の縄張りでもあるし……。まさかこいつ、クルイーサ人か? あの辺は自動鎧リビング・アーマーよりもゴーレムの方が主流らしいし。いやでも、輸出されてるよな……? 第一、自動鎧リビング・アーマーは海兵隊の主力兵器だから、島国のクルイーサでも使われている筈なのだ。となると逆に、山岳地帯の出身か? イアン共和国やイド公国周辺の……。

「君、産まれは何処なのだ?」

「こっちの質問に答えて欲しいんだけど」

 もっともな意見なのだ……。

 こほん。

自動鎧リビング・アーマーは駆動外殻を原型とした兵器で、歩兵に戦車と同等の機動力を確保させるために開発されたものなのだ。今日こんにちでは対戦車兵器として発展を遂げ、海兵隊の上陸作戦に用いる潜水機能を持つものもある。近頃は、飛行能力を持たせる研究もしているらしい。あとは、地対空ミサイルを搭載したものとか、地下遺跡のような脆く崩れ易い地形でも活動できる軽量なタイプとか、放射線を防ぐ――」

「待てよ。ってことは、あの中には人間が……」

「当然、入ってるのだ。死んでるが」

 何を眼の色変えておる。

「俺に人殺しの手伝いさせてたってのか!?」

「はぁ? 今更、何を言っておるのだ?」

自動鎧リビング・アーマーなんて言うもんだから、てっきり悪霊か何かが取り憑いて勝手に動いているのかと――」

「悪霊? 悪霊如きに怯える馬鹿などおるのか? 鎧は人が着るものだろう?」

 馬も着るが。

「そんなこと……知る訳ないだろ!」

 こちらにしてみれば、君がそんなことさえも知らないことを知らないのだ……。

「そう焦ることもなかろうに。殺らなければ、こっちが殺られておったのだから」

「言われてみれば……。動転して判断力が鈍っていたのかもしれない。ごめん」

 何故にあっさり納得するのだ……。妙に素直で怖いぞ。そこはもっと葛藤しとけなのだ。調子が狂うのだ。人を殺めた罪の意識に苛まれても、困るのだけれども……。

「で、なんで襲われてたんだ? あまり品が好さそうな人じゃなかったけど」

「それは、歩きながらにでも説明しよう。私からも君に色々――」

 と、私が一歩踏み出すと――

「それはいいけど、さっきの鎧みたいなのが近付いて来てるよ」

 何故そんなことが解る。

「君、まさか千里眼まで使えるのか?!」

 しかも、この敵のジャミングと薄ぼんやりと散っている瘴気の中で……。

「千里眼とは、少し違う。魂の揺らぎが肌で解るんだよ。冬の風に、直で触れてるときみたいな感じ。……何? そんな驚くこと?」

 間違いない。さっきから薄々思っていたが、こいつ、並の生物ではない。

 肉体の治癒も千里眼も、全く系統が異なる術だ。術式を使った気配もないことから、それを体感で使い熟している。更には、その両方共が高度な技術を要するものだ。

 物質に変化を与えるには、それに見合った出力が必要だが、微細な変化を生じさせる場合は力加減が難しい。それだけでも骨なのに、肉体を損傷する前の状態と遜色なく復元するのは、至難と言える。そして、千里眼と云う受動的な能力は、その時点で繊細な感覚と受け取った情報を解析できる脳が必須である上、行動を起こすのは術者の側であるため、下手な術の行使は観測結果を大幅に狂わせる。それらの、全く使う才能が異なる業を、術式を使わずに行っている。

 それなりの才能と経験がある術者なら、高等な術式さえ手に入れば、やってやれないことはない。だが術式を使わないとなると、これは完全に資質のみに頼らなければならない。才能や努力で補える領域ではない。持って生まれた、生物として予め兼ね備えている機能の問題なのだ。

 人間業ではない。やはり、こいつ悪魔か。

 しかし、今はそんなことよりも――。

「近付いておるのは何体だ?!」

「待て。…………8体だな」

 拙い。残っているマダライト・ボムは2個。流石に、8躰もの自動鎧リビング・アーマーを相手取る用意はない。



「ともかく、ここから離れるのが先決なのだ。道案内はするから、どっちから向かって来ているか教えてくれなのだ」

「2時の方角。けど、上の階にいるみたいだな」

「となると……君の言う通り、そのままだとこちらに降りて来るな。下階へ逃げるしかなさそうなのだ。付いて来い」

 霜降りは頭を抱えながら歩き出した。

 取り乱さないのは肝が座っているのか、それとも場慣れか、あるいは覚悟か。いずれにしても、諦めでないことだけは確かなようだ。とても少女とは思えない根性をしてるみたいだけど……。まさか、中身は老婆なんてことはないよね? 何処ぞの魔女とか……。

 果たして、付いて行っても好いものか。けれど何も分からない今、情報を得るまでは一人になるべきとも思えない。

「いくつか質問していい?」

「なんなのだ? 私が追われている理由なら、少し長く――」

「それはともかく良い。……君は、悪い奴ではないんだよね?」

「なんなのだ、藪から棒に」

「殺されるようなことはしてないんだよね?」

「当たり前なのだ。善人かと言われれば、それはまぁ……首肯しゅこうしかねるところもあるかもしれないけれど」

 むくれている。小籠包ショウロンポウみたいだ。

「一応、確認しただけ。極悪人の味方はしたくないし」

 どのみち、さっきの奴とこいつを比べると、向こう側には付きたくない。それに……追われてる少女をほっぽり出すのもねぇ。

 さて、それで差し当たって必要になるのは、身を守れるだけの武力かな。

「手持ちのマダライトはない?」

「またいきなりどうした? マダライト・ボムなら、まだ2個持っているが……」

「2つとも俺に寄越して、そんな危なくて勿体ない代物」

「嫌だし駄目なのだ。これは私の生命線。渡せる筈がないのだ」

 むくれている。こっちを見ようともしない。

「この、銃ってのは使い難い。これでは、まともな戦いにならない」

「君、マダライトは持っておらんのか?」

 腰巻き一つの俺にそれを訊く?

「まぁ一応、持ってるけど……もう残りがない」

「その格好で何処に持っておるのだ……」

 霜降りが俺の股間を見て、とてもいとわしそうな顔をした。変なこと考えるな。そしてそのまま首だけ動かして俺の顔を見るな。

「マダライトがあれば戦える?」

 とても嫌そうな顔だ……。

「戦える戦える。さっきの鎧程度なら、数十体いようが倒せる」

「……本当か?」

 テレパスは少し踊ってたけど、顔は怪訝なままだった。信じてないな。

「これでも俺は、魔獣や龍、悪魔の相手をしたこともある」

「何……? 魔獣や龍を、だと?」

 目が大きく開く。お? これは好感触?

「国際法に触れるのではないのか?」

 は?

「魔獣には個体数が極めて少ないものが多いし、龍の密漁は社会問題だぞ? 魔王国ジルディガンズ龍属同盟リューラーが黙ってはおらん」

 なんだと……。そんな制度、いつの間に。

「魔獣に関しては已む無しと云う場面も珍しくはないが、流石に龍属はなぁ……。討伐の前に退去を願うとか、交渉するのが筋なのだ」

「その話はあとでしよう。今は俺を信じてマダライト・ボムを寄越すか、寄越さないか」

 疑惑の混じった責めるようなテレパスと表情に耐えられなくなった俺は話を戻す。

 霜降りは、懐疑的な仕草で髪先をいぢっている。これは駄目かな? すると――

「君は……私を悪人だと思っておるか?」

 霜降りは正面に立って、ぢっと俺の額を見据える。

「口振りが見た目と乖離してるけど、少なくとも、育ちは悪くないと思う。育ちが良ければ善人だとも思ってないけど、話はできると信じている」

 霜降りはこちらを見据えたまま浅い呼吸を何度かすると、表情を変えずに言った。

「君は、悪人ではないよな?」

 この質問って、想像以上に答えるのが難しい質問だなぁ。けれどまぁ、今の状況をそのまま伝えればいいのかな。

「地下で彷徨さまよっている少女を見捨てられないぐらいには、悪くない奴だよ」

「不審者みたいな言動なのだ……」

 おいコラ。

「けど、今はそれでいいのだ。今は信じることにしよう。今は緊急事態なので」

 霜降りは態度を緩めると、腰のベルトから丸い塊を2つ外す。

 受け取ると、それは俺の手には十分な大きさだけど、霜降りの小さな手には余る大きさだった。思っていたよりも、かなり大きい。粗悪なマダライトのようだ。

「君、なりの割に手が大きいな……」

「よく言われる」

 これ、顎を外さないといけないな。

「何をしておる」

「顎を外している」

「何故」

「見てれば解る」

 大きく広げた口にマダライト・ボムを差し込んで、ぐっと、指で強く喉の奥まで押し込み、2つ一気に丸呑みにした。

「なっ!? ちょ!! そんなの食べたら体に良くないのだ!! 吐き出すのだ!!」

 霜降りは髪を逆立て、転がるように俺の後ろに回ると、バシバシと背中を叩き始めた。

 説明するのも面倒なので、そのまま無視して、顎を元に戻す。

「チビ太郎が! チビ太郎が聖戦士になって、革命と反抗の狼煙のろしを上げてしまう!!」

 何を言って……。まさか、俺が自爆特攻するとでも考えてるんじゃないだろうな。

「落ち着け。やめて。地味に痛い。体に埋め込んだんだよ。見てろ、ほら」

 そうして腕から緑に反射する結晶体――マダライト浮き出させる。こいつは、さっき防壁を展開したときに消費した分だ。次に、腹から余計な不純物や炸薬を吐き出す。手に持っていても邪魔なので霜降りに返した。

 霜降りは、それを呆然と機械的に受け取る。その顔色は、墜死した黒歌鳥みたいになっていた。

 それを見て、彼女が鳥の皮を被って現れたのを思い出す。今はもう、脱ぎ捨てたようだけど。

「君、本当に人間か……? 今からでも遅くはないぞ。正直に話せば赦してやろう」

「だから人間だっての。少しばかり、特殊な技術を習得しているだけ」

「少しばかり? 特殊? 技術……? 腕のあるなしでどうこうなるものか?」

「それもあとにしよう。鎧が距離を詰めて来ている」

「あ、ああ……。この先を右だ。下階に向かう階段がある」

「下に行くだけだと、いずれ追い着かれるのでは?」

「この先にも、上に通じるルートがあるのだ。そこを目指す。私の従者も上におると思うし……」

以下、次回「そして悪魔で人間は震える」より一部抜粋。

※実際の内容とは異なる場合があります。


・相談役として連れて来ていた魔導師は、さっさと凶弾に倒れて今や四つ角と階段の間でボロ雑巾。これがあの、聖都ルジノスを恐怖のどん底にまで突き落とし、国際指名手配までされたジャンピング・ロッドの末路とは。

・「それチャリオット! チャリオットだから!! マルが言いたいのはタンクだから!!」

・……普通、4人も殺ってたら殺意ぐらい漏れてくるもんだが、それもない。人殺すってときに、何も考えてないのか? 冗談じゃねぇよ。

・この悪魔とやり合う人間がいるのかぁー。凄いのだぁー。

・だから、そうなのだ……。悪魔を召喚すれば、私は変われなくとも、状況は一変すると考えたのだ。悪魔なら、無慈悲で他人を顧みず、望んだ通りにだけ動く悪魔なら、きっと私の反抗になれる。

・下から上まで全部逆立って、中から外まで震えが止まらないですの!! 皮膚を焦がす熱気でビリビリしちゃいます!



以下、余談。

最近になって、やっとルビの正しい振り方を覚えました。

というか、全く気にしてなかっただけなんですがね。なんで気にしてなかったのか、自分でも疑問なのですが……。

墓狼とか黒恐慌のずれてるルビ直すの、面倒くさいなぁ……。



誤字修正

「ちゃんと構えないからなのだ……。少し待っていろ。道具を取って来こう」

「ちゃんと構えないからなのだ……。少し待っていろ。道具を取って来よう」


指摘された冒頭箇所を修正


誤字を修正

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