とうとう届かなかった人たち
防疫キャンプは、正規の難民キャンプから離れて、本来、誰も近寄らなかった岩だらけの丘陵にある。
アリシアが見回すと、遠い向こうには、霞に煙るような緩やかな山稜が見える。あまり木々や草花といった、緑を見つけることはできない。
冬が近いので、山稜には裾野近くまで、雪が下りていた。
例年、冬になると、難民キャンプでは子供や老人が病気で命を落とすそうだ。それでも生活水準はマシになった方で、最初の頃は、子供が、雪でぬかるんだ泥の中を裸足で歩いていたそうだ。
人間には過酷な土地だ。そうでなければ、十年以上を継続する援助なんか必要ない。
遠くに白い塔のような風車が、五本立っていて、複雑な曲線でループを描く羽が、ゆっくりと回っていた。
巨大な風車は日本の援助で建設された物で、難民キャンプと疫病キャンプに、生活の為の電力を供給していた。
『パナケア』が、難民キャンプの近くに製薬工場を建設の予定とか、ニュースで言っていた。各国の難民受け入れプロジェクトも、市民の熱が冷めて低調になってしまったと聞いている。ここはもう、世界から忘れられて、こういう姿の歪な都市になるのかも知れない。
人々が生活の糧を得られるのは素晴らしいことだけれど、アリシアは、なんだか切ないような感慨を覚える。
ここは暴力を逃れ、夢を抱いて新天地を目指し、そして、とうとう届かなかった人たちの町だ。
汚染ゴミの回収と焼却は、絶対に感染する危険のないアリシアたちの仕事だった。
強化外骨格には、使用済みの注射器が刺さったり、患者の吐しゃ物が目や口に入ったりする恐れはない。一日あたり三時間『奉仕』の最後に回収を行っていた。
ガレ場をゆくので、やけにタイヤの大きいゴミ回収カートを押しながら、アリシアは唯斗に恨み言を言った。
「とんだ、とばっちりだわ。ほんと、友軍を片っ端から行動不能にするとか……」
唯斗はむっとしたみたいだ。またその話?といった感じで声を尖らせる。
「それは謝っただろ? 悪かったとは思うけど、べつにぼくの判断が間違ってたとは思わない。米軍の連中、頭に血が登ってた。キャンプには子供や老人もいるんだ。その真ん中を車両で行軍したら、たくさん怪我人が出る」
「べつに責めてるんじゃないの。ただ、あたしが言いたいのは――」
アリシアは口ごもった。
「言いたいのは、なに?」
――べつに、あんたが憎まれ役を引き受ける必要なかったじゃない。
たぶん、説得すればキオミは納得した。もし、そうするように言ってくれれば、アリシアだって同じようにした。キオミは唯斗に甘いし、アリシアは唯斗の判断を信用している。相談してくれればよかったのだ。
なのに唯斗は、なにもかも自分一人で決めた。
確かに米軍の指揮官――ネイサン・ミラー中尉とかいう、やや、体だけが発育した感のある男――は冷静さを描いていたし、深追いし過ぎだったと思う。
目的は戦闘行動の抑止で、殲滅じゃない。あのまま自警団を追えば、きっとキャンプの民間人に死傷者が出た。
唯斗の判断は、べつに間違っていなかった。
アリシアは、オフで一緒にいる時の、唯斗の横顔を思い出した。べつに悲壮感とか、苦しんでいる様子はないけれど、ぼんやりとした寂し気な表情は、まるで世界中の厄災を一人で引き受けているように見えた。
「なんでもない。怒らないで。後で、またいいことしてあげるから」
「……やめろよ。人聞きが悪い。そんなこと、まだ一度もしたことないだろ」
そんな話をしていると、唯斗が立ちどまった。
同じように強化外骨格姿で、汚染ゴミのカートを押しているのはミラー中尉だった。ただしネイサン・ミラー中尉の場合は、外骨格の内側に、ちゃんと黄色い防護服を身に着けた生身の体がある。
防護服のシールドで、今はあまり見えないけれど、ミラー中尉は俳優みたいに精悍な顔の、体でっかちな三十代前半の青年だった。
短く切った金髪に青い瞳、頭の悪い女にモテそうな感じだ。
ミラー中尉が防疫キャンプで働いているのは、べつに懲罰 とかではなくて、これが本来の仕事だからだ。米軍のペイグレードに籍がある感染症対策のスペシャリスト。それがネイサン・ミラー中尉の身分だ。頭はいいんだろうけど、作戦指揮と体格を見る限りでは、あまり切れ者とは――とアリシアは失礼なことを考える。
ま、体格は関係ないか……。




