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交渉の相手としては、信ずるに足らない

 信じられないことだけれど、ショッピングモールを一往復する間に、唯斗は六回の休憩を必要とした。

 戦場にいない唯斗は、人並みのことすら満足には出来ない。なにか目的を与えられていない唯斗は、まるで、どこかに魂を置き忘れてきた、抜け殻みたいに見える。


「ヌエ、あんたの体力って高齢者並みよ? よく学校に行けるわね」


 とは言ったけれど、とりあえずアリシアは満足だった。


 最近、出来たばかりの巨大なショッピングモールは、集客の為に、あちこちでイベントを催していた。立ち並ぶファストファッションには、アリシアがよく知るブランドもある。

 施設内にはサンタやトナカイの姿をしたピエロが歩き回っていて、頭上からは、陽光と一緒に、有名アーティストが歌う「ラストクリスマス」が降り注いでいた。

 

 サンタの姿をしたピエロが、マジックを披露していた。手の中のお菓子は、捕まえても、捕まえても消え続けて、やがて、途方にくれたピエロが、うなだれていると、それを慰めに近づいてきた幼児のポケットから現れた。

 そのまま、お菓子をプレゼントされて、その女の子は満面の笑みを浮かべていた。

 

 思い返せば、店員のサービスも最高だった。押しつけがましいセールスはないけれど、必要な時は、必ず店員がそばにいた。まるで超能力者みたいだ。


 ここは、緑の豊かな休憩コーナーだった。スペースの真ん中には本物の大木が枝を張っていて――たぶん、ある種の遺伝子操作だ――大木には静かに雪が降り積もっていた。

 雪は、足元に落ちると同時に、三角コーンみたいな掃除ロボに回収されていた。手にとっても解けないし、べつに冷たくはない。偽物の雪だけれど、ひっそりと降り積もる情感は、本物と遜色なかった。


 足元に降り積もる雪は、プロジェクションマッピングだった。歩くと足跡が出来て、雪が足跡を消してゆく。映画のシーンみたいだ。

 食べかけたクレープの存在を忘れて、アリシアは歩き回った。


 ふと気がつくと、ベンチでぐったりしていた唯斗が雪に埋もれていた。凍死寸前の遭難者だ。アリシアは笑いながら、唯斗に降り積もった雪を払った。

 口に入った雪をぺっぺっと吐き出しながら、唯斗は、はしゃぐアリシアに目を細めた。


「もしかして、楽しいの?」

「すっごく」

「よかった……アリー、ほっぺにクリームがついてる」


 腕を伸ばした唯斗は、指先でアリシアの頬を拭った。そのまま指を舐めることをアリーは期待したのだけれど、唯斗は、なんだかばっちい感じで、ジーンズに指をこすりつけた。


 なんか、ショックだった。


「どうしたの?」

「べつに、なんでもないわよ!」


 メールの着信が入り、食べかけのクレープを唯斗に押し付けて、アリシアはバッグからスマートフォンを取りだした。

 届いたのはシモーヌ医師からのメールだった。

 防疫キャンプの近況を知らせる文章には、一枚の画像が添付されていた。


「ちょっと、これ、ヌエ」

「ん?」


 画像は、味気ない真四角の墓標と、それに無理やり着せられた、変なプリントのTシャツだった。黒地にオレンジでぬいた仏像とか。アリシアだったら殺されても着ない。

 たぶん、イツキが着せたのだろう。迷惑そうなレヴィーンの表情が、頭に浮かんだ。


「センスないわよね」

「まあ、レヴィーンは喜んだと思うよ。いいじゃない、べつに」


 休憩スペースには大きなモニターがあって、季節の商品や、イベントの情報が映し出されていた。その間には、時々ニュースクリップが挟まれていて、映し出されたのは、FOXニュース(FNC)のキャスターが伝える報道番組だった。ニュースには、AIが同時通訳する日本語の字幕がついていた。


 ニュースを伝える女性は、目尻がきつくて化粧が濃く、失礼だけど、ちょっと品のない感じだった。

 アリシアは、あんな感じになってないかと心配になって、近くの窓に映る影で、自分の化粧を確認した。


 大丈夫だ、唯斗好みの大人しい感じに出来ている。


 自然な色合いの口紅が、オフホワイトのタートルネックニットワンピとよく似合っている。清楚に見えている、と思う、たぶん。


 女性キャスターは言っていた。


「蔓延から十六か月を迎える『ハタイ脳炎』をめぐるニュースです。アメリカ合衆国大統領は、トルコ・シリア国境に発生した『ハタイ脳炎』禍について、『各国の献身的な努力により、事態はようやく終息を見つつある』との談話を発表しました。談話は、米国の協力体制についての取材に答える形で発表されましたが、その中で大統領は、険悪な関係にあると噂される人道団体『ハルシオン』の活動について、興味深いコメントを残しました――」


 べつに、聞きたかったわけじゃないけど、耳をふさぐつもりもなかった。この頃、『ハルシオン』の戦闘行動は、なにかと話題になって、しかも評判が悪い。

 大統領談話の論旨は、要約すると三つだった。


 一つ、『ハルシオン』の戦闘行動には、いかなる法的な根拠も、人道上の正当性も存在しない。国連の決議は『ハルシオン』の統制されない「暴力」を支持しない。


 二つ目に、以上の理由から、『ハルシオン』の武力行使は、感情的な世論を味方につけた、私兵による「テロ行為」にすぎない、と判断する。交渉の相手としては、信ずるに足らない。


 三つ目に、上記の結論として、いかなる状況であろうとも、米軍が『ハルシオン』と協調行動をとる理由はない。必要であれば、米軍は断固たる実力行使の準備がある。


 といった感じだ。

 談話と同時に映し出されていた映像は、爆弾で破壊された、トルコ・インジルリク空軍基地の滑走路だった。うなだれて、石ころや滑走路の破片を片付ける、若い作業者の姿が痛々しい。

 『ハルシオン』による代表的な「反社会行為」と言った感じだ。『ハルシオン』ってとんでもなく悪い奴らだ。まったく。


 滑走路の破壊は、妖精女王(ティターニア)の権威で、近くに展開していた部隊に強要した。アリシア自身がまさに主犯格なので、なんだか微妙な気分だった。


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